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祈る娘  作者: オーガ
138/151

第138話

*ご注意

残酷な表現があり、処刑の場面が有ります。

その様な内容が、苦手な方はお読みにならない様にして下さい。

後書きに、簡単にあらすじを書いておきます。



 その日王都の広場に高札が立った。

 衛兵が二、三人来て、国が国民に通達する時に通達事項が書かれた紙が板に貼られた物を立てていく。


 傍にいた者がぞろぞろと高札に寄って行く。


「何々……?」

「お前字が読めるのかい?」

「そりゃあ、ちょっとは……読めるさあ」


 男二人がチャチャを入れている間に、文字が読める者が声を上げて読み始めた。

「明日この広場に置いて、この夏の疫病による被害をもたらした男の公開処刑を執り行う」

「なんだって~!!」


 高札の周りにいた人々は、突然の知らせに声を上げた。

 

 その知らせは瞬く間に王都に広がり、疫病によって近親者を亡くした者達は怒りを隠せず、またあの騒動が人為的な物だったのを知り、憤りを募らせたのだった。


 衛兵によって処刑するための施設が作られ始めると、見物に来ていた人からは意見が出た。


「あれは、火あぶりじゃないか?」

「このご時勢にかあ?」

「じゃなけりゃ、はりつけか?」

「縛り首じゃないよな?」


 太い柱が建てられその傍に足場が組み立てられていて、暇な人々が完成するまで見ており、退屈な日を過ごしている者達には、好都合な暇つぶしになっていた。



 王都の罪人が入れられている監獄は、郊外にあり周りは林だけで何もない場所だった。

 処刑場は少し離れた場所にあったが、たまに凶悪犯などの罪人を見せしめの為に広場で公開処刑をする事があった。

 罪人は手首を縛られ馬に乗せられ、監獄から王都の広場まで護送されるのであった。 

 王都の住民は、それを知っている。



 看守に明日処刑が執り行われると聞かされて、ブリニャク侯爵邸から監獄に移されてからずっと覚悟していたカンタンは、思ったよりも恐怖は感じなかった。

 もっと腹の底から怖さが湧いてくるかと思っていたが、感じたのはとうとうかという物だった。


 捕まってから死罪は免れないのは覚悟していたが、同じ地下牢にいた若者が戦艦送りになったと聞いて、その方が恐ろしく感じたものだった。

 生まれてから海も見た事がなく、戦艦がどの様な物かも分からないから、処刑より余程予測が出来ず恐怖を感じたのだった。


 夕食は普段より良い食事が出て、酒もコップ一杯だが飲む事が出来た。


 腹一杯になり寝床に横になると、どうせ疫病で死ぬところだったのだから、明日処刑されて死ぬのもそう変わりはないと思う事にした。


 ――もう、どうにでもなれ――

 酔いの中カンタンは、豪胆にも眠りに就いたのだった。


 酷く冷えた朝だった。

 外と繋がる明り取りの鉄格子がはまった窓があり、そこから冷気が入って来ていた。

「おお……寒い」


 寝床で目を覚ましたカンタンは、処刑される罪人に朝食は出ないだろうと思っていたが、暖かい食べ物が独房に運ばれて驚いた。


 湯気の上がる肉の入ったスープと、パンと酒が出された。


「どこかのお貴族様からの御厚意だ。本来は食事は出されないんだぞ」


 ――なんで、貴族から?――

 

 カンタンは不思議に思ったが、そんな事はもうどうでも良かった。

 先に酒をちょびちょびと飲み干し、腹に冷えた酒が染み渡るのを味わった。


「はあ……うめえ……」


 最後に飲む酒は極上の味がして、――お貴族様は豪儀に高い酒を振る舞ってくれたんだな――と感謝した。


 ホクホクと、厚い肉の塊が入ったスープを手に取った。スープの熱さが手に伝わり、そこからじんわりと温もりが体の表面に広がっていった。


 スプーンで肉を掬い口に入れて噛んだが、柔らかく解けて直ぐに呑み込んでしまった。

 続けてスープを、皿に口を付けて飲み濃い味を味わっていると、段々喉と腹が熱くなり急に胃が締め付けられ、口から飲んだ物が噴水の様に吐き出された。


「ゲフッ!! グボオッッ!!」

 

 腹の中の物が全て吐き出されているかのように、口からはおびただしい水分と固形物が飛び出している。


 カンタンは、吐きながら床を転がり痛む喉と腹を押さえて叫ぼうとしたが、声が出なかった。


 喉の痛みは尋常ではなく、吐き出した物の中に血が混じり始めていた。

 

