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祈る娘  作者: オーガ
142/151

第142話



 午後の休憩は静かだった。


 ぺラジーは、――今日はどれにしようかな――と目が卑しくケーキの上を滑っている。

 

 ――これこれ――とトングを取ろうとすると、傍に居た侍女がトングを取りぺラジーの目当てのケーキを皿に移した。


「ど、どうも……」


 新たにリリアスに付いた若い侍女が、オテロと一緒に来ていて全てやってくれる。リリアスが前の店から侍女に雇ったベリーは、侯爵家で侍女となるべく修業中であった。


 テーブルに静かに置かれたクリームたっぷりのケーキは白く輝き、上に砂糖漬けされた栗が乗っている。


「いつの間にか栗が出る季節になったんだね」

 ほんのりリキュールの匂いがする栗を噛みしめながら、ぺラジーはおやつを堪能していた。


 リリアスはすでにケーキのような甘い菓子類は食べ飽きていて、料理長に塩気の有る焼き菓子を頼んだのだが、これが紅茶と合わなくて今の所試行錯誤の段階だった。

 滅多にないリリアスの頼みに、料理長は張り切っていると執事から聞いていた。


「すべてを言われるままというのも、良くないのね。ドレスを作る時もそうね、私達がこれがどうかこちらはどうか、と聞いてもお客様はお任せするわと仰るばかりだと、いつも同じような物になってしまうもの。難題でも要望が有った方が、素敵なドレスが出来上がる事があるわね」


 その典型のお客様がデフレイタス侯爵夫人なのだが、この頃夫人からのドレスの注文が途絶えていて、どこか贔屓の店ができたのだろうかと、ジラーが気を揉んでいた。


 デフレイタス侯爵が屋敷で療養中なので、夫人も外出を控えているのではないかというのが皆の意見だったが、ラウーシュは今日は休憩時間に顔を出していないので、真相を聞く事は出来なかった。


「若様は、この頃は忙しいみたいだね」

「そうね……」


 ダンスのレッスンも終わってしまい、リリアスの屋敷に来る事もなく、ジラーの店で休憩時に茶を飲むのが日課になっていたのだが、それも出来なくなってきたようだった。


 リリアスはカップを持ちながら、――ホオッ――と息を吐いた。


 目まぐるしい半年だった。

 

 マダムジラーの所に来るまで、自分は一人だった。

 仕事の仲間や、孤児院の子供達やシスターがいても、ずっと一人だった。

 仕事という殻に閉じこもり、それだけに集中して他の事を見ようとしなかった。

 それがここに来てから、すっかり変わってしまった。


「この頃やっとリリアージュに、慣れたみたいな気がするの」

「そりゃあ良かった。侯爵様もいつまでもあんたが、他人行儀じゃあ可哀想ってもんだ」

「そうよね、この間まで侯爵様って呼んでいたら、微妙な顔をされていたもの。でも本当に、父が貴族だったなんて、想像の上をいくわ」


 リリアスはオテロが心配げに見ているのに気が付き、笑って見せた。

 いつの間にかオテロが何を考えているのか、顔を見るだけで分かるようになっていた。

 そしてこの頃自分に付いている新しい侍女も、その内顔を見ただけで何を考えているのか分かるようになるのだろう。


 それなのに、ラウーシュが自分を好きだと言ってくれて、傍にいてくれてもずっとその顔からは、気持ちが読み取れなかった。

 優しく言葉を掛けて心配してくれていても、何故かその心まで見る事が出来なかった。


「ラウーシュ様は、優しくして下さって好きだと仰って下さっているのに、それを素直に受け入れられないの……」


 ぺラジーは食べていた菓子を紅茶で流し込み、

「それはあんたが、若様を信用してないからさ」

 

