2 festa!
2 festa!
舗装状態の悪い土の道を行く。俺は荷車を引き、勇者様は荷車の後ろで監視、という名のサボり。サボタージュよサボタージュ。勇者様は荷車の上でゆったりと昼寝をしている。
「どこに行くんですか、勇者様。」
「風の行くまま気の向くまま。」
じゃあ、俺が勝手に決めてもいいんだな。
「地図とかあります?」
「これ。」
適当に投げて渡される。最近の勇者様は大分だらけきっている。これなら神の加護とか受けられないんじゃないのか。
「って、世界地図ですか。」
ベタ過ぎる。古いよ、そのギャグ。
「だって、この大陸、詳しく書くほど国ないだろ。」
確かに、国や町くらいなら書き記せる程度だ。この前出たスクナビコナも記されている。
「じゃあ、この近くのアメノハバキリって国に行きましょうよ。」
「他に村は?」
「村までは分からねえよ。お前の渡した地図だろ。」
「確かに。」
うん。頭が弱いね、この子。
「町は?ない、んじゃないかな。」
「なんだ、それは。」
「いや。ここがどこか分からないし。町を出て三日だろ?どこらへんか・・・」
「じゃあ、どうやってアメノハバキリに行くんだ?私はあまり大きな所に行きたくないんだが。」
「どうして?」
「堅苦しいだろ?」
確かに、今の勇者の姿を見せられはしないな。
「まあ、また襲ってきた山賊さんに聞くしかないでしょうかね。」
「町を出て何回目なんだ。山賊が出るのは。」
「多分今日で七回目。そして、八回目がすぐそこに。」
「ああ、聞きたくない、聞きたくない。」
俺の前にはフードを被った人物が。きっと女性だな。ありきたり。
「どうするよ。」
「適当にしといて。危なくなったら助けるし。」
「ほんと、テキトー。」
鎧って本当に重いなあ。マリナが重いなんて口が裂けても言えない。俺は荷車をフードの人物の近くに止める。
「すいません。聞いていいですか。」
「なんですか。」
凄い裏声。これは男だな。興ざめだ。マリナ、殺しちゃっていいぜ。
「アメノハバキリにはどうやって行けばいいんですか。」
「アメノハバキリに何の用ですか。」
「いえ。こう見えて俺たち商人なんですよ。このご時世、大したもうけを得られませんが、こうやって生きるほかなくって。」
「秘伝書第五十四項。」
「へ?」
「マニュアル通りの回答だ。」
謎の人物は勢いよくローブを脱ぐ。そのローブから現れたのはこんな季節に半袖半パンの少女。なんだか見たこともない格好だ。いや、俺としちゃ、短めのスカートとそこから見える太ももが素晴らしいと思うのですが。
「いてっ。」
後頭部を殴られる。マリナ愛用になってしまったハリセン。山賊は愚か、魔物までこれで倒すのだから驚きだ。驚いているのはマリナにではない。ハリセンにだ。あれほど頑丈なハリセンは世界に二つとしてないだろう。死んだけど、マシュ、ナイスな。なんか、そのうち復活してきそうでなんか嫌だけど。禿げ親父が出て嬉しい小説はない。大抵殺されるし。
「これは、マニュアルにない。」
少女は困惑している。
「いや、コイツは旅芸人で――」
パシン。またはたきやがった。
「私は勇者だ。」
うん。この光景を目の当たりにして、誰が勇者だと信じるでしょうか。
「ゆーしゃ?なに?それ。」
バカそうな質問。いや、これ以上バカキャラはいらないですよ。ツッコミに疲れるわ、ツッコミの程度を知らないわ。
「勇者は勇者だ。」
「??」
眼がクエスチョンマークになっている。
「うん。わからないわ。だから、殺す。」
短絡的だなあ、バカは。何でも殺せば済むと思ってるんだから。
「おい。待て。話を聞け。」
「受けて立とう。」
おい、こら。なに勝手に肉体言語使ってるんだよ。俺、泣きそう。
「くらえ。飛び苦無。」
「結局苦無。それも文字からだとフライイングとかの方がいいのでは。」
「最近ツッコミが的確になってきたな。相方として誇りに思うで。」
「急に関西弁。というか、本当に面倒臭いんですよ。」
作者もよく分からなくなってきてますよ(笑)
マリナは苦無を軽く弾く。ハリセンで。
「なんだと?私の必殺技をいともたやすく打ち破るとは。」
女は悔しそうに地団駄を踏む。
「さあ、ゆっくり話しあおうか。」
「これはあったわ。秘伝書に。二人でゆっくり話しあおうかと言われると個室に連れ込まれて――」
「おおっと。それ以上は銃白金だぜベイベー。」
ともかく落ち着いて話をしなければ。
「覚えてなさい。」
あ、逃げちゃったよ。何だったんだろう。
「あれは噂に聞くニンジャーだな。」
「ニンジャー?」
「つまりはスパイさ。」
「はあ、あれで務まるのか?」
「いや、るろ剣もあんな感じだし。」
「操ちゃんはもうちょいマシだろ。」
ともかく、ここらで一休み。
「で、あれはどこのスパイ?」
「どこか分からんが、聖圏側ではなかろう。そして、彼女が示したことは――」
「近くに国がある。」
「そういうこと。」
それから数日過ぎた。まだ国は見えない。
「そういえばさ、マリナ。マリナの目的ってなんなのさ。」
「あれ?まだ言ってなかったか?」
ええ。聞いてませんが。
「私は春を見つける。」
「春?何言ってんの?」
「貴様、バカにしているな。」
「ええ。それは。」
「どうして春が来なくなったか分かるか。」
「さあ。」
「お前は神を信じるか。」
「生憎会ったことの無いものは信じないのでね。」
「季節を司る神がいる。そのうちの神、春が消えたんだ。」
「どうして分かる。」
「知らなーい。」
「おいおい。」
「まあ、そういうことになってる。何がどうなってそうなったのかは分からない。一つ言えるのは、勇者たちは春を探すためにこの大陸中を血眼になって探しているということだ。」
「ウメノも?」
「ウメノ?」
「あのロリのことだ。」
「ほう。君はあの女と随分仲がよさそうだな。」
「まあ、マリナよりは可愛げがあるな。」
「なんだと?」
「そんなぐうたらよりは――あいつもそこそこぐうたらか。」
「友を殺されておいてか。」
「許しちゃいない、なんて言って欲しいか?生憎俺はそんな質ではなくてね。」
「私は時々お前が恐ろしく見えるよ。」
呟くようにマリナは言った。マリナは案外怖がりで、それを普段は見せない。でも、マリナが言っているのはそんなことではないのも承知していた。
「根っこは変わらないさ。」
俺たちはこんなつまらない会話ばかりしていた。誰かのご機嫌をとるような会話をするよりは楽だけど。そんな折、どこからか声がする。ばしゃばしゃと水の音とともに。
「誰かいるのか?」
俺たちは声のする方へと向かう。そこは川で、綺麗な清流が音を立てている。冬が近づいた時期にはあまり聞きたくもない音だった。
「私はおかしくなったのか。」
マリナは目の前の光景を見て言う。
「じゃあ、俺の目もおかしくなったんだろう。」
俺たちの目には、川遊びをする子どもたちが見えていた。背筋が凍る。多分、この旅を始めて最大の恐怖を味わった。
「あれはカッパというやつか。」
「にわかに信じがたいが、あれは人間だ。やっていることは人間じゃない。」
必死で泳いでいる子どもたち。
「あれはなんだ。」
「子どもだろうよ。」
「いや、水面に写っている影だ。」
水龍の如き長い影が子どもたちの方へと迫っていた。そして、急に滝が現れる。それは単に勢いよく化け物が姿を現しただけなのだが。
「おはよウナギだ。」
「おはよウナギ?」
「尾破与兎薙と書く。人を襲う怪物だ。だが、あんなサイズ、見たことがない。」
尾破与兎薙はウナギだった。だが、とんでもなくデカい。木々の高さにまで上体を起こしている。全長はその倍はありそうだ。とにかく、ぬるぬる。
「助けないのか?」
「わ、私は・・・ぬるぬるが苦手だ。」
ごきぶりに引き続き、またも弱点発見。勇者のくせに弱点多くないか。
「頼む。子どもたちを助けてくれ。」
「俺がそんな性分だと?」
「くっ・・・」
マリナは体を震わせながら、川に飛び込む。武者震いではなさそうだ。
「早く逃げろ!」
化け物を前に動けなくなっていた子どもたちはマリナの言葉に勝機を取り戻し、急いで川から逃げる。だが、どうするのですかね、勇者様。動けなくなっているようですが。
尾破与兎薙はぬるぬるとマリナの体に艶めかしく這っていく。マリナは顔を青くしつつも動けない。マリナはみるみるうちに地面から足を離される。もう、体中グルグル巻きだぜ。足に胴に、顔に、そのぬるぬるした体を密着させる。ナイスだ尾破与兎薙。俺もお前になりたかったよ。
びりっ。びりびり。
別に服が裂ける音ではない。兎薙が発光する。電気が走る音。兎薙が電気を流したのだ。それが悪かった。マリナの鎧が発動する。ウナギの束縛が破られる。真の勇者となったマリナに容赦はない。背後の大剣に手を伸ばし、大剣はその真の姿を見せる。終の聖剣バターナイフ。全てを切り裂く聖剣は尾破与兎薙を真っ二つにした。
「容赦ねえなあ。ホント。」
戦いが終わった後、マリナは川に上がって、体育座りをし、ガタガタ震えている。
「ダメなんだ。ヌルヌルは。」
「コイツ、血は黒くなかったな。」
つまり、美味いってことか?
