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祈る娘  作者: オーガ
121/151

第121話



 夜の始まり。


 フレイユ国建国以来、最悪の年の夏が終わろうとしている。

 陽が落ちるのも少し早くなり、夜の熱気も去り過ごしやすくなっている。


 諸事情により開かれていなかった夜会も、今宵久しぶりに開催された。社交シーズンも、終わりの時期である。

 誰しもが、亡くなった知人や友人、居なくなってしまった人を偲び、粛々と行われる夜会であった。

 

 淑女は友人と長い無沙汰を挨拶にして、豪華な王宮での夜会を楽しみにしている。紳士は今年の思いもよらぬ事件の顛末を話題に、夜会の始まりを待っている。


 入り口で衛兵が、次々に招待された貴族の名前を呼び上げる。

 誰もが噂のブリニャク侯爵令嬢を、待っている。


 暫く下位の貴族名が呼ばれ続け、やっと上位貴族がやって来始めた。


「デフレイタス侯爵夫人並びにご子息!」


 皆の目が、一斉に二人に注がれた。


 今年はデフレイタス侯爵夫人が着た、外国のキラキラ光るビーズが付けられたドレスが話題をさらい、夫人は面目躍如であった。

 

 品の良い、妃殿下のドレスも美しかったが、やはりビーズのドレスには敵わなかった。妃殿下は出し抜かれたと怒る人では無く、そのビーズの輸入を夫人に頼むほどの温厚で人当たりの良い方であった。


 デフレイタス侯爵は病気の為に欠席で、代理に息子のラウーシュ卿が出席している。

 夫人は茜色の明るいドレスを着ていて、今年の話題をさらったビーズで胸元に、金銀の色で小さい星の形を崩した模様を形作っていた。腕にぴったりの細い袖にも肩から袖口まで、稲妻の様な幾何学模様が作られていた。


 一緒のラウーシュも、グレーの落ち着いた色のジュストコールに、銀色のビーズでこの国には滅多に降らない雪の結晶をデザインした模様が作られている。彼の銀の髪と相まって、童話に出てくる冬の国の王子様のようだった。

 

 ――あれで、女性の服装に辛辣な感想を言わなければ――

 

 居並ぶ未婚の女性達の、切なる思いであった。


「ブリニャク侯爵閣下、並びに御令嬢リリアージュ様」


 本当に夜会の部屋の全員が、リリアスの方に視線を向けた。事前の王との謁見の場に居た者からの情報が流れて、赤い髪に緑の瞳で美しい娘と見た目は貴族達には知られていた。


 ブリニャク侯爵と、隣国だったイズトゥーリスの第一王女との間の子女で、病弱で長く田舎で療養しており、やっとこの度出仕したらしい。

 美しい娘というのは、見る人の主観に寄るのでどれほどの娘かと想像していたが、その想像を超えていた。

 真っ赤な髪を高々と結い上げその為に細い首が強調され、背が高いのにもっと高く見えた。エスコートする父のブリニャク侯爵の大きな体が隣にあっても、負けずに高く見える。


 白い肌は透き通る様で、長らく田舎で療養していた話が納得できた。

 そして息女がまとっているドレスが素晴らしい物であった。

 何時から用意していたのだろうかと思う程の、刺繍が施された紺青天鵞絨こんじょうびろうど色のスッキリとした飾りの少ないドレスだったが、胸元からスカート全体に刺された刺繍は、この国には居ない鳥の羽の模様であった。


 東南の熱帯の国に住む孔雀の羽の模様は、目にも見える楕円の中がドレスと同じ色で、その周りに濃い緑ですすきの様に見える模様が細かく刺されている。

 その眼が一つの枝にいくつも連なり、気の遠くなるような仕事ぶりであった。

 地味な紺色だったが、リリアスの瞳の色と同じ明るい緑が目立ち、豪華な印象を与えている。

 細い腕には白い手袋を嵌め、腕と首には瞳と同じ色の大ぶりのエメラルドが飾られていて、上品な雰囲気を醸し出していた。


 ブリニャク侯爵はリリアスを連れて、軍属の仲間の方に歩いて行った。

 

「皆様の視線が痛いのですけど」

「まあ、仕方があるまい。長く存在を知られていなかった、私の娘だからなあ」


 リリアスを見下ろして笑う父は、誇らしげであった。

 

「閣下、お噂のお嬢様をご紹介して下さい」


 軍に所属している貴族の若い男達がぞろぞろと、二人の周りに集まって来た。

「ああ、我が娘リリアージュだ。今日は宜しく頼む」


 父の挨拶にリリアスが疑問の顔で見るが、父はいたずらっ子の様な顔で口の端を上げた。

 それ以降王が入場するまで若い貴族達は、二人の周りから離れず他の貴族の男達を寄せ付けなかった。


「もしかして、この方達は虫よけですか?」

 

