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祈る娘  作者: オーガ
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第113話



 今日は、デフレイタス侯爵家に出掛ける事になっている。

 

 護衛にオテロとお付きの侍女には、アルレットがその役を買って出た。

 リリアスが、屋敷にやって来た時から顔を合わせていて、傍にいて気持ちも分かっている上に、若い侍女より頼りになる。

 他家を訪問するには、リリアスは経験が無く粗相する事を考えると、アルレットが傍にいて世話をするのが一番安心だったからだ。


 ラウーシュには勿論事前に予定を伝え、ダンスのレッスンを始める事をお願いする事になったのだ。


 リリアスの決心で、父は王に公式に娘がいる事を明かす事になった。

 

 婚姻証明書はあるが、王の許しを得ていないので一応叱責をされるという形を取りながらも、リリアスはブリニャク侯爵の第一子として、認められる事となるのだった。

 リリアスは、初めて登城し王に貴族の一員として認められる事で、ブリニャク侯爵家の後継者となるのである。

 ブリニャク侯爵が隠し子を、王に目通りさせるという噂はあっという間に宮廷に広がり、皆興味津々で待つ状態となっている。


 リリアスのダンスレッスンと行儀作法の習得は、もっとも急がれる案件であったのだ。

 ラウーシュは、初めはリリアスの屋敷に出向くと言っていたのだが、アルレットが侯爵夫人に行儀作法を、教授願えないだろうかと進言したのだった。

 

 行儀作法の教師を雇う事も考えたが、同じ日に習えば効率も良いだろうし、とにかく侯爵夫人の人脈は広いし、行儀作法も故実も王妃を目指した経験から、誰よりも詳しいのだ。

 この人より、最高の人選は無かった。


「アルレットには話しておくけど、侯爵夫人にはお針子をしていた時に何度かお会いしていて、顔はご存知だと思うの。まさかお針子だった娘が、ブリニャク侯爵令嬢として対面するとは、思ってらっしゃらなかったでしょうから、ちょっと複雑なお気持ちになるかもしれないわ」


 成り上がり者と思われて邪険に扱われるかもしれないが、事情が分かればいずれ親しくなれるだろうと思い、デフレイタス侯爵邸に向かっている。



 ブリニャク侯爵令嬢として訪問するのは二度目だが、前の時より自分の心構えが違っている。

 アルレットがすぐ後ろに付いて歩き、その横に護衛としてオテロが歩いている。

 玄関で執事に頭を下げられてホールに入ると、どういう訳かラウーシュがホールの真ん中で立っていて、迎えてくれた。


「リリアージュ様! 良く来て下さいました」

 

 案内役の執事を払い除ける様にラウーシュが近づき、リリアスの手を取り口づけした。


「お出迎えありがとうございます。今日は、どうぞ宜しくお願い致します」


 リリアスが頭を下げようとすると、肩を掴まれた。

「こちらこそ、ダンスの教授役の栄誉に浴して嬉しく思っています」


 前に教えられた通りに、ラウーシュの腕に手を乗せて、執事の案内で応接室に通された。

 直ぐにダンスのレッスンとはいかず、まず顔合わせに茶の接待となるようだった。なかなかに貴族というのは、面倒くさい物なのだった。


 座っているのはラウーシュとリリアスだけで、壁際にレキュア、オテロ、アルレットが立ち、デフレイタス侯爵家の侍女が数名茶の準備をしている。


 ラウーシュは黙ったままリリアスを見ているので、リリアスは間が持てずついつい話しかける事になってしまう。


「侯爵夫人は、お忙しいのではないのでしょうか。行儀作法の教授をお引き受け下さったのは、とても嬉しいのですが今更ながらご迷惑だったのではと、恐縮しています」


「母は、貴女がブリニャク侯爵の実の御令嬢で、お母上がイズトゥーリス国の第一王女殿下のセルウィリア姫だと聞くと、一も二もなく、引き受けてくれましたよ」


 ラウーシュは、リリアスをこの屋敷に招き入れられたのが余程嬉しいのか、ニコニコ笑っているばかりだった。


 茶の用意をしている侍女達は、これ程ご機嫌なラウーシュを見た事がなく、驚いていた。いつも侍女を前にしては、顔の表情も変えず声を掛ける事もせず、黙って茶を飲んだりデザイン画を見たりしているのだ。

 これほど表情豊かな人だったのかと、別人を見る様だった。


 却ってブリニャク侯爵令嬢だが、真っ赤な髪を耳を覆うように後ろに流し、頭頂から少し後ろでまとめ、真珠の大玉が二十個は付けられているだろう髪飾りを後ろに付けていた。

 赤い髪と白い真珠は互いに映えて、初々しい令嬢にはとても似合っている。

 白いうなじも多数の小さな真珠でできた三連のネックレスで飾られていて、青灰せいかい色のドレスと相まって、小説に出てくる人魚を彷彿とさせる。


 以前に来た時も、どこかで見た事がある顔だと思っていたが、今もその顔にはやはり見覚えがあると思っていた。


 運動前の水分補給は需要で、少し猫舌のリリアスは、温めの茶をお行儀よく飲んでいた。

 扉が開き女中が頭を下げ、

「奥方様がご挨拶申し上げたいと、仰っておいででございます」


 危うく茶にむせて、噴き出す所だった。

 午後の行儀作法の時間を待たず、侯爵夫人がリリアスを見にきたのだった。


 侯爵夫人は、それはそれは美しいドレスで応接室に現れた。


 染色にはあまり詳しくはないリリアスだが、夫人のドレスは滅紫けしむらさきという色で、この色を着こなすのは難しいとされている。若くても、年配でも地味に見える色味だったからだ。