「これ、運んでいこう。」
「いやだいやだ。」
マリナは子どもっぽく首を振っている。これでは無理だな。俺では運べないし。でも、これを獣の餌にするのはもったいない。どうしようかとしばらく逡巡していると、人物が現れる。
「おまいら!」
バカそうな声。ものすんごく聞き覚えがある。
「バカ娘か。」
「私はそんな名前じゃないぞ。私の名前はココアだ。」
「聖圏側か?」
「いや、湖個阿と書いてココアだ。キラキラネームだ。」
それは、ただの当て字だと思うが。
「お前たち。子どもを助けてくれたようだな。」
「誤解は解けたようだな。」
「まあ、いい。実力があればそれで。」
妙に話が通る。もしかして、俺たちをずっと監視していたのか。
「このヌルヌルは餞別だ。持っていきたいんだが。」
「ヌルヌルは無理。」
「お前もかよ。」
女の子はヌルヌルに弱いのだろうか。
「人を呼んである。運ばせよう。」
そうして、屈強な男たちが現れ、俺たちは運ばれていく。
「アメノハバキリにようこそ!」
「明るく言って誤魔化すな。」
縄に縛られ、俺たちは歩かされる。また、これかよ。
国と言われるといささか疑問であるが、町としてみればなかなかのものだった。大きさもそうだが、建物も規則正しく並び、馬車などが通りやすくなっている。だが、交通に使われているのは主に船であるようだった。街中に張り巡らされた水路を使い、物を運んでいる。スクナビコナのように人が苦しんでいる様子はない。みんな痩せてはいるが、路頭には迷っていない。町の真ん中には大きな城があった。
「あれがテンシューカクというやつか。」
「そうよ。すごいでしょ。」
マリナの言葉にココアは薄っぺらい胸を張る。ちっ。貧乳なんてくそくらえ。俺たちはその城に運ばれていく。石垣の周りには水が張られていて、蓮が浮かんでいる。石垣は大きなものだが、その天守閣は意外と小さなものだった。他の建物に比べてバ大きいが、その大きさは高さというものだろう。
その最上階。俺たちは捕縛されたまま、座らされる。
そして、たくましい体の兄貴が姿を現す。
「いや、ご苦労。」
もしかして、この人が城主というオチか?でも、殿様には見えない。それほど豪華なナリをしているわけではないし。
「私は城主の村重昇だ。妹が早とちりをしたようで、こんなことになってしまった。」
「妹?」
俺はココアの方を見る。ココアも俺たちと同じく座っているものの、どこか得意げである。
「君たちは何者なんだい?」
「南都のイスラフィルという国の勇者、マリナ・デネヴと言います。」
「俺はミフネ村のカス。」
「君は勇者様とどういう関係だい?」
「恋人です。」
「嘘だ。信じないでください。王よ。」
まあ、恋人なんて今の俺には必要ないしな。
「私は王じゃないよ。そんな大層なもんじゃない。」
「またそんなご謙遜を。兄様はれっきとしたこの国の殿です。もっと自覚してもらわなければ。」
ココアが言う。昇は苦笑いしている。
「で、勇者様はなぜこの国に?」
「私は春を探しています。この北都を担当になりました。神圏側の国々を回るのが私の役目です。」
「なるほど。」
人のよさそうな昇はしばし思案していた。そして、帰ってきた回答もなかなか人の好いものだった。
「ならば、ヒノカグヅチへと向かうこともあるだろう。将軍には私から事情を話そう。まず、本国へ向かうといい。」
「待ってください。兄様。」
ココアは慌てて昇に異議を発する。
「こんな得体のしれない者たちに、本国へ渡らせるなど。こいつらはスパイかもしれません。」
「でも、身を挺して子どもたちを守った。」
「それこそ、こ奴らの策かもしれないです。」
考えすぎだなあココアは、とつぶやきながら昇はまた思案する。
「じゃあ、祭りで優勝すれば本国へと連れて行く。それでいいだろう?」
「な――こんな異邦人を祭りに参加させるのですか!」
「他の国からも多くの参加者が集うじゃないか。それに、子どもが死んだとなれば祭りどころじゃなかっただろう。感謝の気持ちを含めて認めてもいいんじゃないか。彼らがとった特大の尾破与兎薙も祭りの景品となる。感謝してもしたりないんじゃないか。この二人には。」
「ですが――」
それきりココアは黙ってしまう。反論しようがない、ということだった。
「とまあ、勝手に話を進めて悪いが、どうだろう。悪い話ではないと思うのだが。」
マリナは俺を見てくる。俺に頼られても困るんだが。
「いいんじゃないか。そっちの方がお前も楽だろう?」
「やります!」
マリナは勢いよく答える。コイツ少しは自分で考えたらどうだ。
「よし。これで祭りも盛り上がろう。異国の勇者が参戦とあれば皆奮い立つ。いい祭りになりそうだ。」
昇は喜んでいた。
「ココア。彼らは祭りについて何も知らない。お前が教えてやれ。」
「ええー。めんどくさいよ、兄ちゃん。」
「お前も俺の妹だろう。少しは国に貢献しなさい。」
ちぇっとココアは舌打ちする。
「ところで、いいですか?」
俺は口を挟む。
「なんだ?」
「縄を解いてもらいたいんですが。」
「なりません、兄様。」
「そうだな、ダメだな。」
やはり、一国の主の前で自由になることは許されないか。
「面白いから、そのままだ。後で縄は解いてやれ。」
「兄様。これは必要なことなんですから、面白がらないでください。」
実はこの兄様もアホなのでは?その兄様ははっはっは、と笑っている。
「ここが第一の種目。地獄の噴水の予選会場よ。」
「ルビ、おかしくないか?」
「カス。そこに突っ込んではいけない。」
マリナは真面目腐って言う。だが、真面目腐って言う場面ではないのでは?