 周りの男性達は、――うん、うん――と頷いて、リリアスに話しかける。


「お嬢様が我々に恋でもしてくれなければ、婚約でも無理な下級貴族達ですので安心なさって下さい。ですが、私を好きになってくれても宜しいのですよ……」


 皆が面白そうに笑うので、緊張していたリリアスもお腹の底から笑ってしまった。

 ブリニャク侯爵の息女が、自分達の姉や妹の様に扇も使わず声を上げて笑うのを見て、皆はリリアスが好きになった。

 もともと英雄の息女と言うだけで憧れの対象であるし、侯爵に娘を虫から守ってくれと言われれば、全力で防衛するつもりだった。


「皆さん、ありがとうございます」


 リリアスは慌てて手首に付けた扇を開いて口元に当てて、茶目っ気のある瞳を見せて礼を言った。


 音楽が鳴り止み、衛兵が一歩前に出た。


「陛下、王妃殿下のお出まし!」


 呼ばわる声に、会場に居た全員が頭を下げた。


 奥の扉が開き王が王妃の腕を取り、威厳ある姿で出て来た。 

 王は黄色の明るく長めの光沢ある服を着て、隣にいる王妃を目立たせるためだろうか、レースも袖口から少し出る程度に抑えている。

 

 王妃は、白地に胸元から下のスカート部分まで、流れるような見た事の無いデザインの刺繍が成されたドレスを着ていた。

 二人は壇上にある並んだ椅子の前に立ち、真っすぐに視線を前に向けていた。

 普段はにこやかに周りに笑顔を見せる王妃も、真剣な顔をしており王が口を開くのを待っていた。


「この場に居る者は、己の幸運を喜ぶが良い。おらぬ者の悲哀をおもんばかり、己の反省とするべし」


 いつもの夜会の挨拶とは異なる、厳しい言葉であった。

 年配の者は針のような王の言葉で忸怩たる思いに至り、若者はその言葉で自分達の時代が、来つつあるのを感じていた。


 夜会の始まりは王と王妃のダンスからである。

 

 流れるような二人のダンスは、王妃のドレスの美しさもあり皆の目が釘付けになっていた。

 王妃のドレスを見つめるリリアスの目からは、感激で涙が溢れ頬を伝わっている。


「あのドレスが、お前の作った物なのだな?」


 リリアスは返事が出来ず、頭を縦にコクコクと振るだけだった。

 ぺラジーとジラーが王宮に運んだのは、少し前であったはずだ。

 リリアスは、一緒に行く事はできなかったが、納品した時の話は聞いていた。王妃には大変褒められたと、ぺラジーが鼻高々に皆に自慢したと言っていた。

 初春の頃から製作を始めたドレスは、今目の前で王と踊っている王妃の動きで綺麗なドレープを作り、刺された東方の国の模様が鮮やかにひるがえっている。


 ――なんて美しいドレスなのだろう――


 自分一人で作った物ではなく、工房の女性全員で作った作品だった。

 ドレス製作に直接係わらなくとも、皆があのドレスの為に協力してくれたのだ。

 下働きの子も掃除をしたり、道具を片付けてくれたりと出来る事で助けてくれた。

 王妃が、そのドレスを着て踊っている姿を見ることが出来て、心から歓喜が沸き起こっていた。


「ブリニャク侯爵閣下、お寛ぎの所申し訳ございませんが、こちらにお出で下さいますでしょうか」


 執事が、踊る両陛下を見ていた侯爵に声を掛けて来た。

 この執事が王太子殿下の召使と知っているので、一応用心の為に腕に覚えのある男を一人連れて、リリアスと共に執事の後を付いていった。


「最初のダンスは、お父ちゃんと踊るのじゃないの?」


 誰にも聞かれない様に、父の耳元で囁いた。


「きっとこの用事が終わったら、踊る事ができるさ。ここの夜は長いんだよ」


 リリアスに顔を寄せて話しかける侯爵を、後ろから付いて来ている貴族の男は見て、何故か涙が出そうになってしまった。


 昔は戦場で命のやり取りをし、終わっても王都に滞在する事がほとんどなく、結婚するでもなく孤独にしていると思っていた英雄が、実は結婚していたと言うのが驚きだった。

 そして年頃の息女がいると分かって、二度驚きだった。

 どんな顔をして息女と居るのだろうと思っていたが、武骨な侯爵は細やかな愛情を持った、優しい父親だったのが意外であった。


 並んで歩く後ろ姿は男と女なのに、何故か似ている様に思え不思議な感覚になった。


 何気なく付いて歩いているが、段々と王宮の奥に入っていき、これ以上進むと王族の私室に入って行くのではないかと焦っていると、二人の足が止まった。


「ここで待っていてくれ」

 

 侯爵に言われたが、そうでなくともこの部屋の中には入りたくなかった。

 王太子殿下の私室だったからだ。


「殿下、ブリニャク侯爵閣下と、ご息女をお連れ致しました」


 執事が殿下に伝える声が聞こえてから、扉が閉まった。


 この貴族の男は、王太子殿下の婚約が決まっていないのも勿論知っているし、ブリニャク侯爵の息女が丁度その相手に相応しい身分だと言うのも分かっていた。


「これは、もしかするかもしれないな……」


 情報通と自分で思っている男は、勘違いもはなはだしい結論を出していた。

 この男は後で、侯爵にこっぴどく怒られるのだがそれはまた別の話である。



 



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