第50話
シスターデュプイが亡くなった。
晴天の日差しが強い昼に埋葬された。
出掛けると知ると、オテロが侯爵に連絡し一緒に葬儀に出る事になった。
侯爵から見ると、娘の素性を隠した人物で憎い対象になるのだが、あの当時リリアスの本名を誰かに尋ねたとしても、誰もその正体に気づく者はいなかっただろう。
考えると娘の存在を明らかに出来ない状況で、リリアスを探すことは無謀な事だったのだ。
砂山で針より、ゴマ粒でも探すほどの困難さだった。
今回シスターが臨終の間際に告白してくれた事が、唯一のリリアス発見のきっかけだったのは、時期を考えると僥倖だったと言えるのかもしれない。
今日は侯爵と一緒なため、貴族令嬢と言っても良い服装をしている。いや貴族令嬢が、それに相応しい姿をしているというのが正しいだろう。
抑え目な色味のドレスに結い上げた髪には、銀の髪飾りを目立たぬように挿し、首には大玉の黒真珠が掛けられている。どうしてもという侯爵の頼みを聞いたのだが、平民が参列者の葬儀ではとても目立っていた。
参列していた子供達も、初めはリリアスとは分からなかったが、徐々に気がつき始め騒ぎになっていった。
侯爵もいたため参加者とは離れて立っていたのだが、葬儀が終わると大人は侯爵が貴族と分かっていて寄ってこないが、子供達は遠慮がなく大勢で寄ってきた。
「リリアス姉ちゃんどうしたの? お姫様みたい!」
女の子達は興奮気味だったが、男の子達はいつもとは違うリリアスに戸惑っていた。
「お昼ご飯一緒に食べていくでしょ?」
もう手や腕やドレスの脇に縋りついた子供達は、孤児院に連れて行こうとする。リリアスも一緒にご飯を食べて、滅多に見られないだろうドレスを女の子達に見せて触らせてあげたかったが、侯爵と一緒ではそれも出来ないようだ。
「ごめんねえ、この後まだ御用があるから、帰らないといけないの」
皆が――えー! いやあ!――と、声を上げた。
「その代わりに、美味しいサンドイッチと甘ーいお菓子を持ってきたから、皆で食べてちょうだいね」
――わーい!!――
ちゃっかりしている子供達は、我先にと孤児院に走って行ってしまった。
賑やかで騒がしい子供の熱量に侯爵は目を回していた。
「子供がこんなに、元気があるって知らなかったでしょう?」
侯爵の顔が面白くてリリアスは微笑んで、そっとその腕に触れた。
「新兵よりよっぽど活力が有るものだな」
と、頼もしそうに見送っていた。
二人揃って、墓の横で大人と話していた神父の元に歩いて行った。貴族の出現に、大人達はペコリと帽子を取って挨拶をしたかと思えばそそくさと、墓地を後にしていった。
流石に神父は神父であって、貴族が現れても始めから動揺もせず、葬儀を進めていた。
シスターデュプイよりは若いが、リリアスを少女の頃から知っている人だ。すっかりこの地域に馴染み、貫禄も出て住民の信頼も高い神父だ。市井の教会の神父にしては人格者で、シスターとも仲が良かった。
「リリアス、ご紹介頂けますか?」
そしてリリアスの変貌にも、顔色一つ変えていない。
「シスターのお陰で私の出自が分かり、見つかった両親の縁戚になる、ブリニャク侯爵です」
今度は少し顔色を変えた。
「リリアスは……貴族の出身だったのですか?」
「ああ、子供の頃誘拐されてずっと探していたのだが、お陰でやっと会う事が出来たのだ」
その言葉を聞いて、色々事情があると察したのだろう、それ以上聞く事はしなかった。
「この子がお世話になったお礼に、先ほど寄進をさせて頂いた。なにかのお役に立てばと思っている」
神父は十字を切って、侯爵に礼を言った。
「すべて神のみが知り、神の御心によるものでありますれば、ご寄進も神の御意志でありましょう。ありがたく頂戴致します」
すっかり貴族の息女然となったリリアスに、
「また時間が有れば皆に顔を見せに来て下さい。仕事はどうしたのです?」