「予選ってのはいつなんだ?というか、祭りじゃなかったのか?」
「今日、というか今からだ。」
「今から!?」
マリナはふむ、とだけ答える。役得しやがった。
「競技は四つ。その中で総合順位を決める。得点制だ。チーム制だ。」
「あれ?口調変わってない?」
「作者が久々に書いたから仕方ないじゃない。私の名前さえ思い出せない状況よ。」
「作者、ファイト。」
名前は、そう。ココアだ。ココアだぞ。
「で、その競技はそんなものなんだ?」
これ、とココアは俺とマリナにプラスチックでできた銃を渡す。
「これは時代錯誤では?」
「竹筒よりかは雰囲気が出るでしょう。」
そして、白装束。死ぬのか、俺。
「この白衣に銃で水をかけられたら失格。予選って言ったけど、まあ、決勝ね。この競技においては。」
つまり、これは、待望のエロシーンの予感!
「つまり、勝てばいいのだろう。」
ああ、最強がいた。
「ココアは俺たちのチームか?」
「は?私がなんであんたらの仲間にならなくちゃいけないの?」
あ、それと、とココアはつぎ足す。
「最後の競技は四人チーム必須。だから、それまでに四人集めなさい。それまでは個人競技。地獄の噴水も最後の一人になるまで戦うわ。」
マリナの快進撃は物凄かった。目に入るもの全てを射程に入れ、水を放つ。マリナの汗が白い装束を透かしている。そして、俺は、マリナの射程に入らないように隠れていた。
「さーて、最後の二人となりました。残るは同じチームの下衆野郎と勇者のマリナ様。」
俺を下衆扱いかよ。ちなみに、実況はココア。アホの子なりにノリノリである。
「さあ、下衆野郎。日頃の鬱憤を晴らしてやろうぞ。」
それは俺も同じだった。握る水鉄砲に汗がにじむ。俺はマリナ対策にある秘策を持っていた。それを今、発揮する時だ。
俺は隠れていた茂みから堂々と出てくる。俺だって、日ごろコケにされている鬱憤が貯まっているのだ。真正面から水を吹きかけてスケスケにしてやる。他の参加者は男ばかりだったから、真正面から控えめな胸めがけて噴射してやらないと気が済まない。
「のこのこと。」
マリナは銃を構える。顔に銃を近づけ、必中の構え。
俺は秘策を開放する。茂みで見つけたバッタ。稲穂を食い荒らす害虫だ。生き残っているのは虫ばかり。こんな飢餓の中、しぶとい奴らだった。
バッタはぴょん、とマリナの足元に飛ぶ。マリナは無表情だった。やはり、ゴキブリでないといけなかったか。
と、その時異変に気が付く。まるで固まってしまったかのように、マリナは動かない。これは、もしかして――
俺は水鉄砲を勢いよく噴射させる。マリナの白装束は透けて、その肌色からは――
「って、シャツ来てるのかよ。」
薄い青緑のシャツが見えていた。
「当たり、前、だろう・・・」
ああ、死ぬな、と思った。マリナは鬼気迫る表情、というか、悪鬼そのもので。
直後、俺を水鉄砲の威力ではないだろうというほどの衝撃が襲った。俺は倒れる。うん、死んだふりだ。
ココアに連れられての町案内。心なしか、ガキに連れまわされてる犬のような気持になるのは気のせいだろうか。
この町は、実にいい町だと思った。何故なら、犬が子どもと遊んでいる。前の町を見て分かる通り、犬なんてとっくのとうに食われてしまっている。動物なんて、ネズミやゴキブリでも食ってしまうだろう。
「いい町だな。」
俺は呟いていた。櫛やとか染物屋とかを説明していたココアが首をちらと傾けて言う。
「でも、昔はもっとひどかった。この国の城主にお兄ちゃんがなるまでは。」
「いつ頃なんだ?」
「去年の冬かしら。」
「それからは平和か?」
「ええ。」
それは奇妙な話だった。飢饉になってからの方が平和なんてのは。
「私はその頃、ずっと眠ってたからわからない。今はお兄ちゃんがみんな助け合うように言っているし、富の分配をしてる。商人たちはちょっと不満そうだけど、今はこんなご時世だし、何より、お兄ちゃんをみんな信頼してるから。」
「そのお兄ちゃんとやらは大したもんだ。」
俺のいた村のようなものなのだろう。うちのばあちゃんは村人と距離をとってたから、あんまり村の恩恵は受けていなかったけど、村は共同体社会。誰かが困っていると、手を差し伸べるのが普通だ。
「そうね。自慢の兄様よ。」
マリナは櫛屋やら呉服屋などを興味深そうにして見ている。やはり、女の子だろう。そんなマリナを町の人々は褒め称えている。流石勇者だと。でも、競技で優勝したのは俺なんだけどなあ。みんな俺のことなんか見てもいない。なんだか悔しい。まるでマリナが優勝したみたいじゃないか。
「ちなみに聞いておくが、次の競技はなんだ?そしていつなんだ?」
俺にとってはヒノカグヅチへ行けようが行けまいが、案外どうでもいいことだった。この国より治安が安定している国なんて滅多にお目にかかれないだろう。まあ、富の分配って言ってるのだから、商人に多額の税金をかけているのだろうから、俺にとっては暮らしにくいかもしれない。それよりも、俺はどうせマリナはまた無策で突っ切るだろうと思っていたから、聞いたのだ。いつも無策で突っ切れるほど競技は甘くないだろう。
「次は悪魔の漕ぎだし(エンジェルボート)だ。」
「ネーミングはノータッチで行こう。どんな競技だ?」
「簡単に言うと、ボートだな。この水路を駆け抜けてもらう。」
ココアは目の前の水路を示した。そこは円状のアーチがかかっている川のような水路だった。幅は五メートルほど。
「でも、ボートを漕げる広さでもないだろ。」
すると、ココアはバカにするように鼻で笑う。
「別々の水路を使うの。ここは全て城までつながっているから。コースは十本あって、それぞれ同じ長さに設定してあるから。」
となると、かなり細やかに設定されて作られた都市であることが垣間見れる。
「二人でもできるのか?」
「まあ、基本は十人乗りだけど、舟渡用の船を手配してあげる。速さは十人乗りに負けるけど、今から十人も集めることなんて無理でしょう?それに、大勢で漕ぐのは練習がいるわ。みんなこの日のために頑張ってきた猛者たちよ。さっきの地獄の噴水よりはまぐでれ勝ったんでしょうけど、今度はそうはいかないわよ。」
そうか。コイツは一応敵だった。だが、敵意というよりは、絶対に負けないという闘争心。なんだか笑顔で言われると、緊張が解けてしまう。
「その後は?」
「後の競技は後のお楽しみ。」
「展開的に?」
「ええ、そっちの方が面白いでしょう?」
マリナとの練習の結果は惨憺たるものだった。
競技は小さな木製のボートを使って行う。俺はボートに感心していた。ボートに使われている木材はいいものだった。船の基幹となる一本の柱のような木材は適度に曲がった木でなくてはならず、それはなかなかあるものではない。環境が変わっても変わらないのは樹木ばかりなんだろう。
いち、にっ、と男たちの野太い声とともに、長く壮大な大船が通り過ぎていく。息のあった船運びだった。それだけの木材があると思うと、俺は興奮してしまった。まあ、持ち運びには適さないだろうが、いい装飾品があるだろう。
「ああ、忘れてた。」
確か、荷車も一緒に運ばれていらはずだ。ここで前の町で作った装飾品を売れるだろうか。
「なあ、ココア。荷車のことなんだけど・・・」
「ああ、あれね。全部寄付なんでしょ。兄様が言ってた。」
「はあ?」
そしてもう一度。
「はあああああああああああ!!」
あのクソ城主、なんてことしやがる!!
