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祈る娘  作者: オーガ
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第59話



 朝から工房は静かだが皆落ち着きなくひそひそと、話し合っていた。通いの女性達は下町の者も多く、はやり病が酷くなってからは、家に帰りたがらなくなっていた。

 ジラーも寮があるのだから泊まるようにと勧めているが、ある人物は当たり前だが頑としてうんと言わない。ジラーはどうしてもここに留まって欲しいのだが、ぺラジーはそうはいかなかった。


「母ちゃん達がいるし、大体エイダを置いてこっちに泊まるなんて、あり得ないこった」

 

 口をとがらせて怒っているが、ジラーの言う事も一理あると、リリアスは二人に同情している。

 ジラーは仕事を優先したいし、ぺラジーは親、子供が大切で自分一人が安全な所にいるなどと、考えてもいない。

 リリアスなどはブリニャク侯爵から、決して外にでるなと伝言をもらっている。


 オテロも治安維持に乗り出した主に、付き添いたいと願ったようだが、彼も外出禁止を言い渡されリリアスの護衛に専念するように、言い渡されたのだった。


 どうやら、はやり病が下町で発生したらしいと聞いてから、たった一週間で下町は人の気配が無くなった。

 まず弱い子供達が発症しバタバタと倒れ、その後は抵抗力のない老人が倒れ、そしてついに大人の元気だった者まで、病に寝込む様になってしまった。


 王都は兵士が出て治安維持に付き、王都への出入りを制限しているが、大人に犠牲者が出始めると王都から出ようという商人なども出始めていた。


 国からは騒動を起こさず、家の中で静かにしている様にとお触れが出て、人から感染ると言われる病気の為、誰も外には出なくなった。どの店にも人がおらず夏になって外で過ごすはずの人も、じっと家の中で潜んでいる。


「この暑さだもの子供も汗疹あせもで大変さ。母ちゃんがエイダをタライに入れて扇いでやってるよ。それに、客も来ないから大変さあ」


 まだ身近な人には重篤な患者が出ていないから、ぺラジーも軽口を叩けている。


「ここら辺は病人が出たとは、聞かないけど下町は大変なんでしょう?」


「あたしの所は元々食べ物を扱うから、掃除なんかにゃ気をつけてるからね。綺麗なもんさ。先生の話じゃあ、汚い手で物を食べたらいけないらしいよ。母ちゃんが、エイダの手洗いにうるさくってさ、手の皮がけるんじゃないかって笑っているんだ」


 リリアスを怖がらせないために笑って話しているが、貧民街の方は酷い状態らしくバタバタ人が死んでいる。

 共同墓地に埋葬する事が許されず、郊外の遠い原っぱで焼かれているそうだ。


 そんな中王妃のドレスは佳境を迎え、期限の秋を待たず仕上がりそうだった。

 

 リリアスは刺繍の糸を切りながら、そろそろ自分がどうしたいか考えなければならないと思っている。

 今回のはやり病のように、父であるブリニャク侯爵が戦争や災害時に出掛ける事があるならば、いつどんな別れがあるか分からないのだと、思わされてしまった。

 

 唯一血の繋がった肉親が見つかったと、単純に喜ぶべきではないかと思った。

 

 窓際の椅子に腰かけていたオテロは、陽射しが暑くなって部屋の奥に逃げて来た。彼を見ていると主のブリニャク侯爵が、どういう人か良く見えてくる。

 オテロは結婚もせず侯爵に忠義を尽くし、とうとう娘の面倒まで見る事になった。それなのに嫌がりもせず女ばかりの場所で、じっとリリアスの護衛をしている。

 針子のリリアスにどんな危険な事があるのかと思うが、貴族の護衛とはそのような物でよっぽどの事がない限り、いつも変わらない生活のようだ。


 リリアスは、昼休みや茶の休憩時間に母の事を少し聞いた。


「私が奥様の事を申すのも烏滸おこがましいのですが、お嬢様がお生まれになった村での三年間は、平穏な物でございました」

 

