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祈る娘  作者: オーガ
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第100話

  


「リリアス! 元気だったかい?」


 リリアスの姿を見つけたぺラジーは、走ってリリアスに飛びついた。

 抱き着いて来たぺラジーの匂いが、懐かしさを感じさせてほっとした。


「元気! エイダちゃんは?」

「うん、エイダも皆も元気だよ」


 ぺラジー達は、疫病が治まったので家に帰り、食堂を再開するために準備をしているのだった。


「旦那さんも、無事に帰って来て良かったわねえ」


 ぺラジーはニコニコと笑い、

「ああ、郷土料理なんかも覚えてきてね、腕も上がって父ちゃんが大喜びさ。うちには地方出身のお客さんもいるから、注文が増えるだろうって」

 

 今まで仕事ができず、収入も途絶えていた大変な状況から、這い上がろうとする下町の住民の逞しさを見せていた。


「それよりあんたが、無事にここに帰って来たのが嬉しいよ。また一緒に仕事ができるってもんさ」


 リリアスは夕べ見たトルソーが頭に浮かび、浮かない顔になった。


「でも、王妃様のドレスは完成したんでしょ? 作業場に飾ってあったわ……」


 ぺラジーは彼女らしく大きな口を開けて笑った。

「中を見なかったんだろう? ちゃぁーんと、あんたが仕上げる所は残してあるよ」

「ぺラジー!!」


 リリアスはぺラジーに抱き着いた。

 とうとう仕事場に帰って来た。


「なんだい!! このボロボロの手は!!」


 リリアスの手を掴んだぺラジーは、ささくれ立っている手を、大きな声の割には優しく撫でた。

 以前はぺラジーの方が乾いた手をしていたが、今はリリアスの手が乾いて硬くなっている。


「ちょっと前にラウーシュ様が、クリームを下さったんだけど直ぐには良くならなくって、王妃様のドレスには触れないわ」


 リリアスが残念そうに言うと、ぺラジーがその手に触れながら。

「大丈夫さ。まだまだ納期には時間があるし、今は王宮はそれどころじゃないからね」


 疫病の流行が終わっても、王宮で起きた事件の後始末は終わらず、舞踏会や社交はまだ出来ないでいる。


「それより……なんだい? ラウーシュ様って、名前で呼んじゃってさ。いつの間に、そんな仲になったのさあ」


 ぺラジーが黒い笑顔で、手をしっかり握ったまま顔を覗いて来たので、リリアスは顔を赤くして俯いた。

 

 救護所で看護している時に、ラウーシュが食料や薬になる物資を届けてくれた事を話した。国や他の貴族家からも色々な物が援助され、数多くある救護所が助けられていたのだ。

 

 王都の住民にも国から炊き出しや、小麦などの食料が出されていたが、やはり量は足りなく皆は飢えていたようだった。救護所の病人に与えられていた食料の方が、多かったのかも知れなかった。


「エイダちゃんなんか、お腹を空かしていたんじゃないの?」


「いや、ここはそうでもなかったんだよ。デフレイタス侯爵夫人から食料が送られて、工房の皆は大丈夫だった。それに父ちゃんがいたから、料理も色々食べられてね皆喜んでいたんだよ。その後旦那が帰ってきて、地方の料理も食べられたしね」


 色艶の良い顔でぺラジーは、ポンポンとお腹を叩いた。食堂の手伝いをしなかった分、動かなかったから太ったのかもしれないが、ぺラジーは元から細かったから今が丁度いい感じだった。


「今まで救護所で大変だったんだ、手が治るまでゆっくりしているといいさ」


 工房の皆も、通いの子は家に帰っていたので、リリアスの姿を見つけて帰還を喜んでくれた。


 王宮が大事件で舞踏会どころではないと、ぺラジーは言っていたがドレス製作の仕事は減っているどころか、以前と変わりなかった。


「どういう事?」


 工房にうず高く積まれた反物の山に、リリアスが驚いていた。


「うん……。お貴族様の考えは分からないもんだ。舞踏会も社交の場も無いってのに、ドレスの注文はいつもと同じなんだよ。皆暇なのかねえ?」


 二人で頭を捻っていると、マダムジラーがやって来て、

「いつまでも舞踏会が行われないって事はないでしょ? 油断していて今年流行りのドレスが、社交界シーズンに間に合わなかったなんて事は、貴族夫人達には屈辱的な事よ。いつもより時間があるから、皆様熱心に生地選びをなさって、デザインに凝って刺繍や飾り物に工夫をなさろうとしてらっしゃるのよ」