「そら、行くぞ。」
マリナは何でもないように船に乗り込む。俺は気落ちしていた。気落ちなんて簡単な言葉で言い表せない。ここまで死ぬ思いをして、外面だけいい勇者に顎でこき使われて。
「誰がこき使ったって?」
「勝手に心読むんじゃねえ。」
「なに。作者の力を借りることができるのはお前だけではない。」
作者、何してくれてんだ。今でさえチートなんだ。これ以上、この女に権能を与えないでくれ。
なんとか気を取り直し、俺たちは練習を始める。
その結果が惨憺たるものだった。
マリナは左側、俺は右側でオールを漕ぐ。だが、力の差が大きすぎて、左側から一回転してしまう。逆に配置換えをしたら、尚更悪かった。また、マリナを左側、俺は右側。
「もうちょっと力加減しろよ。」
「お前がもうちょっと力強く焦げ。」
「このバカ力。」
「なんだと?」
険悪なムード。その後も改善されることはなかった。
日が暮れてお開きとなる。その間、ずっとつまらなさそうにココアは俺たちのことを眺めていた。
「ココアは祭りには出ないのか?」
険悪なムードのマリナと碌に話せそうにない。
「ええ。」
「どうして。」
「だって、城主の妹だもの。」
なんだかココアは不満そうだった。祭りに出られないのが気に食わないのだろう。
「飯。」
「お前は反抗期の息子か。」
「息子だと?お前はどれだけピンク脳内なんだ。」
「もう、やだ。」
俺は泣き入りそうだった。
明日に備えて、マリナは早々に寝てしまった。俺はなんだかやるせなくって、宿の外に出た。
「もう、悪霊は出なくなったけど、夜に歩くのは危険よ。」
ココアが宿から出たばかりの俺に言った。
「危ないのか、ここ。」
「まあ、外のように襲われることはないとは思うわ。」
俺も大丈夫だろうと思った。それよりも。
「大変だな。こんな夜遅くまで。」
「監視だもの。私はあなたたちを信用してないし。」
「じゃあ、俺についてくるのか?」
「ハア?アンタみたいなゴミクズ、好き勝手すればいい。ここの男衆はあんたより強いもの。女にだって負けるわ。」
大したものである。
川がちょろちょろと流れている音が聞こえる。俺は川を沿って移動していた。月は出ていない。でも、星の明かりだけで明るい。
ガサゴソ。
「がさごそ?」
俺は耳慣れないというか、場違いな音に眉をしかめる。
影の中で何かが蠢いていた。これはもしかして、ココアの言っていた悪霊ではないだろうか。
俺はどうしようかと良くもない頭で考える。声を上げようにも誰かが来てくれるという確証はない。では逃げるか?だが、獣は背を向けると襲いかかってくる。俺は学ぶ男だ。なので、死んだふり。情けないって?そんなこと、知るか。俺は生き残る為なら、手段を択ばない。
「あなた、何しているの?」
幼いながら、歪んだ声。この声は――
俺は体を起こす。影から出てきたのはひらひらのゴシックドレスを見に纏った小さな少女、ウメノ。
「どうよ。文庫本にして四十ページ分くらいの再登場よ。」
俺は再会したくなかった。
「なんだか失礼なことを考えているようじゃない。いいわ。それより、再登場までにどれだけ長くかかっているの?読者も私の名前、思い出せないんじゃないかしら。」
「俺の体は覚えている。」
「あら、あなた、病みつきになっちゃったの?」
「なる訳ねぇ!」
ウメノは妖艶な笑みを浮かべている。再登場から地味にかかったくせに、少しも変わってねえ。
「そんなことより、俺はネズミじゃなかったのか?」
ウメノはなぜか頬を染め、そっぽを向いて言う。
「べ、別に忘れてただけよ。再登場まで時間がかかったんだから。そんなことより、あなた、面白いことしているみたいじゃない。」
「面白いことって?」
「本当に鈍感ね。もっと繊細なラノベの主人公がいてもいいと思うわ。」
「作者は俺を主人公だとは思っていないみたいだが。」
「そうね。あなたは死体1が性に合ってるわ。そんなことより――」
そろそろ真剣になって話を始める。
「祭りに優勝すると、ヒノカグヅチに行けるそうじゃない。」
「何を企んでいる。」
「あら、一言目にそれはないんじゃないかしら。」
気が付くと俺の首元には、棘のびっしり生えた、俺の腕よりも太い触手が俺の喉を掻っ切ろうと悶えている。
「誤解しないで。私はあなたと仲良くなった覚えなんてないもの。」
だが、俺は冷静だった。俺をウメノは殺せない。何故なら、ウメノの目的達成には俺の存在が不可欠だからだ。だから、言ってやる。
「お前に俺は殺せない。」
「あら、本当にそうかしら。」
ウメノは俺の首に尖った棘を滑らせる。首筋に、つう、と熱い液体が流れるのを感じる。だが、かすり傷だった。
「ちっ。調子に乗りやがって。」
「どうしてマリナを襲うんだ。」
「あら、あの勇者様にぞっこんなのね。もう初体験は済ませてしまったのかしら。」
「・・・・・」
「はぁ。ま、あなたはあの勇者にべらべらしゃべるようなオウムではないのも分かってるしね。どうせ利用できるものは利用するんでしょ。いいわ。でも、大した理由ではないの。あの勇者は私の計画の邪魔をしてくれそうだから。それだけ。」
「その計画はなんだ。」
「ごめんなさい。それは言えないわ。それを言った途端、あなたを殺さなくてはいけないし、私も死んでしまうだろうから。」
ウメノの言葉は嘘であるとは思えなかった。
「で、俺たちに何か用か?」
「明日の競技、勝てそうにないわね。」
「見てたのか。」
「ええ。でも、それじゃあ、私が困ってしまうの。だから、勝たせてあげるわ。その代り――」
「チームに入れろと。」
「ええ。そうなれば最終競技まで一人集めればいいんでしょう?」
こっちには益しかない。そこに疑問を持たざるを得ないが、利害関係が一致しているということだろう。
「だが、どうやって勝たせるんだ?」
「そうね。こういう競技には事故って付き物でしょう?」
ウメノの顔はにやりと笑う。そして、俺の顔もにやりとしてしまう。
「気に入った。一時、協力関係だ。」
俺は手を差し出す。
「ふん。まあ、いいわ。チームに入るのは次の競技からでいいでしょう。変に勘繰られないから。」
ウメノは小さな冷たい手で俺の手を握った。
「ところで、こんなところで何してたんだ?もしかして止まる場所がないとか?」
「・・・・・」
「もしかして、野宿か?」
「・・・・・」
「あなた、一度ぶち殺していいかしら。」
目が覚めると、もうマリナは起きているようだった。受付でハリセンを振るっている。
「朝から鍛錬とは、流石だな。」
俺は心にもない言葉を言う。
「今日は必ず勝つぞ。」
マリナは俺のそんな言葉に慣れているので、平然と無視する。不安しか残らないが、出ないことには勝利もクソもない。
ボートに乗り込み、オールを手にする。
『さーて、間もなく競技の開始となります。私、前城主にして、先々代城主から謀反により前代城主となった武蔵門海老之介と』
『現城主の妹にして、みーんなのアイドル、村重ココアだよー!みんな、元気?』
うおおおお、と至る所から男女問わず雄叫びが上がる。
解説については不問にしておこう。もう、めんどくさい。
『今回は、全九チームの参加となります。やはり、注目は地獄の噴水で一位二位を独占した勇者チームでしょうか。ココア様は二人の練習風景をご視察なさっていたとのことですが、実力の方はどうでしょうか。』
『恐れるに足りないわ。みんな!異国の民なんかに負けないように精一杯頑張るのよ!』
再び、耳をつんざくほどの雄叫びが発せられる。
