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勇者の荷物持ち  作者: 竹内緋色
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3 巫女!

3 巫女!


 道中、碌なものではない。がりがりに痩せた山賊に襲われるわ、飢えた魔物に出くわすわ。結局、飢えていないのは森ばかりかと思ったけど、どうもそうではないらしい。木々の葉の艶も落ちている。そもそも、秋であるのに枯葉になっていないことの方がおかしい。常緑樹なのだ、全て。

「どういうことなんだ、これは。」

 俺は山賊を倒し終えたばかりのマリナに聞く。

「呪脈が乱れているのだろう。」

「呪脈?」

「自然の力の流れとでも言っておこうか。それが乱れている。」

「それも春が死んだせいか?」

「それもあるだろうが――」

 マリナは言い辛そうにしている。

「神樹の種の影響だろう。」

「ウメノに奪われたせいか?」

「いいや、違う。」

 マリナはハリセンを一振りして進みだす。俺は抱えた風呂敷包みを持って、ついて行く。

「神樹の種は周りの呪脈を吸い取って恵みを与える。このあたりの呪脈が乱れているのは神樹の種の影響だ。」

「つまり、昇たちはそれを分かっていて――」

「だが、それも仕方ない事だろう。」

 マリナは苦しそうに言った。急に夢から醒めたみたいな顔をしている。俺は別に心は痛まない。あの国の人々がそんな仕打ちをしているのは確かにショックではあるが、それは世の中の条理だ。富を得れば、その富を吸い取られたものは貧困する。当たり前のこと。なのに、マリナはそれが許せないみたいなことを言っている。全くバカだ。

「さあ、あれがヒノカグヅチだ。」

 俺の目の前に広がったのは、アメノハバキリなど目じゃないくらいに大きな国だった。長屋が規則正しく並び、時々大きな屋敷や天まで届かんとする城が見えている。

「行け好かんな。」

 マリナは不機嫌そうに言った。


 神圏側はどこでもそうだが、国を囲む塀はそれほど強固なものには見えない。大型の魔物が襲えば薄い壁などひとたまりもないだろう。

 そのことをマリナに話すと、マリナは言った。

「神樹の種は魔物除けの効果があるようだ。」

「じゃあ、アメノハバキリはどうなんだ。」

 マリナは履きそうな顔をする。実際、嗚咽を漏らした。

「あれは、あの勇者が操ったのだろう。勇者の力は神樹の力と同等だ。だから、相殺できたのだろう。」

「マリナの剣が使えなかったのは?」

「あれもヤツが周辺の呪脈を吸い取ったのだ。全く、策を弄してくれる。」

 マリナはゴキブリのことを思い出すのも嫌なようだった。よく頑張ったとほめてやりたいかって?もっと根性入れろって俺は言うね。十中八九殺されるから言わないけど。

 ヒノカグヅチの門番に昇からもらった通行所を見せる。門番は通行所を見た瞬間、マリナを驚きと敬意の眼差しで見た。やはり勇者は違う。俺は軽くスルー。影薄いな。

 一直線に城を目指す。人通りは皆無だった。まるで誰も住んでいない廃墟のような気分。時折人気がするから家の中に誰かがいるんだろうけど、なんだか不気味で仕方なかった。

「何か起こったのだろうか。」

「さあ。」

 マリナは深刻な顔をしている。

「あら、遅かったじゃない。」

「今度は早く登場してよかったな。」

 影のように現れたウメノに俺は言った。

「貴様――」

「あら。貴様なんて名前はよしてちょうだい。まあ、あなたたちが今後私の名前を呼ぶこともないのでしょうけど。」

 突然、家と家の間の影から高速で何かが向かって来る。マリナは素早く大剣で防ぐ。その何かはすぐにマリナから離れ、間合いを取る。

 それは、ウメノほど幼くはないが、マリナや俺よりは幼い顔立ちをしている少女だった。ウメノ同様、黒い衣装に身を包んでいる。

「さあ、アーキマン。ぼこぼこにしなさい。」

 アーキマンと呼ばれた少女は自動人形のようにきりっとした動きでマリナに襲いかかる。細い腕で殴った後、目にも止まらぬ速さで蹴りを入れ、即座に体勢を立て直し、ラッシュを加える。マリナは大剣で防ぐが、時折攻撃が当たってしまっている。

「神樹の加護のもとでは聖樹の加護を受けているあなたの力は発揮できないものね。」

 ウメノは妖艶な笑みを浮かべてうっとりとしている。

「がはっ。」

 大剣をすり抜け、腹にアーキマンの蹴りが入る。そして、マリナは後ろに吹っ飛ばされる。

「マリナ!」

 俺はどうしようか迷う。ウメノに命乞いしようか、土下座して見逃してもらうか。

 マリナは立ち上がる。

「さあ、聖剣を使ってみなさい。あの時は今一正体はつかめなかったけど、よく考えれば簡単だったわ。終の聖剣なんて物騒な人工物使って。でも、そうよね。私が呪脈と自分の呪詛を両方使っているように、あなたもそのくらいしても問題ないもの。終の聖剣。それは万物を斬るということに特化した、呪われた魔剣。西の魔剣だと思ってたけど、そんなものを取り寄せるくらいだから、聖圏はよっぽど戦争がしたかったみたいね。」

「我が国を侮辱するな!」

 マリナは血を吐きながら言う。だが、その聖剣は使えないことが分かりきっていた。遠くにあるものの、直線上には城がある。あれだけの威力のある聖剣なのだから、城さえも真っ二つにしてしまうだろう。

 なす術のないマリナにアーキマンは攻撃を加える。マリナは鎧を輝かせる。だが、アーキマンはマリナの顔を執拗に狙う。

「そうよ。最高ね。アーキマン。乙女の美しい顔を、ぼこぼこにして、人前に晒すことができないようにしてしまいなさい。」

 アーキマンの拳が黒い槍となってマリナの美しい顔を粉々にした時である。

 アーキマンの体が横合いに吹き飛んだ。

「どういう――こと?」

 誰もが今の状況を飲み込めないでいた。

 俺は思わず、アーキマンを吹き飛ばした人物に見とれてしまっていた。全身輝くほどの漆黒の衣服。それは体中を覆い、肌は一切見えない。頭には、どこから息をしているのか分からない輝く黒い兜。スラリと伸びる足が、なんとも美しい。

