ログイン5日目 チュートリアル5
「あ~スッキリした! ひっさしぶりの快感だぜ」
再びユーザーたちの声が合唱のように響いていた。
先ほどと違い、罵声のような怒声のようなものは一切ない、あるのは打ち上げに行く学生たちのような会話のみだった。
ユーザーたちが各自いろんな方向にばらけ始めると、中心あたりからあおむけで寝ている少年が一人いた。
魂が抜けているかのようにピクリとも動かない。
「大丈夫? 派手に殴り合いしてたようだけど……」
そんな少年に一人の女の子ユーザーが声をかけた。
「うるさい、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ」
少年はうつむいたまま、冷え切った声で返答した。
「まあ、そんなに落ち込まないでよ。キャラが急に変わりすぎてるせいで、今の君は初めて登場したキャラみたいになってるよ?」
え? それはまずい。
さっきから登場してる少年ってのは俺のことだからな!
と心の中で叫ぶ俺であったが、心も体もケガしている故コイツの言葉に突っ込めない。
「あとさ……」
体は一切動かさず、俺は顔だけを女の子にむけた。
「殴り合いなんかしてねーからな、一方的に俺がリンチされていただけだ」
正当防衛といいつつ、最初は俺も抵抗していたが圧倒的な人数の差を目の前にした俺はあきらめてその場で守りに入ったのだ。
そしてその結果がこれというわけだ。
「ごめんごめん。悪かったよ。まあ私は一度あなたを救ったわけだから、プラマイゼロってとこにしといてよ」
舌を出しながら、謝るコイツを俺は生ゴミでも見てるかのような冷たいまなざしで見た。
なにがプラマイゼロだ。マイナスのほうが多いだろ。
「もういい。で、ビビウルフはどこに行ったんだ?」
先ほどからあのモンスターの姿がどこにも見当たらないのだ。
それに俺の頭上にあったはずのHPバーが消えていることから判断して、ビビウルフとの戦闘が終わっているということがわかるのだが、
「もしかして時間切れとかで自然消滅したとかじゃないよな? もうあいつと戦える気力はもう俺には残ってねーぞ」
自然消滅であれば、もう一度戦うことになる。
「もう、倒されてるわよ。あんたが伸びている間にさっきの人達が掃除していったわ」
「そうなのか……ならいいんだけど。――いや! 今なんて言った?」
空へと飛んでいくロケットの如く立ち上がり、少女に問うた。
俺にすればこれからのことがかかってくる重要な一言をこいつが今話したかもしれないのだ。
「だからもうあなたはチュートリアルを終えたってことよ」
あきれ顔をしながらそう答えた彼女にたいして俺は目をぎらぎらと輝かせていた。
無課金ではクリアできないとさえいわれるチュートリアルをクリアしてしまったんだからな。
「やっぱり俺ってゲーマーだな! ガハハハハハ!」
「気持ち悪い笑いかたしないで。それにクリアしたって言ってもあなた自身何もしていないじゃない」
「ううっ……」
冷たい目で恐ろしい正論を俺にぶつけてきやがった。
クリアしたことにたいしておめでとうとか、一言くらい言ってもいいんじゃない?
「ま、どんなかたちであってもクリアしたのは事実だからね」
少女は腰につけたアイテムポーチから、濃い緑色の液体が入っている瓶を取り出した。
「これあげる。本来ならチュートリアルでもらえるんだけど、あなたは不正行為でクリアしたからもらえないのよ。だから、この優しい私が特別にプレゼントしてあげるわ。感謝しなさい」
俺の手に無理やりもたせようとするから、素直にもらうことができない。
抵抗する俺に対して、少女は力任せに押し込んでくる。
肌が雪のように白い彼女の顔は真っ赤になっていた。
「あげるって言ってるでしょ! 素直にもらいなさいよ!」
ぐいっと押される。
「いやだ! 絶対その色はやばい。毒薬じゃねーのか?」
ぐいっと押し返す。
「はあ? 何言ってんの? 回復薬よ回復薬。どこのゲームがチュートリアルクリアの報酬で毒薬渡してくるのよ!」
ぐいっと押し返される。
「この糞ゲームならありえるだろ!」
ぐいっと押し返す。
そうして譲り合いのような時が何度か繰り返され、その悪循環を止めたのは俺ではなく少女だった。
「じゃあ、こうしましょう。二人で分け合って飲む。これならいいでしょう?」
「まあ、それなら構わんが」
なぜかもう一度押し返される。
「じゃあお先にどうぞ」
「いやいや、俺は紳士なのでね。ここはレディーファーストってことで」
押し返す。
「なにが紳士よ。最低ね。世界中の女性の敵ね」
おいおい、まさか俺は世界中の女子を敵に回したというのか?
それだけは勘弁してほしい。
「いいぜ、だがな。俺が先に飲むとお前は俺と間接キスすることになるぜ? いいのか?」
よし! 我ながらナイスな作戦。
これならきっとこいつもあきらめるはずだ。
「仕方ないわね、それくらいのことで了承してくれるのなら構わないわ」
別にどうでもいいわ、と言わんばかりの顔で少女は俺に言い放った。
驚いたのは俺のほうで、立場が逆転してしまった。
「な、お前いいのかよ!」
「別に」
「いいのか……」
どうして動揺しないんだよ。
ゲーム内だから……なのか?
「あなたが言い出したのだから、先に飲むのはあなたよ」
少女は回復薬? の瓶のふたを開けると、俺の鼻にあたるくらいの距離まで突き出してきた。
「はい、これでもう飲めるわ」
なんだろうこの屈辱は。
勝負に負けた後の罰ゲームのようだ。
「ああもう! わかったよ!」
少女の手から回復薬? を奪い去る。
奪い取った瞬間、軽やかなBGMとともにとある文字が目の前に表示された。
回復薬? を手に入れた!
「うるせえよ!」
ゲーム内のシステムに俺はきれた。
「なにを興奮しているの、はやくグイッと飲んでしまいなさいよ」
昭和のサラリーマンがしてそうな「今日一杯どう?」みたいなジェスチャーをしながら少女は俺に催促してきた。
もちろん、その行動も俺の燃えだした怒りの炎を強くする。