 ――誰か!!――


 看守を呼ぼうとしても声が出ないので、物音がするぐらいでは誰も注意を払ってはくれない。


 とうとう喉からは血の塊が吐き出され、カンタンは床で失神してしまった。


 ――ザバン!!――


 桶から冷たい水がカンタンに掛けられ、体を蹴飛ばされ気が付くまで踏みつけられた。


「起きろ! 処刑場に行く時間だぞ!」


 看守が薄っすらと目を開けたカンタンに、声を掛けた。

 カンタンは気が付いても痛む喉と腹のせいで、起き上がる事が出来なかった。

 

 ――どうしてこんな事が?――


 看守に聞きたかったが、喉からはかすれた音のような声しか出ず、恐怖と戸惑いの顔で見上げると、看守は冷たい顔をしていた。


「国がお前を、そのまま処刑場に送るはずがないだろう。ある事ない事しゃべられては、国民への影響が心配されるからな。さあその服を着るんだ。汚れた服では、馬が汚れるからな」


 痛みから床から立てないカンタンは、今の看守の言葉をぼおっとする頭で考えようとするが腹の底から吐き気がして、その考えもまとまらない。


 腹も喉も痛くて、涙が自然と溢れてくる。


「早くしろ、時間がないんだぞ!」


 看守は汚れたカンタンを掴んで起こしたくないようで、足蹴にして体を動かそうとしていた。


 ――処刑されるって事は、こういう事なんだな――


 今更ながらカンタンは、自分の立場を自覚した。


 寝巻の様な膝までの服を着させられて、痛む腹を押さえながらどうにか壁伝いに歩いて、外に出ると日はそう高く昇ってはいなかった。

 

 馬が一頭鞍を付けられて立っていて、処刑場は近くなのにと不思議に思っていると、後ろ手にされて縄で縛られた。

 腹を押さえていた手がなくなると、急に腹が痛くなり身を縮めてしまう。


 体が震え、立っている事さえ覚束おぼつかなく膝を付いてしまう。

 看守に支えられて馬に乗せられたが、後ろ手なのでバランスがとれず腹の痛みもあり、馬に体を預けてしまった。


 ポクポクと馬は呑気に歩き出し、カンタンはその揺れでさえ体に響き声にならない声を上げていた。


 今にも落ちそうだが、後ろ手に縛られた紐は長く伸びていて、腰に回された縄と同じく看守から代わった衛兵がその先を掴んでいて、カンタンの体のバランスを取っていた。


「出て来たぞ!!」


 人の声が聞こえ、耳を澄ますとザワザワと大勢の人の気配がした。

 監獄の門を馬が出ると、その人の気配が傍に寄って来るのが分かった。


 ――人のいない監獄の外にどうして人がいるんだ?――


 身を縮めながら目をつむり馬の動きに体を預けていると、

「人殺し!! 父ちゃんを返せ!!」

「亭主を返せ!!」

 