 柄にもなく格好いいなんて思ってしまった。なんとも男心をくすぶる恰好である。

「マスター。」

 無機的な声が響く。一体誰の声かと思い謎の黒い男を見るが、誰かに話しているようには見えない。

「胸部損傷。軽微ですが、動力炉との共鳴率低下。本来のスペックを出せそうにありません。」

「ちっ。やはり早すぎたか。このポンコツ。まあいいわ。離脱よ。あんたたち、覚えてなさい。」

 ウメノはお決まりのセリフを吐く。その言葉を待ってましたとばかりに、アーキマンは獣のように駆け抜け、ウメノを抱いて、長屋の屋根に飛び移る。そして、人の動きとは思えない速さで、屋根を飛んで逃げていく。

 男は去ろうとする。

「待ってください。せめてお名前を――」

 俺の言葉など聞こえぬように黒い男は暗い路地に消えていった。

「大丈夫か、マリナ。」

 俺は忠犬のようにマリナのもとに急ぐ。近寄ってきた俺をマリナはハリセンで叩いた。

「いてぇ。折角心配してやったのに。」

「お前、また裏切ろうとしただろ。」

「してねえよ。」

「命乞いも裏切りに入る。」

「なんでわかるんだよ。」

 また思いっきり叩かれた。

 からりとした秋晴れの元、ハリセンの音が響き渡る。ただ、長屋を通り抜ける風は底冷えするほど冷たくて、俺に長い冬の訪れを予感させた。


 昇からの書状のおかげで、俺たちは城主に会うことに決まった。そして、城主の間に通されたとき、俺は驚いた。

「どうしてお前が・・・」

「あら。私もアメノハバキリの城主に認められた身でしょう?書状もあるわ。」

 俺たちのものにそっくりだが、偽物に違いない。

「城主の御前だ。静かにしろ。」

 マリナは不満そうではあるが、致し方ないと諦めているようだった。俺は先ほどまで戦っていたのに何食わぬ顔で座っているウメノが信じられなかった。

 しばらくして、城主が現れる。その城主に続いて、二人の女の子が入ってくる。どちらも美女だった。

「そなたらは勇者であるとのことだったが・・・」

 野蛮な髭を蓄えた城主が重々しい口ぶりで言う。

「今、我ら神圏側は聖圏側と戦争をしておる。ならば、お前たちを信じられないのも分かるだろう。」

「お待ちください。今、なんと?」

 マリナは身を乗り出すようにして言う。

「お前たちがスパイじゃないかと言っている。」

「そうではなく、戦争を始めたと。」

「ああ。初めに攻撃を仕掛けたのはそなたらの聖圏側だ。」

「まさか・・・」

 マリナは石になったかのように固まっていた。呼吸さえ忘れているようだった。

「我らの信用を勝ち取るにはこの国の味方をしてもらわねばならん。この国の勇者として自らの国と戦えるか?」

「それはあまりにも酷ではありませんか?」

 きらびやかな服装をした美女が意見する。

「今、都には鬼が出るのです。だから、鬼の退治をしていただこうではありませんか。」

「ですが、彼らの目的も分からないのでは――」

「わらわに意見すると?」

「いいえ。滅相もない。」

 城主は女に弱いようだった。

「我が屋敷においでください。勇者様。この国の巫女も参っています。サヨもどうじゃ?」

「私は前線に赴かねばならず・・・」

「そうじゃったな。喜びも知らぬ小鳥よ。」

 女はもう傍らの少女を誘おうとしたが、断られたようだった。

 俺たちは女の屋敷に連れられる。

 車も女の服装と同じくきらびやかであった。まるで貴族のようだった。


「でまあ、鬼、ねえ。」

 大きな屋敷で俺たちは姫と巫女に会っていた。どうも城主が逆らえなかった女はこの国の神の子孫の姫だそうだ。

「はい。夜毎人々を切り裂いていく鬼がこの町に出ていて――」

 俺はちらとウメノを見る。いつもと同じすまし顔だった。

「勇者様はなにか?」

「うむ。」

 俺の言葉にマリナは頷く。さては、こいつ、何も考えてないな。

「巫女。巫女ね。ふふふ。神樹はどこにあるのかしら。」

「それを聞いてどうするのです。」

 巫女はウメノを怪訝そうな顔で見る。

「あら。私たちは力を神樹に制限されてるの。だから、近ければ近いほど、私たちは能力に制限がかかる。だから、聞いておかないと鬼を倒せないのだけど。」

 ウメノは妖艶な笑みを浮かべる。

「ここには神樹様はいらっしゃいません。ですから――」

「じゃあ、どうして力が制限されるのかしら。もしかして、竜でも飼っているのではなくって?」

「龍ですか?」

「いいえ。竜。ドラゴンなんかじゃないわ。」

 巫女は何も知らないようだった。

「確かに、龍神を祀る祠はありますが、竜は聞いたことがありません。」

「なるほどね。その龍は神樹の味方。だから、あなたは何も感じないと。」

 巫女は困った顔をしている。俺は少しも話を理解していません。

「まあ、堅苦しい話はいいではないか。サヤよ。夜に備えて町を案内してはどうじゃ?そやつらも案内してほしそうにこちらを見ておる。」

「うむ。」

 いや、勝手に返事しないでください、勇者様。俺は鬼になんて関わる気はないけど。

「それもそうでした。私としたことが。では、早い目に出ましょう。夜までに休息が必要でしょうから。」

「サヤは頭が固いからのう。」

 ということで、町を巫女に案内してもらうこととなった。


「ここがこの町の繁華街です。」

 着物に着替えたサヤが見せたのは、人っ子一人いない、寂しげな町だった。

「どうして俺がお前をおぶらなくてはいけない。」

「あら。あなたは私の愛の奴隷でしょう?」

