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祈る娘  作者: オーガ
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第22話


 仮縫いの日の帰りに言い争いになり、マダムジラーと二人馬車を降ろされ、徒歩で帰らされた。それで済むはずはないと思っていたら、翌週の王が開く舞踏会に連れて行かれる事になった。


 またまた侯爵夫人の衣裳部屋に連れ込まれ、侍女達の無言の圧力を感じながら、紺色の服の女性がドレスを見立ててくれた。


「髪の色が派手だからと言ってドレスの色を押さえるのは、かえって不自然でしょう。奥方様はお若い頃からどのような色も着こなされておいでだったから、色の種類はいくらでもお持ちなの」


 衣裳部屋の奥から、侯爵夫人の若い頃のドレスが運ばれてきた。どれも何年も経っているようには見えないほど新しく美しかった。


「奥方様は一度お召しになったドレスは、二度はお使いになられないから、綺麗なままなのですよ」


 リリアスが目を見張っていると、あの無表情な女性が自慢げに笑みを浮かべた。心から侯爵夫人に仕えているのが分かる、顔であった。


「ラウーシュ様がお連れになるのだから、けっして粗相などしてはなりませんよ」


 次から次へとドレスを当てられ、一番リリアスの髪色に合う物を探している間、彼女は淑女の心得を教えてくれる。すべてが頭に入るはずもないが、少ない時間でもリリアスを教育しようとする彼女の熱心さが、ありがたく思えた。


「思っていた通り、このドレスが一番ね」


 金色のドレスに薄い紗がかかり、胸元と背中が大胆に開いていて腰から下は細身で、前から見ると布のフレアーがあるだけでほとんど広がりのない、スタイルが良くないと着こなせないドレスだった。

 胸元から腰の切り替え部分まで、細密なレースがつけられており、この製作だけで、半年はかかりそうな物だった。

 

 袖は肩から袖口までピッタリな長い物で、これも腕が細くなければ、着る事ができない。 

 昔のデザインにしては大胆で、今このドレスが宮廷に受け入れられるかと言えば、難しい。

 しかし、縫い子のリリアスから見ると、縫製の腕が良くないとよれよれの不格好なドレスになってしまう物だが、一流の縫い子が縫ったと分かる技術で最高の仕立てに仕上がっている。

 このドレスを着てみたいと思ってしまうほど、素敵な作品だった。


「お前は細いから、サイズを直さなくても着られるでしょう。丈は少し短いかもしれないが、靴を低くして合わせましょう」


 ドレスが細身なので、髪はボリュームをださず縦に小さくまとめ、一筋縦ロールを肩に垂らすことになった。

 美しい夫人のドレスを見た侍女達は、ついそれで着飾らせる事に夢中になり、着るリリアスの事を忘れていた。

 髪を結いドレスを着せ、姿見に映るリリアスを見た時に我に返った侍女達は、自分達の仕事の出来に驚いた。

 縫い子のリリアスは、貴族の令嬢になっていたのだから。

 

 しばし無言の支度部屋は、リリアスには居心地が悪く、ドレスを着せられている印象しかなかった。

 人の事は良く分かるが、自分がドレスを着てみると、似合うのか良く分からなかった。


「まあ、ひと目貴族の令嬢らしくは見えるでしょう」


 ドアが開き女中が顔を出した。


「マダムリュイー、若様がお待ちです」


 紺色の服の女性はうなずいて、リリアスを促した。


 

 王宮への馬車はレキュアとリリアスを乗せて進んでいく。若君と一緒でなくて良かったとほっとしている。今日のレキュアはお仕着せではなく、緑色のコートに白のストッキングをはいて、絹の靴を履いていた。どう見ても貴族の子弟であった。


「レキュア様は、貴族だったのですか?」


「まあね。しかし3男だから爵位も継げないし、早々に他家に厄介払いされたのさ」


 若君の片腕として、これから侯爵家に仕えていくのだろう。貴族の3男にしては、良い働き口を見つけたほうではないだろうか。


 


 赤いふかふかの絨毯が階段や廊下にしかれ、続々と人が王宮に入って行く。先にリリアスがレキュアの腕でエスコートされ、会場に入る。


「オガンドー子爵御子息様! ……ご令嬢様!」


 リリアス達が会場の入り口にかかると、そこにいた黒い山高帽をかぶり、ピエロのようなレースの襟を付けた、衛兵が大声で名前を告げた。


 リリアスがきょろきょろすると、レキュアが笑って


「あの衛兵は入場する貴族の名前を、あそこで呼ばわるのさ」

「すべての人の名前をですか? そんな事できるのかしら」

「それがあの者の仕事だからね。それに招待している人は決まっているから、それほど難しくない」

「私はご令嬢って……」

「君は、誰にも知られていないし、貴族でもないから、無難な事を言ったのだろう」


 なるほどと納得していると、すぐ後ろで


「デフレイタス侯爵夫人並びにご子息!」


 と、二人が紹介された。振り向くとラウーシュが、顎をしゃくって――行け――と、言っているようだった。


 会場は宝石箱であった。

 見るドレス見るドレス、最高級の布を使用した色とりどりの目にまぶしい物ばかりだった。この舞踏会に行く事になったと告げた時の、驚きと怒りの目だったペラジーにもひと目見せてやりたかった。


