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祈る娘  作者: オーガ
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第13話


 リリアスの部屋は、ベッドとドレッサーと小さなテーブルがあるだけの、狭い部屋だった。

 カーテンも灰色の薄い物で、朝日など簡単に入ってくる、粗末な物だ。

 持って来た私物も何もないので、殺風景な場所である。


 仕事を終えて食事をすれば、寝るだけなのだが、今はせっせと針仕事をしている。

 生地や毛糸などは、捨てる物ならばいくらでもあるので、今作っている物の製作には困らない。

 

 つまりは、付け届けである。


 エイダの人形は戻ってこなかった。


 ペラジーが代わりの物を作るだろうが、きっと忙しくて、その暇はないはずだ。

 そこに自分のつけ入るすきはある。


 あの年頃の女の子が憧れるのは、お姫様である。


 エイダの髪色の人形に、シュミーズ、ドロワーズ、ペチコートを着せ、シフォンを何枚も重ねた、大人と同じ腰で切り返しのあるドレスを作っている。

 

 レースもふんだんに、胸当てや、広がった袖口や裾に付けていく。人のサイズで作れば、とほうもない金額だが、人形ではただである。いくらでも贅を凝らすことができる。


 孤児院にいた時も、年下の子によく作ってやっていたが、もっと質素な木綿のドレスの人形だった。

 今なら、作れば作るほどもうかるかもしれない。いや現在は昔より稼ぐ金額が多いから、その必要はないのだ。

 つい貧乏性がでてしまう。


 ドレスは色を変えて何枚も、コートも厚地の生地で数枚作る。これで遊んでもらえなければ、もうどうしようもない。

 時が経ってエイダが忘れるのを待つしかない。

 

 あれもこれもと、サイズが小さいから出来上がるのが早く、ついつい夢中になって作っていたら夜が明けてしまった。

 

 その日はとても刺繍をする気分ではなくて、ペラジーに叱られた。


 


「どうぞ、ご笑納下さい」


 紙に包まれ赤いリボンがかけられた、中型の箱が、ペラジーに抱かれ、震えて少し涙目になっているエイダの前に差し出された。


 ――こわくないよ――


 という母の猫なで声に懐柔されて、エイダは居間のテーブルに着いている。


「開けてごらん」


 案の定ペラジーは忙しく、人形まで手は廻らなかったが、寂しそうにしている娘に、簡単に作ったお腹の出っ張った、赤ちゃん人形を作って持たせてはいた。


 それはそれで、愛嬌があって可愛いのだが、

 ――余計な事を……――

 という言葉は飲み込んで、リリアスはエイダが箱を開けるのを見ていた。


 小さな手がリボンをほどき、紙包みを開いていく様子はもどかしいが、箱の中に豪華なドレスをまとったお人形を見た時の、輝くほどの笑顔を見て、不安な気持ちは吹き飛んだ。


「わあー、ちれーい」


 人形の胴体を鷲掴みにして取り出すと。さっそくひっくり返して、ドレスの中を見る。


「あ! はだかんぼじゃない、ドロワーズはいてる!」

 

