第134話
*ご注意
少しですが、人が亡くなる描写が有ります。苦手な方は、ご覧にならない様にして下さい。
全員白い洋服を渡され、着替えるようにと言い渡された。
皆青い顔をし震える手で受け取り、視線だけはキョロキョロと周りを見ている。隙さえあればどこかに逃げ道がないか、隠れる場所はないかと探すような様子であった。
最後の食事は済んでおり、着替えた者から一室に入れられた。
王の慈悲で、イーザローにいる親や親族に手紙を書く事を許された。
勿論、検閲はされる。
侍女長と二人の侍女の他に、三人の侍女も居たが彼女等も尋問をすると、フレイユ国に来た理由を理解していた。
他の侍女達が罪を話したと聞くと、観念し告白した。
まだ若い娘達は、国からは成功した場合の報酬の事しか言われておらず、失敗した時のことなど少しも考えていなかった。
――そんな事は、知らなかった!!――
と、今更後悔しても遅すぎた。
控室で侍女達は、これから死出の旅に向かう事に実感が湧かず、茫然と立ち尽くすばかりであった。
部屋の扉が開き静かに人が入って来たが、始めは誰か分からなかった。
「国王陛下……」
侍女長が膝を折り頭を下げると、侍女達も驚きながら礼を取った。
彼女等は滅多に王を見る事はなかったが、自国にまで聞こえるフレイユ国王の美しさは目の前にしても年を感じさせず、ひと時現実の苦しさを忘れさせてくれた。
王が動くと、鼻をくすぐる香水の匂いが漂い娘達は心地良さを感じた。
王はその場に立ったまま、
「そなた達は国との争いに巻き込まれ、罪を犯す事となった。だが罰はやはり受けねばならぬ。若くして命を絶たれるのを人の所為にしてはならぬぞ、この道を選んだのは自分なのだからな」
娘達は顔を下に向けながら、泣いていた。誰に強制されたのでなく、自ら進んで得た仕事であったのだ。
「最後に教えておこう。イーザロー国の第六王女であるフローレンス姫の母は、予の異母妹である。つまりフローレンスは予の実の姪に当たる」
娘達は驚きの声を上げた。
王が淡々とした顔をしているが、自分達が姫にしてきた事は耳に入っているからこそ、ここで正体を教えたのだろう。
死ぬ事が怖いという感情しか、もう無いだろうと思っていたが、自分達が姫にしてきた事を恥ずかしいとか、傲慢であったという思いが胸を刺し、居たたまれない気持ちになった。
己の小ささを、改めて思い知らされていた。
「他国に人質同然に送られていく幼い少女を、侮り虐めて自分達の自尊心を満足させていたその心が、今の自分達を作ったのだと良く考えよ。貧しい平民の娘の方が、よほど心根が美しかったと言う事であろうな」
イーザローからやって来た侍女の中でただ一人、命を救われたクラリセ・ソレルはこれから姫の侍女としてフレイユ国で一生を過ごす事になる。
主従は、幸せな人生を得る事となった。
――ど、どうして、こんな事に……――
娘達がいくら泣いても、先に待つのは死だった。
侍女長は真っすぐ王の顔を見て、それを聞いていた。
その顔には何も表情は無く、ただ諦観という言葉が当たっているのかもしれなかった。
「姫様には――今までの事、申し訳ございません――とお伝え願えれば幸いでございます」
王は頷いて、部屋を後にした。
大声で泣きわめく娘達に、侍女長は静かに言った。
「これ以上イーザロー国の貴族として恥を晒すのは、お止めなさい。
平民を侮る気持ちが有ったのなら、貴族としての気概をお見せなさい」
娘達は順番に呼ばれ、毒杯を出され震える手でそれを飲み干していった。
苦しむのは僅かな時間だけであった。
侍女長は一部屋の中に、棺桶に入れられて横たわっている娘達の遺体を見て、一人ずつの頭と手を撫で別れを告げた。
若い年頃の娘が異国で死なねばならなかったのは、自国の責任でもあったのだが、それを言ってもしょうがない事であった。
「女性としての幸せを味わう事なく死なねばならなかった事を、国に代わって謝罪しましょう。死出の旅には、私が付いていきますから安心なさい……」
侍女長は、この国に来てから初めて涙を流した。
彼女の祖国への手紙には、娘達は最後までイーザロー国貴族としての尊厳を持ち、亡くなっていったと書かれてあった。
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侍女達の処刑を聞かされ、姫は涙した。
自分を虐め更に殺害しようとした者達の為に泣くのは、姫の優しさゆえであった。
イーザローから他国にやって来て、彼女等も不安や恐怖も有っただろうと慮るのである。
一緒に国を出て来た仲間とも言えると、姫は思うのであった。
「姫様はお優しい。その様に思えるのは、素直な性格であるからなのでしょうね」
何事も裏を考えてしまう王太子は、素直な姫を一生その様に過ごさせてあげたいと思った。
その為には自分は強くなり、自国をさらに盛り立てて行かねばならないと決意するのだった。
「イーザローに伯母上を探しに行かせていた者からは、伯母上と乳母殿も見つかり、一緒にこちらに向かうと連絡がありました。もう少しで母上に会う事ができますよ」
姫は思いがけない事に、驚きの声を上げた。
「本当に? 母がフレイユ国に来るのですか?」
嬉しそうな姫に王太子は顔を崩し、その手を取った。
「ええ、この離宮でお母上と共に住めるのです」
頬を赤く染め涙で潤んでいた瞳は、歓喜でキラキラと光っていたが、またその瞳からは嬉し涙が溢れ出た。
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「そうですか……とうとう姫様の侍女殿達が処刑されたのですか」
リリアスは、父からその話を聞かされ複雑な気持ちになった。
姫のドレスを作る為に、王宮や離宮に行き侍女達とも何度も顔を合わせ言葉も交わした事があったのだ。
同じ年頃の美しい人達であったと、その顔を思い出していた。
リリアスには尊大な態度であったが、躾けられた上品な仕草はただ気位が高いだけではなく、厳しい貴族としての生活が感じられたのだった。
彼女等も国同士の戦いに巻き込まれた、犠牲者ではないかと同情する気持ちが湧いていた。
リリアスの消沈した顔に父は、慰める言葉が無かった。
同世代の他国から来た女性達の過酷だった状況を、理解する事は出来ても納得は出来ないと思うのだった。
それにブリニャク侯爵家にとっても、処罰せねばならぬ罪人がいるのだった。
その事を娘にどう伝えるか、侯爵には頭が痛い事であった。
短いですが、切りの良い所で止めました。




