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祈る娘  作者: オーガ
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第109話

 


「救護所でお前の看護をしたリリアージュだ。懐かしいだろう?」


 侯爵は静かな声で話し始めた。

 オテロや侍従は分かっているが、主人は腹の底から怒っている。陽気さは影を潜め、軽い言葉は却って怒りが大きい事の証明だった。


「リリアージュ、この男に言いたい事はないか?」


 リリアスは椅子からグッと体を乗り出し、カンタンに目を注いだ。


「貴方が私を攫ったというのなら、家から王都までの私の様子を話して下さい」


 リリアスがカンタンに、恨みを言うのではないかと思っていた皆は、意外な顔をした。


「あんたの様子? そんな昔の事、覚えちゃいないぜ」


 死罪を免れないカンタンには、怖い物はなかった。侯爵の娘でも、もう関係のない事だった。


「いいえ、貴方は話さなければならないんです。父やオテロも目の届かない所に行ってしまった私は、その数日間をどう過ごしていたか知る権利があります」


 リリアスの強い視線にカンタンも戸惑い、少し体をずらした。

 ――ダン――

 オテロの靴がカンタンの脇腹を蹴り上げ、その拍子に体は横に倒れ込んだ。


「痛てえ!」

 咳き込みながら悪態を吐くカンタンをさらに蹴り上げ、胸倉を掴んだ。


「お前に逆らう事は許されていない! お嬢様の問いかけに答えるんだ!」


 ――ゴホゴホッ――

 

 荒い息でうずくまるカンタンに、尚もオテロは蹴りを入れた。オテロにしてみれば、蹴る事など優しい方で剣で斬り刻んでやりたいぐらいだった。


 これ以上蹴られたくないカンタンは、俯いたまま時をさかのぼって、荷馬車が家財道具を積んで村を離れた日を思い出していた。


「晴れた良い天気の日で、誰かが――引っ越しには丁度良かったな――って言って、それに皆が笑っている所で出発したんだ」


「私には何と言って連れ出したんですか?」


 カンタンは頭を掻きながら、

「おっかさんに会いに行こうなって言やあ、何の疑いも無く着いて来て、出発の時も自分から馬車に乗ってたなあ」


 リリアスは、三才のリリアージュが可哀想だった。母が亡くなった意味も分からず、何処かに行っていると信じ、あっさりとこの男に連れて行かれてしまったのだ。


「あどけない子供を騙すのは簡単ですものね……」

 

 眉を下げたリリアスはその場面を想像して、胸が痛んだ。しかしそれは過去の自分の事なのだが、どうしても現実的には考えられなかった。


「ずっと晴天続きで旅が楽で、あんたは機嫌良く……なんてったか――ジャジャ――ああ、そうジャジャに懐いていたから、村から離れるのは早かったな」


 痛む腹を撫でながら、思い出し、思い出し、カンタンの話は続いた。


「馬車が行くのは田舎道で、あんたが育った村とそう変わりは無かったが、初めて村を出て珍しかったんだろう、ジャジャと――あれは何だ、あの生き物はなんだ――とか楽しそうに馬車から顔を出して話してたな」


 カンタンの横に立っているオテロは、その姿が想像出来てポロポロと涙を流していた。侯爵もオテロの顔を見て、頷いていた。

 リリアスだけが、じっとカンタンの顔を見てその場面を思い浮かべようとしていた。

 孤児院で一緒だった三歳児の姿を思い出し、あの位の子供が馬車に乗り、はしゃいでいる姿を想像する。傍から見たら若い子連れの夫婦に見えるだろうか、幸せな家族の姿に見えただろうかと思ってみた。


「馬車で寝泊まりしたんだが、夜はジャジャが抱いて寝てたが、母親が恋しいのか良く泣いてたな」


 孤児院でも小さな子は、暗くなってくると親を恋しがり家に帰りたいとか、母の名前を呼んだりしては遠くの空を見て泣いているのだった。どんなに昼間目新しい物を見て喜んでも、夜に母がいない事ほど子供が不安がるものは無かった。