『では、カウントダウンです。3.2.1、GO!』
俺たちは漕ぎだす。だが、やはり、船は左に回転。
『おっと、勇者チーム、立ち往生をしているぞ。やはり、練習不足は否めないか。え?脱落?ここで、一チーム脱落のようです。船に穴が空いたとか。』
『若い者には負けない同盟は古い船を使っているから、仕方ないわ。毎年、途中でリタイアだし。』
「おい、息を合わせろよ。」
「分かっている。」
だんだんとまっすぐ進むようになってくる。マリナは恐る恐る、俺の方を見ながら、力を制御しているようだった。だが、息が合わない。
「掛け声に合わせるんだ。そーれ。」
「そーれ。」
だんだんと進んでくる。
「だが、これでは追いつけない。」
「大丈夫だ。俺を信じろ。」
勢いに乗ってきて、力を入れずとも小舟はすいすい進む。大きな船ではないし、二人だけなので、早くなるのだろう。それ故、小回りが利き、バランスを崩しやすいのだが。
『ここで二組リタイア。どういうことでしょう。』
『落下物が落ちて来たり、魔物が出て来たり、ということみたい。まあ、こんなこともあるでしょう。』
中盤あたり。城の前まで来て、残りは俺たちを覗いて五組。そろそろ他の組の合流地点となる。ここからは緩やかに螺旋を描きながら、城へと向かって行く。幅も広くなり、デッドヒートが予想される。俺たちは六組中四位。後ろについた二組が俺たちを追いかける。前の三位が見えている。三位までは得点が入る。だから、三位までには入りたい。だが、俺たちは前に進むよりも、後ろの組が追い上げている方が問題だった。
「せいっ、やあっ。」
活気のいい掛け声とともにもう、俺たちの船の尻のところまで迫っていた。
ぼんっ。
船がぶつかってくる。明らかな妨害。だが、これもルールで認められている。俺たちの小舟は大きく揺れてバランスを失う。追い越される。そう確信した時だった。
「向こうがその気なら、こちらも派手にやっても問題はないわよね。」
そんな声とともに俺たちの船の尻に、黒いゴシックドレスとレースのついた白い傘の小さな少女が舞い降りる。
「お前は・・・」
「早く漕ぎなさい。イスラフィルのポンコツ。」
俺たちはこんな時でも互いの息を合わせ、前へと進む。そして、なんとか後ろから追い上げてきた船を追い越す。
「ほら。ご褒美よ。」
ちらと後ろを見ると、ウメノはスカートをめくり、後ろの船に見せびらかしていた。
『おーっと、紳士組。謎の乱入者に悩殺されてしまいました。』
もう、どんなネーミングだよ。
「気にしないで。どうせ、履いてないから。」
「より悪いわ。」
「冗談。」
「心臓に悪い。」
俺は胸をなでおろす。なんだかんだで、幼女は保護すべき対象だから、安心した。
「さあ、急ぎなさい。」
「お前も手伝えよ。」
「呪いの供給がないから触手が使えないの。頑張りなさい。」
では、今までのアクシデントは本当に偶然だったのか。
「この件は不問にしておく。だから、勝つぞ。」
「初めからそのつもりだ。」
この瞬間だけは、俺たちは一つになっていた。互いに気に食わないところもままある。でも、今はたった一つの目標に向かって進んでいくのみ。
俺たちは滑るように漕いでいき、前の三番を軽く追い越す。三位はどうもばて始めているみたいだった。二位の横に並んだ時、二位は食いついてくる。コースはクライマックス。徐々にカーブはきつくなってくる。もう一周ほどの長さ。カーブで二位は内側に潜り込もうとするが、調整の難しい大船は小回りが効かない。俺たちは難なくカーブし、二位を追い越す。一位が見えた。
「体力の方はどうだ。」
マリナが話しかける。
「ヤバいが、スパートをかけるぞ。」
「私はお前に合わせる。」
マリナが俺に合わせる、なんて言葉を発するなんて。例え、この一瞬だけでも俺は感動してしまう。体に活力がみなぎる。
「うおおおおお。」
雄たけびを上げ、全力を出す。向こうはこちらがスパートをかけたのを悟って、より一層速さを増す。徐々に差が縮まる。並び始める。もうすぐで大船の先端に達する。そして、ゴールは目の前。
もう少し。もう少しで手が届きそうなんだ。
そして――
結果は惜しくも二位だった。ほんの少しの差。それでも俺は満足だった。
人々はよくやった、と声をかける。マリナはそんな人々に軽く手を挙げて答えている。俺とウメノは何もせず歩いている。俺みたいな小物の出る幕ではないのだろうな。俺は所詮勇者の荷物持ちなのだから。
「次の競技は明日か?」
「ええ。」
疲れ切った体で宿に戻り、俺はココアに聞く。
「競技内容は?」
「水泳。だけど、今日は明日のことなんか考えずに眠りなさい。疲れたでしょ。」
「ああ。そうする。」
俺は自分の部屋に戻り、ベッドで眠った。
昼過ぎに眠ったせいか、夜には目を覚ましてしまった。布団があったかくて気持ちがいい。ふと、足に何か重みがあるのに気がついて、布団を見る。そこには――
猫のように丸まって寝ているウメノがいた。服装は白色のパジャマ。
「なんでお前がいるんだよ。」
「むにゃむにゃ。」
ウメノは心地よさそうに眠っていた。それは年相応に幼い寝顔で、あの邪悪な姿はどこにも見えない。
「カス。起きているか?」
ノックをしてマリナが声をかけてくる。
「あ、ああ。」
俺は咄嗟に答えてしまっていた。寝たふりをした方がよかった。
「入るぞ。」
「あ、うん。」
また、焦って答える。どうしようか。
「起こしてしまったか。」
「いや、勝手に目が覚めていて。」
上体を起こしている俺の様子を見てマリナは言った。俺の下半身は汗を掻いていた。ヤバい。この様子をマリナに見られたら・・・
「この前は済まなかった。」
「いつの話だよ。」
俺はいつも謝ってもらわないといけないことをしてくださっていただいていると思われるわけでございますが。
「私一人では、競技に勝てなかった。私が傲慢だった。」
「分かればいいんだよ。」
すごく上から目線で言ってしまう。でも、俺は別のことが気になって仕方がない。
「どうした?汗をかいているようだが。熱でもあるのか?」
ぎくり。
そんな時、うーん、と甲高い声が聞こえる。ウメノの声だ。
「なんだか幼い少女のような声が聞こえるのだが。」
「き、気のせいだよ。」
「・・・ぱぱぁ・・・」
マリナの視線が怖い。マリナは素早い動きで布団をむしり取る。
そこには、俺の足を抱き枕代わりにして寝ているウメノの姿があった。
「なるほど。幼女にパパと呼ばせるのが趣味と。そして、その位置はなんだ。」
「これは、その・・・」
「ロリコン。」
背筋が凍る口ぶりでマリナは去っていった。
俺はウメノの剥がすこともできず、なんだか寂しい夜を過ごした。
次の日。
俺は起きて伸びをする。久々に動いたので、体が痛い。筋肉痛だった。これも治癒魔法もとい奇跡?とやらで治してくれは、しないだろうなあ。
「おはよう。」
俺はまだ半開きの眼でロビーに降りる。そこにはいつものシノビ装束、とはいえ、実は毎日色違い、のココアと、見知らぬこの国の女性。
「あら。おはよう。カスくん。」
まるでハープの達人の演奏を聴いているようだった。
「おはよう。ドブネズミ。」
「今度はお前がネズミ扱いか。」
人間からネズミに降格。まあ、よくあることだ。西の大陸の魔女は貧乏な少女に夢だけ見せて、現実を叩きつけるというひどいことをやってのけたという昔話がある。その時、馬がネズミになり、またネズミに戻ったんだっけか。
だが、そんなことより、目の前の見知らぬ女性が気になった。その女性のせいで、俺はココアを強く怒ることができなかったのだ。
