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祈る娘  作者: オーガ
133/151

第133話

  


 王はブリニャク侯爵息女リリアージュ誘拐の話を、王太子から報告され息子の成長を知る事になった。


「私の判断で処理致しました。陛下にお知らせすると、大ごとになると思ったので」


 王太子は、真っすぐな目で王を見た。

 未だ混乱が尾を引いている王宮で、忙しい思いをしている王は行き過ぎないぐらいの王太子の判断を、嬉しく思っていた。


「一応ラウーシュ卿が宰相の座を得たのですから、そろそろ次の件に移っては如何でしょうか」


「気が進まぬが、やらねばならぬ事であるな」


 イーザロー国の侍女達の処罰であった。

 王太子毒殺未遂であるから、勿論死罪である。

 ここまで処罰がなされなかったのは、疫病対策と謀反の後始末が残っていたからで、彼女らは長らく死への恐怖を味わっていた。


 司法長官と宰相のラウーシュと、暗殺されかかった本人である王太子と第二王子も、取り調べに同席した。


 尋問官が、まず責任者である侍女長を部屋に呼び入れた。


 彼女は部屋に居並ぶ人物達を見ても、顔色を変えなかった。

 この国に来た時から、失敗した場合の自分達の処遇を理解していたからなのだろうか。


 侍女長は皆の前に立ったまま、尋問官に質問された。


「ミルラ・カプティ。お前はイーザロー国の意を受け、王太子並びに第二王子暗殺を企てた事を認めるか?」


 侍女長は暫く見ない間に白髪が増え、顔も憔悴して以前よりずっと老け込んでいた。 

 皆その変化に驚きを隠せなかった。いかに彼女が死を覚悟していたとはいえ、その心労が体に与えた影響は言葉に尽くせない物なのだろう。


 侍女長は、黙ったまま尋問官の質問に答えようとはせず、じっと床を見つめていた。


「カプティ!!」

 尋問官がいら立って名前を呼ぶと。


「黙秘致します」

 低く感情の無い声で、彼女は答えた。


 一同驚いて、声を上げた。

 事件当時侍女長は尋問に対して、王太后とイーザロー国の陰謀で王太子達を毒殺しようとしたと認めていたのだった。

 ゆえに今日の尋問は、形式的な物でしかなかったはずなのだ。それなのにここにきて侍女長は、黙秘すると言い出した。

 時間が空いた事で、彼女の何が変わったのだろうか。


「侍女長殿、あの時私は確かに貴女が王太子殿下と上手くいけば陛下も殺害するつもりだったと、仰ったのを聞いたが今何故黙秘なさる? もはやそれでは貴女が、罪から逃れられる事は叶いませんよ」


 今ここで侍女長が発言した事を証言できるのは、ラウーシュしかいなかった。

 一瞬侍女長がラウーシュの顔を見て、睨んだがそれでも何も言わなかった。


「あの時ご一緒だった、ブリニャク侯爵閣下とジアンビ伯爵もお連れしましょうか? 貴族である三人が証言すれば、貴女が黙秘されようとも罪は確定すると思われるが、いかがか?」


 あの時とはラウーシュの立場が違っている、しかし侍女長はそれを知らずただ黙っているだけであった。


「それでは、他の侍女を尋問させて頂こう。彼女等がお前より意志が固いとは思えないがね」


 侍女長は尋問まで日にちがあったから、侍女達には不利になるから何も言わない様にと、口を酸っぱくして言っておいたが馬鹿な侍女達は、脅されれば恐ろしさから知っている事を全て話してしまうだろうと思った。