 ウメノも着物に着替えていた。姫からいただいたものだ。

「こいつは私の荷物持ちだ。」

 そういうマリナもしっかりと着替えている。

「あら、やきもち?」

「違う!」

 俺はもとより神圏側の衣装なので問題はない。ないが、汚らしくって、俺にも服が欲しかった。姫曰く、

「ここは女人しか立ち入らぬ上、男の着るものはないぞよ。その格好が嫌なら、裸で出るがいい。わらわもお前の裸踊りが見たいぞよ。」

「なに、姫の真似してるんだ。」

「姫はぞよ、などと言いません。」

 サヤは頬を膨らます。

「ここは鬼の影響で商いをしていないんです。だから、次に行きましょう。」

 そう言って、サヤは歩き出す。俺は溜息を吐いて、ウメノを背負いながら歩き出す。

「はあ。」

「何かしら。その溜息は。私が重いって言うの?」

「うん、重い。」

「これでもニ十キロなのに。」

「軽くないか?」

 俺の目方では三十キロはあってもおかしくない体型のはずだった。

「私より軽い子どもはいくらだっているわ。だって、このご時世だもの。」

 そういえば、この町には飢えている人は見当たらない。鬼の影響で寂しくはあるが、アメノハバキリのようにいい国なのだろう。

「それより、巫女さん?」

「何でしょう。」

 サヤはウメノを警戒するように、固い口調で言う。

「この国はおかしいと思うの。だって、どうしてあんな姫がもてはやされるのかしら。本来だったら、神樹の種を宿したあなたが――」

「いいのです!」

 叫ぶようにサヤはウメノの言葉を遮る。

「ここが・・・その・・・赤線というか・・・そういうところで・・・」

 なるほど。娼婦街ね。

 ここは人通りが多そうだった。夜が本番というのに、なんかね。

「ここが狙われそうだな。」

 マリナは勇者の顔になって言う。

「いえ。皆さんには屋敷の周りを警護してもらいます。」

「え?」

 なんだか話がかみ合わない気がした。サヤが俺たちを案内しているのは、町を守る為ではないのか。

「ここは襲われないのか?それなら、どうして俺たちを案内しているんだ?」

「それは、鬼を逃がさないためです。」

 鬼は逃げるのか。鬼ごっこか。

 マリナは何やら険しい顔をしていた。


 町を一回りして、俺たちは帰ってきた。他の奴らはともかく、俺は疲労困憊だった。

「ああ、腰が痛い。」

「あら。どんないかがわしいことを艶街でしてきたのかしら。」

「全ての原因が何を言う。」

 ともかく、俺は休みたかった。

「どこか休める部屋はあるか?」

 俺は姫に問う。

「は?何をいっておるのじゃ。男を入れる部屋などありはしない。屋敷の外で寝よ。」

「嘘でしょ?」

 だが、姫は嘘を言っているようには見えなかった。

「なら、私の部屋に・・・」

 気の毒に思ったのか、サヤが言ってくる。

「なるほど。オプションはフルで。」

 途端、マリナにハリセンで殴られる。叩くとかそういう加減ではなかった。ハリセンなのに鈍器で殴られる音がした。


 冗談はさておき、俺はサヤの部屋で休ませてもらう。襲う気力はない。本当に疲れたし、俺は女より弱いから、襲うなんてとんでもない。

 俺はサヤの何もない部屋の床に寝っ転がる。本当に何もない部屋だった。最低限、机と燭台くらいはある。

 すっと襖を開けて、巫女装束に着替えたサヤが入って来た。

「なにもない部屋だな。」

 俺は無神経にも言った。

「そうですね。私も最近、ここに来たばかりですので。」

「でも、サヤっぽい気がするよ。」

 姫の豪勢な格好と比べると、俺も質素なサヤの方が好ましく思う。まあ、結婚するなら金持ちだけどな。

「そうですか。」

 サヤは俺から少し離れたところに座る。俺は眠たかったが、少し我慢して、サヤと話す。

「神樹の種がどうこうって言ってたな。」

「・・・・」

 サヤは黙っていた。俺からサヤの顔が見えないがそれでいい。多分、鬼のような顔をしていただろうから。

「神樹の種を分けてもらうことってできるか?」

「どうしてですか?」

 刃を喉元に当てられたようなひんやりとした声。

「いや、アメノハバキリで国の人が種を奪われて。それで、アメノハバキリは種なしでは魔獣が入ってくるから大変だろうって。」

「そうですか。あなたの善意は分かりました。でも、あなたは神樹様の種が一体なんなのかご存じないんですね。」

「まあ。」

 マリナが周りの力を吸い取ってるとは言っていた気がするけど、それ以外は何も知らない。

「神樹様の種は、そのまま、神樹様の種です。それは持っているものは神樹様の加護を受けられるというもの。神樹様が代替わりする時まで、守ることを約束することで、私たちは守られているのです。」

「それで?」

「その種は、この神樹様の守られている土地から優先的に恵みを受け取ります。それ故に、多くの種を有しているということは、それだけ周りの恵みを奪い去ってしまいます。」

「種一個でもか?」

「そうですね。一個では大したことはないのですが、このご時世で神樹様も大分弱ってらっしゃいます。なので、周りの土地は恵みを奪われてしまうのです。」

「でも、それは仕方ないんじゃないか?」

「仕方ない!」

 サヤは声を裏返して叫ぶ。

「誰かが犠牲になっているのを見て、その富を受けていて、苦しまないことなんてないでしょう!それは、私がよく分かっているのです。この役立たずの私が、生かされている。それがどんなに苦しい事か!」