「ええっと、こちらの方は?」
俺は恐る恐る聞く。
美しい長い髪を伸ばし、それはとても艶やかで、天使の輪が頂点に輝いている。服装はこの国の和風な着物。どこかの令嬢に違いない。
「あら、寝ぼけているのかしら。」
ご令嬢は上品にクスクス笑う。
「私だ。」
そのきりっとした、そしてゾッとする声で、俺は現実に引き戻される。
「もしかして、マリナ、か?」
恐る恐る聞く。それは先ほどとは意味が違う。
「そうよ。荷物持ちくん。今日も一日頑張りましょう。」
女って怖いと思った。
「その、似合ってると思う。すごく。だから、いっそ城主にでも嫁いじゃえば?」
これは紛れもない真実だった。
マリナは、何故か、泣きそうな顔をして俯く。
「あんた、なんてこと言うのよ!」
屋根が吹き飛びそうなくらいの声でココアが怒鳴った。俺は褒めたつもりなんだが。
「そうだな。似合ってないよな。」
マリナは俯いたまま、去っていった。自分の部屋に戻っていったのだろう。
「いや、似合ってたんだけど。」
俺の言葉など聞いていないようだった。
「あのね。」
心底あきれかえり、また、怒りもあらわにしてココアは言った。
「女の子に他の男に嫁げ、なんて言われたらなんて思うと思うのよ。バカじゃない。」
「でも、城主の妻になれるくらい綺麗だし、マリナも女だったら、勇者なんてやっているより、嫁になった方が幸せだろ?」
「心底呆れた。見損なったわ。このカカシ頭。」
次は物質ですか。
「本当だな。」
マリナは鎧姿に戻って帰ってきた。少し落ち込んでいる自分がいることに気が付いた。
「さあ、行くぞ。」
ウメノはどうしようかと思ったが、ウメノとマリナの中は最悪だ。俺はウメノを置いていくことにした。
「第三種目は煉獄潮流。水泳ね。これに着替えて。」
マリナは城の前で俺たちに布を渡す。
「これって・・・」
俺は布を開いてみる。それはどう見ても・・・
「褌、だよな。」
「ええ。」
どれだけ古いんだよ。俺の村も古い方だが、西の大陸からパンツくらいは伝わって来ていたぞ。
「あの、ココア。質問なんだが。」
マリナが珍しく質問する。
「なに?」
「これが水着であることは分かった。だが、上はどうするのだ。」
「裸よ。」
「「裸!!」」
俺とマリナは声を揃える。
俺はマリナの鎧の胸辺りに目をやる。例え、小振りでも、形さえいいのなら、全てを取り払っても・・・
「何を考えているのだ!」
マリナは胸の辺りを押さえ、俺を睨む。だが、いつもより覇気がない。
「これも個人技だから、リタイアするなら仕方ないわよね。」
ココアは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ちなみに、他の女性参加者は・・・」
「みんな男よ。」
「ですよね。」
ふと、この白い褌に見覚えがあることに俺は気が付く。そうだ。確か、マリナが助けた子どもたちも、こんな服装をしていたな。ということは祭りに参加するのか、その真似事か。無駄にフラグを立てていやがったか、と俺は作者を褒める。そして、俺は、作者に次の話では巨乳キャラを出してくれ、と要望書を提出するぜ。
「あら。勇者様はリタイアなの?」
ウメノの声。
「ちょっと、描写、省略し過ぎ。」
「もう別にいいだろ。」
ウメノはゴシックドレスに着替えて、俺たちの前に現れた。
「なに置いてきぼりにしてくれてるのよ。もう出番がないのはこりごりよ。」
「じゃあ、早起きすることだ。」
「どう?昨夜は楽しめたかしら。私と寝たのよ。あなたったら激しいから、腰が少し痛いわ。」
「激しく誤解を生むから、止めてくれ。お前はずっと寝てただろ。」
ココアとマリナはヒソヒソ声で、ロリコンよ、犯罪者だわ、と囁き合い、俺をゴミを見るような目で見てくる。
「私は出るわ。どう、悔しい?」
「全然。」
ウメノの声にマリナは答える。
しかし、幼女の裸か。この国の人は喜ぶが、俺はなぁ。
俺は溜息を吐いた。
『さて、始まりました、煉獄潮流。期待はやはり、昨日突然現れた期待の新星。勇者のウメノ様でしょうか。』
『未だ謎の多い人物ですね。』
『ただいまのランキングは、ダントツで勇者チームが一位。次に紳士組。三位は若い者には負けない同盟、となっております。』
『全ての競技に参加しているチームは少ないですからね。でも、負けないで、みんな!』
うおおおお、と叫び声が上がる。ココアはやっぱり人気だな。
「では、選手、入場です。」
先頭から出てくるのは、ウメノ。上半身は裸、ではなく、青い小さなビキニを着ている。
はあ、という嘆息が起こる。お前ら全員ロリコンかよ。
俺も位置につく。
そして、用意、ドン。
ウメノは素早く水に飛び込む。俺は少しタイミングが遅れてしまった。
俺も急いで飛び込もうとしたが、隣のレーンのウメノの様子がおかしい。何故だか、不気味な泡が上って来ていて・・・
「おい、ウメノ!」
まさかと思ったが、そのまさかのようだった。
俺はウメノのレーンに飛び込み、底に沈んでいるウメノを救出する。
「死ぬかと思った。」
「泳げないなら、あんなに威張るなよ。」
「今日、泳げないのを知ったのよ。」
確かに、これほど水源豊かな国は滅多になく、泳ぐことなんてほとんどなかったのだろう。
俺はふと、ウメノの左胸に大きな傷跡が残っていることに気が付いた。だが、今は余計なことを考えている暇はない。
俺は急いで泳ぐ。運動の中でも泳ぎはまだ得意な方だった。蛙のような泳ぎ方で、あまり早くはないようだったが、今回は遠泳なのだから、適しているだろう。それに、水の中で勢いがつけば、この泳ぎ方でも十分に早くなる。
差は大きく広がってしまっていた。だが、ここで負けるわけにはいかない。どうにかして三位までに入って、得点を稼がなければ。
焦ったせいか、手足のバランスが取れない。水の抵抗が強くなる。
そんな時、俺の足はぴしっ、と嫌な音を上げた。
足が動かない。まるで電流が走ったかのような痛み。
足を、つった。
俺はバランスを崩し、手足をばたばたさせながらもがく。口に大量の水が入って、吐き出そうとするも、すでに口は水面にまで達していて――
気がつけば、底に沈み始めていた。
昨日の運動が今になって、あだとなった。
バカだった。あの日、マリナに助けてもらった命なのに――
そんな時、俺のもとに人影が飛び込んでくる。その人影は太陽に照らされた水面が美化して、まるで西の大陸の神話の人魚のような――
俺は目を覚ました。足りない頭で、自分が溺れたことを思い出す。
「あれは一体――」
「大丈夫か、カス。」
俺の目の前には、朝の見知らぬ女性、ではなく、この国の服装に身を包んだマリナがいた。髪は湿っている。
「お前が助けてくれたのか。」
また、助けられた。一度は裏切った俺をいつもマリナは助けてくれる。
「いいや。私ではないぞ。きっと通りすがりの仮面ライダーが助けてくれたのだ。」
「世界観、ぶち壊しだなっ!」
でも、マリナがそう言うのならそれでいいだろう。ありがとう。通りすがりの仮面ライダー。
「マリナ。」
俺はマリナに声をかける。
「その、綺麗だよ。」
言った瞬間恥ずかしくなる。こんなの、俺のキャラじゃねえ。
煉獄潮流を終えての結果、順位は変わらずだった。しかし、ロリコンやおじいちゃんが頑張ったおかげで、差は縮まりつつあった。次の競技で勝敗が決定する。
水泳で結果を出せなかったにも関わらず、マリナはなぜか上機嫌だった。そんなマリナは今は部屋で休んでいる。俺は、宿を出る。最後のメンバーを探さなくてはいけない。