 侍女長が立ったままの部屋に、侍女が一人入って来た。


「バーチェリー・サマー、我が国の王太子殿下を殺害するにあたって、お前の役割はどのような事であるか?」


 金髪の十八・九才位の侍女は、王太子達が居並ぶ中で緊張しているのか、体が震えていた。

 横に立っている侍女長をちらりと見てから、頭を横に振った。


「王太子殿下、殺さない。わたし、なにも知らない……」

 バーチェリーと呼ばれた侍女は、侍女長に教えられたフレイユ国の片言の言葉で、王太子暗殺を否定した。


 尋問官は肩をすくめ、

『侍女長は事件のすぐ後に、自分達が毒を仕込んだと言っていたが、直接菓子に仕込んだのはお前なのか?』

 と、イーザロー語で話しかけた。 

 尋問官は数種類の外国語を話せる者ばかりで、今日はその専門の男が尋問している。

 侍女は自国語を話す男に、べらべらと話し始めた。


『私は何も知りません。国を出る時も、ただ姫の侍女をするだけだと言われて来ました』

『では、いつになったら帰国しても良いと言われたのか?』

『……いつとは、言われていません』

『もう国に帰る事が出来ないのは、知っているな?』

『嘘!! もう仕事が終わったから、皆帰る事が出来ると聞いているわ!!』

『そんな訳があるか。王太子暗殺未遂だぞ? 皆、死罪だ』

 

 ――ひっ――


 侍女は顔を覆って座り込んでしまった。

 死罪という言葉に反応したのは、自分達が行った事の重大さを知っていると言う事だ。


『私は何もしていません。ただお菓子を作っただけです!!』

 侍女は座り込んだままで、叫んでいた。


『その菓子に毒を入れたのは、お前だな? お前が粉を練って、形を作って焼いたのだからな……』


『違う、違う、私は作っただけ!! 毒を……』


 尋問官の顔がピクリと動いた。


『毒を入れたのは他の侍女か? お前は作っただけか?』


 侍女は不味い言葉を吐いた事に気付いた。

 頭を振り、それを否定する。

『今、毒をと言ったな。毒を入れたのは、侍女長か?』

 

 侍女は頭を振り侍女長を見ると、彼女も侍女を見ており、

『何も話してはいけません。私達は何もしていないのですからね』

 と、母国語で話しかけた。


 侍女もその言葉に勇気を貰い、ゆっくりと頷いた。

『私は何も知りません。お菓子を焼いただけです』


 そう言ってから、尋問官が何を聞いても黙ったままだった。


 尋問官は次の侍女を呼んだ。

『シトロネラ・ティートリー。お前は王太子殿下に、お茶を淹れて差し上げたな。その中に毒を入れたのか?』


 シトロネラは首を振って、否定した。彼女もまたパーチェリーと同じ年でもっとしっかりしており、侍女長の言い付けを頑なに守っていた。何も知らずに茶を出しただけで、毒など入れていないと言い切った。