「すまない。」

 俺にはよく分からなかった。このご時世で自分だけ助かる道しか残されていない。そんな中で、死んでいく誰かのことを悲しむというのは、とっても贅沢のように思えた。

 それっきり、俺は瞼を閉じた。


「おい、起きろ。」

 そして、蹴飛ばされる。

「お前にはいたわりって言葉はないのかね。」

 俺はマリナに言う。

「ないな。ところで、サヤ殿大丈夫だったか。」

「いやあ、それはもう楽しませて――うぎゃあ。」

 俺はマリナの踵落としを食らう。

「ええ。大丈夫ですが、カスさん、大丈夫ですか?」

 ああ、なんて優しい巫女。お前らも多少見習えな。

「お気をつけていってらっしゃいませ。」

「うむ。」

 そうして俺たちは屋敷の警護をすることになった。

「なあ、カス。」

「なんだ、マリナ。」

 ウメノはいつの間にか姿を消していた。あの野郎、また何かをやらかすつもりか、それとも、面倒だから逃げたか。どうせことが終われば帰ってくるんだろうけど。

「鬼とはなんだ?」

「さあな。まだ確実じゃないからなんとも言えない。どちらにせよ、すぐにわかるさ。」

「そうだな。」

 静かな夜だった。人の寝息さえ聞こえない。

「マリナ。」

「なんだ。」

「お前って、人を倒せるよな。」

「ああ。人並み以上の能力はある。だが、鬼のように強い人間だと、本気でかからないとダメかもな。」

 月夜にふらりと、おぼろげな人影が現れる。

「鬼は鬼でも殺人鬼か。マリナ。俺を守ってくれよ。」

「お前は勝手に逃げるだろ。」

 その殺人鬼は、走ったことを悟らせないほどの自然な動きでこちらに向かって来る。そして、数百メートルあったはずの間合いを一瞬で詰める。マリナはハリセンで殺人鬼の一撃を止めた。

 キン、キン、キン。響き渡る、刀とハリセンの交わる音。ハリセンがなんで金属音を出すのかは、この際置いておこう。

 向こうは日本刀。素早い一撃を風のように繰り出す。だが、マリナも負けていない。風のような一撃を振り払う大団扇のようにハリセンで薙ぐ。両者、互角であった。

 着物を着、長い髪を後ろで一まとめにした男が、マリナから離れる。

「お前は何者だ。」

「それはこちらのセリフだ。」

 男は不敵に鼻で笑う。

「もう、名前などないようなもの。ただ、名乗るのなら、貴族を殺す者とでも言っておこうか。」

 男は再びマリナに向かって突進する。走りながら、刀を鞘に納める。

「飛天御剣流――」

「ああ、ダメだ!それはジャンプから怒られる!」

 その神速の剣をマリナは受け止める。そして、足で男を蹴り飛ばす。

「くっ。我が速さについてこれる人間などおらんというのに・・・!」

「ふん。勇者は人間ではない!」

「どうしましたか、みなさん。」

 このタイミングでサヤが姿を現した。

「おお、サヤ殿。我らが姫。」

 俺たちはサヤを見る。サヤの顔は青ざめていた。

「一体、何のことですか。私は・・・私は本当に知らないんです!」

「ともかく・・・だっ!」

 マリナは隙をついて襲いかかってきた男をハリセンで飛ばす。男は刀でガードしていた。

「後で話を聞こう。あと、鬼よ。お前にもな。もう私に勝ち目はないことは分かっているだろう。お前の剣は、そもそもに対人には向いていない。暗殺用の剣だ。姿を見せた瞬間、お前の負けは決まっていたはずだ。」

「ほう。我が剣の神髄を知るとは。なかなかの武人。だがな、この国には正々堂々と言う言葉と、大名儀文という言葉があってだな。」

 しゃああああああ、と男は叫んで、マリナを一刀両断する。マリナは男の刀を天高く弾き飛ばした。剣は俺の目の前の地面に刺さる。

「危ないだろ。」

「あ!手が滑っちゃった!テヘペロ。」

「嘘丸わかりだな。」

 着物姿のままのマリナは大きく足が出ている。中身が気になるなあ。でも、ぎりぎり見えないってのも、それはそれで――

「あちゃ、手が滑っちゃった。」

「大剣はやめろよ。本当に即死だから。」

「鼻の下を伸ばしているお前が悪い。」

 大剣は深々と塀に突き刺さっていた。本気で殺すつもりだったな、こいつ。

「で、どうする。鬼よ。ここで私に成敗されるか?」

「誰が鬼だ!俺はこの国のために姫を救いだし、あのいけ好かない貴族の娘を殺す。それを奴らは鬼などと――」

「御託はいい。私は飯を食わせてくれる者の方につく。」

 うわあ、薄情だな。俺が言うのもなんだけど。

「観念しろ。」

 マリナが男を捉えようとした時である。

 暗い夜から、黒い影がマリナと男の間に現れる。

「お前は――」

 それは、この国に来た時に現れたかっこいい男だった。黒い鎧は月夜に照らされて、一層たくましく見える。

「どこの誰だか分からんが、助かった。」

 男は、そそくさと逃げていく。逃げ足も速かった。

「貴様、邪魔をするのか。」

 マリナはハリセンで威嚇するが、鎧を着ていない。あのアーキマンを破ったほどの力なのだ。トメドの鎧のないマリナには勝ち目はない。

 と、男は顔のない、つるつるの頭を俺に傾ける。いや、正確には俺の後ろにいるサヤだ。

 俺が狙われていないのなら、それでいい。俺は男に道を空けようと慌てて動く。だが、運の悪いことに、俺は足を絡めてしまう。そして、体はサヤをかばうようにサヤと男の膝小僧の前に出て――