 二人とも、――なるほど~――と間の抜けた顔で納得していた。


 とにかくリリアスは手が綺麗になるまで、個人的な刺繍や洋服作りでなまった腕を元に戻す事になった。

 という事は一日中刺繍や洋裁に没頭できると言う事であり、工房の隅で皆の邪魔にならない様に、針を持ってニマニマと気味の悪い笑いを浮かべて、過ごす事になったのである。


「ちょっと怖いわね……」

「しょうがないわよう、あれだけ仕事好きなリリアスさんが、ほつれ縫いの為にしか、針が持てなかったっていうんだから」

「まあまあ、好きなだけやらせてあげましょう」


 工房の皆の生暖かい目を受けて、リリアスは忘我の境地になっていった。




 夜も更けて、ジラーの工房兼住居にブリニャク侯爵がやって来た。

 先触れをしていたので、裏口にはオテロと執事長が待っていた。

 オテロは主人の馬が、屋敷の厩務員に良く手入れされているかを確認しながら厩に連れて行った。

 執事長は深々と頭を下げて、侯爵に今回の主人の処遇の礼を言った。


「お前も火傷をしたそうだが、傷はどうなのだ?」

「お言葉ありがとうございます。私の怪我など主人に比べれば、大したことではありませぬ。今日より主人の怪我の治療に、誠心誠意努めるつもりでございます」


「ああ、頼んだぞ」


 侯爵は声を掛けて宰相のいる、二階の奥の部屋に案内された。


 宰相は侯爵の訪問を待っていた。

 ガウンを着て、ベッドに起き上がっていた。


「閣下お休み下さい。ただお顔を拝見いたしましたら、帰るつもりでございました」

「それだけが目的ではあるまい。娘は楽しく過ごしているようだ」

 

 あからさまな目的を指摘されて、侯爵は苦笑いだった。


「ご存知のように、私の言う事は聞いてくれません。まだ父という実感がないのでしょうね」


 救護所から侯爵を連れて工房に帰ると言うリリアスを、何とか説得しようとしたのだが、宰相を隠すためだと言い張られ、承諾してしまった。それは宰相も見ていたから知っている。


「気の毒な事だ、私の方が傍にいるなど、申し訳ないと思っているぞ」


 侯爵が用意した薄紫の絹のガウンを着た宰相は、少し元気を取り戻している様で、侯爵に吐く軽口も復活している。


「お体の具合はどうですか? 食べたい物がございましたら、用意いたしますよ」

 侯爵は話を変えたくて、宰相の体の話に話題を持っていった。


 リリアスを早く手元に置きたい気持ちは強いが、今は残務処理が多く娘と面と向かって話し合いが出来ない。今回の事件の後始末をしない事には、国が正常な状態にならないのだ。古参の貴族としては、それを放っておく訳にはいかない。

 

 それに宰相の事を考えると、頭が痛くなる。

 王にも話をしたいのだが、もしそれが決裂すれば宰相の身柄が保証できなくなる。生きていると知られれば、引き渡せと言われると臣下の自分は、断る事が出来なくなる。

 結局宰相が望む通り、宮廷には復帰させないのが一番良いのだろうか。

 

「私が考えても良い方向に行く気がしません。閣下は生き残った以上、どうなさるのが良いのかお考えになって下さい」


 丸投げの気がするが、宰相が一番良い方法を考え出せるのだ。


「迷惑を掛けているのは、分かっています。私の存在が厄介なのですよね」


 死ぬ気だったのを助けられて、迷惑をしているのは宰相の方なのだが、気配りの人は文句は言わなかった。生き残った事に、覚悟を持ったのかもしれなかった。

 毎日のリリアスとの会話で取り留めのない話を聞いて、頑なになった心が溶かされ生きる事に、関心を持てるようになったのかもしれない。


「そんな事はありません。閣下がどうなさるのが一番良いか、私ではなく閣下がお決めにならねばなりません。もし、国を出られる御つもりならば、私が何としてでもお逃がしいたします」


 残党狩りをしている侯爵が、宰相を外に逃がすのは簡単な事であった。


「貴方を謀反人の仲間にはしませんよ。この国を出るなら、自力でやりますから」


 頭脳派の宰相が本気になれば、どうとでもなるのであった。

 侯爵は宰相が、生きる気力を取り戻しつつあるのを、嬉しく思い早く怪我が治るのを願っていた。

 

  

令和初年の初投稿です。

そして100話目です、皆さんに読んで頂けてとても嬉しく思っています。

あと少しだと思うので、最後まで読んで頂けるように頑張ります。

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