「宿の手配、ありがとな。」
宿の外で見張りをしているココアに声をかける。
「いいわ。あの荷物でちゃらだし。みんな、珍しいものがあるって喜んでた。あんな笑顔見るの久々だったから。」
「そんなに珍しいか?」
あれはなんだかんだで隣の町から運んで来ただけだが。
「昔はそれほど大したものじゃないけど、この飢饉とか、お兄ちゃんが税金をかけたせいで、流通が止まっててね。この祭りも、商人を呼び寄せようと大々的に行ったけど、効果は全然ナシ。まあ、仕方ないけど。」
今晩は珍しく、ココアから話しかけてきた。
「あんたらの話を聞かせてよ。どうして旅なんかしてるの?」
そう言えば、ウメノとの戦いの中、マリナがなにか言っていた気がする。でも、忘れた。
「知らない。」
「はあ?」
「俺はマリナについていっているだけだから。」
「じゃあ、あんたはどうして勇者様について行ってるの?」
「俺は村から出たかっただけだ。もっと大きな町へ。飢饉のない場所がどこかにあると信じて。」
「それで危険な目に遭っても?」
「それもそうだな。」
それは俺らしからぬことだった。自分の安全が第一。勇者といれば色々な苦難に出会うことを俺はすでに知っているはずだ。でも――
「きっと、楽しくなってるんだろうな。」
そんな理由しか思い浮かばず、そして、それが一番納得がいく理由だった。
「そうなの。」
ココアは面白くなさそうに言う。
「ココアは祭りに出ないのか?いや――出れないのか?」
それは初めから抱いていた違和感。そして、それは正しい。俺の村でも祭りはあった。でも、出られるのは男だけ。女は料理の準備やらで、家の外から出してもらえなかった。
「いいえ。出られるわ。お兄ちゃんが出られるようにしてくれたの。でも、初めてそうしたから、誰も出なくって。」
いつもつまらなさそうにしていたのはそんな理由だったのだろう。
「私、子どもの頃、いつもお兄ちゃんや他の男の子たちと森で遊びまわっていた。それが楽しかった。でも、祭りには参加させてもらえなくって。本当は今回の祭りにも出たかった。」
「じゃあ、一緒に出よう。」
「でも――」
「数が足りないから仕方なく、なら問題ないだろ。城主の妹とかそんなの関係ない。祭りではみんな平等。今は男女も平等だ。それに、きっと昇も悲しんでる。きっとココアに楽しんでもらいたかったから、俺たちを無理矢理巻き込んだんだと思う。」
根拠のない嘘だった。でも、間違ってはいない気がする。
「ごめん。やっぱり無理かな。」
ココアは悲し気に俺のもとから去っていった。
ベッドを見たら、案の定、ウメノが寝ていたので、俺はベッドに戻らず、床で寝る。明日の競技は何であるのか聞いてはいないが、少なくとも、頭脳戦ではないだろう。それに、最後となると大賑わいなはずである。
そして――最終日が始まる。
決戦の朝。空は明け方であるというのにからりと晴れていた。
「おはよう。」
「眠らなくていいのか?」
「結構寝てるわよ。昨日、あの後帰ったし。で、早起きすると、いつも勇者様が起きてるから、ちょっと悔しい。」
マリナはハリセンで剣武を行っていた。それは機敏に動き、緩急をつけ、敵を切り裂く動き。だが、それは戦闘を思わせるものではないと俺は感じてしまった。一つ一つは確かに、一撃。急所を突く動きだ。だが、その麗しさは一種の芸術を思わせてしまう。正直言って、美しい。まあ、ハリセンってのは場違いなのだが、きっと大剣ではできないからだろう。マリナの本来の武器は、鋼鉄の刃に覆われた聖剣。きっとハリセンの方が使いやすいに違いない。
「見張りはしなくていいのか。」
「まあ、あなたたち二人は問題ないでしょう。でも、あのちびっこは要注意だわ。」
見る目があると思った。
「なんだか得体が知れないもの。人の心を読んでいるような気さえする。魔眼持ちじゃないの?」
そう言えば、一度、ウメノの瞳が赤く光ったような気がしたが。
「それに、巫女のこととか、神樹様の種の話とか聞いてきたし。」
「なんだ、それ。」
ココアがしまった、というような顔をする。
「なんでもないわ。少なくともあなたには関係ない。」
俺の知らないことが多い気がする。でも、今は関係ない。
「今日の競技は?」
「出る気なの?」
「じゃないと、俺たちの目的は果たせないしな。」
「そう。」
ココアは何か思わし気な顔をする。
「最後の種目は、御神輿よ。」
「変なルビはないんだな。」
「当り前よ。これは神圏にとって重要な儀式なんだから。祭りってのは神様を祀るものなの。そして、御神輿には神様が乗っていて、神様にみんなの様子を見せるって儀式なの。だから、これは神聖なもので、本来外部の人間にさせてはいけないのだけど・・・」
「昇は大丈夫なのか?そんなに重要な儀式なら・・・」
「大丈夫よ。むしろ、正式なくらい。勇者様がいるもの。むしろ、いてくれて助かったわ。今年は巫女がいないから。」
「巫女?」
「まあ、神と人とをつなぐくさびの役割を与えられた人々よ。神圏では、勇者は巫女が使わせた使いだから。だから、いいの。」
「そうか。」
難しい話は分からないが、面白いと思った。見分を広げることに喜びを感じている自分がいた。
「だから、これを着てね。」
ココアが差し出したのは、四着の法被と袴。
「こんなんでいいのか?」
「これが正式な衣装。だって、みんな神主みたいな服を着てたら興ざめじゃない。まあ、あの服は本来神官しか着れないから。」
細かいところはどうでもよかった。
「それが今日の衣装か。」
剣武を終えたマリナが俺たちの方へと向かって来る。
「なかなかいいじゃない。ちなみに、小さいサイズはあるのよね。」
ウメノがどこからかやってくる。地味に神出鬼没だな。
「子ども用はあるけど。」
「ウメノは神輿担げるだろうか。」
明らかに身長が足りなさそうだった。
「最悪、私が二人分は担げる。だが――」
みんなは一斉にココアを見る。みんなの想いも俺と一緒のようだった。
「出ないんだから!」
ココアは逃げるように去っていった。
「どうするの?誰か他の人を探す?」
ウメノは珍しく困ったような顔をしていた。
「いいや。彼女しかいない。私は彼女を信じている。」
マリナは言った。
信じるなんて柄ではないけど、俺もココアに出てほしかった。せっかくの祭りなんだ。楽しんで損はないだろう。
みんな笑顔で終われればいい、なんて思っていた。
参加者は神輿の前で待機していた。ぶっちゃけ、評価基準は明確ではない。芸術点がどうとか。決めるのは城主の昇らしい。
結局、まだ、ココアは来ない。もう時間は過ぎているが、なぜか始まらない。昇はずっと待っている。きっと、ココアを待っている。
「もう。一体いつまで待たせるのよ。」
ココアが来た。
「(*´Д`)仕方ないわ。」
こんな顔をしながら言われてもな。
「しっかり着替えてきているじゃん。」
俺はきっと清々しい顔をしているのだろう。
「さあ、行くぞ。」
競技は始まった。
俺とココアが前。マリナが後ろ。ウメノは持ち手に座っている。
「重たいんだが。」
「そんな賜じゃないでしょう。」
なんだかんだ仲良くなった?みたいだ。
俺とココアは息を合わせ、掛け声をかけながら、ゆっくり過ぎず、早すぎず、進んでいく。町を知っているココアが先頭にいるので頼もしい。
ごん、と急に重さが伝わってくる。何が起こったのか、と思い、やぐらを見ると、昇が乗ってきた。
「何してんだ。」