と、聞いてきた。
「はい、絶対顔を出します。仕事はまだ続けていますし、辞めたいとは思っていません」
侯爵は体を動かしたが、何も言わずリリアスの腕を取った。
またの来訪を約束して、二人は待っている馬車に向かった。馬車にはオテロが立っていて、二人が馬車に乗るのを手伝った。
「急に色々あって大変だったろうが、今日は屋敷で今までの事を話しておきたいと思っている」
馬車の中も日のせいで暑くなっているのに、妙な緊張感がありそれがリリアスにも伝染して手が冷たい。
デフレイタス侯爵の屋敷も大きかったが、それにも勝るとも劣らない屋敷が、リリアスの目の前に広がっている。
王宮や侯爵家と平民でありながら出入りしていなければ、この屋敷が自分の父の物と分かったら倒れていたかもしれない。
デフレイタス侯爵家とは違い王都の中心からは少し外れているが、その代わり広大な土地が屋敷の後ろに広がっていて、領地の館と言った方が当たっている。
いつもは効率を考えるために執事だけが迎えるのだが、今日は言い付けられていたのか全員が玄関にてリリアスを迎えた。
侯爵の息女であると事前に聞かされていた使用人達は、――隠し子――と色めき立ったが、どうやら貴族の出身ではないだろうという結論に達していた。
相手が貴族ならば、婚姻を結んでいないのがおかしいし、子供を隠していたのも変である。
平民の女が今頃になって、――実は侯爵の娘でございます――と連れて来たというのが、真相ではないかと憶測していたのだ。
門からの先触れで集まった使用人は、馬車が玄関に付くと頭を下げて二人を迎えた。
オテロが御者台から降りて馬車の扉を開き、リリアスの手を引き降りるのを手伝った。
「ありがとう」
と、いう小さい声が聞こえ、しっかりとした声だと前に居る者は思った。
家令が石畳を音を立てて進み、
「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様」
と、挨拶をし腰を直角に曲げ最敬礼をした。
使用人達は音でそれらを理解し、緊張感を増した。
家令は急遽領地から来て、夫人が居ないためにレディースメイドもウェイティングメイドもいない中、家政婦長と息女の部屋の設えに従事していた。
使用人にとっては執事長より偉い人が来たのが驚きで、平民の隠し子とはいえ、侯爵家の息女となると大した物なのだと認識したのであった。
「フリオリ出迎えご苦労。あとで改めて顔合わせをするが、娘のリリア―ジュだ」
侯爵の言葉に家令のフリオリは体を起こし、リリアスの顔を見ずに挨拶した。
「お嬢様、初めてお目にかかります。ブリニャク侯爵家の家令を務めさせて頂いております。フリオリでございます。どうぞ宜しくお願いいたします。改めて、お帰りなさいませ……」
突然現れた素性も知らない息女に、家令が緊張感溢れる挨拶をしている事に、改めて使用人は息女の存在が重要なのだと思った。
「フリオリさん、リリアージュです。こちらこそ、宜しくお願いしますね」
甘くも素っ気なくも無く、はっきりとしたどちらかと言えば、人に命令し慣れた感じがして、フリオリは思わず顔を上げた。
主人の隣には全く同じ赤毛の、それでいて武骨な所は似ておらす、色の白い美しい息女が立っていた。
フリオリはどんな息女が現れても、主人の血を引く跡継ぎと思えば蔑ろには絶対にしないと誓って、領地から出て来たがその思いが杞憂だったことに、倒れそうなほど安堵した。
ほっとした顔が表に出たのだろう、侯爵が笑った。
「フリオリ、私の娘がお前の期待を裏切るはずがないだろう」
侯爵がリリアスの手を取り、屋敷への階段を上がっている後をフリオリは続いたが、オテロ同様に涙が滲んで二人の後ろ姿が良く見えなかった。
その後に執事長、家政婦長、と続いたが隙をついてリリアスの顔を見た使用人達は、その美しさに驚いていた。




