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祈る娘  作者: オーガ
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第68話



 会議場の中は誰も話さず静まり返っていた。

 

 ジリジリと暑い太陽の光が差し込んでいるのに、部屋の中は凍り付いているかのように空気は冷え切っていた。集まった貴族達は自分の席に座ったまま、じっと机の上を見ている。

 何か話せば火の粉が飛んでくるとでも、思っているのだろう。

 だがその中には、火の粉どころか火の中に飛び込んでも構わないと、思っている者もいるのだ。


「何故駄目なのだ? 寒い時は避寒、熱い時は避暑をするではないか! 陛下が王都を離れても構わないだろう!」


 彼が言っているのは建前上の話で、実際は王を疫病から逃すためなのだが、それが詭弁であるのは誰もが分かっている。しかしデフレイタス侯爵の提案は、王を守りたいが為に肝心の大切な事を忘れている。


「陛下をお助けしたいのは、誰しもが思っている事ですが、王が民を捨てて逃げる訳にはいきませんし、陛下のご一行が避暑地に病を運ぶ可能性を考えると、それは無理なお話ですな」


 宰相の一言で、デフレイタス侯爵は口をつぐんで黙った。

 

 だがデフレイタス侯爵の言い分も間違ってはいないのだ。とうとう王宮の下働きの者の中にも、病で倒れる者が出たのだ。

 いずれ王の周りに病がやってくるのは、時間の問題のように思えていた。

 貴族の本音は王を逃がすという名目の裏で、自分達も王都を脱出したいと言う事なのだが、忠心から王の事を思っているのは、デフレイタス侯爵ら数人であったろう。


「皆も領地に帰りたいと申請しておるようだが、今言った理由で帰還は許可されない。しばらくは王都で静かになさるか、デフレイタス侯爵の御子息のように、病に罹った住民を助けるかは、皆の判断に任せよう」


 相変わらず無表情で、言いにくい事をはっきりと告げた。これで王都から逃げ出すことも出来なくなった貴族達は、ひそひそと隣同士で話している。


「では王都を閉鎖している今、王都の食料はどうなっているのか?」

「今は王宮の食糧庫から平民に配給しているが、もうそろそろ持たないだろう。その後は城門の所まで食料を運んでもらって、衛兵達にそれを王都に運んでもらうしかないだろうな」


 貴族達は屋敷にある程度の食料は確保してあるから、腹を満たすだけなら多少はしのぐ事ができるが、平民達はそうはいかない。


 暑さとはやり病と食料の調達と、住民の苦労をここにいる貴族達はどこまで知っている事だろう。




 デフレイタス侯爵は、会議室を出る時に宰相に呼び止められた


「お茶会? この時期に王宮で?」

「ええ、と言っても少人数です。王太子殿下と第二王子殿下、それと姫様です」

 

 デフレイタス侯爵は宰相の言葉に、これは姫との顔合わせなのだなと理解した。自分がなかなか息子と姫の婚約の話を持ち出さないから、宰相が先に王族と姫の懇談を持たせようとしているのだ。


「王太子殿下達もひっそりとしてしまった王宮で、お時間を持て余しているようですし、姫様もお一人でお寂しいでしょうから、ちょうどいい機会だと思いましてね。貴方もいかがですか? 姫様のお付きとしてお出になっては?」


 そう言われると、王太子殿下達が姫とどのような会話をするのか気にかかるし、姫の反応も知りたいので、息子が病人たちの世話をしている時にと、躊躇するところもあるが、このような機会はないだろうと承知した。


「時間と場所は後で、お知らせしよう」


 相変わらずぼろの様な茶色の服を着た宰相の後ろ姿は、少し痩せたように思えた。事務官達の話では屋敷には帰らず、王宮に泊まりこんで疫病の対策をしているようだが、ラウーシュや医師の力で病人の中には良くなっている者も出てきているが、病に倒れる者の方が圧倒的に多いらしい。

 

 本当にこのままでは、王宮の中でも病人が出るかもしれないと、デフレイタス侯爵は背筋が寒くなった。



 数日後デフレイタス侯爵の所に、茶会の招待状が届いた。随分と早い案内だと思ったが、病が蔓延している時期であるから、早いほうが良いと思ったのだろうと解釈した。

 自分を入れてたった四人の茶会だし、侯爵からすると王太子と姫はどちらも知己であるので、王族といえども緊張する事ではなかった。


 茶会は姫が王太子達を招待する形式で、姫の住む離宮で行われた。

 姫が住むのに似合いの離宮の中は、ひっそりとしていて静かなものだった。


「おいでなさいませ」


 姫付きの侍女長は相変わらず愛想もない女で、侯爵相手でも笑みの一つもこぼさない。灰色の質は良いが質素なデザインのドレスを着て、化粧もかすかに顔を飾る程度で色気がある訳でもなかった。