 尋問官は、居並ぶ王太子やラウーシュに意見がないかと、顔を伺ったが誰もが黙ったままだった。

 皆がイーザローの言葉が分からないのかと思ったが、第二王子以外はイーザロー語は理解しているようだった。


 次に部屋に呼ばれたのは、まだ若い十四才である少女だった。

 王太子もラウーシュも、顔に幼さが残る少女が怯えて震える手を握りしめて、尋問官の前に立つ姿を見て、苦い思いを持った。

 その純朴な顔を見て、彼女が何も知らないのは明らかだったからだ。


『クラリセ・ソレル、お前は姫様が食べられた焼き菓子に、毒を入れた人物を知っているだろう?』


 少女はブンブンと頭を横に振り、知らないと答えた。

『では、お前が菓子に毒を入れたのか?』


 少女は涙ぐみながら、違うと答えた。

『では、何かいつもと違う事を見たり、聞いたりしなかったか?』

『何も見ません。私はいつも皆さんと違う部屋に居て、食器を洗ったり洗濯をしたりしているので、一人でいる事が多いです……」


 少女は姫と侍女達の身の回りの事をやっていて、宮廷の他の人との接触がなかったので、ほとんどの者が彼女を知らなかった。

 近衛兵が事件で離宮に踏み込んだ時、奥の部屋にいて騒動を知らず、軟禁状態になって初めて、事件を知る事となったらしい。

 近衛兵も奥の家事室に入って、見た事がない少女がいて驚いたのだった。


 尋問官も彼女から知る事は無いだろうと考えていた時、廊下の方が騒がしくなってきた。

 皆も廊下に通じる扉を注目していると、近衛兵が入って来て敬礼をした。


「尋問中申し訳ございません。只今姫様が、中に入れて頂きたいとお出でになっていらっしゃいます」


「姫様が?」


 王太子が立ち上がり廊下に行くと、姫が必死な顔をして立っていた。


「どうなさったのですか? ここは姫様がいらっしゃるような場所ではありませんよ」

 王太子がさとすように言うと、姫は両手の指を願うように胸元で組んだ。

「侍女殿達の尋問をなさっておられるのを知って、やって来たのです。どうか私にも立ち会わせて下さいませ」


 王太子は困った顔をした。

 自分を殺そうとした者達の尋問に立ち会うなど、女性にはさせられないが、姫が必死なのが不思議であった。


「何か知りたい事がお有りなら後で、私がお知らせいたしますが?」

 姫は顔を横に振り、

「クラリセも罪に問われると聞いて、居ても立っても居られなかったのです」


 王太子は、姫が侍女達にないがしろにされていたのを聞いていたから、その中で仲の良い侍女が居た事に驚いていた。


「その侍女は、姫に良くしてくれたのですか?」

「はい、イーザローの城に初めて上がった時から知っていて、その頃から良くしてくれたのです。どうかお願いです、私も同席させて下さいませ」


 我が儘な事など一度も言った事が無い姫が、これ程望む事をどうして断る事ができよう。王太子はにっこりと笑って、姫を部屋の中に招き入れた。

 姫は部屋に入ると、クラリセの姿を見てその傍に駆け寄った。


『クラリセ、大丈夫?』

『姫様……こんな所にいらしてはいけませんよ』


 二人の様子は、とても仲の良い友人の様に見えた。

 他の侍女達はその様子を見て、苦々しい顔をしていた。

 王太子はそれだけで、クラリセという女中が離宮で姫を助けていた者なのだと知る事が出来た。


「尋問官様、クラリセはイーザローに居た時からも、フレイユ国に来るまでの道中も、私にとても親切にしてくれた人です。その人が私を、毒殺するはずが有りません。ましてや、王太子殿下を、殺そうなんて考えた事もない人です」


 尋問官は背筋を正し、姉妹の様に肩を寄せ合っている二人を見て、微笑ましく感じながらも質問をした。


「では姫様にお聞き致しますが、姫様は誰が毒を入れたと思われるのですか?」

「分かりません……でも以前から、お菓子を食べると夜にお腹が痛くなる事が、何度かありました。ですがそれも、体調が悪いからなのだと思って、あまり気にはしていませんでしたが……」


 尋問官は、ラウーシュが頷くのを見てその話を確認した。ラウーシュからは、姫と同じ焼き菓子を食べて、平民の子供が死にかけた事を聞いていたのだ。


『さて、色々話を聞いたが、あの状況でお茶、焼き菓子のどちらかに毒を入れる事ができるのは、離宮でそれを作った侍女のお前達しかいないと結論付ける事が出来る。いくら自分達がやっていないと言い張っても、疑いを免れる事は出来ない。陛下の裁可は必要ではあるが、私はお前達に罪ありと陛下に進言するだろう』


 ――ひぃぃ――

 侍女達は悲鳴を上げ、顔を手で覆いうずくまった。


『私はやっていない! 毒なんか入れていない! い、入れたのは……侍女長様なんです!!』


 バーチェリーという娘は、死罪の恐ろしさからとうとう真実を言わずにはいられなかった。


 尋問官は、――やはり――と頷き、侍女長は無念とばかりに目を瞑った。


 王太子は、立ち上がり侍女達に告げた。


『今の発言が無くとも、状況証拠はお前達が犯人だと示していた。まして事件後に侍女長がはっきりと、毒を盛ったと告白していたのだ。このような尋問をせずとも処罰は出来たのだが、一応お前たちの話を聞く事にしたのだ。自分達の罪を反省することなく、言い逃れようとした態度は許される物ではない。王族への殺人は未遂であれ、死罪が妥当な罰である。私も、陛下に全員の死罪を進言する』


 王太子の言葉に、侍女達は泣き崩れた。

 侍女長だけが、黙ってその言葉を噛みしめる様に立ち尽くしていた。


「殿下! クラリセも処刑されるのでしょうか!!」


 姫が真っ青な顔で王太子に詰め寄った。


「姫、私も鬼ではない。罪無き者まで、罰しはしませんよ」


 王太子は、姫の手を取り安心するようにと優しく握りしめた。



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