 俺の頭は打ち砕かれた。


「死ぬかと思った!」

 目を覚まして、開口一番、俺はそう言った。

「いえ。それはこちらのセリフです。」

 俺を覗き込むようにしてサヤは俺を見ていた。おっぱい大きいな、少なくともマリナよりはな、と思いつつ、この体勢は、もしや、と俺は起き上がる。

 そして、起き上がった途端、俺は後悔した。

 せっかくのお膝枕だったのに。

「もう一度お願い。」

「嫌です。」

 サヤは立ち上がって部屋を出て行こうとする。その間際、サヤは言う。

「ありがとうございました。守ってくださって。」

 いや、本当は見捨てようとしたんだけどな。でも、いいか。

「フラグは立ちません。」

「チクショウ、キビシー。」

「あと、姫がお呼びです。応接間にお越しください。」

 それだけ言って、サヤは部屋を出て行った。

 気が付くと、もう朝になっていた。


「オムライスが食べたいぞよ。」

 俺はどう反応していいのか、分からない。

「オムオムライスぞよ。」

「ええっと、姫。何をおっしゃってるのか・・・」

「コズミックオムライスダ・ヴィンチぞよ。」

「ぞよっていうじゃないか。」

 俺はサヤを見る。あれ。目を逸らされた。

「ええっと、少し説明していただければ。」

「面倒がかかるのう。」

 姫は扇子を開き、口を隠す。

「サヤから聞き申した。そなたら、神樹の種が欲しいのだろう?この国には十個も種があるのでな。一つほど分けてやってもいい。その代りに、わらわはオムライスというものを食べてみたい。」

「うむ。」

 だから、返事すなって。

「作り方は分かるか?」

 横文字から察するに、聖圏側の食べ物だろう。なら、マリナは知っているはずだ。

「いや、ウチは和食派なので。」

「また世界観ぶち壊して。」

 俺はウメノを見る。

「なによ。私を視姦するのね。」

「誰がおこちゃまボディを喜ぶか。お前は知らねえの?」

「知らないわ。私の食べ物は魔獣とお菓子よ。」

「うん、なんだかおかしな組み合わせだネ。」

 八方塞がりじゃないか。

「あの、レシピを調べて、材料のリストを作ったのですが。」

 サヤ、ナイス。マジ天使。

「気持ち悪いので視姦しないでくれます?」

 好感度はやっぱり最低なのね。

「いや、でも助かった。このポンコツどもではどうしようもなくて――いたっ。」

 マリナとウメノは俺の足を両脇から抓る。まあ、ハリセンとか茨よりはいいんだろうけど。


「ええっと、まずは卵に牛乳、バターと玉ねぎ、マッシュルーム、チキンとピーマン。そして、ケチャップはなになに?トマトソースだと。」

「なるほど。外に出る必要があるな。」

「外って城壁の?」

「それ以外に何があるというのだ。」

俺は魔獣ばかりの外に出たくないので、ウメノに助けを求める。

「そうね。店は軒並み閉まっているのでしょう?なら、外で集めるほかないわ。外来品をどうっするのか、だけど。」

 なるほど。的確ですね。

 嫌がる俺を引っ張って、二人は国の外に出て行った。


「そう言えば、昨日、どこ行ってたんだ?」

 密林の中、俺はウメノに聞く。いつものゴシックドレスだ。

「アーキマンに会いに行ってたの。彼女、不治の病だから。」

 急にしょんぼりしてウメノは言った。でも騙されないぞ。

「何を企んでるんだ?」

「あら。それはサプライズではなくて?」

「お前の場合災害になるんだよ。」

 だが、確かに、どうしようもないわけだ。今ならウメノを倒せるかと言われても、正直わからない。ダメならダメなんだろう。

「お前ら、静かにしろ。」

 そう言ってマリナは素早く屈む。俺もマリナに習って屈み、息を潜める。

 そろっと、俺たちの横を地龍が横切る。二足歩行で、地をかける、小さめの龍だ。

「おおらっ!」

 突然マリナは草むらから飛び出した。そして、地龍を羽交い絞めにしている。

「さあ、今のうちに卵を!」

「卵ってそれかよ!もっとマシなのを選べ!」

「早く行きなさいよ。」

 ウメノに尻を蹴られて、俺は草むらから飛び出す。もう躊躇してはいられない。俺は素早く地龍の巣から卵を拝借する。俺の頭くらいはある、大きな卵だった。

「とったぞ。」

「逃げろ!」

 俺たちは急いで逃げ出した。


「はあ。はあ。なんでこんなことに。」

「お前ら、静かにしろ。」

「またかよ。」

 俺たちの前には、何故か巨大な牛乳瓶が現れていた。

「ねえ、これ――」

「そうだな。倒すぞ。」

「いや、いろいろ疑問を持とうよ。こんな生き物いるわけないじゃん!」

「なに。藤岡弘探検隊もこんなものだろう。」

「いや、今でも時たまやってるのはよそうよ。せめて川口浩にしよう。」

 ともかく、戦った。

 激戦だった。

 勝った。

 戦ったのはほとんどマリナで、ハリセンで一発だったけど。

「さあ、次だ。」

「もう嫌。お前ら嫌い。」

 でも、次の獲物はやってくる。


「お前ら、静かにしろ!」

「お前がな。」

 だんだん乗り気になってきたのか、あれな探検隊みたいになっている。

「あれを見ろ!」

 尻尾から落ちてくる蛇の方がマシだと思いながら、マリナの指さす先を見る。

「バターのなる木だ。」

「そうですね・・・」

 もう、何でもありか。

 バターの木は俺たちに気が付いたのか、蔓の鞭で攻撃してくる。トリフィドじゃないんだから。

「さあ、囮だ。」

 きっとさっきの戦いで自分が囮になることはなかったのだと気が付いたのだろう。出来れば一生気付いてほしくなかったよ。

 俺は死ぬ気で走る。走らないと死ぬ。どっちみち死ぬのか?いや、トリフィドにやられる方が死ぬだろ。

「よし、とったどー!」

 うん。だったら、トリフィドなんとかしてよ。勝手に勇者様方だけで逃げないでくださる?


