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祈る娘  作者: オーガ
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第111話



 昼食をはさんで、ジャジャの話を聞く為にリリアスは、侯爵家の礼拝堂に来ていた。屋敷の建物の裏手にある個人の礼拝堂にしては広く、天井の高い石造りで壁も白い石で作られていた。

 

 正面に剣を持った戦いの神が、緑色のステンドグラスで作られて飾られていた。その下に説教台が床から高く作られており、それに向かって五、六人座れる長椅子が左右に十席ずつ置かれていた。


 美しくきれいな軍神は、白い甲冑を纏い大きなひと振りの剣を頭上に掲げ持っていた。

 礼拝堂になったのは、侯爵がジャジャを屋敷に入れたくないと言ったためで、罪人が話をするには、その方が相応しいからとこの場所になった。


 ブリニャク侯爵家の先祖がここで神に祈りを捧げ、主や息子の無事の帰還を待っていたのだろう。

 荘厳な作りに、リリアスは圧倒されていた。

 ブリニャク家の屋敷やこの礼拝堂も遠くの領地も、一人娘の自分が継ぐのだと思うと、肩にかかる重圧が平民だったリリアスには大変な物だった。


 リリアスが一人掛けのソファーに腰かけようとすると、アルレットが背中にクッションを当ててくれた。

 ここにはジャジャの話を聞きたいと、彼女のほかに家令のフリオリ、執事長のエンゾが同席していた。

 侯爵の奥方の事を知っておきたいのは、上級使用人の彼らにとって最もな事だった。

 これからリリアスを支え、侯爵家を盛り立てていかねばならないのだからと、覚悟が強かった。

 皆諦めていた後継者が出来て、リリアスが思っている以上に嬉しく思っていたのだ。

 これからの事を思って、誰も声を出さないので礼拝堂の神聖な空気が充満し、リリアスは緊張していた気持ちが落ち着いてきた。


 ――キイィ――

 

 扉の開く音と共に光が礼拝堂に差し込み、振り向くとオテロがジャジャの腕を掴んで入って来た。


 街の小さな教会しか知らないジャジャは、貴族家の礼拝堂を見て仰天し、本当にこの場所ならば神が降臨するかもしれないと思った。


 リリアスはステンドグラスを背に屋敷から運んできた一人掛け用のソファーに座っており、ジャジャはオテロが床に座らせようとしたが、止めさせて向かいの長椅子に腰かけさせた。

 使用人の皆は、勿論立ったままだった。


「長い話になるかもしれないから、みんなも座れば良いのに……」


 リリアスは不満げだったが、アルレットは笑って首を振った。


「お嬢様、貴族とはそういうお人なのです。どれほど情が通じても使用人は、使用人でございますよ」


 不満げな顔をしてジャジャに向いたリリアスの顔は、屈託のない素直な表情をしていた。

 小花模様が織り込まれた銀地の絹織りのドレスは、花が薄いピンクでリリアスの年にはもう若過ぎる模様だが、侯爵が是非にと作らせたので誰が見るでもないので、屋敷内で頻繁に着ている。


 癖のようになっている、布地を撫でる仕草が子供の様な手つきで、見ていたアルレットなどは、軽く微笑んでいた。


 真正面に座るリリアスの顔は、ジャジャが仕えた奥方の面影と似ていた。

 赤い髪も緑の目もリリアスが、奥方から貰った物だった。



 ジャジャは、まともにリリアスの顔を見られず俯いて話し始めた。


「初めはオテロの旦那が、私を女中として雇ってくれたんです。自分の主の奥様が療養を兼ねて住むから、下働きをして欲しいって。実際に会ったら奥様というより、お嬢様かっていうぐらいの若い人で、これはお妾さんだなあって思ったのを覚えてますよ」


 リリアスはオテロが、その頃からジャジャと知り合いだったのを知って驚いた。


「田舎の娘から見たら、本当にこの世にこんな人がいるんだなあって程に、世間ずれしてなくて、人じゃないと思いましたよ。歩く姿も滑るようで、どうやったらあんな動きが出来るのかって、真似したりしてね」


 ジャジャは面白そうに笑って、その時の自分を思い出し懐かし気な顔をした。

 その家の中を知るオテロは、当時のジャジャを知っているから、容易にその姿を想像出来た。あの娘が、大罪を犯すようには見えなかったのだが、悪魔の誘惑とは恐ろしいと思った。


「母はその頃は、何をしてましたか? 貴女とどんな話を、しましたか?」


 ジャジャは思い出すように頭を捻り、視線を天井の方に向けた。天井には天使が花びらを散らしながら、天界から降りてくる姿が描かれていて、その美しさに暫し見とれていた。


「初めの頃は、故郷に置いて来た両親の心配をしてたかな。元気だろうかとか、自分が居なくなって心配しているだろうかって、こっそり泣いていた。だから尚更お妾さんになるのを反対されて、家出をしてきたんだろうって思ったんだ」


 真相を知っている全員は、複雑な顔になった。侯爵の少しの計画と、突発的な事件のせいで、王女を連れて来てしまった可否は、議論が分かれる所だった。


「でも奥方様は少ししたら、私が用意した刺繍道具で、旦那様のハンカチなんかを作り出したんだ。それはもう凄く細かくて、本職にしていたんじゃないかってぐらいに、上手くってね一日中刺繍をしてた」


 一国の王女が趣味にする物と言えば、ダンスか刺繍ぐらいで、それは本職が驚くほどの技術を持っているかも知れない。


「そのハンカチは、旦那様がお持ちでございます。奥方様から頂いたと、それはもう大切になさっておりましたから」


 オテロの発言で使用人達は、それぞれに話し始めた。


「やはり、あれは奥方様の……」

「私共には、触らせて下さらなくて……」

「洋服の隠しに、一度入っているのを見て……」


 母が作ったハンカチは父が大事にし、そしてその様子を皆が見て知っている事で、何となく母を身近に感じた。この後、父にそのハンカチを見せてもらおうと思った。


「旦那様はなかなか来ないし、奥方様も寂しそうだったから、二人で家の周りを良く散歩しましたよ。家の中にばっかりいるのも、体に悪いと思って誘ってみたら、一人で外を歩いた事が無いって言って、驚いたのなんのって。何処のお嬢様かと思いましたよ……」

  

 皆心の中で――うん、うん――と、頷くしかなかった。深窓の令嬢の極致のお姫様である母が、女中が一人いるとしても、供も付けず田舎の道をどのような気持ちで散歩したのかと想像する。


 きっと何もかも初めての事で、戸惑いもあったろうが王宮の生活しか知らなかった母は、新鮮な気持ちでそれを受け入れていたのではないだろうか。

 リリアスはジャジャの話し方から、田舎の生活を嫌っている様には思えなかった。


「お嬢様だから、道端の花なんかも知らなくて、良く教えてあげましたよ。持って帰りたいっていうから、待っていたらいつまで経っても花を摘まなくて、私が摘みますかって聞いたら――私が摘んでも良いの?――って言うんで、どうぞって言ったら、しゃがんで一本、一本、丁寧に摘んでたね。あれも初めてだったのかな?」


 ジャジャには、母の行動がお嬢様だからと理解されているが、皆には初めて自由を知った姫が、気持ちも行動も解放されていくさまに、どれほど楽しい事だったろうと思いを馳せるのだった。


「母はそこで幸せだったのですね」


 一人で出歩いた事も無く、道端の花の名も知らなく、それを自分で摘んで良いかも決める事が出来なかった母は、確かにその地で幸せを感じていたと思いたかった。




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