第74話
王は側近の報告を居室で聞いていた。
王太子達が倒れたと聞いた時から、状況を調べさせていたのだった。
「離宮の食事等は、すべて王宮で作られた物が運ばれております。茶会の茶葉菓子類もすべて、王宮の物でございました」
やはり毒は離宮に運ばれる途中か、離宮で入れられたと思われるのだが、犯人は可能性を考えれば分かるかもしれないが、誰の指示かは難しいだろう。一番怪しいのはイーザローの侍女達だが、自国の王女も被害に遭っている事を考えると辻褄が合わない。
王が肘掛けを指で叩き考えているが、それがなかなか止まらない。
側近は可能性としてはやはり、王太后が怪しいと思っているのだが、口に出すのも憚られじっと王が口を開くのを待っていた。
このような時宰相なら自分の考えを直ぐに王に進言し、次の行動等を促すのだが、側近である自分達にはそのような度胸もなく、王に対して恐れ多いと言う気持ちの方が先に立ってしまう。
長年の王と宰相の信頼関係には、とても自分達では補えない物がありそれが、これからの次代への課題なのだと思っている。
「捨て駒……なのであろうか?」
「はっ? どなたがでございますか?」
現在戦争もないこの国に、捨て駒と言われる人物には覚えがない。王が誰の事を言っているのか、傍にいた者達は頭に浮かばなかった。
「イーザローの姫だ……。突然第六王女が送り届けられ……、いや……そもそもイーザローが我が国に手を伸ばしかけた事が、おかしいのではなかったか? これが姫を我国に送り出す為の謀略であったなら?」
皆が王の顔を見た。白い肌は、シミや皺などもなくまだまだ若さを保っている。美しい上に国政能力が高く、宰相と共に国を繁栄させてきた、希代の王であった。その頭の良さは昔から、認識されている。
王の推測に皆思う所があったのだろう、所々で頷く姿が見受けられた。
「しかし王太子殿下達の命を狙う為に、いかに庶子とは言え王女殿下も巻き添えにするでありましょうか?」
「俄に現れた王女と言われておらなんだか? 生贄にするために探し出して来たのなら、推測は当たっているかも知れない」
側近達が思う所を話し始めた。
その間も王は、指で肘掛けを叩きながら思考していた。
――疫病の蔓延と王太子暗殺とに、繋がりが在るとしたら、次に打って来る手は?――
「軍務大臣と将軍を呼べ」
王の命令は冷静な声であった。
***
軍務大臣のサバシア侯爵は目が落ち込んでいた。ブリニャク侯爵の働きを見ていて、自分が黙っている訳にはいかず、後方支援を行っていた。衛兵達の食事の調達や体の養生に、苦慮していた。
将軍のハンラハン伯爵は四十代後半の、働き盛りの男性だった。
疫病の蔓延には心を痛めていたが、軍が出張るとかえって住民との軋轢が大きくなると、待機だけはしていたが、王の呼び出しにそろそろかと腹を括ってやって来ていた。
「サバシア侯爵には、疫病対策に尽力してもらい感謝している。ハンラハン伯爵には、これから頼みたい事があるのだ」
王の丁寧な言葉に玉座の間で二人は、膝を着いて頭を下げた。
二人は噂で王太子達が亡くなったと聞いていたが、王の日頃と変わらぬ態度に噂でしかなかったのだと、安堵していた。
「今宵から王宮の警備を、軍で行って欲しい」
二人は驚きで顔を上げて、王を見た。
軍の二人が呼ばれたのは、てっきり疫病による騒動の治安維持が命令されると思ったからである。
「王宮のでございますか? 近衛兵はどういたしました?」
サバシア侯爵が疑問を申したてた。
王の警備を軍に申し付ける事は、まるで戦争を予感しているほどの危機感があると言う事だろう。現在それを考慮するほどの危機は、どこにもないはずだった。
「疫病の為に不穏になっている王都の警備に着くと思っておりましたが、陛下にあらせられましては、どのようなご杞憂がおありになりますのでしょうか?」
将軍の地位に立つハンラハン伯爵は、王にこれ程の心配を掛けさせている事に、己の力不足を感じて恥じていた。今まで自分が知る情報では、何一つ戦闘の恐れを感じる事案は無かったからだ。
王が独自の情報経路から、何かを掴んだのだろうと思うしかなかった。
「王都は今疫病で住民の動きが不穏であり、衛兵はそれに携わり王都の治安は不安定である。もしこれ以上騒ぎが大きくなれば、軍の出動も懸念される。だが一番考えられるのは、……王宮襲撃であるのだ」
二人は驚きで立ち上がった。
「まさか!!」
「そのような事が?!」
王の衝撃的な言葉に信じられず、思わず玉座に詰め寄ろうとして、執事長や側近に声で止められた。
しかし執事長や側近も、王の言葉に驚きを禁じ得なかった。
――誰がこの王宮を、襲おうとするのか――
「王太子達が毒を盛られ、王都は疫病が蔓延して国民は暴動寸前であり、衛兵はそちらに人手を割いている。手薄になるのは、どこであろう?」
――王太子が毒を盛られた?――
噂ではなかったのかと、驚愕の顔で王を見るがその顔は変わってはいなかった。
王太子が毒で倒れたというのに、王はその心配も出来ず次に来る事案について、臣下と会見を持っているのだ。
王の心労はいかばかりかと、サバシア侯爵とハンラハン伯爵は心を痛めた。
だが王の疑問はある程度当たっているかも知れないが、この王宮を襲う者など考えられない。
――貴族達にも争いはなく、フレイユ国はすべて上手く回っているのではないか――
下げている剣を強く握りしめ、どこにそんな危ない芽が我が国に有ったのかと疑問に思った。
二人の疑問が顔に出ていたのかもしれない、王は
「予もこの国は、平和で幸福が溢れていると思っていたのだが……、人の欲望とは際限の無い物らしい」
困ったような顔の王は、皮肉気に口元を歪めて笑った。
誰しもが王に対して、申し訳ない気持ちで一杯になった。今まで善政を行い国や民の為に尽くしてきたのは、傍にいる者達は皆知っていた。
それが王がそろそろ次代に跡を継がせようかと、考え始めた途端にこのあり様である。
情けなさがこみ上げ、涙ぐむ者もいた。
「陛下!! 一体誰が王宮を襲撃するとお思いなのでございますか?」
王は覚悟するように、口を開いた。
「イーザロー国の後押しを貰っている、王太后殿だろうな。そして今要職にある者達を蹴落とし、自分がこの国の舵を取りたいと願っている貴族達が、予を亡き者にしようとやって来るのだろう……」
王の恐ろしい言葉は、玉座の間に響いた。