「王太子殿下はまだであろうな?」


 侍女長は声を出すでもなく頷くだけだった。

 王太子より遅く来るわけにいかないので、ほっとした気持ちだったが、

 ――声ぐらい出しても減るものではないのにな――

 と、侍女長に対して不満を持った。


 応接室で待っていると、姫が入って来た。

 以前は体調が優れないと言っていたが、今は顔色は良いようで、少し会わないうちに背が伸びたような気がした。

「姫様にはお元気そうで、なによりでございます」

「デフレイタス侯爵殿もお元気そうで、嬉しく思います。お久しぶりですね」


 姫の手を取り、軽く口づけする。

 立ち上がって正面から見ると、姫の視線が上がっていた。


「姫様には背がお伸びになりましたな?」

 

 そう言うと姫は嬉しそうに笑い、頬を染めた。

 離宮にいると男性は誰もおらず、イーザローでも母と乳母との女性だけの生活だったので、男性と話すのは珍しく嬉しいと言うか、恥ずかしいというか複雑な気持ちになるのだった。

 それにこの頃はラウーシュが会いに来ないので、男性と話すのは久しいのだった。

 まして今日は王太子と第二王子という年頃の男性と会うので、少し緊張している。


 デフレイタス侯爵は、姫の緊張を悟り手を取ってソファーに誘導した。

「愚息と会っていて、少しは男性に慣れたと思っていたのですが?」


「ラウーシュ様は、とてもお優しくて私の緊張をほぐして下さいますが……今日は私が殿下達をご招待する立場ですから、緊張しますわ」


 若い年ながらしっかりしていて、今日の茶会の意味も理解していそうな姫に、侯爵は益々この姫が息子の嫁に来てくれれば喜ばしい事だと思った。


 東洋の朱色の尾の長い鳥が描かれたカップが静かに置かれ、ソファーにゆったりと座った王太子は、正面に座っているイーザローの姫を見た。


「フローレンスと言うお名前は母上様が付けられたのですか?」


 王太子は王にそっくりの輝く金髪と灰色がかった青い瞳を向けて、緊張している姫に尋ねた。

「は、はい……」


 姫はそう答える事しかできなかった。

 姫は王太子達とは遠目でしか会った事しかなく、今日初めて間近で話をするのだった。

 ラウーシュ以外では一番自分の年に近い男性二人だったが、姫は王太子が部屋に入って来る姿を見て、初めて胸が熱くときめくのを感じたのだった。

 

 その時からすっかり上がってしまい、王太子との会話も――はい、いいえ――しか言えなくなっていた。


 その様子を隣で見ていた侯爵は、背中を汗が伝わるのを感じた。

 王太子は妻の選択は下世話に言えば、選り取り見取りだった。他国との力関係を考える事もなく、自国の貴族間の力関係を考慮する必要もない状態だった。

 つまり未来の王妃に足る人物ならば、王太子の好きな女性を妻にする事ができるのである。

 姫の様子を見るに、王太子が――姫を――と望めば、婚姻が決まってしまいそうだ。

 顔には出さないが、侯爵は焦っていた。


「まるで始めからこの国に来るために付けられたような、我国風の名前ですね」


 王太子の言葉に侯爵の頭は現実的になった。ラウーシュが言っていた言葉と姫の名前が、この国を思って考えられていたような気がしたからだ。


「兄上、本当にそうですね。お可愛らしい上に、我国風の名前と言葉も普通に私達と会話がお出来になるし、この王家に入られても困りませんね」

 

 第二王子が人の良い顔で笑って答えると、王太子ははっと気が付いたように頷いた。


「おお、お前の言う通りだ……。姫は流暢に我国の言葉を使っておられる。それは母上様が教えて下さったのですか?」


 姫は頬を染めてこくんと頷いたが、それだけではいけないと思い、

「母と乳母の会話がこちらの国の言葉でしたので、私も自然と話せるようになりましたが、勿論イーザローの言葉も話せます」


 緑の瞳が王太子の方に向けられ、母を思い出して思わず笑った顔は年相応の無垢なものだった。

 王太子は思わず、瞬きをして姫の顔を見つめた。

 そしてにっこりと笑い、紅茶のカップを取り飲干した。


「それでは我々はこの辺で退出させて頂こう。姫の離宮に長居したと知れたら、あらぬ噂を立てられかねないからな」


 王太子の言葉に皆が軽く笑い立ち上がり、挨拶を交わして二人を見送った。


 王太子の気配が無くなると、姫は侯爵に無邪気に笑いかけ、

「王太子様は本当に王子様でしたわね」

 と、言って侯爵を慌てさせた。

  




 その夜、デフレイタス侯爵は酷い腹痛と吐き気に襲われ、意識を失った。







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