『なにやってんだい! ドレスの刺繍どうすんのさっ!』


 仕事量の多さに疲れているペラジーは、抜けるリリアスに怒り心頭で、なにがしかの土産を要求してきた。王宮から持ち出せる土産などあるかと、考え中である。


 後ろをゆっくり歩く侯爵夫人と若君を先導する形で、レキュアとリリアスは部屋の前の方に進んで行った。

 シャンデリアが煌々と輝くホールを歩くリリアスは、自分以外すべての人が貴族だという事に圧倒されていた。

 白鳥の中にただ一羽混ざった雀の気分である。

 すれちがう人の目が――お前は平民のくせにどうしてここにいる――と言っているようで、人が寄って来るたびにびくびくしてしまう。

 

「落ち着いて、君はどこかのデビューしたての貴族令嬢と思われて、近づきになりたいのだよ。ただデフレイタス侯爵夫人とその子息が付き添いだから、声をかけられないんだ」


 思わず振り向くと、気難しげな顔をしている若君と眼が合った。思わずリリアスは肩をすくめた。


 ――馬鹿――


 と、若君が少し笑っているのを見て、驚いた。




「ブリニャク侯爵!」


 先ほどの衛兵が一際大きく尊敬を込めた声で叫んだ。

  

 人々の声が上がりホールの熱気が上昇した。ざわざわと会話が全体に広がり、皆の取り澄ました顔が素に戻り喜びの表情になる。


「レキュア!! 祖国の英雄が来た!!」


 そう叫ぶ若君の顔は、憧れの人を目の前にした時の少年のようだった。


 入口から入って来た人は、赤い髪を肩までたらし、周りの人々より頭一つ大きかった。

 着ている服は流行の物だったが、洗練されたデフレイタス侯爵を見知っているリリアスからすると、紺色に銀糸の縁どりがされている上着は筋肉質の体には窮屈そうに見えた。

 若君が祖国の英雄という事は軍人なのだろうと、颯爽とホールの奥に行くのをただ見送った。


 侯爵は奥に溜まっている知己と酒を飲みながら話をし、周りに寄ってきている人々を軽く無視していた。

 若君も側に行きたそうにしていたが、侯爵夫人が許さず主賓の陛下が現れるのを待つように言った。


「オルタンシア公爵!」


 人々がどよめいた。


 めったに派手な場所に現れない宰相が、出張って来た事実がこの舞踏会の重要さを表している。リリアスは地味な宰相がどのような服装かと、興味を持って顔を向けるとちょうどこちらに向かって来ているところだった。


 宰相は茶色かと思えるほどの茶が濃い海老茶のジュストコールを着ていて、側に来るほどにその上着には、同系色の小さな珊瑚玉が裾と袖と襟に数えきれないほど、縫い付けられているのが分かった。

 

 袖のカフスなどに少し使われたのを見たことがあるぐらいで、大量の珊瑚玉にはいくらお金がかかっているか分からない。

 質素な服しか着ないと思っていた宰相は、着る時は最高の物を着るのだと改めて感心させられた。


「お前、失礼な事を考えているのが分かるぞ」


 若君が耳もとで囁いた。リリアスは慌てて、持っていた扇で顔を隠した。


「侯爵夫人この度は、姫様の件でご足労頂き感謝いたします」


 侯爵夫人は宰相が真っ先に自分に話しかけてくれた事に自尊心を満足させ、機嫌よく宰相に手を取られた。宰相は優雅に夫人の手に口づけを落とし、そのあとリリアスにも顔を向けた。


「とても美しいご令嬢をお連れですね。私に紹介していただけますか?」


 まわりで小さな悲鳴が上がった。

 

 公爵家当主で、宰相で陛下の信認が篤いオルタンシア公爵は、独身である。

 50を過ぎてはいるがまだ若々しい公爵は、貴族令嬢達の隠れた優良物件なのである。

 若い時から仕事一筋で、跡継ぎも決まっていないので、輿入れして子供をなせば、妻の実家は公爵家を手に入れる事ができるのだ。

 女性にめったに声をかけない宰相が、若い娘に関心を持ったのは大きな話題になるだろう。


 宰相がリリアスの手を取ろうとすると、ラウーシュが側に寄って来て


「閣下に紹介するほどの身分の娘ではありません」

 ――知っているだろうに――

 と、ラウーシュの顔に出ている。


「まあまあ、ラウーシュそういうものではありません。閣下がお気に召したのなら、ご紹介せずにはおられぬでしょう? 息子の側近の親戚の娘で……」


 夫人は言葉に詰まった。


「リリアスと申します。家名は申し訳ありませんが伏せさせて頂きとうございます」


 レキュアが、機転を利かせて紹介した。夫人はリリアスの名前など知らなかったのだ。


 宰相はにこやかに笑い、リリアスの手を取り自分の腕に回した。


 さっきまで宰相の上着に見とれていたリリアスは、この一連の喜劇のようなやり取りに付いて行けず、扇を顔の前でまだ広げていた。


「少しご令嬢を、お借りいたしますよ」


 ――まあ――


 侯爵夫人は驚きの顔で、二人を見送った。ラウーシュと、レキュアは、開いた口が塞がらなかった。


 人の声が途切れオーケストラの音楽だけが聞こえるホールを、宰相はにこやかにリリアスの顔を見ながら、ブリニャク侯爵のほうに歩いて行った。


 リリアスもひきつった笑みを口に浮かべ宰相を見ているが、膝が笑っていて身体の震えは止まらない。

 一応、頼みにしていた若君や、レキュアから引き離されて、始めに見られていた比ではないほどの人の視線を受けている現実に、倒れそうだった。






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