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祈る娘  作者: オーガ
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第120話



「私は知らないぞ」


 父の無慈悲な返答にラウーシュは、目の前が真っ暗になった。


「代理というのは、私が納得して引き受けた上での事であろう。私は陛下からその話を聞いてはおらぬし、承知もしていない。そなたは代理という但し書きが付いていても、宰相の仕事を引き受けたのだから宰相代理ではあっても、私は宰相ではない」


 ――詭弁過ぎる――


 ラウーシュは、力が抜けて椅子の背に体を預けて天井を仰いだ。まるで王と父とで打ち合わせた、茶番劇のようだった。


「ですが、陛下は皆さんの前で父上に、宰相を頼むつもりだと仰いました。それはどうなるのです!」

「まだ頼まれてもいないのに、自ら宰相の話はどうなりましたでしょうか? と陛下に聞くのか? 私はそこまで図々しくはない……」


 全然働く気が無い父にラウーシュは、苛立った。


「私はまだ家督も継いでおりません、それなのに父上が宰相ではないのに、仮とは言え宰相などできません!」


 侯爵は――おや?――という顔をした。


「なんだ、家督を継ぎたかったのか。いつでも譲る用意は出来ているぞ」

「そうではありません!!」


 ラウーシュは腹が立って、部屋を飛び出した。


「旦那様……あまり若君をからかうのは、感心致しませんよ」


 執事がいさめると、侯爵は久しぶりに明るい笑い顔で髭を撫でた。



「とんでもない話だ!!」


 レキュアが頭から湯気を出しているラウーシュに、冷たいシャンパンを持って来た。荒い動作でそれを受け取って、ぐいと勢いよく飲干す。


「余程……、かの事件で貴族の勢力図が変わり、政治を任せる方が見つからないのでしょうか?」

 

 一瞬レキュアの無礼な言い方に眉をひそめたが、それでも少し落ち着いてグラスを持ち上げた。

 喉を鳴らして飲んだ酒は、沸騰したラウーシュの頭も冷やした。

 この頃忙しく、ゆっくり過ごす暇が無い自分の居間を見渡すと、飾られている花はそろそろ夏が終わりを告げるのを知らせていた。


「父上は本当に隠居なさるつもりなのだろうか?」

 

 誰に問うでもなく呟くと、レキュアが軽い笑い声を上げた。


「旦那様が、そのようなお年であるはずがございません。若様のお気持ちを試されたのではありませんか?」


 ――まったく、食えない父親おやじだ――


 責任が軽い状態で宰相の真似事を経験し、父が復活すればお役御免、とするはずだったのだが王の方が一枚上手のようだ。


 まさかこの若輩の身で仮とはいえ、あの宰相の後を担うとは冗談のようだった。

 ――まいったなあ――


 頭を抱えてソファーで寝転んでいると、レキュアが、


「ですが、これでリリアージュ様への求婚は無理ではなくなったのではありませんか?」

 言われるでもなくその事は考えたが、リリアスが宰相という地位に関心が有るはずもなく、ただ家同士での家格を考えると有利になったと言えるだけだった。


「要はなレキュア……リリアージュ様に、――はい――と言って頂けるかどうかが問題なのだ」


 レキュアは、持っていたシャンパンの瓶を落としそうになった。


「それは……つまり……」


 ラウーシュはじっとうずくまったままま、レキュアの反応を無視した。


 今まで洋服の事しか考えて来なかったラウーシュが恋をしたのも、ここまで女性に上手く恋を仕掛ける事ができないのも意外であった。


 もっともリリアスが平民の出で、貴族との恋愛を現実的に捉えられないのが理由でもあるのだが。

 宰相という地位を持ってしてもなびかないリリアスの性格自体に、問題があるのではないかと疑ってしまう。


「お知り合いになってから、どれだけ経っているのでしょうか? お早い方だと、婚約の許可を国に申請する頃だと思いますが?」


 ラウーシュは、それも無視した。



 