 リリアスは、不思議そうな顔でぺラジーを見た。


「あたしがあんたを好きだっていったら、あんたはどう思う?」

「それは嬉しいわよ。私も好きよ」

「そういうこった」


 リリアスは、さっぱり言っている意味が分からず頭を捻った。


「あんたは、あたしの言葉を疑わない。だからすぐに私もと返してくれる。じゃあなんで若様の言葉に、私も好きですって言えない? 色恋でなくてもだよ? 単に友達としてでも、若様に好きですって言えたかい?」


 ――ありがとう――

 と言えるのは、ラウーシュが自分や平民の為に色々手助けしてくれていると、心から思っているからだ。


 ――じゃあ、好きですの言葉を素直に受け取れないのは?――


 リリアスは、ラウーシュの顔が頭に浮かんだ。


 初めて会った時から貴族の御曹司で、はるか高みに居る人だった。

 だから何をされても、何と呼ばれようと、自分とは違う世界の人だと思って、なんとも思わなかった。


 貴族と平民なんだからと、ずっとラウーシュを分けて考えていた。


 助けてくれるのはありがたかったし、世話になったと感謝もできたが、自分が貴族だと分かっても簡単に気持ちを切り替える事が出来なくて、ラウーシュの言う事を信じていなかった。


 ――そう、ラウーシュ様の言葉を嘘だと思っていた――


 リリアスは固まって、今までのラウーシュの行動や言葉や表情を思い出していた。

 ラウーシュはいつも心のままに動き、話しリリアスに接してきた。

 嫌味も我が儘も怒りもリリアスの前で見せていた。

 それらすべてがラウーシュの装った物とは思えないし、そうではないと分かっている。


 いつもラウーシュは、リリアスの前で正直で素直な人であった。


 リリアスはテーブルに体をぶつけながら、勢い良く立ち上がった。

 茶器が音を立ててひっくり返り、侍女が声を上げた。


「お嬢様?」


 オテロが傍に寄って行くと、

「お、王宮に……」

 リリアスは真剣な顔で、オテロを見上げた。


 オテロは、苦い顔をして首を振り、まだケーキを食べているぺラジーを見た。

 ぺラジーは、知らん振りだ。


 ――いい気なもんだ――


 オテロは、リリアスの心を煽るぺラジーに苛立っていた。


「王宮にいらっしゃりたいのですか? しかしその服装ではちと、相応しくないかと……」


 オテロが話しているうちに、リリアスはさっさと裏庭から馬車置き場に歩いて行ってしまった。


「お嬢様!」


 思い立ったらすぐ行動せねばならないのは、ブリニャク侯爵の血筋だなと呆れた。

「余計な事をっ!」


 オテロが苦笑いでぺラジーを責めると、ぺラジーはニヤッと笑った。

「いつかは、嫁に出さないといけないんだ。リリアスは、もう年増と言われる年齢なんだよ」


 ――フン――

 オテロが鼻を鳴らして、リリアスの後を追って行った。


「ああ、後はあたしが片付けておくから、リリアスに付いて行ってあげておくれな」


 行ってしまったリリアス達を追う為に、慌ててテーブルの上を片付けている侍女に、ぺラジーは手を振った。

 侍女は頭を下げて、二人の後に続いて行った。


「さあ、さあ、追いかけて、自分の気持ちをはっきり知るがいいさ」


 いつまでも自分の気持ちを直視せず、はぐらかしていたリリアスが今やっと胸の内にある想いに気付いた事を、ぺラジーは嬉しく思っていた。

 

 誰が見てもラウーシュが、リリアスに誠実な気持ちで接しているのに、彼女だけがそれを理解する事が出来なかったのだ。


「苦労と年は取っているのに、心だけが子供のようだから、若様もどう口説き落とそうかと苦労してたけど、本人が気がついたら後は……。え?」


 ぺラジーは慌てて立ち上がり、ジラーの所に駆けだした。


「マダム! マダム! 最高級の生地って今からでも手に入るかい?!」


 ぺラジーの大きな声が、店の中で響いていた。


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