 夫人はその紫より少し暗めの紫色で、全体に葡萄の実と蔓の模様を刺繍させ所々に小さな葉を薄い緑色で数枚刺させていた。


 胸元は細かなレースを、ブイの字に腰から肩に付けて品よく仕上げていた。

 その胸当ても葡萄の葉と蔓が小さく細かく刺繍され所々にサファイアが付けられていた。

 時間も手もお金もかかっているドレスだったが、午前中にそれもたかだか侯爵令嬢に会うのに着るような服ではなかった。


 ラウーシュとリリアスは同時に立ち上がり、彼は母をソファーに誘導し、リリアスはアルレットに教えられた通りに、夫人の前に出て膝を折り頭を下げた。

 昨晩何度練習した事か。

 ――貴族の体面や礼儀を繕うには、肉体的な苦しさも伴う物なのだな――と、痛感したのだった。


「母上、ブリニャク侯爵令嬢のリリアージュ様です。リリアージュ様、母のデフレイタス侯爵夫人です」


「侯爵夫人には初めてお眼にかかります。ブリニャク侯爵が娘リリアージュと申します」


「宜しくお願い致します、リリアージュ様。さあどうぞお座りくださいな」


 舞踏会には夫人のドレスを着て一緒に行ったのだが、その時は針子の娘という認識であったから、顔など見ていなかっただろうし、まさかブリニャク侯爵令嬢がその針子だとは思わないだろうと、ほっとしたような残念なような気持ちでソファーに座った。


 夫人がソファーに座る姿も品が良く、ドレスを綺麗に広げそのひださえもデザインの様に見せている。持った扇子で軽く扇ぐ姿も、優美その物だった。


 しばらくジラーの工房にも行っていないので、このドレスがどこの店の物か分からなくて、じっと見ているとその視線に夫人が気が付いた。


「このドレスに興味がございます?」


 リリアスは頭を上下にこれでもかと振り、遠くで見ていたアルレットが顔をしかめて、冷や汗を掻いていた。


「染の技術が素晴らしく色の定着が良いですし、何と言っても刺繍が見事ですわ。デザインは、マダムジラーがなさったのですか?」


 夫人はキョトンとした顔をして、ラウーシュの方を見た。


「ラウーシュ、お嬢様は随分とお詳しいわね?」


 ラウーシュはニッコリ笑って答えた。


「母上……見覚えがございませんか? 私が宮廷の舞踏会に連れて参りました、マダムジラーの所のお針子だったリリアス嬢ですよ……」


 夫人は扇いでいた扇子を取り落とした。


「そ、その赤毛と、緑の瞳は……?」


 驚愕の顔で夫人はリリアスを見つめ、混乱した顔でラウーシュに振り向いた。


「どういう事なのか、説明なさい。ジラーの所のお針子が養女で、ブリニャク侯爵家に入ったと言う事なの? それなら一体どういう理由でそうなったのかしら?」


 話が見えずいつもは冷静な夫人も、ラウーシュとリリアスの顔を交互に見ていた。

 侍女が夫人に、落ちた扇子を布で拭いてから渡し、後ろに下がる時にチラッとリリアスの顔を覗いていった。

 下がって一緒に並んでいた侍女仲間に、頷くと皆は声なき声で驚きを現した。


「私達はリリアージュ様と、ドレスの製作で先に知り合いになっていたのですが、後にこの方がブリニャク閣下の長年探されておられた、御令嬢のリリアージュ様だと分かったのです。それにセルウィリア姫様がお母上というのも、閣下に教えて頂きました。本当に血の繋がった、閣下のご息女なのです」


 ラウーシュが――どうだ――とばかりに、手をリリアスに向けて紹介すると、夫人は優雅に立ち上がり、リリアスの前に近づくと先程のリリアスのお辞儀など子供が頭を下げたような物だと思わせるような、完璧なカーテシーを披露した。


 部屋の中に居た使用人は、見た事の無い夫人の礼に驚き混乱した。


「奥様……そんなご挨拶など、私には必要ありません」


 リリアスも驚いて、立ち上がり夫人の体を起こそうと手を伸ばしかけると、反対に夫人に手を握られてしまった。


 下から見上げている夫人の瞳は少し潤んでいた。

 ますますリリアスは混乱した。


「リリアージュ様……初めて私の寝室でお会いした時は、大変失礼な事を致しました。リリアージュ様を、お前呼ばわりしたような覚えがございます」


「と、とんでもございません。その時は確かに平民のリリアスだったのですから、当たり前の事です」


 夫人はリリアスの手を取ったまま起き上がり、じっと顔を見つめてきた。


「あの時……その御髪おぐしの真っ赤な色を、どこかで見た気がしたのでございます。ええ……セルウィリア姫様と、まったく同じ赤毛ではございませんか。どうして私がその御髪を忘れてしまったのか、不覚でございますわ」


 リリアスも、ラウーシュも突然の夫人の言葉に驚き固まった。


「奥方様は、母をご存知なのですか?」

 

 夫人はコクコクと頭を振り、潤んだ瞳をリリアスに向けていた。


「はい、夫と昔イズトゥーリス国に外交と称して、絹織物の産地を見学に参りました。その時宮廷で歓待を受け、セルウィリア姫様ともお話しを致しました。とてもお美しい、お優しい姫様でございました……まさかその姫様のご息女とお会いする事になるとは、思ってもおりませんでしたわ」


 もう、ダンスのレッスンや行儀作法の勉強どころではなくなってしまった。


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