「お前ら、静かにしろ!」

「ぜえ、はあ。ブラックだ。雇用条件守ってない。」

「あれっを見ろ!」

 そこには巨大なマッシュルームと玉ねぎとピーマンとトマト。もちろん動いてる。

「なあ、あれって魔物だよな。魔物って不味いんだよな。」

 俺は思いとどまらせようと叫ぶ。ほとんど叫びに近い。

「魔物ではない。まあ、魔物だろうとまずかろうとそれでいい。私はあの姫が好かん。」

「私も、自分より大きなヤツは嫌いよ。特にあの巫女の大きさと言ったら・・・」

「いや、ウメノ。お前より小さなヤツの方こそ少ない――!」

 俺はウメノ触手に絡められ、巨大な野菜たちの前に立たされた。

「もう、いーやーだあああああ。」

 俺は囮となって密林を駆ける。


「後は、なんだ。俺は、もう限界。」

 心臓がバクバク言っている。もう、死にそう。

「チキンだな。」

 のっそり、と俺たちの前に大きな鶏が姿を現してくれる。人間の身長の十倍はありそうだね。

「マリナ。」

「なんだ?」

「昨日、俺を治療してくれたんだろ?ありがとうな。」

「いいや。あれは私がやったのではない。サヤだ。」

「そうか。」

 勇者二人はさっと茂みに隠れる。残されたのは俺だけ。

「ええい、くそおおおお。」

 一生分の運動をしたと思った。

 もう、オムライスなんて作らない。絶対に嫌だ。オムライスなんて嫌いだあ。


「さて、いい働きをしたな。」

「そうね。今日はゆっくりしましょう。」

「お前ら、許さないからな。」

 俺は勇者の荷物持ちなので、材料を全て持たされる。大きな動物?どもは小さく切って欠片だけ採取してある。

 俺は早く帰りたかった。

 ヒノカグヅチを見渡せる丘まで辿り着く。

 そこから見えたのは、燃え盛るヒノカグヅチだった。


「いい火だな。これでオムライス作りもはかどるぞ。」

「いや、そんな呑気に言ってる場合じゃないだろ。町が燃えてるんだ。」

「そうね。でも、燃やされてもいいくらいなんじゃない?」

「え?」

 ウメノは丘の真下を見るように促す。俺は落とされるんじゃないか、と不安になりつつ、丘の下を覗いた。

 そこには、無数の死骸があった。

「これはどういう・・・」

「多分、自分に歯向かうやつを殺したり、口減らしのために殺したりしたんでしょうね。」

「一体誰が――」

「聞かずともわかるだろう。」

 俺の頭には姫が思い浮かんだ。

「さて、助ける価値はあるのかしら。勇者様?」

 ウメノは面白そうに微笑んでいる。

「そうだな。私はあの姫を好かんし、巫女も好かん。でも、見捨てるわけにはいかんだろう。」

「さて、俺は急用を――はあ。」

 マリナは俺の襟首を掴んで、丘をひとっ飛びした。


「こりゃ一体、どうなってるんだ。」

 騒ぎは艶街を中心に起こっていた。他の場所は被害が全くない。そして、侍が人々を斬っている。

「おい、どういうことだ!」

 マリナが目の前の侍を倒し、強迫する。侍の鎧ががしゃがしゃと音を立てる。

「これは、勇者様。いえ、鬼退治にございます。」

「狂ってる。狂ってるぞ、お前ら!」

 マリナが咆哮を上げる。きっと悲しんでいるんだ。最近、なんとなく、マリナの悲しみが分かるようになってきた。

「誰が狂っておると。」

 牛車に乗って悠々と訪れたのは姫だった。

「こ奴らは、わらわに歯向かい国を乗っ取ろうとする鬼じゃ。だから、人ではない。もう、人ではなくて、人畜かもしれぬ。」

 大剣を抜こうとするマリナを俺は止める。

「お前たちもあの巫女のように歯向かうか。なら、鬼として粛清せねば。」

「待ってください、姫。私共は、歯向かおうなどとは思っておりません。」

 俺はひざまづき、答える。

「先ほど、巫女が裏切ったとおっしゃいましたが、それはサヤのことでしょうか。」

「名を口にするのも忌々しい。が、その通りじゃ。」

「失礼を承知でお伺いいたしますが、巫女の居場所をご存じでありましょうか。この様子を見ると、探してらっしゃるご様子。」

 俺はひやひやしながら姫に言う。頭を下げているから、いつ、侍に首を斬られるか、分かったもんじゃない。

「ふん。このような時でなければ首を斬っているが、その通りじゃ。そして、そちには何か秘策があると見えたが?」

「左様にございます、姫。私たちはまだこの国に入っておりませぬ。そして、騒乱が一段落した後、私たちは巫女と会うこともございましょう。」

「ふふふ。面白いな、そなた。つまり、間者となろうというのだな。」

「いえいえ。我々はただ、巫女の知り合い。となれば、少しくらいは手を貸すこともやぶさかではありますまい。」

「ふふふふふ。」

「ふふ。ははは。」

「はははははははは。」

 これで交渉は締結された。

「よかろう。早い目に兵を引き上げさせよう。そなたらは今、国にはおるまい。兵は国の外に出ることも多かろう?」

 姫は俺たちに鎧を持ってくる。侍と同じものだった。俺たちは鎧に着替え、城門から出た。


「口だけは達者だな。」

 鎧を脱ぎ、マリナは言う。どこからか鎧が飛んできて、マリナの体に装着される。

「それ、すげえな。ロマンだな!」

「ふん。容易い事。それより、礼をいわねば。」

「いや、できればオムライスのことで謝ってほしいけど。」

 まあ、マリナが俺に礼を言うなんて滅多にないからいいんだけど。

「で、これからどうするんだ?」

 マリナは俺に意見を仰ぐ。

「そうだな。マリナは争いを止めたいだろ?俺は今すぐにでも他の国に行きたいが。」

「そうだな。例えあんな姫でも、国の人々に罪はない。」

「じゃあ、サヤに話を聞きに行こう。それから考えればいい。多分、もう話し合いでは終わりそうもない。」

「それはつまり、どちらかについて戦えと?」

「それはお前の好きにすればいい。俺はただの荷物持ち。な?」

 サヤは話せばわかると俺は思う。でも、あの姫は多分どうしようもない。ぶっちゃけ、サヤたちに倒されてほしいくらいだ。

「とりあえず、行くことにしよう。」

 俺たちは何事もなかったかのように城門をくぐった。


 しばらく、艶街から遠ざかって歩いていると、一人の男に出くわした。あの殺人鬼である。

「お前――」

 マリナはハリセンを構える。

