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祈る娘  作者: オーガ
118/151

第118話



 謁見の間は大騒ぎになった。

 

 ブリニャク侯爵の婚姻の相手が、セルウィリア王女だと分かった者は素で大声を上げ、ティルクアーズという姓だけを知る者は――何故隣国の王族と、婚姻を?――と疑問の声を上げた。


 驚愕の事実の動揺を声を上げさせる事で解消させ、それらが治まる頃王は手を上げた。

 皆もその合図を見て、静かになっていった。


「ヴァランタン! お前がイズトゥーリスの第一王女と婚姻を交わしたのは何故か。答えによっては、厳罰は免れぬぞ」


 侯爵はリリアスより一歩前に出て、王に対峙した。


「以前よりイズトゥーリスには何度か訪れて、第一王女殿下には拝謁しておりましたが、そのうち互いに好意を持つようになり、陛下に婚姻を願うつもりでございました」


 ――嘘だろう――

 ――ありえん――


 侯爵を知る者達からは、疑惑の声が上がった。

 噂では美しい王女と聞き及んでおり、歳も侯爵とは離れているのに、好意を持ち合うとは信じられないのだ。


 しかし今になって、それを嘘とは誰にも言えないのだった。婚姻証明書に、確かに書かれているのだからそれがすべてであった。


「その申し出が、何故なされなかったのだ」


 侯爵は、一瞬その頃の事と自分の心境を思い出し、言葉に詰まった。

 自分にとっては、苦い思い出である。


「その頃には、イズトゥーリスとの関係が悪化し、一触即発の状態でありとても陛下に婚姻の申し出は出来ない状況でありました」


 イズトゥーリスとの開戦前後を知っている者達は、なる程と頷いている。


「その後王女殿下の婚姻の話が持ち上がり、しかたなく……王女殿下は国を捨て、我が元に参って下さったのであります」

 

 ――ブフッ――


 リリアスの斜め右前から、声が上がった。

 

 ――ゴホッ、ゴホッ――


 そっと見ると、ラウーシュが拳で口を押え咳をしていたが、俯いた口元が笑いを堪えて歪んでいて、リリアスは唖然とした。


「失礼致しました」

 周りだけに聞こえる小さな声で、謝っていた。


 事実を知る者には、本当に茶番だった。誰も真実を知らないのだから、父がこうだと言えばそれが疑わしい事でなければ、通ってしまうのだ。


 真実は父の奪略駆け落ちなのが、母が自ら父の所にやって来た事になる、ある意味恋愛の情熱による美談になっている。

 ラウーシュが噴き出すのも、無理が無かった。


 ラウーシュの咳で、気勢をそがれた侯爵は、気持ちを取り直し

「戦時中でもあり、自領に帰る事も出来ず婚姻届けを出した村で王女殿下は、お暮しになっておりました。そこで我が娘リリアージュを出産なさり、その後体を壊し娘が三才の折御逝去なされました」


