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祈る娘  作者: オーガ
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第65話



 王都の商店の番頭のグエンダルとベゾスは、互いの身の上話をしながら王都に向かっていた。


「急に暑くなったから、体に堪えるね。故郷は西の方だからまだそんなに暑くないんだ」

 グエンダルが汗を拭きながら、文句を言うとベゾスも頷いた

「ああ、まったくだね。この暑さじゃ王都は食べ物の足が早くて困っているだろうなあ」


 ベゾスが懐かし気に言うと、グエンダルも頷いた。

「お嬢ちゃんも、暑さでばてているかもしれないから心配だね」


 自己紹介したばかりなのに、娘の心配をしてくれるグエンダルがベゾスは嬉しかった。彼の子供達はとっくに独立し、そろそろ結婚の時期を心配する年頃で、互いに話を聞き合うにはいい年齢だった。


 二人が不安に思っていた理由の、王都からの旅人は誰も来ず向かう人も徐々に減っていた。普段は馬車で煩い街道も、鳥のさえずりさえ聞こえがて来る。


「春先にも商談で遠出をしたが、その時はこの街道は人と馬車で一杯で、すれ違うにも難儀したんだが、いくら暑い時期とはいえ、この少なさは異常だな……」


 ――そうなのかい――

 旅慣れていないベゾスは話半分で聞いていたが、王都で何かが起こっているのは確かなようだと思った。


 涼しい木陰を作ってくれていた森林を通り抜けると、平野の向こうに王都が広がっていた。

 小高い丘に王城が見え、その下に住民がすむ街が山のすそ野のように広がっている。

 見えてしまうとぺラジーやエイダへの思いは強くなり、ベゾスの足も速くなろうというものだった。


 昼も大分過ぎた頃、城門に向かう道筋には、人々がまるで野営でもしているような感じで、座り込んでいた。

 ベゾスもグエンダルもその光景を不思議に思い、顔を見合わせその座り込んでいる人に近寄って行った。


「旦那さん、一体こんな所で何をしているんだね」


 座り込んでいる中年の男は疲れた顔で、二人を見たが明らかに侮蔑している顔だった。

「あんた達ここに来るまでに、王都の噂を聞かなかったのか?」


 まるで知らない事が罪な事のように、言われて二人はムッとした。

「何も知らないから、聞いているんだが?」


 まだ若いベゾスの語気に中年の男は気圧されて、体を正し二人を傍に座るように勧めた。

「王都に知り合いがいるなら、気の毒だが当分会えんだろうな……」


「どうしてだい? 何があったんだい」


 ベゾスが身を乗り出して聞くと男は、溜め息を吐いた。

「王都ではやり病が起こって、城門は閉鎖されていて誰も中に入れないんだよ……」


「そんな馬鹿な!!」

「嘘だろう?」


 男は首を横に振って、顔をしかめた。


「嘘ならどんなにいいか。俺はここに一週間野宿しているが、どうにもならない」


 ベゾスは驚きで頭が真っ白になって、口が利けなかった。グエンダルの方が年の功で落ち着いていて、

「どんな様子なんだね?」

 と、中年の男に尋ねた。


「酷いものらしい。噂じゃあ今は、貴族街にも広がって、王宮も危ないんじゃないかって話だ」


 城門が閉鎖されているのだから、よっぽどの事だろうとは思ったが、貴族やまして王家が危ないと聞けば、庶民の状況はどれほど酷いのかと想像が及ばない。

 下町に住んでいるぺラジーとエイダが、どうなっているか心配で、ここで休んでいる訳にはいかないとベゾスは立ち上がった。


「おいおい! どうせ行ったって、中には入れないよ」


 ベゾスは首を振って、歩き出した。その後をグエンダルが着いてきた。

「グエンダルさんも、行くのかい?」

「当たり前だ! 妻子に、店の旦那さん達も心配だよ!」


 早歩きが小走りに変わり、とうとう二人は走り出した。

 競うように城門へと続く道を行くと、その周りに居る人が増えていき、開けた草原に出るとそこには数百人の人々が、距離を置きながら野営をしていた。


「こりゃあいったい……?」


 グエンダルが声を上げると、数人が振り向くが皆疲れた顔をして、――またか――と言うように頭を振っていた。

 人々の群れは城門へと続く道の右側に溜まっていて、丘の方に続く左側の草原は誰も居なかった。