 ドロワーズの紐をほどいて下げると、

「おけけ、ないね」

 と、ペラジーの方を向いた。


 ペラジーが吹いた。


「いやあ、なんせ下町育ちなもんで、この年にして下ネタは、常備でね」


 口を開いてぽかんとしているリリアスに、ペラジーは頭をかいて、申し訳なさそうに、笑った。


 豪華仕様の人形は気にいってもらえたようで、テーブルの上で、早々に着せ替えを始めたエイダに、二人は笑いあった。


「寝る間も削って作ってもらって、すまないねえ」

「とんでもない、とても楽しくって、昔、孤児院で人形を作っていたのを、思い出してたわ」

「え? 孤児院って?」


 ペラジーは不思議な顔をした。

 思えば、彼女には身の上話をしたことがなかった。


「話す機会もなかったけど、私は捨て子でね。教会の孤児院で育って、親の顔も知らないの。私の物といえば、リリアージュっていう、名前だけなのよ」


「本当はリリアージュっていうのかい? じゃあリリアスってのは?」


「教会に来た時は、エイダちゃんぐらいで、リリアージュって言えなかったから、なんとかリリアスで、妥協したって感じかな?」


「なんだいそりゃあ。でもちゃんと名乗ってないと、親が探しに来た時に、分からないんじゃないのかい?」


「あの年は戦争が終わった年だから、私の両親は亡くなっているんだと思うの。だから世話する人もいなくて、捨てられたんじゃないかな」


 ペラジーは同情気な顔だが、暗い顔をして欲しくなかった。

 

 自分の人生は自分で切り開いてきたという自負があるし、貧しい親ならばへたをすれば、売られていたかもしれないのだ。


 そう思って生きてきたのだ。

 腕一本で生きていけている今を、誇りに思っている。


「これからの人生、大切に生きていくわ」

 笑うとペラジーも、うなずいた。


「エイダ、リリアスに言うことがあるだろう?」


 エイダはビクッと体をすくめて、そっと横のリリアスを見た。


「リリアーチュねえちゃん、人形ありがと」


 少し涙目のエイダは、精一杯の笑顔を向けた。


 


 マダムジラーの私室に呼ばれて、リリアスは紅茶を飲んでいる。 

 ずっと刺繍三昧の日々で、息抜きにはちょどいいかと、来てみるとマダムジラーは、深刻な面持ちだった。


「困っているの」


 いつもの煙草も吸わずに煙をくゆらせているだけだ。


「王妃様のデザインの変更ですか? 刺繍はかなり進んでいますけど……」


 マダムの口から一番聞きたくない言葉だが、一応覚悟を決めて、お腹に力を入れた。しかしそれならば、責任者のペラジーが一緒でないのが、おかしく思えた。


 マダムは長くなった煙草の灰をテーブルの上の灰皿に、ゆっくりと丁寧に落とし、視線は床をじっとみつめていた。


「あなたを、モロー氏から借り受けているのは私だから、貴方への責任はすべて今は、私に有る訳なのね」


 まるで自分に言い聞かせているようだ。


「どうなさったのですか? 私に落ち度があるなら、はっきり言って下さって結構ですが」


 近頃色々やらかしているのは、自覚があるので、解雇ならばしょうがないと、腹をくくった。


「侯爵家が、貴方を名指しでお呼びなの。……もちろん、王妃様のドレスを制作中だとお伝えしたし、あちらもそれはご存知なのだけど、それでも来て欲しいと、おっしゃるの」


 意味が分からず、言葉もでない。


「もしかして、王妃様のドレスのデザインを知りたいとかでは?」


 マダムは頭を横に振った。


「それはあり得ないわ。私に聞けばいい事だし、そうだとしても教える訳にはいかないけれどね。忙しいのは、勿論分かっているけど、一緒に侯爵家に行って欲しいの」


 断る選択肢はなかった。一生縁がないと思われた、貴族の屋敷に再び行くことになってしまった。



 以前行った時のように、少しまともな服では駄目なのだ。

 今回は、侯爵夫人自らの申し出であり、リリアスはマダムの若い頃のドレスを借り、髪も結い上げ、化粧もそれなりにすることとなった。


「やっぱり、ペラジーも一緒に行ったほうが良いわ」


 いざ出かけるという段になって、リリアスは怖気づき頼めもしない事を言い出した。


「はいはい、さあさあ、馬車に乗ってちょうだい」


 マダムの人あしらいの上手さに、あっという間に馬車に乗せられ、侯爵邸に向かって出発した。

 御者は勿論モットで、御者台で馬に鞭を当てている。知っている人がいるだけでも、心強いものだ。

 馬にかける声だけでも、気弱になる気持ちを元気づけてくれる。



 マダムジラーの前に腰掛けている娘は、モロー工房から借り受けているが、今や自分の工房にはなくてはならない人物だった。初めて見る材料を、仕事という位置づけだけではなく、職人の好奇心で、使い切ってくれた。

