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祈る娘  作者: オーガ
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第19話


 ラズベリーの砂糖菓子が練りこまれた、崩れた焼き菓子が、ハンカチに乗っている。


 ラウーシュは覗き込んで、


「なんだ崩れた菓子ではないか、土産にもならんな」


「見た覚えはありませんか?」


「いや、甘い物は食べん」

 

 レキュアは、一切れつまみ口に運ぼうとした。


「あ! 駄目です。いけません!」

 リリアスが止めようとする前に、レキュアが少しかじり、舌で味わってから目を見開いた。


「これをどこで?」


「昨日、王宮でお茶の時間に出された、焼き菓子です」


「あなたも食べたのですか?」

 リリアスはしょうがなく、うなずいた。


「なんだ、まずいのか?」


「いいえ……、少し毒が入っているだけですよ」


 リキュアは貴族の従者として、毒などについても勉強しているので、舌にピリピリする感じで致死量ほどの物ではないと勿論分かる。


「ほう……、やるじゃないか」


 ラウーシュはにこやかに笑って、リリアスを見た。


「冗談ではありません! これを食べて子供が死にかけているんです」


「お前達は何ともなかったのだろう?」


「そうですが……、姫様や奥方様もお召し上がりになったんですよ」


「レキュア、これを母上の所に持っていって、確認してくれ」

 

 レキュアはリリアスの膝からハンカチごと焼き菓子を持っていった。


「まあ、貴族なんてものは、ふてぶてしく生きているのだよ。多少の毒ごときで、体調など壊さないようになっているのだ」


 ラウーシュは頬杖をついて、愉快気にしている。

「レキュアが戻ってくるまで、何か食べるがいい」


 そう言われると目の前の料理が、リリアスの空腹を刺激する。じっと見つめるラウーシュの目が気になるが、肉の誘惑に負けそうだ。

 そっと手を出して、フォークでよく焼けた肉の塊を取り食べた。あまりの美味しさに胃がキュウっと鳴った。


 少ししてレキュアが戻ってくると、ぼそぼそとラウーシュに耳打ちをした。

 半眼で黙って聞いているラウーシュは、先ほどの陽気な顔ではなく、真面目で大人びた顔になっている。

 リリアスは、ラウーシュが感情の起伏の激しい男だと思っていたが、真摯な顔もできるのだなと意外に思った。


 一通り話を聞いたラウーシュは、レキュアに何事か言いつけ、立ち上がって部屋を出ていってしまった。

 

 レキュアはまだ料理を食べているリリアスに

「申し訳ありませんが、着替えをしてもらいましょう」


 とんでもない言葉に、リリアスは頭を振った。なにか面倒くさい事になりそうな気がして、


「いえ、ご馳走になって申し訳ありませんが、エイダちゃんの容態も気になりますから帰ります」


「そういう訳には、いかないのです。貴方が焼き菓子をここに持ち込んだのは、何らかの解決を求めているからでしょう?」


 リリアスは反論できず、黙った。


 ニコニコと笑うレキュアに連れられて、侯爵夫人の衣裳部屋に入れられてしまった。


 リリアスは、侍女達の無言の悪意にさらされながら、体型に合う侯爵夫人のドレスを着せられ、髪を結われ派手な化粧をされて、ラウーシュの前に連れ出された。


「おお、馬子にも衣装だな。どこかの田舎貴族の娘に、見えないこともないぞ」


 ラウーシュはご満悦な顔で、

「さあ、行くぞ」

 と、いつものように、あごをしゃくった。




 昨日も来た王宮で、ラウーシュの腕につかまって――貴族の娘風にしろと言われ――履き慣れないかかとの高い靴によろよろとしながら、奥の方に歩いて行く。


 すれちがう人や、立ちどまっている人がラウーシュに、頭を下げたり、声をかけたりしてくるのだがそれは単なる礼儀だけではなく、連れている女性が誰なのかという好奇心からなる物だった。


 デフレイタス侯爵嫡男ラウーシュは、両親と同じく衣装にしか興味がなく、その地位を目当てに寄ってくる女性を、『衣装の趣味が悪い』の一言で追い返し、美醜年齢に関係なく趣味の良いドレスを着る女性には、人が変わったように寛容であるのが特徴である。


 宮廷に女性を伴って来た事もなく、パーティーで踊るのは、ドレスの裾が綺麗に広がるドレスの女性だけという、変人扱いされている男性だった。

 

 地位も顔も申し分ない侯爵嫡男は、今や結婚適齢期なのに、趣味が悪いと評判になるのが嫌な女性が近寄らなくなったせいで、婚約者もいないという状況であった。

 

