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祈る娘  作者: オーガ
125/151

第125話



 次の日の午後、その男は二人の従者を連れてやって来た。


 真っ白なジュストコールは、襟端から裾まで金糸で縁取られたスカラップ模様が施され、その横には色取り取りの花と葉が同じく裾までびっしりと刺繍された美しい物であった。


 右肩からサシェが掛けられ左胸には赤青等の勲章が数えられない程付けられ、胸には十字の大きな勲章が下げられている。


 正装の男を執事は丁寧な礼で出迎え、主が待つ応接室に案内した。


「ロカンクール様で、ございます」


 執事が扉を開け声を上げて、紹介した。


 応接室に居た三人は扉が開いた時に立ち上がり、今は無き国の宰相に敬意を払った。


 ブリニャク侯爵家の応接室は、その地位にふさわしく天井が高く、広さも普通の部屋の六倍はあった。

 

 異国の宰相だった人の姿を見て、ブリニャク侯爵達は目を見張った。

 この姿は自分達の為ではなく、自国の王女であるリリアスの為の物だろうからだ。


 ブリニャク侯爵は戦争以前から彼を知っていて、顔見知りといってもいいが、戦争が終わって以来会っていなかった。


 丸かった体はすっかり細くなり、顔は苦労からか皺が増し老人になっていた。しかも驚く事に脚を引きずっており、杖を突いて部屋に入って来た。


「ロカンクール殿、お久ぶりでありますな」


 知己ゆえに気軽に声を掛けたのだが、ロカンクールはギロッと侯爵を睨んだきり、ゆっくりと視線を下げて部屋の中央にやって来た。

 一言も話さず表情も変えず頑な態度に、ブリニャク侯爵は仕方が無いだろうなと思った。

 自国を滅ぼし王族を処刑した国の英雄とは、出来る事なら会いたくは無かっただろう。


「ロカンクール殿、良くお出でになられた」


 デフレイタス侯爵は傍に寄って行って、握手をするべく手を差し出した。


「デフレイタス侯爵殿か?」

 

 ロカンクールはやっと目の前にいるのが、侯爵と気づきその手を握った。

 時の流れが、互いを変えてしまった事に驚きながら、視線を合わせて頷きあった。


「後ろに居るのが息子のラウーシュです、昔話に出た事がありましたね」


 ロカンクールが手を伸ばすとラウーシュは、頭を少し下げ視線を合わせしっかりと握手した。


「これは……侯爵殿に似られて、良い男ぶりですな」


 初めてロカンクールは、笑った。

 デフレイタス侯爵の案内で、設えてあった椅子に彼を座らせた。

 その向かいにブリニャク侯爵、その左隣にデフレイタス侯爵が座り、ラウーシュは右隣に座った。


「今日は突然のおとないにも、応じて下さり感謝致す」


 ペコリとロカンクールは、杖に両手を当てたままで頭を下げた。


「はるばる遠き所からお出でになるには、それ相応の理由がござろう。私でできることならば、何なりと申し付け下され」


 緊張が少しほぐれた彼は、女中が持って来てサイドテーブルに置いた紅茶のカップを取り飲んだ。

 昔は厳しい人で礼儀にも煩かったが、年を取ると無遠慮になるのだなと思った。


「貴方がそれを聞きますか? 話は王女殿下の事に決まっておる」


 当然だが夕べはこの話の対応策を、ラウーシュを交えて考えたのだった。


「貴方は、王女殿下をどうなさりたいのだ?」


 彼は当然と言う顔で、胸を張った。

「是非、王女殿下と会わせて頂きたい」


 皺の多くなった顔は、自国の姫に面会するのに他国の貴族に、承認されなければ駄目なのを無念に思っている物だった。


「会ってどうされる?」


「イズトゥーリスは、王家の血を引く方はもう一人も残っておらんのだ。国は併合され元貴族の心の拠り所は無くなって、心はすさむばかりであった。……そこに、セルウィリア姫のご息女が生きておられるとの吉報じゃ。私が会いに来ない方が、おかしかろう」