「ジャジャという人は、なんと言って私を寝かせつけていましたか?」


 カンタンは少し考えてから、

「お母上の所には、もう少しで着くから早く寝ましょうとかなんとか言って、子守歌を歌っていた……」


 それはカンタンも良く知る昔からの子守歌で、真っ暗な馬車の中で高いジャジャの声が響いていたのを覚えていた。


「一週間ほど村からかかる少し大きな街に行って、家財道具を売っぱらったんだ。そこだと家具から足は付かないと思ったし、俺たちが何者かなんて誰も見てやしねえからな。家具は良いもんだったから高く売れて、俺たちはホクホク喜んだもんだ」


 村からは鍋から寝具まで持ち出し、すべて高額で買われたので、カンタンが高飛びするには充分な金額だった。


「その街に着いた頃からあんたが、母上に会いたいってごねだして、ジャジャの慰めも効かなくなって、それで俺がもう潮時だなって思ったのさ。ジャジャが買い物に行っている間に、あんたを連れ出して王都で教会の前で置き去りにしたんだ。それでも、王都に捨てたんだ、山ん中よりは、ましだっただろう?」


 オテロがカンタンの顔を殴って、腹にも二、三発お見舞いした。


「だ、旦那、や、やめて……くれ……」


 ぼろ布を殴るようなオテロの手を、リリアスが止めた。


「もう止めて! ……貴方が私を王都に捨てたのは、本当に偶然だったのね?」


 カンタンは頭を振り、口を拭った。


「ああ、大きな街程人を隠すには良いと思ったんだが、まさか十何年後にこんな事になろうとはなあ……」


 自分は地方都市に逃げ、二度と王都には来ないと思っていたのに、借金の形で再びこの地に足を踏み入れて、侯爵に捕まってしまったのだ。

 なんという皮肉な事だろう。


「何と言って私を、ジャジャさんがいない間に連れ出したの?」


 カンタンは座っておれず、横たわってリリアスの方を向いた。


「……これから母上の所に行こうって言って連れ出した。子供を騙すのは簡単だったな」


「私の様子はどうだった?」


 カンタンは、そう聞くリリアスの顔を見る事が出来なかった。


「喜んでな、早く、早くって俺をかして、一人で馬車に乗ろうとしていた」


 リリアスの瞳からポロリと涙が一粒零れ落ちた。

 母に会いたいと一生懸命に思う、幼いリリアージュの健気さが、孤児院の子供達と重なり涙が溢れてきて、切なさで喉が塞がり声が漏れた。


「お前はどうしてあの服を、お嬢様に着せたのだ。服は色々あったはずだぞ?」


「うーん? 乳母が、母親が死んでから何かあるってえと、その服を娘に着せてたから、そういうもんだと思って着せたんだ」


 まさか乳母がカンタンとジャジャの行動を不審に思い始め、奥方の宝石をリリアスの服に縫い込んでいたとは、思わなかったのだろう。


「あの服には、お嬢様の本当の名前が刺繍されていて、服の中には奥方様の宝石が縫い込まれていたのだ。その服のお陰でお嬢様は、ご自分のお名前を知る事ができたのだ。お前達は、大金を捜し損ねたんだ」


 ――アハハハ!!――


 オテロのあざ笑うような声が、庭の木々に抜けていき青い空に消えたいった。


「畜生~!! どんなに探しても、有ったはずの宝石が無かったのは、あのババアのせいだったのか~!!」


 今になって真相を知ったカンタンは、草の上でうつぶせになって足をバタバタと動かした。


 ――フン――


 その様子を見てオテロは、幾分かの鬱憤うっぷんを晴らしたのだった。


「私に布を渡さなかった?」


 最後にリリアスが、思い出したように聞いた。


 カンタンは、余程宝石の事が悔しかったのだろう、うつぶせになったまま動かなかった。


 オテロがまた蹴飛ばし、

「お嬢様が聞いているだろう!」

 

 カンタンは首を横に振って、知らないと答えた。


 それを見てリリアスも、もういいと頷いた。自分が手に持っていたタオルは、きっと子供が夜寝る時に掴む毛布代わりの物で、家から持って来た物だったのかもしれない。


 引きずられるようにカンタンがオテロに連れて行かれると、ブリニャク侯爵親子は寄り添うように近づき、侯爵がリリアスの手を取りそっと撫でた。


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