第140話
「お母さま!」
姫は部屋に入るなり、王と共に居た母に駆け寄り抱き着いた。
「フローレンス!」
母は娘が毒で死にかけた事を聞かされ、生きた心地がしなかった。助かったとはいえ、親子二代に渡って王太后から命を狙われたのは、恐ろしい偶然であった。
この再会は秘密裡に行われたのでここに居るのは、王妃、王太子、ラウーシュであった。
美しい親子が抱きあう姿は、見ていて心が躍るようなものがあった。
「家を出てから、お母さまの事が心配でした。どうなさっておられるかと、良く夢に見ました」
「フローレンス、私も毎日のように夢に見ました。祖国とは言え知らぬ人ばかりの宮廷で寂しくしているだろうと思っていました」
抱き合い互いを心配していた言葉が尽きる頃、王が口を開いた。
「我が国も色々あって、なかなかそなたを迎え入れる事が出来なかった、許せよ?」
ジェルメーヌ王女は首を振って、
「とんでもございません。私を宮廷に入れて下さった事を感謝致します。これからは、娘と共に暮らしていきたいと思っております」
「あの……」
一家の中にラウーシュが、おずおずと入って来た。
「王女殿下が、オルタンシア公爵家を継ぐと言うお話は承りましたが、フルイエ殿の遺児でございますが、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
王はきょとんとした顔をして、ラウーシュを見てそれから笑い出した。
「ラウーシュ……そなたは、まだまだこの世の中を分かっておらんなあ」
笑われてもラウーシュには、さっぱり王の言っている意味が分からなかった。
「ジェルメーヌが、オルタンシア公爵家を継ぐ、これ程運命的な物はない。かつてジェルメーヌの兄が世話になったのが公爵家であるからな。その上今回は娘のフローレンスが母より先に、イーザローから公爵の計略により助けられておる。フローレンスが、オルタンシア公爵家の養女になるのも、運命であろう?」
「は?」
ラウーシュはまだ訳が分からず、間の抜けた返事をするしかなかった。
「見つかったフルイエの遺児とは、フローレンスが事よ」
「え? 姫は、フルイエ殿のお子様だったのですか?」
「ラウーシュ……」
王は、我慢しきれず大声で笑い出した。
目を白黒させているラウーシュを見て、王妃が王の腕に触れた。
「陛下、ラウーシュ卿をからかうのはお止めあそばせ。困っておるではありませんか。ラウーシュ卿、姫がフルイエ殿の遺児というのは嘘で、そう語るだけなのです。実際に遺児はおりませんのよ」
「は? 嘘? いらっしゃらないとは、遺児の方がです……か?」
王妃の言葉を頭が理解すると、ぱあっとラウーシュの顔が明るくなり、そして恥ずかしそうに笑った。
「承りましてございます。早々にオルタンシア公爵邸を復旧するように連絡いたしましょう」
ラウーシュが逃げる様に部屋を出ていくと、王妃はその背中を見て
「とても真面目な好青年ではないですか? 今までデフレイタス侯爵の御子息と聞くと、偏屈で酔狂な変人と伝わって参りましたけれど、なかなかどうして……」
「そうよな、あ奴もこの半年色々な経験を積んで、大人になったと言う事ではないか? 地位も評判も手に入れつつあり、一番手に入れ難い物が残ったが、なんとかするだろう」
「まあ、陛下、ラウーシュ様が手に入れるのに難しい物なんてございますの?」
「ああ、フローレンス、この世の中で一番面倒な物は人の心である、なあセシル?」
王は笑いながら、王太子の方を向いた。
王太子は、体を固くしてじっとしていたが、
「ラウーシュと私の婚儀がどちらが先か、競争して勝ってみせますよ」
母と手を取り合って、喜びあっているフローレンス姫を見て、胸を張った。
「まあ、では婚礼のドレスの製作を急がせなくてはね? 間に合わないと、負けてしまうわ」
王妃は慌てて立ち上がり、侍女達を連れて部屋を出て行ってしまった。
「何もそう、慌てなくても……」
王太子が不思議がると、
「ラウーシュの相手は、ドレス作りの職人であるぞ。いざとなったら、一晩で作ってしまうやも知れん」
「……まさか」
王太子は、まだリリアスの実力を知らなかった。
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「これは、内密なのですが……」
未来の毒舌敏腕宰相は、王との秘密を簡単に暴露していた。
「フローレンス姫が、実は前オルタンシア公爵の嫡男だったフルイエ殿の遺児だった事にして、公爵家に養女として入る事になったのです。ですがそれは、勿論嘘なんですけれどね」
とっておきの秘密を教える子供の様に、ラウーシュはリリアスに小声で伝えるが、リリアスはとっくに父から聞いていて知っていた。
「はい、それは父から聞いております」
平然と聞き流すリリアスに、ラウーシュは、
「それで公爵家を継いだ母上のジェルメール王女殿下とも、親子として暮らす事が出来ますし、もっと良い事は……王太子殿下との御婚姻も可能だと言う事なのです!!」
「父からはその為の準備に、フルイエ殿の遺児として養子になるのだと聞いておりますけど?」
王太子と、姫との婚姻の話はそこまで具体的に進んでいて、後は両者の気持ち次第と、姫の年齢が問題なだけだった。
ラウーシュは、気の抜けた様子で背中をソファーに預けた。
――まあ、まあ――と、リリアスが落ち着かせるように手ずから茶を淹れ、差し出した。
「もう妃殿下は、婚儀のドレスを発注なさっておられると聞いておりますけど? 結婚衣装はそれは時間が掛かりますもの、レースだけでも一年あっても時間が足りないかもしれませんわ」
「ほう、母のドレスなどは半年ほどかけているとは聞いてはおりますが、レースはいつもどうしているのかな?」
「きっと侯爵夫人のドレスのレースは、デザインに関係なく常時製作をなさっておられると思います。出来上がった物からドレスに合うように付けていると思いますわ」
「それはジラーの所ではないのですね?」
「はい、マダムの所は急ぎのレースは編みますけど、本来はレース専門店が在って、そこではレースしか作っていないのです。一度見学してみたいとは、思っているのですけどデザインとか編み方とか知られたくない事もございますから、よそ者は中に入れないのです」
結局姫の養子の話からドレスの話になった途端、二人の頭の中はレースや職人の事で一杯になり、今リリアスが家で作っている刺繍の話に移ると、どんなデザインにしたとか手法はという話になり、内密の王家の話はどこかへ飛んで行ってしまった。
フレイユ国は、段々元の平和な生活に戻りつつあった。
ここにきてなんですが、そろそろ終わりそうです(汗)
終わる、終わる詐欺かもしれませんが、そう遠くはないはずです。