「待て。」

 男は刀に手を伸ばさずに言う。

「サヤ様がお呼びだ。ついてくる気はあるか。」

「うむ。」

 俺たちは男についていく。


「ここだ。」

 そこは長屋の一角だった。

 俺たちは男に続いて、部屋に入る。そこには女子供と一緒にサヤがいた。どうも治療をしているらしい。

「よう、サヤ。」

 俺たちは何事もないように声をかける。

「すいません。外に出ましょう。」

 そう言って、サヤは長屋の外に出た。しばらく歩いて、サヤは止まる。

「どのようなことになっているのかはご存じですね。」

「ああ。」

 サヤは俺たちがスパイをかって出たことを知っていると俺は考えていた。恐らく、侍の中に、サヤに味方するヤツも多いだろう。あの姫、人望ないしな。

「私は昨日までどのようなことになっているのか知りませんでした。数か月前、突然屋敷に連れてこられて、自由はなかったので。でも、夜にそっと出て行き、鬼と呼ばれた人々に話を聞くと、もっともだと思いました。この国は狂っています。一人の姫のいいなり。これはおかしいです。姫の気まぐれで人の命が簡単に奪われるのです。きっとあなたたちも外に出て異変に気が付いたでしょう。動物、植物が異常な進化を遂げていることに。あれは、姫が神樹の種を十個もこの国に集めたからです。他の国は、種を奪われ、魔物の侵攻に怯える毎日です。だから、私がやるほかなかった。」

「そして、お前が新しい姫になるのか?」

 マリナはイラついたように言う。

「そうです。私は神樹様の種を体に植え付けられた、巫女。本来、神圏は神樹様を信仰しています。私は巫女として、神樹様と人々の間をもつ存在なのです。でも、人々は権力を握るために新たな神を作った。そして、自分がその神の末裔だと言ってのけた。それが、あの女の一族です。」

「どういたしますか?勇者様。」

 俺はマリナに聞く。

「うむ。」

 あ、こいつ、何も考えてねえや。

「お前はどうする、荷物持ちよ。」

 この役得め。

「そうだな。俺はどっちに味方するのも嫌だな。姫にも、新しい姫にも。」

 結局は同じようなことになるだろう。それに、俺たちはいつでもどっちつかずの方がいい。だって、勇者なんて兵器みたいなもんだぜ。そんなの、どっちつかずの方が平和だ。それに――

「それに、俺たちがどうしたいか決めることじゃない。それはサヤが決めることだ。サヤ。お前にはこれがどれほど無益なのか分かってるだろう?お前はどうしたいんだ。新しい姫としてではなくて、お前自身が、サヤっていう優しい女の子がどうしたいのか決めろよ。」

 キザたらしくて俺には似合わないセリフだ。でも、あんな苦しそうな、泣きそうな顔で人々を看病してるサヤを見たら、一言ぐらい言わないと下衆が廃るってもんよ。

「私は、誰も傷付いて欲しくない。だから、こんな争い今すぐにでもやめたい!でも、あの姫はもう止まらない。きっと、この国の人をみんな殺してしまう。だから――」

 サヤは大粒の涙を流して俺たちを見る。全く、ブサイクな顔。折角の美人が台無しだ。

「お願いします。どうか、この国を救ってください。勇者様。」

 はは。やっぱ、俺には頼まないよな。

 マリナは俺を見ている。頼まれたのはお前だろうに。

「そうだな。じゃあ、全てが丸く片付いたら、キスでもしてもらおうかな。」

 それだけ言うと、俺は恥ずかしくなって、その場から逃げるように立ち去った。


「で、どうする。」

「少しはお前も考えろよ。」

 マリナがハリセンに手を伸ばすので、俺は謝る。でも、少しは考えて欲しいな。

「この戦いで板挟みなのは俺たちだけじゃない。だから、そいつらを仲間につける。」

「姫を倒すのか?」

「いや。これが成功すれば、戦わずに済む。むしろ、戦いにすらならねえ。」

 俺は、大きくて立派な城を見上げて言った。


「よう。殿様。」

 入って来た俺たちに殿様は眉をピクリと動かすが、何も言わない。なので、俺はすぐに交渉を持ちかける。

「お前らはどっちにつくんだ。殿様よ。」

 この国の教えの土台たる神樹の名を語る者と、新たな神を語る者。今のところ、姫に加担しているようだが、結局どうしようかと悩んでいるのは見え見えだった。

「我らは姫に仕える者。答えは決まっている。」

「だが、あっちは神樹様の巫女だぜ?」

 ちょっと高圧的だが、今だけは許してくれ。

「ちょっと先のことを考えてみろ。この戦いは、簡単に終わる。神樹側は数が少ない。でも、争わなくちゃいけない。そうなると、今、聖圏と戦っているのに、簡単に攻められちまうかもしれん。でも、もし、お前らが神樹側についたら、他の神圏側にも言い訳がつくんじゃないか?それに、今、姫の兵は実質、あんたらだけ。なら、もっと簡単に終わって、巻き添えもない。この一石二鳥。乗らない手はないと思うけどなあ。」

「だが――」

「何がだが、だ!もう答えは出てるだろうが。あんな邪知暴虐な姫と、優しい民衆思いの巫女。お前はどっちに就きたい。それだけだろうが!」

 殿様は黙ったままだった。長い時間、沈黙が続く。

 そして、口を開く。

「今すぐ、姫の屋敷を攻めろ。姫は生け捕りにしておけ。屋敷の者もだ。俺はもう、あんなむごたらしい処刑は見たくない。」

 それを聞いた侍たちは少し驚き、喜んだ顔で伝令に向かう。俺は殿様に言った。

「でも、あの姫に足蹴にされるのも結構気持ちよかったろ?」

「うむ。悪くなかった。今後もそうされたいな。」

「お前ら、一回死んどくか?」

 冗談なしにマリナは言うので、俺と殿様は黙って土下座した。


 俺たちを先頭に城からの軍は屋敷に向かって行った。

 そして、屋敷の前に来た時、屋敷から慌てた様子で姫が出てきた。

「お前ら、自分が何をしているのか分かっておるのか!」

 侍が姫を追っていく。そして、俺たちの前で、捉えられる。

「くそっ。お前らがそそのかしたのか。」

「人望のなさだろうに。」

 マリナは無情にも言い放つ。

 そんな時だった。

 大地を揺るがす咆哮が響き渡る。それは実際、大地を揺るがした。

「地震か?」

 俺は地面にしがみつくように伏せる。その場で立っているのはマリナだけだった。

「違う。これはもっとヤバい。何かとてつもないものが目覚めた。」

 目覚めた?

