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魔王の成りそこない  作者: 味醂味林檎
幕間 参

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31/53

サマンサ・ピピの遺すもの

 キャスト財団に在籍して長くなる。ここでは不思議なものが沢山あって、それが当たり前だ。それはとても楽しいことで、きっと祖国に留まっているだけだったら、これほど沢山のものを見ることはなかっただろう。夫と出会ったのも財団があったから。子供を育てられたのも、その出会いがあったから。少なくとも、わたしにとっては、それは幸せなことだった。だって、今満足しているんだもの。


 財団の仕事はわたしに合っていたのだと思う。特に楽しいのは、服飾の仕事だ。元々自然魔法学を学んでいたわたしは、魔術品の取り扱いに従事することになり、裁縫が得意だったから糸や布の全般の管理権限を与えられた。裁縫とは関係ないようなこともあったけど、とにかくそれがわたしの領域になった。




 今まで沢山のものを作った。




 危険な作業に従事する人のために、防護服の開発もしたし、ロープも作ったし、ハンケチーフに刺繍もした。同じ趣味の仲間も増えたし、時間があるときには他の子に裁縫を教えてあげたこともある。これからのことに備えて、布や糸の取り扱い方のマニュアルも作ったから、後任もきちんとやってくれるはず。後任の博士は魔族らしいから、もしかしたらわたしより上手く魔術品を扱うのかもしれない。


 研究者としての人生を想うのなら、大変充実していた。それなりに結果も出して、評価もされて、やりたいことをやってきた。もっと深く知りたいと思うこともあるし、試してみたいこともあるけれど、その結果を出せるほど、わたしに残された時間は長くないのもわかっている。子供も大きくなったし、わたしは少し目が悪くなってきた。


 ミス・キャンディは相変わらず、昔に出会ったときとほとんど変わらない。尊大なようでいて、でも庶民のことがわからないわけじゃなくて、特別美女というわけではないけど子供っぽく笑うのは少しかわいい。彼女にもよくしてもらった。彼女のためにコートを作ったこともあって、それは随分と愛用してもらったものだ。彼女が変わらないままでいる一方で、わたしはそうではいられない。


 人間と魔族の違いなんて寿命くらいのもので、世界の感じ方も同じように綺麗なものを綺麗だと思えるはずだと信じていたし、今もそう思っているけれど、やっぱり――少しだけ、時間があることが羨ましい。長く健康なまま生きていられるなんて、ミス・キャンディやマイケル、ロバート、アールヴくんも、いいなあ。逆立ちしたって、人間は早く老いるもの。いつまでも若い子と同じようにはいかないし、魔族のようにもできないの。そういうものだからしょうがないけど。




 ――いいなあ。わたしは、どうしようもなく人間だ。

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