 年はすでに七十を過ぎている老人だが、物言いや態度は若々しいぐらいだった。何故書簡ではなく、直接会いに来たのかは、彼の年が関係しているのかもしれなかった。

 悪くなかった脚も引きずるようになり、その身体で長旅はきつかっただろう。

 とにかくこちらがどんな理由を付けて、断ってもリリアスに会うまでは帰るつもりもないのだろうから、とにかく一度会わせてしまおうという話にはなっていた。


 執事にリリアスを迎えに行かせ、少し待っていると廊下で気配がしてくると、ロカンクールはゆっくりと立ち上がり、従者の若者二人を背に扉に向かって深く頭を下げた。


 杖を突かねばならない程の悪い脚で、あの姿勢はきつかろうと同情するが彼らはびくともしなかった。


 扉が開かれリリアスが入って来ると、それを見たラウーシュが目を見張った。

 先日王との謁見時の、白い刺繍がふんだんに刺されたドレスを、着ていたからだった。

 侯爵達はロカンクールの訪問に礼儀を尽くそうと、リリアスに正装に近い白いドレスを選んだのだった。

 緊張した顔のリリアスは、ラウーシュの顔を見て少し顔を緩め父の隣に立った。

「初めまして、私がリリアージュ・コンスタンス・サレイユ・ティルクアーズ・ルヴロワです。面を上げて下さい」


 父に言われた通りに挨拶しても、ロカンクールと従者は頭を上げず体を震わせむせび泣いていた。

 困ったリリアスは父を見たが、首を横に振るのでしばし三人の感情が治まるのを待った。


 ロカンクールがハンカチで顔を拭いて、体を起こすと脚がもつれ倒れそうになると、ラウーシュが咄嗟に手を出して元宰相を抱き起した。


「かたじけない。無様な姿を晒し申した。お許し下され」


 立ったロカンクールは頭を下げてから、昔では考えられないがまっすく視線をリリアスに向けた。


「お、おっ……! 王女殿下に、似ておられる……」


 そう言ってロカンクールはハンカチで顔を覆った。


「長旅をなさったそうですから、お疲れでしょう。どうぞお座り下さい」


 リリアスが椅子を勧めると、ロカンクールは杖を捨ててリリアスの足元にぬかずいた。


「姫様……!!」


 ここで言う彼の姫とはリリアスの事なのか、それとも母のセルウィリアなのかは、誰にも分からない。


「私の力及ばず、国も王族も無くなってしまいました。死んでお詫びをと思っておりましたが、姫様の御消息が分からぬままにはしておけず、この老いさらばえた体に鞭うち、いつかはお会いできる日が必ずや来ると思って過ごして参りました。……お辛い日々でございましたでしょう、お察し申し上げまする」


 ロカンクールの後ろでも従者が同じく額ずき、泣いていた。


 リリアスはひざまずきロカンクールの手を取って、力なく俯く体を起こした。

 ロカンクールはリリアスが起こしてくれたのに気が付き、慌てて体を引きのけ反った。


「さあ、椅子に座って下さい。私の母の事を、ずっと気に掛けて下さっていたのですね。母に代わってお礼を言わせて下さい。ロカンクールさん、今までありがとう」


「お、お、お……姫様、姫様、もったいないお言葉でございます」


 涙を流しながら、ロカンクールは椅子に座らされた。

 彼はじっとリリアスしか見ず、ブリニャク侯爵達はあっけに取られていた。


 この様子ではリリアスにイズトゥーリスの王女になってもらって、国の再興を画策するのではなく、彼の長年の願いの結末を見届けに来たようだった。




「姫様の夫がブリニャク侯爵と知った時は、恨んだ……いや今もまだ納得はしててはおらぬ。だがあの時姫様を侯爵が連れ出さねば、姫様も戦に負けた時に処刑されていただろう。あの結果が良かったのかもしれぬ。こうやってリリアージュ王女が、お生まれになったのだからな」


 ロカンクールは感慨深げに、リリアスの方を見ていた。


「ロカンクール殿、あの時何故イズトゥーリスは、我が国に敵意を持つようになっていったのだ? 我々には覚えが無い事だったのだが」


 ロカンクールは顎髭あごひげを撫でながら、あの頃の事を思い出していた。


「一番の影響は北の国からの、圧力であったな。あの国は南下政策で暖かい領土を欲しがっていたのだ。最初に狙われたのが我が国で、初めは友好国として近づいてきたのだが、我が国が懐柔されていくうちに牙が剥かれたのだ。私はかの国には注意が必要だと、再三陛下に説いていたのだが、聞き入れてもらえなかった。あの頃私は、政治の中枢から外されていたのだよ」


「なんと! そうであったのですか。どおりで通商の話を通そうとしても、別の者が出て来て、無理な事を言って対応していたのだな」


 デフレイタス侯爵も、あの頃の理不尽なイズトゥーリスの対応を思い出していた。

 





長くなりそうなので、いったん切ります。続きは明日です。

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