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祈る娘  作者: オーガ
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第119話



 ラウーシュがやって来て、リリアスの手を掴んだ。


「上出来ですよ。陛下も感心していらした」


 弾むラウーシュの声と微笑む顔を見て、皆が驚いている。

 女性に関心が無く、娘の話し相手にさせておくには人畜無害と思われていた彼が、ぐいぐいとリリアスに迫っている。


 ラウーシュがリリアスの手を握る程親密なのだと分かって、色々思惑が湧いていた他の貴族は躊躇した。

 二人の父親は親友であり身分も釣り合っている、ただ二人とも跡継ぎが一人だけなのが問題だが、それ以外はお似合いだった。


 じわじわと人の輪が三人を囲んできて、瞬く間に人に囲まれてしまった。


「侯爵殿、美しいご息女を隠しておられたのですね」

「是非是非、紹介して頂きたい」


 皆は同じ事を言って、リリアスと繋ぎを取ろうとする。


「まあまあ、次回の夜会に娘を連れて行きますから、今日の所はご遠慮願いたい」


 ブリニャク侯爵にそう言われてしまうと、それ以上話しかける事も出来なくなってしまった。


「では夜会の時には必ず、紹介して頂きますよ」


 ラウーシュがリリアスの横で我が物顔で立っているのを見て、もう遅いかもしれないが、出来るだけの事はしようと皆の意志は決まっていた。


「では、これで失礼致す」


 リリアスの腕を取り、謁見の間を歩き出すとラウーシュが付いてきた。


「なんだ、他に用はないのか?」

「今日の重要事項は、お嬢様のお披露目ですからね」


 以前の様に気難しい顔ではなく、穏やかな優しい顔でリリアスを見て言った。

 ――すっかり毒気が抜けたな――

 

 ラウーシュが人として魅力的になって来たのを見て、侯爵はこれでデフレイタス家も安泰かなと、腹の中で笑った。侯爵の体調が戻らないのでラウーシュが代行で働いているが、随分しっかりしてきたと思える。


 これで娘を狙っていなければ、後押しをしてやるのだがと侯爵は思っている。




 数日後、御前会議が開かれた。

 宰相の謀反の影響が色々な所に出ているが、これもその一つだった。実務的な仕事が滞り、その前段階の会議が開かれなかったのだ。


 現在、王と貴族達とで次期宰相を選んでいるが、なかなかに前宰相と同じ能力の者が見当たらない。長年宰相に頼り切っていた、弊害だった。


「デフレイタス侯爵とも思っていたのだが、なかなか体が治らぬな?」


「さようでございます。侯爵閣下ならば、通商にもお詳しく我々もお助け出来る事があると存じますが、未だに……」


 皆の視線がラウーシュに向いた。

 じっと机の上の書類を見ている振りをしていて、皆の視線に気が付かなかった。

「ラウーシュよ……そなたが、父が治癒するまで宰相をせぬか?」


「はあっ?」


 突然の王の申し出にラウーシュは、間の抜けた声を出した。キョロキョロと周りを見渡し他の人の反応を見たが、皆も驚いた顔をしている。


「し、失礼致しました。しかし陛下……父はともかく、他の経験がある方もいらっしゃるではないのですか?」


 王の冗談かと思える言葉に、ラウーシュが意見を言えば、


「何を言う。オルタンシア公爵は二十五才位で家督を継ぎ、宰相になったのだぞ。そなたは、いくつになった?」


 ――正直止めて欲しい。オルタンシア公爵は子供の頃から頭が良く、何をやらせても良く出来る人で、若くして宰相になったのも皆が望んだからであって、公爵家を継いだのが要因ではない――


「陛下、オルタンシア公と私では、頭の構造が違っております。とても宰相の仕事が務まるとは思っておりません」


「ラウーシュよ、そなたとオルタンシア公の頭が違うのは、分かっている。しかし宰相のやり方は色々あるはずで、あ奴と同じ方法をする必要はないのだ。今文官が言ったように、事務方が万全の協力体制を取り、宰相を助けるのだ。そなたは頭になり、文官の手足を使ってそれらを実行していけば良いのだ。それに父が治るまでの短い時間も、父を助けられないとでも言うのか?」


 ――父が治るまでの、暫定的な宰相――


 とても魅力的な言葉だった。どんな男にもやはり権力という言葉は、魅力的に映るらしい。


「しかし、他の御経験のある方々がおられるのに、若輩の私が代理とは言え宰相を承るのは少し……」


 ――アハハハ!――


 王が大きな声で笑った。


「こ奴らに文句が言えるはずもない。オルタンシア公爵が亡くなってから、皆に、予自ら宰相になれと命じたのだぞ? 誰一人怖気づいて、承知しなかったのだ。返事をしていないのは、そなたの父ぐらいだ」