「これも儀式の一つ、というか、評価の一つ、かな。」
「乗り心地か。」
「うん?いや、俺が乗りたいかと思うかどうか、だな。」
そういうと、昇は別の神輿に乗り移る。
「なかなか難しいな。」
乗りたい神輿なんて分かる訳がない。乗ったことないもの。
「というか、いいのか。乗って。」
「ええ、今日は、大丈夫。」
きっと色々あるのだろう。
もう、分からないことはどうでもいい。今は楽しめばいいんだ。きっと、楽しんでいると昇も乗ってきたくなるだろう。
「気合い入れていくぞ!」
「「おう!」」
そんな時、横から歌が聞こえてきた。
空飛ぶ小鳥の夢を見た
歌を届ける歌いどり
あなたの元へと飛んでいく
遠いあなたの元へと
優勝は俺たちだった。
「さあ、俺のえこひいきかもしれないが、妹たちの勝利ということでどうだろうか!」
張りのある声で昇は言う。
周りの聴衆は歓声で答える。
「賞金はいらない。みんなで分け合おう。」
マリナは勝手に言う。でも、俺もそれでいいと思う。あんな兎薙を貰ったって仕方がない。
「私は欲しいものがあるんだけど。」
ウメノは言った。周りの熱気の中、俺は、寒気を感じざるを得なかった。俺だけ周りの音が切り取られたような嫌な感覚。
「神樹の種をいただくわ。」
突如起こる轟音。そして、悲鳴。そんな中、俺は見た。ウメノがあの禍々しい触手で昇を締め上げ、胸の首飾りを奪い取る姿を。
「何なのだ!」
マリナは異変を察知して、険しい顔をする。ウメノはどこかに消えていた。
「大丈夫ですか。兄様。」
「あ、ああ。しかし、神樹様の種を奪われてしまった。」
束縛から解き放たれた昇は苦しそうに言う。
「そんな――」
ウメノが奪ったのはその種なのだろう。
「皆のもの、急いで避難しろ!」
「城だ。城に向かえ!」
マリナと昇の声に、民衆は急いで避難する。
「お前らも早く!」
俺は昇とココアに言う。
「でも、神樹様の種が――」
「それがそれほど重要なのか分からない。でも、この国にはお前たちが必要だろう!」
正義感、ではない。いずれ、天変地異が収まると、この国は聖圏の大国をしのぐ国になるだろう。そのためには、二人には生きていてもらわないといけないと思っただけだ。
「神樹様の種はこの国の結界だ。神樹様の種のおかげで魔物を避けることができていた。」
「早く行け!」
俺は種を取り返すという約束をしなかった。できなかった。俺にはなにもできない。
そして、気がつけば二人は避難していて、逃げ遅れたのは俺一人だった。今さら、遅いよな。はぁ。
「どうした、マリナ。」
マリナは敵を前にして固まってしまっていた。何故なら、その敵は――
巨大なゴキブリだった。
「大丈夫か、マリナ。」
それは俺から見ても気持ちが悪かった。あの長い触覚がうねうねと動いているからだ。虫が大丈夫でも、大丈夫ではない。
「ああ、大丈夫だ。」
少し硬い声でマリナは言う。
「今の私には守るべきもの、いや、守りたいものがある。だから、大丈夫だ!」
マリナは大剣を手にする。そして、今、大剣の封印が解かれる。そして、煌めく光が――
発せられない。
「どうしてだ。」
マリナは戸惑っていた。
「まさか、この一帯の呪脈を吸い取られているのか。」
とにかく、ピンチだった。マリナは素早く大剣に戻す。そして、青ざめた顔で、ごきぶりを切り刻み始めた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。」
恐る恐る聞いた俺にマリナは力なく答える。
「これはあの幼女の仕業だ。」
「だろうな。」
少しでも仲間になれた、と思ったのがバカだった。
「すまないな。ヒノカグヅチまで送るつもりだったのだが、結界が崩れた今、俺が、いや、私がここを離れるわけにはいかない。」
昨日の祭りの時とは違って、いかにも男らしい、きりっとした顔で昇は言った。
「こんなところまで一刻の主が来ていいのかよ。」
半分は冗談、半分は本気で俺は言う。
「まあ、城主になる前は俺は国の外で野垂れ死にしそうになっていたからな。」
はっはっは、と昇は笑う。昇がこれなら、この国は問題ないな、と俺は思った。
「神樹の種。必ず取り戻す。」
勇者の面構えでマリナは言った。
「無理はしないでほしい。君たちも仲間と戦うのはいい気はしないだろうし。」
「仲間などではない。」
マリナの顔は憎しみに満ちていた。
「これは餞別だ。君たちのおかげで、この国始まって以来の活気のある祭りとなった。受け取ってほしい。」
昇は俺に風呂敷包みを渡す。
「これは?」
俺は中身が気になる。
「この国の宝だ。今、俺たちが持っていても仕方がない。ヒノカグヅチでは他のものに替えられるだろう。では、健闘を祈る。」
中身が楽しみだが、この場で開けるわけにもいかない。
「じゃあな。昇。ココア。」
俺たちは城門から立ち去ろうとした。
「待って!」
ココアが俺たちを呼び止める。
「ごめんなさい。私、あんたらにひどいことをした。あれだけこの国のために頑張ってくれたのに。」
「それが勇者の使命――いいや。友としての使命だ。神輿、楽しかったぞ。来年も必ず来る。」
「私も一緒に――」
「それはできない。」
マリナはきっぱりと断る。
「どうして?足手まといだから?」
「違う。ココアは自分の価値に気付いていない。ココアはこの国に必要な存在だ。お前がいなければ、昇だけではこの国は維持できない。お前がいなくなると、この国の太陽がなくなってしまう。だから、しばしの別れだ。友よ。また会おう。」
マリナの目は名残惜しそうに潤んでいた。
そして、俺たちはアメノハバキリを後にした。
山道でマリナは俺に言う。
「宝物を持って逃げるんじゃないぞ。」
「へえ。そんなことしやせんよ。」
「本当か?」
物凄い剣幕で脅される。勇者様の信頼を勝ち取ることはできないようだ。
「すまなかった。」
柄にもなく俺は勇者様に謝る。
「俺がウメノを仲間に引き入れたせいで。」
「それは私も同じだ。私も少しの間、あの幼女が仲間になってくれていると錯覚した。」
その後の俺たちの会話は皆無だった。重苦しい雰囲気に包まれる。
そんな中、俺はぼーっと考えていた。
神輿の最中、マリナの胸元がちらりと見えた。そこには、ウメノと同じ、左胸に古傷があったのだ。
勇者とはなんだろうか、なんて疑問が俺の胸にしこりのように残っていた。
After episode 今は失われし太古の神話
始まりは渦だった。この世全ての要素を混ぜ込み、互いに混ざり合う、渦。それが回転を重ねるにつれ、天と地が生まれた。
天と地には命があった。
天と地は互いの橋として、この世界に生き物を作った。そして、生き物の頂点を司る高次の存在も作り上げた。天と地の恵みをもたらす存在。季節。それは天により引き起こされ、地から恵みを生き物に与えた。
やがて、地は自らの役割を季節に譲り渡した。そして、生き物が紡いでいく記憶を忘れないように見守ることにした。
地は自らに足をつける生き物たちを心から愛していた。天は自らを仰ぎ見る生き物たちをそれほど愛してはいなかった。地は生き物たちを甘やかし、天は公平に生き物たちを裁くことにした。
やがて、幾億の時が流れ、生き物たちは代を重ねるごとに高次の存在へと移り変わっていく。そして、人という、神にも匹敵する高次の存在へと変わっていった。
人は天と地と、それらの使いである季節をあがめた。
それが神という存在の始まりであった。
大分ゆっくり書いてますので、設定に矛盾とかあるかもしれませんがよろしくお願いいたします。