 戦争もずっと続いていた訳ではなく、侯爵は度々村にやって来ては王女との生活を過ごしていたのだ。

 そのうちリリアスを身籠みごもり、将来は不安だったが喜んでいたという。


 平民は食べられるかとか、年を取ったらどうなるのか、住む家はあるのかというお金にまつわる心配がほとんどだが、この時王女と侯爵は娘の身分の心配だったのだ。


「平民には平民の、貴族には貴族の心配事があるのです。どちらが幸福でどちらが不幸とも言い切れないでしょう?」


 暑いのに生水は良くないというオテロの意見で、熱い茶を飲みながらぺラジーとリリアスは、互いの事情を思った。

「どんな事があったって、おっかさんがリリアスを生んでくれたんだから、今、此処にいるんだろう? やっぱり感謝しなくちゃね……」


 自分を抱いて泣いた侯爵を想うと、少し胸がキュンとした。

 

 三人がいた場所は台所の隣の小部屋だった。オテロがリリアスを丁寧に扱うのに違和感があり、リリアスが物置の様に使われた部屋を片付けて、ちょっとした休憩所に作り替えたのだった。

 暑いからドアは開けっ放しであったが、急ぎ足の音が聞こえ待っているとモットがやって来た。


 息を切らせて顔が強張っていたから、悪い知らせだと三人は思った。


「やられた!! この頃は、客も来ないからって安心してたらしいが、酷い勢いで広がってやがる!!」


「えっ! ――秘密の花園――が?」

「違う! ――花園――だっ!」


 ぺラジーのとぼけた反応に、真面目に突っ込むモットだが、顔は真剣だった。もう娼館への出入りは、隠す気がないようだ。


「娼館は人の出入りが多いから気を付けていたらしいが、駄目だったらしい。一人具合の悪い子が出たらあっという間だと」

「モットの贔屓の子はどうなんだい?」

「ああ、若いから体力があるからな、今は何とか大丈夫みたいだ。それよりあそこの地区に病人が出たって事は、もうぺラジーの辺りも危ないぞ。商売は一時休んで、皆でこっちに移って来たらどうなんだ」


 ぺラジーは黙り込んだ。



 広い王都とは言え人口が密集している地区もあり、そういう場所でポツポツと病人が出始めると、そこからあっという間に王都全体に広がり始めた。

 

 そうなると様子見をしていた貴族達が、王都から逃げ出そうと我先に馬車を出して検問所に殺到した。


「今は王都から出る事は叶いません!」


 爵位を盾に検問を通らせろと、ごり押しする貴族が来た。

 衛兵の責任者が対応するが、貴族にとっては怖くもなんともない。

 ――宰相の命令――と言っても、聞いていないの一点張りで力ずくで通ろうとする。


 周りにも平民で王都を出ようとする者達がいて、この様子をうかがっているが、貴族の馬車が動いたら、それに便乗して通り抜けようと注視している。

 衛兵もここで馬車を通すと、雪崩を打って人が押し寄せると思っているので、必死で馬車の前で通せんぼをしている。

 しかし責任者も貴族ではなく、相手の居丈高な命令に気圧けおされている。


「何を揉めている!」


 民衆のざわめきにも負けない大声が城壁に響き、馬の足音と共に十人程の兵隊がやって来た。

 ――赤鬼だ――と言う声と共に、周りにいた平民達は囲いを解いて散らばった。


「閣下!!」

 門を守っていた衛兵はほっとした声をだし、馬上のブリニャク侯爵を尊敬の眼差しで見上げた。


 この人程の援軍はないと、貴族の馬車に寄って行った。侯爵も馬を下りて、衛兵の隣に並び馬車の中を覗き込んだ。

「国のお触れをお知りにならないとは、仰らないでしょうな? 宰相閣下の通達も全貴族になされているはずですぞ。まさか貴族と名乗っておるだけで、偽物ではないでしょうな?」


 馬車の中の貴族は顔を真っ赤にして侮辱に怒っているが、相手が悪すぎると顔をそむけた。ここで無理に通ろうとすればブリニャク侯爵に剣を抜かれるかもしれない。

 国の英雄に剣を抜かれたと噂されれば、自分の名前に傷がつく。


「戻れ!」


 貴族は馬車を回して、自宅の方面に戻って行った。

 門を出ようとしていた平民も侯爵が出張ってきたのを見て、今日は駄目だろうと諦めて帰って行った。


 大勢がゾロゾロと移動する姿を見て、侯爵は明日はもっと人が集まると覚悟した。

 





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