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祈る娘  作者: オーガ
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第127話


 揺れる馬の上で舌を噛みそうなリリアスは、それでも抵抗をしようと手足をバタバタと動かし、男の手から逃れようとした。


「姫様! 傷つける気は毛頭ありません。どうか抵抗なされぬように!」


 自分を姫様と呼ぶのは母の国の人だけで、それで何故連れ去られているのか分かって来た。

 侯爵の敷地内で馬を走らせるのは、地理を良く調べているからで、自分を攫う為に随分と準備をしたようだ。

 必死で逃げるこの男達の狙いが何かは分からないが、そこには姫という自分が必要なのだろう。

 何も知らない平民だった娘を、この男達が欲しているのが不思議でたまらない。


 鬱蒼とした林を潜り抜け、馬は広い街道に出ようとする頃、

 ――リリアス……――

 と後ろから微かに自分を呼ぶ声が聞こえた。


「ここよ!! こっち!!」


 体を馬の上に横に腹ばいにされて、腹の中の物が出そうになりながら大声で応えた。

 男はリリアスの体を押さえ、手綱を握っているのでリリアスが声を出すのを止められない。


「オテロ!! こっちよ! 助けて!!」

 

 苦しみながらも声を出すと、自分を呼ぶ声が段々大きくなってくる。オテロは確実に自分を見つけて、追ってくれているとほっとした。


 男達はリリアスを運んでいるのでどうしても遅くなっており、ついにリリアスを呼ぶ声が背後に迫った。


「オテロ!!」

 

 馬の影が見たので名前を呼ぶと、木々から差す陽の光が白馬を照らした。

 馬上を見ると、なんと背後から追跡していたのはラウーシュだった。

 ラウーシュは、いつも乗り慣れた自分の馬とはいえ、鞍が無く手綱だけの裸馬に跨っていた。

 こちらを追う顔は必死だった。


「ラウーシュ!!」

「リリアス!!」


 落ちない様に馬上でバランスを取るラウーシュは、自分が何を言っているかは自覚していなかった。

 目の前に旅装姿の男達が、リリアスを馬に乗せて逃げようとしている。

 これを逃せばリリアスとは二度と会えなくなると思うと、体が震えリリアスを呼ぶ口も舌も強張っていく。


 他の男達がラウーシュの馬を囲み、剣を抜いて馬から落とそうとすると、ラウーシュは馬の速度を上げ、リリアスの乗っている馬に近づき、バランスを横に崩しながら男とリリアスに飛びついた。


 リリアスの声にならない叫び声が上がり、リリアスとラウーシュは男を下敷きに雑草が生い茂る場所に落ちた。


 男達も下馬し、剣を下げたまま落ちた三人に走り寄って来た。


「怪我は無いか?」


 男が下敷きになっても落ちた衝撃は強く、リリアスは体を打ち付けた痛さで声も出なかった。

 ラウーシュがリリアスを抱き起し、体を見ている。


「ラウーシュ様は……危ない!!」


 ラウーシュの後ろから男が剣を振りかぶっている。

 咄嗟にラウーシュは草原を転がり、距離を取った。

 リリアスはラウーシュの傍に行きたいが、体が痛くて直ぐには動けなかった。


 一緒に落ちた男は、気を失ったのか動かない。

 剣を持った男がリリアスの腕を取ろうと伸ばすと、リリアスは手元にあった石で男の顔面を殴りつけた。

 

 ――ウァッ――

 

 思わぬ奇襲に男がのけ反ると、ラウーシュが素早くリリアスの前に出て体をかばった。


 ラウーシュは剣を持ってない、リリアスには危害を加えない男達も彼に対しては違う。


「この方はデフレイタス侯爵閣下の御子息よ、傷つけては駄目よっ!」

 

 リリアスが声を荒げると、男達は躊躇した。

 男達は倒れている男を入れて五人で、身なりは変装しているのか自前なのかは分からないが、くたびれた姿であった。

 けっして余裕のある暮らしぶりには見えなかった。


「私がイズトゥーリスの王族の血を引く者と知って、攫ってどうしようというんです。まさか女王にでもして、国を再興するつもりじゃないでしょうね?」


 男達は動揺して顔色を変えた。

 まだ若い青年達で、若さ故の暴走なのだろうか。


「食べていくのが精一杯、昔の暮らしが思い出されて、惨めな今が許せない……って所かしら」

 リリアスの言葉に男達は、益々挙動不審になっていく。


「リリアス、あまり煽るんじゃない血の気の多い奴らだ、何をするか分からん」

 耳元で囁かれた声は落ち着いて、僅かに彼らを揶揄やゆする口調だった。


 ――ラウーシュ様は、恐れていない――


 興奮していた気持ちが落ち着いてきた。


「姫……私達はイズトゥーリスを、我が土地を、フレイユ国から取り戻したいのです。王族が処刑され、王の血族は遠い血筋の者ばかりです。貴女が……貴女がおられれば、我らの願いは叶うのです!!」