 自分の妻、娘の母を父は、尊称を付け報告している。

 侯爵より他国の王女の地位の高さが良く分かり、複雑な貴族社会や王族との関係が浮き彫りになっている。


 まるで他人の事の様に話される両親の事情を、リリアスは苦々しく聞いていた。まるで物語の登場人物の話のようだった。

 記憶にはない母だが、母は確かに生きて人生を全うしたはずなのにだ。

 そのあかしが自分なのだと、改めて己の存在の意義を知る事になる。


「それは、王女殿下にはお気の毒な事であった。そなたの隣に居るのが息女のリリアージュであるな?」

「さようでございます。娘のリリアージュ・コンスタンス・サレイユ・ティルクアーズ・ルヴロワでございます」


 父の僅かな合図があり、リリアスはもう一度お辞儀をした。


「ブリニャク侯爵が娘リリアージュでございます」


 平民の育ちだとか行儀作法がなどの、気後れする事を忘れて、自分の存在が母を生かす事なのだと大きな声を張り、堂々と王に向かって言い放った。


 部屋の空気が、好奇心から驚きの物へと変わった。

 初めて王に拝謁してここまで度胸のある挨拶をする息女は、そうそういないのだった。

 貴族の息女は、かばってやりたい程の手弱女で、大声など発した事も無い生活をしており、リリアスの部屋に響く声は異常な程だった。


「面を上げよ」


 言われて直ぐ顔を上げたのも、貴族の息女にはない態度だった。大体少し恥じらい躊躇う様子を見せてから、揚々と言う感じで顔を上げるのである。

 リリアスはまるで少年の様に、――はっ――と息を吐き僅かに頭を下げてから、きびきびと体を起こした。その上真っすぐに王の顔を見て、胸を張った。


 周りの軍属の貴族は、――さすが赤鬼の娘!――と小気味良いリリアスの行動に関心しきりである。


 それに、王の美貌を見ても顔を赤らめないのも、王妃や傍に侍る女官の好奇心をくすぐった。大抵王を見ると若い娘は、頬を赤らめ秋波しゅうはを送り出すのである。

 王の従者達は隠していると思っているようだが、王の若い娘との戯れは王妃の知る所なのだった。

 その王を見て顔色一つ変えないリリアスは、王妃の心象を良くしている。


 却ってリリアスの印象は、――国を滅ぼしそうになった、残念な王――だったのだ。

 オルタンシア公爵の身を捨てての忠心が無ければ、この国は王太后に取って代わられ、いずれはイーザローに乗っ取られていたのだから。

 

 つまりその王におくする気持ちは、湧かなかったのである。

 貴族の息女としては、とんでもない発想だった。

 オルタンシア公爵の汚名を着てなおそれを、王への反省の材料にする心意気を見て、共感していたのだ。


 王が失敗をしなければ、オルタンシア公爵は未だに王の隣に立ち、目の前できっとこの質疑応答を差配していたはずだ。

 真面目な顔をして、瞳にはいたずらっぽい光を宿しながら。

 リリアスは王の隣に立つ公爵を、一目見たかったと残念に思った。


「息女の容貌は父のヴァランタンに似ず、王女殿下に似られたようだ。大変美しく、御髪も母上の色を継がれたようであるな?」


 ――王は母に会った事があるのだろうか?――


 疑問が顔に出たのか、王がしてやったりという顔をした。

 王が執事に合図をすると奥の扉から、布を掛けられた等身大の薄い板の様な物が運ばれて来た。


 王の斜め前に置かれた板の布を執事が取り払うと、そこには青緑のレースが胸元と袖口にふんだんに付けられているドレスを着た女性が、緑の林を背景に立っていた。


 赤い髪と美しい容姿が緑の木々と相まって、女性はまるで妖精の様に見えた。


 ――母だわ――


 大きな肖像画は良く見えて、その顔が父が持つ小さな絵姿と同じだった。


「話を聞いてから、見た記憶があったので探させた。一応この国の王族との婚姻を考えて送って来たのだろうが、丁度釣り合う男子がいなかったのだ」


 母の顔がリリアスに良く似ていて、髪も瞳も同じ色だった。

 肖像画とリリアスを見比べていた貴族達も、二人が似ているのが分かりやっとリリアスの事を認めたようだった。


「そなたの母の姿は、今やこの絵でしか知る事が出来ない。我が国がイズトゥーリスの王宮を焼いてしまったからな。王族の肖像画も、皆燃えてしまった。誠に残念な戦争であったな……」


 この王の話には、深い意味が込められているのだが、誰も今は口を差し挟まなかった。


 王は、話を続けていくのが面倒になってきていた。

 

 このような事は今までは全て宰相が執り行っており、王は黙って可否を告げるだけで良かったのだが、内容が重要な事であった為に人に任せる事が出来なかったのだ。

 もし文官がこの応答を間違えると、貴族達の心象が悪くなりブリニャク侯爵の立場が危うくなるのだから。



 ――後悔先に立たず――という格言を、これ程身をもって感じた事が無かった。

 これからは若い文官を育てながら、気を引き締めて政務を行って行かねばと思うのだった。



「皆も見ての通り証明書類が揃っており、その上この肖像画である。このリリアージュが、ブリニャク侯爵とセルウィリア王女との息女で間違いないと、言って構わぬな?」


 反対の声は上がらなかった。


「ではこれで終わりにする」


 王はとっとと部屋を出ようと、立ち上がった。

 誰かがこの一件に難癖を付けようとして声を上げると、厄介な事になるからだが、それは後の御前会議で持ち上がる事となる。

 

 部屋の貴族達が一堂に揃って頭を下げる。

 頭を下げ損ねたリリアスが、王と視線を合わせてしまい慌てて頭を下げようとすると、王は優しい声で言葉を発した。


「リリアージュ殿……火傷の怪我人の看護は、大変であったろうな。予からも礼を言わせてくれ」


 頭の上から聞こえる王の言葉の意味を知る者は、この部屋には三人しかいなかった。


「ありがたきお言葉、痛み入りましてございます」


 王が、オルタンシア公爵の事を怒っているのではない事が分かり、リリアスは泣きそうになって王に対して返事が出来なかった。


 父が代わりに返事をしたが、それはブリニャク侯爵の気持ちでもあった。







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