 とにかく状況を知りたくて、話が出来そうな若い男を探して声を掛けた。

「お兄さん、どうなっているのか教えてくれないか?」


 草の上に寝転んでいた青年は、肩ひじを付いて起き上がり、

「王都から病に罹るのが嫌で逃げ出した住民が、騎士に殺される程酷い状況さ……」

 その光景を見たのだろう、青年の顔は深刻な表情だった。


 ――騎士が住民を殺す?――

 二人は青年の言葉が信じられなかった。王都で起きている事の異常さを、まだ理解できないでいた。


「食べ物を恵んでくれないかい? 金が尽きてこのままじゃ飢え死にだよ……」

 青年の顔が良くなかったのは、食べていないのにも原因はあったのだ。


「これだけの人が、どうやってここで野宿しているんだね?」

「王都に入れなかった商人が、持ってきた食料を売り歩いているんだ。金を持っている奴はそれを買って、食べているんだよ。俺はとうとう金が尽きて、腹を空かして寝ているのさ」


「どうしてここを動かない? 中に入る理由があるのかい?」


 青年はキョトンとした顔をしてから、力なく笑った。

「あんた達と同じだと思うよ。家族と恋人が住んでいるからさ。仕事でひと月ほど他の街に行っていて、帰ったらこの騒ぎだ……たまんないよ」


 青年は横たわり顔を草原に伏せた。


 ベゾスは城門へと走った。

「ベゾスさん!!」

 グエンダルが慌てて止めようとしたが、間に合わなかった。

 大勢の人々が寝転んだり話をしたり、食事を取っている間を抜けて、ベゾスは汗を掻きながら走り、城門の近くまで行った。


 城門の前は広く場所が空けられ、城門を囲うように柵が半円状に建てられその前には衛兵が四、五人立っていた。人数が少ないのは、病気が蔓延している王都の中に入ろうと強行する者が、いないからだろう。


 ベゾスが柵の手前に出てくると、衛兵がやりを構えて威嚇してきた。

 今まで王都で衛兵に武器を向けられた事が無いベゾスは、その異様さに言葉を失った。

 店の客には兵士もいて、人の良い王都の住民を守る頼もしい集団と思っていたが、このような事態ではやはり自分達とは違う基準で動いているのだと思い知らされた。


「それ以上こちらに来るな!」


 衛兵のきつい声に驚きながらベゾスは、声を上げた。


「王都には義両親と妻と子が居ます。下町はどうなっているか教えてください。私は下町で食堂を営んでいる、ベゾス・ボダニです!!」


 ベゾスの必死な顔と声は、衛兵の心には響かなかった。城門を閉じてから訪れる人々の訴えをずっと聞いていて、皆がそれぞれに理由があって王都に入りたいのを知っているのだから。


「何も言う事はない! 王都には誰も入る事はならん! これは王命である!」

 

 誰が訪れても衛兵は、教えられた事しか告げられなかった。中の事を知ればこの場を去るかもしれないが、それが国中に知れ渡る事を考えればそうする事もできないのだった。


「ですが、今や病気は貴族の方や王族の方達にも移っていると、聞きました。それなら下町はもっと酷い事になっているのじゃないですか? 妻子の様子を知りたいのは、誰もが同じです、どうか教えてくれませんか!」


 表情が分かる程近くにいるので、衛兵の困った顔が見える。彼らもきっと王都に、家族や知り合いがいるはずなのだ。自分はともかく、家族を王都から逃がしたいと思っていても、不思議ではない。

 だからベゾスに話をしてやりたいと思っているかもしれないのだが、それらは今の段階では無理だった。

 

 その時城門横の幅の広い門が開き、皆が一斉に顔を向けた。


 中から現れたのは、幌が掛かった大型の荷馬車だった。そしてそれは酷い腐敗臭がして風下に居た者は、鼻を押さえながらその馬車を見た。


 馬車は重たそうにわだちを作り草原の奥に進んで行った。

 馬車の事を知っている者は、立ち上がらずじっとそれが見えなくなるまで見つめていたし、知らない者は立ち上がって、馬車の正体を知りたいと隅々まで見ていた。


 しかし馬車の中に何が有るか理解した時、現実の酷さに気が付き愕然とする。


 ベゾスもその正体を知り、顔色を悪くして立ち尽くした。

 もう衛兵に聞かなくても、中の様子が想像できた。

 ぺラジーとエイダにもしもの事があるかもしれないと、覚悟しなければならなかった。





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