 

 その腕前で、王妃のドレスの刺繍を任せる事に、不安はなくなった。

 モローからは、孤児院出身と聞いているが、こうして化粧をほどこし、ドレスを着せればどこにだしても、恥ずかしくない令嬢に見える。


 色々派手な行動も起こしているようだが、このまま腕を磨けば、自分の後継者として任せる事もできるかもしれない。

 この美貌を持ってすれば、貴族の愛人になり、顧客を増やす事など造作もないことだろう。

 ペラジーは腕はいいが、下町育ちが板につき過ぎて、職人ならいいが、経営者はとても無理だろう。


 この侯爵家の訪問が、自分達への良い追い風になってくれればと、願わずにはいられなかった。




 侯爵邸のサロンは、午後の日差しが薄いレースのカーテン越しに入り、居心地の良い温度になっていた。

 マダムは優雅に紅茶を飲み、出されたケーキを食べている。良く喉を通ると思う。

 リリアスは紅茶が精一杯で、それさえも変な息をすると、むせそうになる。

 間がもたないので、ちびちびとカップに口を付けている。

 

 というのも、この部屋にはお仕着せを着た女中と呼ばれる人が3人、そして私服の滑らかな絹のボタニカルな模様のドレスを着た上臈と、もう一人以前会った事のある、紺色のドレスの女性が、立ったまま自分達を見下ろしているのだ。


 白いクリームで飾られた三角に切られたケーキだが、フォークを刺して、口に運ぶのは無理だった。

 食べればきっと美味しくて、ペラジーやエイダにどれほど素晴らしかったか教えてやれるのだが、震える手はケーキもフォークも豪華な絨毯に落としてしまうだろう。


 

 急にドアが開き、持っていたカップを取り落すところだった。

 マダムがゆっくり立ち上がったので、リリアスも慌ててカップを置いて、それにならった。

 良く見るとソーサーに、紅茶がこぼれていて、声が出そうになった。


「ジラー、来てくれたか」


 侯爵夫人がドレスを広げながら長椅子に寝転ぶように座り、女中の用意した紅茶を、紺色のドレスの女性から受け取った。


「ああ……、美味しい」


 ほうっと吐き出した息も、いい匂いがしそうなほど、侯爵夫人は香水の匂いをさせて、ドレスも生地に金の糸を織り込んだもので、上品にキラキラと光っている。



「イーザロ―国から留学という名目で来た、実質人質である姫が、離宮におってな。

その姫の話相手に、侯爵がなられたのじゃが、それは我には関係のない事じゃ。だが、吝嗇で通っている宰相のオルタンシア公爵が、姫の衣装費はいくら使っても構わぬと、明言されてな。これは我が侯爵家全体で、かからねばという事になったのじゃ」


「そのお支度を、私達にもお手伝いさせていただけるのでしょうか?」


「当たり前じゃ」


 ――パシッ――

 ニコッと笑った、侯爵夫人の持っていた扇が手で、しなった。


「あの宰相が、いくら使っても良いと言ったのじゃ。宰相嫌いの侯爵が、小躍りせぬ訳があるまい? そのためにはお前の力が必要なのじゃ。材料の調達は商人に、もう申し伝えておる。まあ布を見てからデザインを決めてもよいが、時間はあるからデザイン画はいくらでも、作っておくが良いぞ」


「では、縫い子にはリリアスを使うという事でありましょうか?」


「勿論じゃ。この者ほどの縫い子はおるまい? 姫のドレスの製作の合間に、王妃のドレスを作れば良い事じゃ。人手が欲しくば、幾人でも揃えれば良いぞ、ただし腕の良いのが条件じゃ」


 ――オッホッホッ――

 

 侯爵夫人は機嫌良く笑った。


 マダムジラーと、リリアスは、頭を下げながら、視線を合わせ、ため息をつきたいのを、なんとか我慢した。





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