 

 少し涼しい風が吹くようになったこの日、朝から下町の一角は大忙しだった。

 家々が隙間も無く建っている下町にも僅かに広場があり、普段は公共の洗濯物の干場になったり、子供の遊び場になったりしている。


 今日は大勢の人が隅にある木に紐でテントをくくりつけ、昼からの陽射し除けを作っている。

 その下には各家から持ち寄ったテーブルを並べ、赤白のチェックのテーブルクロスを掛け上には色々な花が飾られた。

 テントの上からはロープが張り巡らされ、子供達手作りの花輪が飾られている。

 ずっと晴天に恵まれて、準備もはかどり関係者はご機嫌であった。


 隅ではかまどが作られ、大鍋でスープを煮ており、近くの数軒の家からは、パンが焼かれる匂いが漂ってきていた。

 暇な子供達が食べ物の匂につられて、チラチラと鍋の方を見ながら道路で遊んでいる。


「あんた達は、危ないからかまど)の傍には寄っちゃいけないよ。ほらこれでも食べてな」


 手分けして作り置きしていた焼き菓子の崩れた物を、子供達が貰いはしゃいでいる。


「スープは良い、パンは出来る、肉は焼いている、酒はあると、……こらあ! ふざけんじゃないよ、誰が飲んで良いって言った!!」


 隅にあるワインの樽から、近所の年寄りがコップにワインを注いでいた。

 女の大声に、年寄りが怯えた顔をして栓をした。


「いや……新樽だっていうからよ、味見をしてやろうと思って……」


 年寄りの声は女の睨んだ顔で、徐々に萎んでいった。


「爺さん、一杯だけだからね。まったくもう、油断も隙も無いんだから」


 女は出来上がって来たパンを切る仕事をしていた老女に、樽の監視を頼んで、急ぎ足で大路に出て行った。


「ベゾス―、料理の出来はどう?」


 女は、一本隣の路地の料理屋兼居酒屋の店に飛び込んだ。

 店の中はいい匂いがして、早朝から飛び回っている女の腹が鳴った。


「あとは煮込むだけだ。サラダは出す直前にボールに盛るし、牛肉のペンネは下拵したごしらえが済んでいるから炒めるだけで、キャベツの酢漬けはとっくに出来てる、フリカッセとラタトゥイユが出来たら教えるから、運ぶ奴を連れて来てくれ」


「分かった、あんたが居てくれて良かったよ。他の店じゃこれだけの料理は出来ないからね」

 

 地方に料理修業に行っていたベゾスは、色々な地方料理を覚えて来て、下町の人の口に合うように調節し店で出すようになった。これが人気になって、以前より客が増えて繁盛している。

 今日の料理も他の店がやりたがらないので、無理を承知でベゾスに頼んだのだが、修業していた店が大きな店だったらしく、大量の料理も苦ではないのだった。

 ベゾスは手を拭いて、大ぶりのサンドイッチが乗った皿を出した。


「食べていけ、何も食ってないだろう?」


 女は嬉しそうにパンを食べた。


「ぺラジーは?」

「朝から、ドレスの着付けを手伝いに行った。教会での式が早いから、あっちも忙しいんだろ? それはぺラジー達の弁当の残りだ、済まないな」

「とんでもない、嬉しいよ」


 女は急いで食べて、走って戻って行った。


「女はどうしてこう、忙しくするのが好きなんかなあ」


 夕べからのぺラジーの気合の入れようが異常で、ずっとしゃべりながら花嫁のレースの頭に付けるブーケの手直しをしていた。早く寝る様に言っても、もう少しと言いながら結局徹夜をしたみたいだった。

 明るくなると同時に出掛けて行くので、着付けの担当の人達と食べる様にと、弁当を持たせたが食べているかどうか疑わしかった。


「とうちゃん、お腹減った……」


 一人ベッドに残されたエイダが、起きて来た。


「待ってな。今上手いサンドイッチを、作ってやるからな」


 エイダには大人とは違う卵を焼いて挿んだ、サンドイッチを作る。

 離れて暮らしていた分、ベゾスはエイダには甘いのだった。


「わーい。父ちゃん大好き~」

 

