第62話
「どなたに聞いたのですか? 私がブリニャク侯爵の娘だと」
ラウーシュは気まずげに俯いたが、――仮面を被っているから別にそのままでも構わないのでは――とつい余計な事を考えてしまった。別に責めるつもりはないが、自分の秘密が早々に洩れているのは不味いのではないかと思ったのだ。
「閣下から直接お聞きしました。ハンカチの一件で、どうしても確かめたくてお屋敷に来ていただいてお尋ねしたら……あなたが娘御だと教えて下さった……」
薄い青い瞳をじっと見ると、そこには後悔の念が見えた。
「――お前――と何故仰りません。今まで私の名前さえ、お呼びになった事などなかったではありませんか……」
可笑しくて微笑むと、ラウーシュは決意した様に、
「その上…あなたはイズトゥーリス国の王女の身分だと、教えられました。父上は侯爵でも、母上が王女であるなら、その身分は私などよりずっと高い。知らぬ事とはいえ……私はあなたを足蹴にさえしたのですから……」
と、訥々(とつとつ)と呟く様に、反省の意を告げたが仮面がすべての言葉を台無しにしている。
見ると仮面の下から汗が垂れているし、マントを羽織っているのだから、体は熱で蒸れているだろう。
「ラウーシュ様、それよりこのマントだけでもお脱ぎになりませんか? 熱で倒れてしまうかもしれませんわ。これからもっと暑くなりますよ」
彼もうんざりしていたのだろう、さっさとマントの紐を外し肩から降ろした。
「ああ……、生き返る」
心からの言葉に今度こそ、笑った。
二人から離れて立っていたレキュアが、脱いだマントを取りすぐ傍を離れた。
「随分と気を遣って下さっているのですね」
「レキュアもあなたが、ブリニャク侯爵の御息女だと知っています。だから尚、平民の子供の看護をするのを、理解できないのです」
「ご存知ではありませんか……。孤児として育ってきて、この年になってから侯爵の娘だと言われても、どうしてそのつもりになれるでしょう」
自分が特別だとか、人より優れているとか思った事はないから、侯爵家の娘になどなり切れない。
いっそ傲慢になって――侯爵家の息女で王女様よ!――と、高笑いしてみるのも良いかもしれない。
想像してみて、そんな自分のなんと愚かな事だろうと、口元に皮肉な笑いが浮かんだ。
孤児院に迎えにやってきた親がどの様な親かなど、子供には選ぶことなどできない。
だから与えられたその立場に慣れるしかないのだが、貧しい家庭の方がよっぽど良かったと思うのは、捻くれた考えだろうか。
自分の手で困っている親を助けて暮らしていく方が、なんと遣り甲斐のある生活だったろう。
「育ちがどうだと言うのです。実の父上が分かったのに、どうして素直に傍に居たいと、一緒に暮らしたいと仰らないのです。娘が見つかって喜んでいる、閣下がお可哀想ではないですか?」
ずいっと顔を寄せてくるが、嘴が顔に刺さりそうになり、慌てて後ろにのけ反った。
「これは失礼……」
ラウーシュは勢いよく仮面を外し、地面にたたきつけた。
「ラウーシュ様!! 宜しいのですか?」
仮面を取ったラウーシュの顔は、汗が流れていて赤く火照った顔がどこか幼げに見えた。
「女性のあなたが見も知らぬ子供の看病をしているのに、私は親の言う病除けの仮面を被り、こそこそと街中を歩いている。あなたが先ほどから、笑いを堪えているように私はとても滑稽な男ですよ」
己を卑下して、今までの行いを反省しているように見えるラウーシュは、リリアスの腕を掴んで引き寄せた。
――あっ!!――
と驚いたリリアスを腕の中に抱き込んで、ラウーシュは――馬鹿な事を……――とやってしまった事に、酷く冷静だった。
遅くなりました、申し訳ありません。
今日こそ短めで、すみません。




