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祈る娘  作者: オーガ
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第66話


 

 暗闇にじっとしていると目が慣れて、星明りでもかすかに物の形が分かるようになる。

 月が出ているとこちらの姿も見つかってしまうので、月の無い今夜を選んだのだ。

 

「付き合わなくても、良いんですよ」

 ベゾスが隣に居るグエンダルに言うと、彼も声を潜めて

「私だって家族の心配をしているんです」

 と言ってきた。


 城門に着いた日に見た大きな馬車が、目に焼き付いている。

 何も無い草原に黒い煙が上がるのが見え、空に散っていく煙が寂しく思えたものだった。

 あの中にぺラジーとエイダが居るのかもしれないと思ったら、とてもではないがここに居る訳にはいかなかった。

 

 衛兵に見つかったら命がないかもしれないが、そんな事には構っていられない。なんとか王都に入り込まなければと、日中に散歩に見せかけて城壁の周りを回ってみた。

 正門は高く衛兵も常時居るが、ずっと奥の方はかなり低くなっており、道具を使えば登れそうな感じだった。

 ロープの先にカギを付け、城壁の上に投げ引っ掛けて登るつもりだった。


「私が先に登るから、上手くいったらグエンダルさんも直ぐに登って下さいね」


 ベゾスがかぎの付いた先端を振りながらロープを伸ばし、城壁の上に投げ上げた。数回それを繰り返すとかぎが壁の突端に引っ掛かり外れなくなった。

 

 ――よしっ――


 と、ベゾスが慎重に壁を登っていき、城壁の上に手を掛けた瞬間その手を引っ張り上げられ、城壁の上で取り押さえられた。


「お前は死にたいのか?」


 ベゾスの頭の上から野太く厳しい声が聞こえた。すっかりこちらの行動が見透かされていたのを知って、ベゾスは死を覚悟した。しかし病の蔓延している王都に入る事が、すでに死を覚悟しなければ出来ない事で、とっくに死への恐怖は無くなっている。

 

 だから衛兵の言葉はなんの脅しにもなっていない。


「王都に入ろうとしているんですよ、死は覚悟しています。それより妻や子供に、このまま会えない事の方がよっぽど怖いですよ」


 真っ暗な中大柄としか分からない衛兵は、ベゾスの言葉にたじろいだ様子だったが、体を揺らして少し笑った。

「ほお、平民にしては潔い考えだな。まあその覚悟が無ければ、この城壁を登ろうとは思わんだろうな。よし、この男を下に連れて行け」


 男は押さえつけている衛兵に命令し、先に下に降りて行った。

 

 引き立てられて階段を下りる時に、

「私は無事です、でも捕まってしまいました。貴方は登らないで下さい」

 と、グエンダルに怒鳴った。

 こうなってしまったら、グエンダルはもう登って来られない。そう思った時壁から音が聞こえ、黒い影が城壁の上に登って来ていた。

「もう、遅いですよ」


 グエンダルの声だった。




 衛兵の詰所に連れて行かれた二人は、城壁の上にいた大柄な責任者の男にあきれられていた。


「いくら妻子が居るからと言って……もう王都からは、出られないんだぞ?」


「構いませんよ。このまま城壁の外にいても、どうにもなりませんからね。妻や子供に会えないまま、二人が死んでしまったら、私にこれからどうやって生きていけっていうんですか?」


 責任者の男は黙って、腕組みをしていた。ベゾスの言葉が、城壁の外にいる人々の気持ちを代弁しているからだった。

「お前の言う事も分かるが、我々も大ぴらに――はいそうですか――と言って、皆を中に入れる訳にはいかんのだ。陛下の名によって誰も中に入れるなと、命じられているのだからな」


 しかしもうここに居る事で、ベゾス達は王都に行くしかなくなっているのだ。それはここに居る皆が分かっていた。

 男は諦めの表情で、椅子から立ち上がった。


「こうなっては、仕方が無いのだが……」

 男は王の命令に反する事に抵抗があったのだが、もうどうしようも無いのも分かっていた。


「……一応、名前と住まいを聞いておこう」


 ベゾスとグエンダルは、そうしてやっと解放された。

 二人を連れて城壁の内側に入って行く衛兵は、

「王都の中に入ったら、何かを食べる時は手を良く洗い、生水は飲まない方がいいぞ。もう健康な男達でさえ、病に罹って倒れているからな」

 と、忠告してくれたがその顔は、非難しているのではなく、ある意味家族の為に自分の命を懸ける二人を、尊敬している様にも見えた。


「ありがとう、無事にこの厄災を乗り切れたら、私の店に皆で食べに来て下さい。おごりますからね」


 ベゾスは元気な声で答え、グエンダルと街に続く道に足を踏み入れて行った。





「たまんないねえ」


 暑さと閉塞された息苦しさに、ぺラジーはいつになく暗い表情で文句を言った。それは誰に怒りをぶつけて良いか分からない彼女なりの、うっぷん晴らしの物言いだった。


「本当ねえ」


 誰ともなくそう答える声が聞こえてきて、ぺラジーははっとして頭を振った。

 自分は親と子供をジラーの店に避難させてきたが、他の女工達はそうもできなく、恵まれている自分が文句を言っては申し訳ないと思ったのだ。


 リリアスはぺラジーの店で別れたきりで、時々オテロが状況を説明に来るがまだ戻って来ていない。

 あのまま他の病人の面倒を見ているのだが、工房の皆も心配している。

 どうしてリリアスが下町の住民の治療に手を貸さなくてはいけないのか、誰も分からないままいるのだった。


 ぺラジーは大人し気なリリアスが実は芯の強い、ある意味強情な性質なのを感じていた。人には優しいが、自分には厳しく思った事をやり遂げるのは、やはり実の父親と分かったブリニャク侯爵の性格に似ているからなのかと思っている。

 誰もが病に怯え家にこもっている時に、赤の他人の為に働けるのは貴人の血を引くからなのだろうか。


 思いがけなく仲良くなった年下のリリアスが、貴族の娘だった事が驚きだったし、平民の自分にはまったく関係なかった貴族との繋がりが出来て戸惑っていたが、このはやり病の騒動で今は考えるのを止めていた。


 今は生き延びるのが問題なのだ。

 







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