 一人の人の叫び声が発せられると、大勢の人が口々に叫び出し、もはや何を言っているか聞き取れなかった。


 いつもは静かな林の中の道は、喧噪の中にあった。

 腕と腹の紐が引っ張られ、カンタンは体を起こされた。

 途端に頭に衝撃が走り、カンタンはのけ反って馬から落ちそうになった。


 衛兵が寄って来て体を支えた。

 カンタンの頭からは血が流れ、痛みはこれからなされる事の恐怖で感じなかった。


 ――何処に行くんだ――


 そう聞きたかったし、ここに集まっている人達は誰なのかも知りたかったが、その術がカンタンにはもう無かった。


 人々は馬の周りを遠巻きにし一緒に付いて来て、隙をついて石を投げて来た。

 傍に衛兵がいるので、当たらないようにするとカンタンにも当たらず、皆苦戦しているようだった。


 馬が進んで行くとカンタンにも、自分が王都の中に連れて行かれるのを知る事になった。

 腹の底から得体の知れない物が湧いてきて、体中が小刻みに震え出した。

 処刑場で首を吊られて、あっけなく死んでいくのだと思っていたが、ブリニャク侯爵がそうは思っていなかった事に今気が付いた。


 オテロが疫病の事で拷問に近い事をしてきたが、暴力を振るわれたのはその一度だけで、それから殴られた事も無かったので何故か安心していたのだった。

 ブリニャク侯爵とオテロの、自分への復讐心がどれ程強いのか、馬鹿のように気付いていなかったのだ。


 ――娘は、生きて戻ってきたんだから、良いじゃねえか――


 頭の中でそんな都合の良い事を考えていた自分が、馬鹿だった。


 王都の広場に行くまでに、カンタンの馬に付いてくる人々はどんどん増えていき、途中で衛兵が追加され馬が進める様に道の先々が整理される程だった。


「イーザローの手先め!!」

「売国奴!!」


 石を投げる人の中には、平民が知るはずが無い事が叫ばれたがこれは、ラウーシュやブリニャク侯爵達の情報操作であった。


 高札にはイーザローの名前は出さなかったので、平民に紛れてカンタンが誰の指示で疫病を蔓延させたか情報を流しているのだった。



 カンタンを取り巻く人の波は道に溢れ、夏の疫病が人々にどれ程暗い影を落としたかが、分かろうという物だった。


 住人は石や手元にある物をカンタンに投げつけ、カンタンの頭は裂け体も傷だらけで、目は潰れ、鼻が折れ、歯もかけて、肌も裂けてボロボロになっていた。

 

 カンタンの潰された顔を見て、住人達はなお興奮し叫び声を上げて罵倒し続けた。


 広場に到着する頃には、カンタンは瀕死の状態だった。

 衛兵も住民の投石を止めず、自分達が石に当たらぬように盾で防ぐだけだった。


 カンタンが広場に入ると住民の熱狂と興奮は頂点に達し、熱気が上空に上がっていくようであった。


 ボロボロになり服も裂けたカンタンは、ほぼ全裸に近くそれでも居合わせた女達は目を逸らす事は無かった。


 衛兵に引きずられながら処刑台に乗せられ、大きな柱の上に括りつけられたカンタンに向かって、人々は持ってきた石を一斉に投げつけた。

 もうカンタンは、死んでいるのかも知れなかった。


 死刑執行人が台に上がり、書類を開いた。一瞬にして音が止まり、広場は静寂に包まれた。


「カンタン・バイイは、某国の意志に賛同し、疫病を我が国に蔓延させ国の混乱に乗じて戦乱に巻き込もうとした。その罪は重く、ここに火あぶりの刑に処す。これは王命である!!」


 集まった人々の怨嗟の声が渦を巻き、カンタンに襲い掛かる。


 カンタンが括られた柱の下に薪が置かれ、その上にかやや払われた小枝が高く積まれていて、そこに衛兵が火を点けた。


 見ていた人々が歓声を上げる。

 皆の精神が興奮状態になり、燃え上がる木々と共にその気持ちは浄化されていくのだろう。


 長く辛かった、夏の災害と言える疫病の始末は、このカンタンの処刑で終わりを告げる事となった。


 広場に面した大きな宿屋の一番上の階には、ブリニャク侯爵、オテロとラウーシュも立ち会っていた。


 市民に散々投石されボロボロになったカンタンを見て、ブリニャク侯爵は平然としていた。

 燃え上がる火が徐々にカンタンの体に及ぶと、息が無いと思われたカンタンが口を開け声なき声を上げると、


「薬は効いているようだな」

「はい、命に別状はありませんが、喉や腸が焼かれるという薬でありますから」

 

 主従は恐ろしい事を、平然とした顔で会話している。

 炎が人々の熱気で上昇気流になり、渦を巻いてカンタンの体を包み彼は頭をとうとう下げた。


 炎の熱さではなく息が出来ずに絶命したのだろう、その姿を見てブリニャク侯爵は席を立った。


「ラウーシュはどうする、最後まで見ていくか?」


 ラウーシュは青い顔をしていたが、首を振り帰る事にした。


「ここまでしなくてはいけない物でしょうか?」


 自分でも甘い事を言っていると思っているが、これからの参考の為に聞いてみた。


「ラウーシュ、人心を掴むというのは上に立つ者にとって大切な事だ。疫病はどうしようもない事だが、家族を亡くした者達はその悲しみのやり場がないのだ。そこに犯人が現れれば、持って行き様のない怒りや悲しみを払う事が出来る。そうやって前に進んでいけるのだ」


 ラウーシュは、まだまだ自分は人生経験が足りないと痛感させられた。


 皆で階段を下りながら、侯爵が口を開いた。


「私はカンタンを自分の手で処刑したかったが、それをするとリリアージュが悲しむだろう。自分の為に父が人を殺すのだ。優しいリリアージュには、耐えられまい。だから私は、国の処刑にカンタンを託したのだ」


 侯爵の声は、長年の恨みを晴らした人の物には思えなかった。

 犯人を処刑しても、戻ってこない物は多いのだから。


 侯爵は、悲しみと怒りの気持ちの落としどころを未だ見つけてはいないのだろうか。

 

 ラウーシュは、侯爵の長年の悲哀を深く感じていた。


監獄に移送されていた、カンタンが王都の広場に連れて行かれて

処刑された。

広場の宿屋の部屋から、ブリニャク侯爵、オテロ、ラウーシュが

それを見ていた。

遅くなり、すみませんでした。


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