 その言葉は俺を一気に不安にする。

 地震収まり、俺は辺りを見回す。それは、高い建物のないこの町からよく見えてしまった。

 黒い、翼竜。だが、大きさが尋常じゃない。国を亡ぼせるほどの力を持った魔獣。

「はははははは。よくやったぞ、我が同胞、ウメノ。神樹の種を全て渡した甲斐があったというもの。」

「種を全て渡しただと?」

 俺は姫の言葉を聞いて、ああ、一番やったらいけないことをしたな、と思った。ウメノに協力すればどういうことになるのか、俺が一番知ってるよ。

「あのクソッタレ。今度は本気で叩きのめさんとダメだな。」

 マリナは歯を噛みしめる。マリナはてこずると感じたのだろう。それほどの強敵。

 翼竜はバサバサと屋敷に降り立つ。俺たちはその風で吹き飛ばされ、塀に体を打ち付ける。

「はろー。みなさん。」

「おお、ウメノ。早く、こいつらを蹴散らし、わらわを助けるのじゃ。」

「助ける?ははっ。冗談はよしてちょうだい。私はこの国を壊すわ。跡も残らないくらいにね。だって、私にとっての楽しみはそれだけだもの。バカなお姫様のおかげで、邪龍は蘇ったわ。ほんと、昔の人って手の込んだことをしたのね。魔女の作り出した災厄を兵器として利用したんだもの。」

 マリナは聖剣を開放し、光の剣戟を龍に浴びせる。だが、簡単に弾かれてしまう。

「無駄よ。これは原初の魔女が竜を真似て作った最高傑作の一つだもの。鱗は最凶の呪いよ。そして、原動力は神樹の種。聖樹の力のあなたでは太刀打ちできない。そして、簡単に神樹まで辿り着ける。さあ、早く神樹の元まで案内しなさい。」

「そうはさせるか!」

 マリナは大きく飛び上がり、龍の頭を斬る。だが、龍に刃は通らない。

「そのうるさい蠅を蹴散らしなさい。」

 ウメノは残酷な顔で、龍の頭の上から指示を出す。

 龍は黒い息吹を吹き付ける。それは簡単にマリナを吹き飛ばし、町に大きな破壊の直線を残した。

「くそっ。」

 トメドの鎧により傷つかないマリナは立ち上がる。だが、どうしようもない。この国は、この世界そのものが終わる。俺はそう覚悟した。そんな時、俺たちの前に、漆黒の男が現れた。その腕の中にはサヤがいた。

「お前がいなくなったら、この国はどうなるんだ!」

 俺は叫んだ。でも、サヤはただ、一粒涙を流し、俺に笑顔を向ける。

 止めてくれよ。そんな顔。そんなの、間違ってる。

 漆黒の騎士はサヤを連れて、龍の頭まで到達する。

 そして――

 眼が焼けるほどの光が走る。

 その光は龍を包み、そして――

 龍は消え去った。

 サヤは命を引換えに、龍をこの世から葬り去った。

 漆黒の騎士は俺たちの前に降り立つ。その手には、神樹の種が握られていた。サヤの形見。

 それを漆黒の騎士は握りつぶす。七色の砂が騎士の手からこぼれ落ちた。

 どうして――

 俺が問うより先に騎士が答える。

「それが巫女の役目。私は神樹の種を壊せればそれでいい。」

 そう言って、騎士は去っていった。


「お前は知っていたのか。巫女の役目を。」

「ああ。」

 俺たちはヒノカグヅチを後にした。あっけなく終わってしまった災厄の後はヒノカグヅチに残っている。あのどさくさの中、姫はどこかに姿を消した。ウメノは生きているのかさえわからない。

「巫女は我々に近い存在だ。だが、我々のように力を十分には使えない。だから、真の力を発揮するには、身体を犠牲にするほかないのだ。」

「どうして――」

「勇者も巫女も、人間を使った兵器だ。ただ、それだけだ。」

 木枯らしが吹きつける。ぴちゃり、と枯葉が一つ、俺の頬にひっつく。まるで、命を枯らした巫女が俺に約束を守ってくれたように感じた。


 昨夜、眠れず午前四時まで起きて書いていたわけですが、すっごく眠たく、ラストがおざなりな感じになったことをお詫びします。でも、書きたい内容は書いたしな。まあ、いっか。

 ちなみに、私は縦書きで文章を書いています。なので、縦書きで読んだ方がいいかもしれません。今回は意外と改行が多くて、横書きでも読みやすいとは思いますが。

 さて、次回、勇者と荷物持ちはどこに向かうのでしょう。悪の勇者ウメノと漆黒の騎士。そして、アーキマン。原始の魔女の正体とは。物語は一体どういう方向に向かうのか。

 うん。まだ何にも決めてません。


 また、構想だけではありますが、同時代を背景にした『小夜鳴鳥の詩』というものも考えています。小夜鳴鳥と呼ばれる少女たちが春が死んだことが発端となって起こる飢餓戦争に巻き込まれていくというストーリー。一応、『ゾンビはレベルが上がった!』の後の時代が舞台ですが、正史はこちらの『勇者の荷物持ち』。向こうの方が進めやすいけれど、こっちがメインです。こっちがメイン・・・のはず・・・です。

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