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魔王の成りそこない  作者: 味醂味林檎
幕間 壱

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15/53

ジェリー・ウィローの報告・連絡・相談

 ジェリー・ウィローはキャスト財団において『すこし不思議なもの』を回収する任務を遂行する戦闘エージェントである。

 元々はゲエト王国の出身で――今は帝国となったのだったか――かつて人間と魔族が争い合っていた頃、角持ちの魔族は化け物と見做されて人間に殺されかけ、両足を失った。それを先代総帥に救われて、レイファン帝国由来の技術で義足をもらい、魔術師として教育を受けて現在に至る。

 現総帥のキャンディは、先代の愛娘である。彼女は人間と魔族のハーフであり、少し目が悪くて眼鏡をかけていて、気に入った男物のコートを着込んだ、当たり前にそうやって生きてきた女性だ。財団職員にもさまざまな人種がいて、ここでは過去の確執などは全く無意味であり、あらゆる全てが個性として片付けられる。

 キャンディが従者であるロバートとマイケルを使って回収し、財団職員に仕立て上げたアールヴ・ブラックという男――現在ジェリーが教育係として業務について教えている最中だが、その正体は彼女も知っている。

 アールヴ・ロサフォルティ――かつてゲエトの魔王になるかもしれなかった、されどそうはならなかった魔界貴族。本気で争い合えば、ジェリーでも太刀打ちできるかわからない、恐ろしい人。キャンディによって財団職員となり、元の名前も地位も失った、底の見えない男。


「現状、アールヴ・ブラックに強い反抗の意思は見られません――が、彼の戦闘能力は財団でもトップクラス……いえ、間違いなく最高のものでしょう。かつて魔王になりかけただけのことはある。強力な魔術師です。万が一の際には、私と同等の権限を持つ戦闘エージェント十名以上でかからなければならないかと。それでも抑えきれるかどうか」


 極力現実的な考え方をするのであれば、あれは飼い馴らせているとは決して言えない。多少は財団の技術で封じ込められる部分はあるにせよ、彼が本気で抵抗したなら易々と突破されてしまうであろう、その程度の拘束に過ぎない。

 財団総帥たるキャンディは気安く接してはいるけれど、それも本来なら避けるべきことだ。彼女は財団にとって要。万が一のことがあってはいけない。あのアールヴは、容易く枷をつけられる飼い犬とは違う。

 キャンディはジェリーの報告を一通り聞いて、興味深そうにうなずいた。


「そっかー。そうかー。でもまあとりあえず今のところは落ち着いてるっぽいな。それなら現状維持で仕事をさせる。ジェリーちゃんは一応様子見しといてね」


 様子見。それだけで本当に構わないのだろうか。疑問は浮かぶが、キャンディの決定は絶対だ。

「かしこまりました」

「よい返事ー。頼んだよ」

 信頼されることは誇らしい。与えられた任務は、財団の職員の誇りにかけて全うすると決めている。それでも、やはり、気にかかって仕方ない。

「お嬢様。一つ……お伺いしてもよろしいですか」

 キャンディは「答えれることならね」と返事をくれた。

 ジェリーは僅かに迷いはあったけれども、それを抉らねばならないと意を決して発言した。


「では……何故、あの男を財団に引き入れたのです? あれは、あなたのご友人を奪った男だと聞いていますが。その……魚人島(メルジュール)の」


 キャンディの眼鏡の奥で、僅かに目が細められた。それは――笑っているのだろうか。


「――確かに、アールヴ・ロサフォルティは魚人島の長メルジュール・メルフォークを死なせた原因の一つだ。でもだからってゲエト魔界につきだしたら、きっとあっさり処刑されてしまう。それはいけない。あいつには生きて、生き抜いて、それこそ馬車馬のように、でなきゃボロ雑巾になるまで働いてもらわんと。早々楽に死なせてやれるはずがないんだ」


 曖昧な表情からは、普段のように彼女の感情を読み取ることが難しい。けれどやはり、ジェリーの問いはキャンディの思い出を抉っていた。


「メルフォークはさ……いいやつだったよ。姪っ子ちゃんのセレネちゃんも優しかったし。魚人島の人たちっていい商売仲間で、我が路頭に迷ったときも、いっぱい助けてくれてさ。アールヴに自覚がなくたって、我の言いがかりみたいなもんだったとしてもだ、やっぱ償ってほしいっていうか、オメー何素知らぬ顔してんだよダラっていうか、理論的なことは一切合切無視しても何かやり返さなきゃすっきりしないんだよな」


 ゲエトにおいて、魚人島の民は人間に対して嫌悪感を持っていない、種族の違う人々の橋渡しになれる存在だった。その中で、魔族と人間のハーフであるキャンディは、どちらであってもどちらでなくても良かった。

 戦火で多くが失われた今、復興のためにキャスト財団からも支援しているが、それでも取り戻せないものもある。何もかもは失わずとも、個人的に友人であったものは、全て故人だ。残されたのは、その友人たちが守った他の島民である。

 それを、ただ、納得しろと言われても。あくまでも人であるのだから、理不尽によって失われたものを、ただ受け入れられるほどキャンディは達観はしていない。




「ロサフォルティとしてのアールヴを殺し、魔界貴族としての根幹を全て壊して、全ての特権をまっさらにしたうえで我に都合のいい働き手に作り替える。我のささやかな復讐、ジェリーちゃんはダメだと思う? やっぱ同郷の魔族にイジワルすんのはよろしくない? まあそれ以前に倫理的にアレがソレでコレかもしれんが」




 たとえその自覚があっても、世間にそれが理解されない限りは、それは罪とはならない。むしろ世間に知られたとして、それが糾弾されることもないだろう。死ぬべきものを生かしていたことについて咎めがあったところで、行き場所のないものに居場所を与えた美談のほうが、ずっとよく広がるものだ。そのように広げられるだけの力を、財団は有している。

 ゆえにジェリーの返答は、最初から決まっている。

「――いいえ。私の生まれた地が彼の祖国と同じゲエトであっても、私が生きるのはあなたの御父上が連れてきてくださった、このキャスト財団です。私はお嬢様の決定に従います。別段、あれに対しての特別な感傷はありませんので」

 キャンディは、愛嬌のあるいつもの笑顔で、にこやかに笑ってみせた。




「うむ。よかったよかった、これからもよろしくねジェリーちゃん」

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