 ますます逃げ道が無くなり、ラウーシュは頭を振って居並ぶ貴族達を見た。

 誰もが反対するどころか、目を逸らす始末ですっかり足場を固められていた。


 ブリニャク侯爵の顔が見えたので、――助けて――とすがるような目つきをすると、ニヤッと笑われ親指を下に向けられた。


 ――クソッ――


 汗が顔を流れるままに、ラウーシュは悪態をついていたが、王にここまで言わせてしまうと、断る事は出来なかった。


 観念して目をつぶり頭を下げた。


「父が宮廷に戻るまでの暫定的な事として、承ります」


 パラパラの拍手が聞こえた。




 重大事項が決まったせいか、会議室の空気が緩んで次にリリアスの事が話題になった。


「今まで、陛下の御前に出られなかったのは、どうしてなのですかな?」


 自分は責任は取りたくないが、偉そうな態度は取りたいという侯爵が口を切った。


「娘はずっと病で床に伏せっており、田舎から王都までの距離を旅をさせる事が出来なかったのです」


「おや? 先日は随分と健康そうでありましたが?」

「ええ、やっと元気になり、陛下に拝謁する事が出来る様になったのです」


 嘘臭い話だと皆が思っているだろうが、嘘も方便である。誘拐されていて、最近見つかったとでも言おうものなら、大騒ぎだったろう。


 まあまあそれは良い、次が問題だった。

 先日の王のリリアスへの労いの言葉が、寵愛の気配がしていて誰もが口を開けなかった。


「ご息女の母上がティルクアーズの王女殿下であるならば、イズトゥーリスの王位継承者と言えるのではないのですか?」


 先ほどの戸惑いのある言葉ではなく、鋭い言い方でラウーシュがリリアスの問題を提示した。


「仰る通り、娘はただ一人、ティルクアーズの王族の血を引いている。だがもう無くなってしまった国の王位とは、馬鹿馬鹿しい話ではないだろうか? 娘はやがてこの国の誰かと婚姻を結び、生まれた子はまたこの国の者と婚姻を結ぶ。何代が経ったらティルクアーズの血は、フレイユ国の貴族の血の中に紛れてしまうだろう。」


 珍しくブリニャク侯爵が熱弁を振るっているが、娘の将来がかかっているのだから当たり前である。

 

 それはそうなのだがと皆は思うが、重要なのは現在なのであった。


「イズトゥーリスは今は落ち着いていますが、王の血を引く王女がいると分かったら、騒ぎ出すのではないですか?」


 ラウーシュが、また痛い所を突いてくる。

 

 知れっとした顔で皆が知りたい事を聞いてくるが、本当にこちらの味方なのだろうかと侯爵は疑ってしまう。 

 憎々し気な顔をして、ブリニャク侯爵が王に向かう。


「陛下、私は陛下に忠義を誓い命を捧げております。自惚れではございませんが、私の忠心を疑うならば、誰も信ずる事は出来ないと申し上げ奉ります。私が王女殿下を妻にしたのは、イズトゥーリスの国が欲しかったからではございません。心より王女殿下を愛していたから、妻にしたかったのであります。この気持ちをお疑い無きよう、申し上げ奉ります」


 武骨なブリニャク侯爵の王女殿下への愛情の吐露は、普段を知る者達にも染み入る物だった。

 それに王女殿下が亡くなってから、侯爵が再婚をしなかった事を考えると、その愛情の深さを想う事が出来た。


「ブリニャク侯爵。予は、そなたの忠義を一度たりとも疑った事はない。そなたが心より王女殿下を愛していたのは、良く分かっている。そなたは戦時中戦闘がひと段落すると良く姿を消していたが、今になってその理由が分かるぞ」


 ブリニャク侯爵は、――知っていたのか――という顔をして驚いていた。

 王は、あの時のブリニャク侯爵の不可解な行動の理由が、やっと納得がいって笑っていた。


「それにイズトゥーリスが我国に滅ぼされた時、王女殿下を立てて王配としてイズトゥーリスに乗り込む事も出来たのだが、そなたはそのような事を考えもしなかったであろう? 早く王女殿下の元に帰りたくて、戦後処理の後の論功行賞に出席しなかったからな」


 軍属の貴族は――ああ、成る程――と、納得のいく顔をして頷いた。

 

 ――無欲な侯爵よ――と皆が褒めていたが、妻の元に飛んで行ったのかと、人間味溢れる行動に微笑ましく感じるのだった。


「娘が生まれて十八年になるが、その間一度もイズトゥーリスが国の再興を画策しなかったのは、そなたにその気持ちが無かったという事なのであろう。

 よって、そなたの娘はフレイユ国ブリニャク侯爵が娘リリアージュでしかないとしよう。但し、名前のティルクアーズを名乗る事は、罷り成らぬぞ」



 王は立ち上がり、会議室を出て行った。

 一同は立ち上がり、王が居なくなるまで頭を下げ続けていた。

 

 また違う歴史の一ページが、始まる。



 



ラウーシュ、宰相(仮)になっちゃいました(笑)

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