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祈る娘  作者: オーガ
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第71話



 人々が波のようにブリニャク侯爵の方に走って来て、馬は進行方向へは行けず、その流れのままずるずると後退して行く。その奥からは兵隊が進んでくるので、人々は怒号や悲鳴を上げ逃げまどっている。

 老若男女が手に武器とも言えない木の棒やほうきと、長い得物を持っているのだが、それで王宮まで行進でもしたのだろうか。

 

 そんな事が一瞬の内に頭に浮かんだが、とにかくこの混乱を治めなくてはと動いた。

 馬を道の端に寄せて人の波から避けると、


「横道に行け! 倒れると危ないぞ! 端から横に動くんだ!」


 ――キャーキャー――

 と叫ぶ女達は人の波に押されながらも、その流れから抜け出し下町の小路に抜け出して行った。

 男達は殺気だっていて、侯爵の言葉も届かず雄たけびを上げながら、ただ兵隊の進行から逃れようと前進しているだけだった。

 

 近づいて来た兵士達は剣を抜いてはいるが、脅すだけで使うつもりはないようだった。

 兵士の先頭にいた中隊長が馬上にいる侯爵に気づき、急いで傍にやって来た。


「閣下! お力添えをお願い致します」

「何があったのだ?」


「住民が王宮前に食料を寄こせと来たのですが、その内に興奮して暴れだしたので、将軍のご命令で兵が出て鎮圧しようとしたのであります」

 群衆は王宮前からこの下町まで駆けて来たのかと、その勢いに驚かされる。


「民は病と食糧難で気が立っているのだ、決して刀を向けてはいかんぞ!」

 侯爵は中隊長の横に馬を並べ、――赤鬼ブリニャク侯爵ここに在り――と、群衆に見せつけた。

 中隊長は頭を下げ、足音を揃えて歩く兵に号令をかけた。


「剣を収めよ!」

 

 多数の群衆を追いかけ、追い払うために抜刀していたが、狭い下町に侵入した今は、剣は返って邪魔になるのだった。

 兵士達はほっとしたような顔をして、剣をしまった。


 兵士のほとんどは平民で、街は知り合いだらけで、その相手に剣を持って向かうのには抵抗があったのだ。たとえ暴徒と呼ばれる者達でも、とても斬るには忍びなかった。

 しかし王宮の前に集まった者達の不満による訴えは、切羽つまり怒りが混じって、見ていても恐ろしく、攻撃力のある物だった。


 今は兵士の力で押し切って下町まで群衆を追い返したが、このまま人が増えて暴徒化したらどうなるかと考えるにも恐ろしかった。


 兵士達は馬上のブリニャク侯爵の姿を盾に、集まっていた人々を蜘蛛の子を散らすように追い払った。

 街のあちこちで逃げて行った人々の、叫び声や物を破壊する音が聞こえてきて、このまま放っては置けない状態だった。


「将軍はどうしている?」

「現在、王宮周辺の治安をなさっておいでです」


 王宮は将軍が居れば大丈夫だろうと思い、自分の気持ちは王宮に行きたいのだが、街の治安維持が急務だった。

「よし、ではお前達はこのまま街を巡回し、住民の行動を監視してくれ。夜になれば少しは落ち着くだろう」


 中隊長は兵を分散させ、ごみや群衆が壊していった物の残骸を避けながら、街の様子を見に行った。


「閣下……王宮にはいらっしゃらないのですか?」


 副官の言葉に侯爵は唇を噛んだ。

 自分が行って王太子達が生き返るならそうするが、後継者亡き今国を守る事こそ王への忠誠心の表し方だろう。


「今は行けん。城門に戻って、守りを強化するぞ」


 二人は急いで城門に向かった。



    ***



 王宮では、王太子と第二王子殿下が亡くなった事は隠そうとしても、どこからか洩れてしまった。多くの使用人が働く王宮では、それは無理な事だった。

 突然の訃報に居合わせた貴族は、王の傍に近づこうとしたが、宰相に止められていた。


 多くの貴族達は玉座の間に集まり、それぞれの親しい者同士固まりこれからの事を心配していた。

 若いながらも王と似た容姿の王太子は、人望も王としての魅力も持ち合わせた人物で、後は経験を積めば良いだけと、皆の期待を一身に受けていた人であった。

 その姿を思い出し、涙を浮かべている貴族もいたのだった。

 その上に王太子が国王になった後には、兄を補佐するはずの、第二王子までもが亡くなってしまったのだから、貴族たちの衝撃は大きかった。


 これから国はどうなるのかと、皆戦々恐々であった。今までが平和で順調過ぎるほどであったのだと、古老などは嘆いていた。

 玉座の間に集まった人々の声は段々と不安が増す程に大きくなり、耳を覆いたくなる様になっていった。

 

 玉座の間のドアが開き、真っ黒な服を着た宰相が入って来た。


 一瞬静けさが部屋に戻り、誰もが宰相を注視したがその姿がまるで――今の不幸にはあまりにもピッタリな容貌なので、誰も口には出さなかったが――死神のように暗く不気味な静けさを湛えていた。

 いつも地味で目立たない宰相だったが、今はもっと存在感が無いように思えた。


 王がこの部屋に居る時の彼の定位置――玉座の横――に立ち、それぞれに口を利こうとした人々の機先を制して、手のひらを皆に向けた。

 宰相の落ち着いた態度に、皆は不安な気持ちを抑える事が出来た。


「もうすでに皆が存じている様に、王太子殿下と第二王子殿下がお亡くなりになられた……」


 宰相は皆が声を上げ、驚きと悲しみを訴えるのをそのままに見ていた。 その顔は無表情でいつもの宰相であったが、幾ばくかの悲しみの感情も見て取れるように思えた。

 皆の嘆きの声が治まると、口を開いた。


「まだ詳しくは申せぬが、陛下は非常にお嘆きで、皆の者の声を聞く余裕はお有りにはならない。王太子殿下達との対面も、陛下のお気持ちが落ち着くまで、もう少し待って欲しい……」


 沈んだ声と顔で宰相ははっきりと、貴族達に申し渡した。

 誰もがそれに反対はできなかった。

 皆は今宵は宮殿で陛下の御心に添い、王太子殿下と第二王子殿下の死を悼もうと言い合った。


 


 宰相は、秘書官にデフレイタス侯爵の屋敷に、先触れを出すようにと言い付けた。


「今お出かけになられるのですか?」


 突然の宰相の言い付けに、秘書官は驚いて聞き返した。


「無駄な時間を使うな」

 

 いつにない宰相の言い方に秘書官は驚きながらも、時間を無駄にしない様に走って部屋を出て行った。

 宰相は、玉座の間を出て護衛の者を連れて、王宮の外に歩き出した。


「急なお出掛けは、お止めになってはいかかですか?」


 先を歩く宰相は、そのままの姿勢で、

「デフレイタス侯爵は殿下達の巻き添えを受けて、倒れたのだ。命は助かるかもしれないが、気の毒な事だ。今は誰も彼の事など気にしていないだろうが、宰相として……古くからの知り合いとして、見舞いに行くのは、当然だろう。それに今を逃しては、見舞う時間が取れないのだ」


 デフレイタス侯爵家では、宰相の初めての訪問に驚き、混乱した。


 


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