 この一言がなによりもベゾスを幸せにしてくれて、抱き着いて来るエイダの為にも頑張らねばと思うのだった。

 その顔はもう以前の卑屈な物ではなく、自信に溢れた表情だった。





「なんだよっ!! どうして入らないんだ!! あんた、太ったね!」


 高級店らしく体にぴったりの服を作るのが自慢なのに、花嫁に着せたドレスのスカートの腰が留まらない。


「やっぱり……」

 花嫁のアンゼリカは俯いた。

「自覚はあったのかい!」


 花嫁のドレスが入らないと言うのは、良くある話だ。作ってから時間があるのだから体重の増減は当たり前で、ほとんどが太るのだが数日前に一度試着しておくべきだった。


 ぺラジーは自分の油断が腹立たしかった。アンゼリカは縫子であるから、まさか太る事は無いだろうと思っていたのだが、まさかが起こってしまった。


 リリアス担当の刺繍が、これでもかと成されているスカートだった。


「後ろを供布で塞いで、縫い付けるしかないか。後ろはベールで隠せば見えないだろう」


 庶民の女性には良く有る事なので対策は色々考えているが、貴族の令嬢にはそれはあり得なかった。

 彼女達は美の為には尋常ではない努力を行い、そして禁欲的だった。結婚前に太るなどという、みっともない事をするはずがないのだ。却って緊張の為に食べられず、痩せてぶかぶかになるほうが多かった。


 貴族の令嬢と比べてもしょうがないと、針箱を出して急いで手直しに掛かった。幸い仲間の女工達が来てくれていたので、手分けして作業を進めた。


 順序が頭を結い、化粧をして、最後に着付けだったので、時間はあった。

 スカートを履かせてから片側を縫い留めて弾けない様に、きつく糸を渡した。

 出来上がった花嫁はそれは豪華なドレスを着て、美しくなって立っていた。

 刺繍がたっぷり施されたドレスは、平民の女性が一度も着る機会がない物で憧れの一品だった。


 これを着たいが為に一生懸命縫物の腕を磨き、ジラーの店に入ろうとしている者さえいるのだった。

 控室に花嫁を置いて、ジラー達も自分達の支度をし直し教会に入って行った。中には、工房の仲間に交じってリリアスが座っていた。


 ぺラジーの姿を見ると、手を上げて振っている。

 侯爵家の令嬢になっても、少しも変わらないリリアスが可愛らしかった。

 貴族になってもリリアスが、妹の様に思えるのは変わらない。

 

 今日の様に、花嫁に遠慮して着ている薄い青色の、レースも抑え気味に付いているドレスは、庶民からすると舞踏会に出るようなドレスに見えるが、貴族からしたら普段着なのだ。


 そういう気遣いが出来るリリアスは、立派な貴族令嬢になるだろうとぺラジーは思っている。いずれ行き来も出来なくなるだろう友人の笑顔に、朝からの忙しさによる疲れも忘れるというものだった。


「ぺラジー、私楽しみで良く寝られなかったの」

「あたしは、ブーケ造りで寝られなかったよ。でもこの後の披露宴はうちの旦那が、昨日から仕込んだ料理が出るから楽しみなんだ。あんたも食べていけるんだろう?」

「勿論よ、だからドレスは少し大き目なのにしたの」


 笑いながら体を寄せるリリアスからは、とても良い香りの香水の匂いがした。

 オルガンの音と共にベールを被ったアンゼリカが父親と入場してくると、教会の中の人々はその姿に歓声を上げた。


 リリアスもぺラジーも、自慢のアンゼリカの美しいドレス姿に、拍手と共の歓声を上げたのだった。


 ぺラジーは、出来る事ならリリアスのウエディングドレスを作りたいと願うのだった。





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