「馬鹿にするなっ!! お前たちの願いの為に、リリアスを犠牲にするのかっ!!」


 妙に大きな声にリリアスは、顔をしかめた。


「そうよ! 一度も会った事がない私を、王女として認められるの? 私が馬鹿で、浪費家で、大食いで、遊ぶ事しか知らない平民育ちの女でも、王女にしていいの?」


 ラウーシュが噴き出して、リリアスを押さえた。


 男達はリリアスの反論に沈黙した。

 剣を持ったまま立っていたが、馬から落ちた男が気が付いてふらふらと、リリアスに近づいてきた。


「王女殿下! どうか一度我が国にお戻り下さいませ。祖国でフレイユ国の元忍従している同志にお力をお与え下さい!」


「同志って何よ!」


 勝手な事ばかり言う男達に嫌気がさして、リリアスも大声で怒鳴ってしまった。


 馬のいななきと下草を掛ける音が聞こえたと同時に、オテロとレキュアが馬で走り込んで来た。


 広くも無い場所に馬や男達が集まり、混沌としている。

 

 オテロとレキュアはリリアス達の様子を見て、無事だったかと安堵の顔をした。

「お怪我は?」


 リリアスは頭を横に振った。

 オテロ達は剣を抜き、立ち尽くす男達に向かった。

 どう見ても狼と子犬の対決だった。


「オテロ! 傷つけないで! イズトゥーリスの人達なの」


 オテロは苦い顔をして、頭を横に振った。


「お嬢様のお慈悲に、感謝するんだな」


 そう言った瞬間オテロは一気に男達に飛び込んで、持っていた剣を矢継ぎ早に落としていった。

 大きな体のオテロの目にも止まらない剣技に、男達は恐慌状態に陥り、なりふり構わず逃げ出そうと走り出した。


 オテロとレキュアが腕と足で男達を殴り飛ばし、あっという間に制圧してしまった。


「お嬢様! 申し訳ありません。油断致しました」


 地面に座り込んでいるリリアスに、オテロは膝を付いて頭を下げた。


「大丈夫よ、怪我もしていないし、助けに来てくれたじゃない」


 リリアスは笑って、

「あの人達を斬らないでくれて、ありがとう。難しいんでしょう?」


「あんな小童こわっぱ共など、練習相手にもなりませんよ」


 オテロが立ち上がり、レキュアと一緒に倒れている男達を一か所に集めた。


 ラウーシュも散り散りになった馬を集め、立ち木に繋ぎ止めた。


 三人が集まって、どうやって帰るかと相談を始めている。

 リリアスはその話し合いが終わるのを待っているうちに、ふとドレスを見ると見るも無残に裾が何か所も切れており、腰の切り替えの所や脇も縫い目で裂けていた。


「何てこと!!」


 木立にリリアスの叫び声が響いた。

 三人が驚いてこちらを見たので、リリアスは口を手で押さえて――何でもない――と手を振った。


 オテロがやって来て、

「レキュア殿とラウーシュ様とで馬に乗ってお帰り下さい。私はこの男達を見張っております」


「屋敷から人が来るまで、待っているの? 一人で大丈夫なの?」


 先ほどのオテロの腕前を見ても、一人で五人の男を見ていられるのか、リリアスには不思議だった。


「私では無理ですが、オテロ殿なら心配ありませんし、すぐ屋敷の方々がいらっしゃるでしょう」


 皆が大丈夫というので、リリアスも納得してラウーシュに手を取ってもらい立ち上がろうとしたが、腰が抜けていて立てなかった。


 困った顔のリリアスにラウーシュは、

「私の首に手を掛けて下さい」

 と、リリアスの手を取った。


 ラウーシュの腕に抱かれ、鞍の付いた馬に乗せられレキュアの乗った馬と共に、ゆっくり屋敷に向かった。


 そろそろ陽が沈みかけてきて暗くなってきたので、レキュアは先に屋敷に行く事にした。

「お二人で大丈夫ですね?」

「当たり前だ、それより早く戻って人を呼んで来るのだ」


 さすがに真っ暗になったところに、オテロを置いておくのは悪いので先を急がせた。

 レキュアは、あっという間にいなくなってしまった。


 あし毛の馬は、二人を乗せても苦も無くポクポクとゆっくり、木立の間を進んで行く。


 背中にラウーシュの体温を感じて居心地の悪いリリアスは、どうしてラウーシュが始めにやって来ることが出来たのか聞いてみた。


「殴られて倒れた時、木の後ろに馬がいるのが見えたのです。オテロ殿が走って追いかけた時に、私は屋敷に走って戻りうまやで馬を調達したのです。しかし鞍を外していたのでそのまま乗って、貴女を追いかけたのです」


 結局オテロ達も、ラウーシュが使用人に頼んだ馬に乗って、後から追いかけて来たのだ。


「二人は男達が走って行った方向が分かっていましたし、オテロ殿は追跡の方法を知っていますから、安心していました。……私はリリアージュ様の声で場所が分かって、追いつく事が出来ました」


 リリアスが大声で叫んでいたのが、役に立ったのだ。貴族のお嬢様なら恐ろしくて気絶でもして、簡単に攫われていただろう。


「やっぱり、私が平民育ちで良かったんですね」


 ラウーシュはリリアスがどんな生まれでも、ここに居てくれるだけで良いのだと思った。



 



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