 そのラウーシュが若い娘を連れて、王宮にやってきたのだから、宮廷雀は大いに盛り上がっている。



「騒がしいですね」

 ラウーシュが顔をしかめていると、


「お前が女性を連れて歩くからだ」


 デフレイタス侯爵は、昨日見た縫い子を着飾らせると、貴族の娘のように見えるのに驚いていた。


 赤毛は、平民の姿をしていた時は、それだけが浮いて見えていたが、豪華なドレス姿で化粧をすれば、相まって魅力的になっていた。


「それで急に縫い子を連れて来て、いったいどうしたというのだ」


「昨日のお茶の時間に出された焼き菓子に、微量の毒が入っていたのです」


 侯爵は考えるように目を遠くに向けた。


「私のには、入っていなかったな」


「ええ、母上にも確認しましたが、入っていなかったそうです。ただ、姫様に出された焼き菓子は、母上のとは違っていたそうです。ラズベリーの砂糖菓子が練りこまれていて、姫様のだけ特別に作られたのだと、思っていたそうです。つまり、間違えないように、区別していたんですね」


「うーん。今あの姫様を排除しても、誰の得にもならないのだがな」


「第二王子殿下の関係では?」


「ありえん、今この国の貴族に、他国の王族とはいえその方を暗殺してまで、権力を得ようとする者がいるとは思えん」


「今、姫様に面会を申し込んでいます、父上や私が行くと誰かを刺激するやもしれないので、この縫い子を連れていきます。昨日の今日なので、衣装の事だと思われるでしょう?」


「いい考えだ。娘、姫様の体調をお聞きして、いつもと変わった事がなかったか、ちゃんとお聞きしてくるのだぞ」


 リリアスは、うなずくしかなかった。


「侍女の方がいらっしゃるのに、私などが姫様と直接話などできるのでしょうか」


「私が皆の気を逸らせるから、衣装の話をしながらこっそりと聞け」

 

 会釈をしてくる人に愛想笑いをかえしながら、腕につかまっているリリアスの手をポンポンとたたいた。


 昨日からの仕事の疲れと、体調の崩れやエイダの心配などで、心身ともに疲労困憊なうえに、王宮で姫と人の目を盗んで話をしなければならないとは、自分はなにか悪い事でもしただろうか。


 本当は、妃殿下のドレスの仕事もしなければならないのに、全然違う事をしている状況に目まいがしそうだった。隣でのんきに笑っている若君が、本当に憎らしくなってきた。


 

 姫の住んでいる離宮は、他の建物から離れていて、時間がかかった。慣れない靴のせいで、靴擦れができている。

 案内されて入った離宮は可愛らしい作りで、姫が住まうのにちょうどいい屋敷だった。

 リリアスがきょろきょろ見ていると、


「ここは、王族が逢瀬に使っていた屋敷なんだそうだ。王宮から離れているし、木々に遮られて、出入りを見られる心配がないだろう?」


「それで女性的なのですか?」


「いや……、ここは姫が来られると分かった時に、宰相が手を入れるように指示したそうだ」


「ずいぶんと姫様には、お気を使われているみたいですね」


 ラウーシュは今気が付いたとばかりに、頭をひねった。


「そうだな。父上が語る宰相は、ケチで口うるさく人の失敗をあげつらい、人と関わりを持たない人嫌いだそうだから、かなり姫様には好意的ではあるな」


 姫の手を握りにこやかに接している姿は、侯爵の語る印象とは、違うものだった気がする。

 

 あの下級書記官のような服装の宰相が、自国があまり重要視していない国の王女に、いくらでもお金を使って良いと決済するのもおかしな事である。


 離宮の玄関に、姫の侍女長が待っていて、二人を出迎えた。


「デフレイタス侯爵ご子息様には、わざわざのお出まし誠に光栄に存じます」


「出迎えご苦労。さっそくだが、姫様にお会いしたいのだが」


 侍女長は仮面のような顔で


「申し訳ございませんが、姫様はご体調がすぐれず本日はお会いになる事はかないません」


「ほお……、昨日はたいそうお元気そうにお見受けいたしたが?」 


 ラウーシュはこういう時には当たり前のように、感情を隠す事ができる貴族だった。


「昨日の採寸の折の薄着が、お体に触りましたようで」


「それは……、私たちのせいではございませんか。それならばなお、ご機嫌伺いをいたさねばなりませんね」


 リリアスは隣で話をしている人が、いつも接している若君とは思えなかった。

 やはり、貴族とは平民と違った人種なのだろうか。


「侯爵様のご子息としては、ご無礼ではございませんか? 姫様は只今寝室でお休みになっておいでです。そこにお招きは、いたしかねます」


「ほお……。私の知る人が、昨日のお茶の時に出された焼き菓子を食べて、お腹を下し、吐いて酷い事になっているのですが、姫様がそうでないのであれば、結構な事ですがね」


 侍女長の表情が少し動揺したように見えたが、すぐ持ち直し


「そのお方には、早く良くなりますようにとお見舞い申し上げます。ではこれで……」


 侍女長は丁寧なお辞儀をして、ラウーシュの帰りを促した。


外に出たラウーシュに、


「今のって、私達は追い返されたってことですか?」


 リリアスは、侯爵子息にあれほど丁寧に――姫には会わせられない、とっとと帰ってくれ――と言う言い方を知らなかった。


「まあ、年季の違いという物でしょうね」


 レキュアの言葉がすべてを語っていた。

 ラウーシュの怒りの焔は、静かにメラメラと燃え上がっていった。




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