ログイン三日目 チュートリアル3
「く、くそおお! 遠い!」
俺がどれだけ走ってもビビウルフとの距離が縮まったという感覚がなかった。つまり、俺とビビウルフの距離が開いてしまっているということだ。
いくら知能が低い設定とはいえ、敵である俺を無視して走っていくなよ。
俺の前方、まだ少し離れたところにいるあのビビウルフはまだこちらをうかがっているようで、動かない。そのため、攻撃するためにはやはりこちらから向かっていくしかないようだ。
「今度こそ!」
俺はもう一度武器を構え直し、ビビウルフめがけて走った。いらない体力を使わないように、今度は心の中で叫びながら走る。
大声を出して威嚇することは、相手の戦闘力を下げることができると思っている。じっさい、そんな原始的な方法で相手の戦闘力を下げることなど不可能なんだけど。
大声を出さずに走ることがこんなにも体力の温存に役立つとは考えもしなかった。先ほどならすでにギブアップするような距離を走っているのに、息が切れるどころか疲れもしない。
そんなバカげたことを考えていると、標的は気づいた時には目と鼻の先と言えるような距離にまで近づいていた。
俺がやつの攻撃範囲に入ったらしく、ビビウルフは先ほどと同じように再び前足で地面を削り始めた。
「よし! この距離ならいける!」
走っている状態を保ちながら、大きく口を開け息を吸い込んだ、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫ぶために。やっぱり、叫びながらじゃないとテンションが上がらないんだよ。
俺の中では叫びながら敵を倒すことが狩人に対するイメージなのだから、叫ばないという選択肢はないのだ。
「グルルルルルルルル!」
ビビウルフも俺の圧力を感じたのか、こちらにめがけて突進してきた。
そうだよ。このお約束のパターンを期待してたんだよ。
すれ違いざまに俺がコイツの体に一太刀入れる、このお約束を!
「テンションあがってきたあああああああああ!」
「お前はバカかあ!」
視界が激しく横にずれる。
「え? ――ぐはっ!」
体が何者かの手によって大きく左に飛ばされた。
あまりの勢いに転がる岩の如く、俺は地面に転がっていく。
とりあえずモンスターではないことはわかった、なぜなら飛ばされたときにそのプレイヤーの顔を確認することができたのだから。
パワーはモンスター級であるがな。
長髪の水色の髪を後ろで束ねている、ポニーテールの少女。
服装は俺と同じような、初期装備だ。
改めて初期装備を見てみると、制服のようにみえてしまう。
「いてーよ! おいこら! 何しやがる」
転がり終えた俺は、地面を蹴るようにして勢いよく飛び起き突き飛ばした少女に文句を言った。
俺の視界に表示されているライフポイントが半分ほどなくなっていた。
プレイヤー同士の攻撃もライフポイントが削られる仕組みになっているらしい。
「痛いっていうけど、ビビウルフの攻撃なんて受けたら一撃で死んでたのよ? 感謝してくれてもいいくらいだわ。いえ、感謝しなさい!」
両腕を胸の前で偉そうに組んでいるこの少女が言うには、どうやら俺を助けてくれたらしいのだ。
「はあ? チュートリアルなのに瞬殺されるわけねーだろ」
「あなた、気付かないの? このゲームの真の目的に」
「なんだよ? 真の目的って。それになんでそんなに上から目線なんだよ」
俺の問いを聞いたとたん、少女は大きくため息をついた。
そして、すぐに話を続けた。
「まず、真の目的ってのはね。このゲームが私たちプレイヤーに対して何を求めているのかってことよ。もうわかったでしょ?」
「そんなもん、楽しくプレイしろってことだろ?」
「はい、アウト。あなたこのゲームのこと何もわかっていないわね」
少女の態度がどうしてこんなにも上から目線なのかが、わからない。だから、余計に腹が立つ。
コイツももしかすると敵なのではないかと思ってきた。
「なんだよ、じゃあそこまで言うなら。正しい答えを言ってみろよ」
「人にものを頼む言い方では、ないわよね。その言い方は」
完璧にこいつが先輩ヅラしていることがわかる発言だな、これは。
「まあ、いいわ。特別に教えてあげる。このゲームが私たちプレイヤーに求めているものは課金よ。――じつはね、このチュートリアルも課金しないと九十パーセントクリア不能なの」
俺はその現実に驚くことしかできなかったが、もちろん信じれるわけがない。
「でたらめ言うなよ、そもそもなんでそんなことが…………」
俺がまだ話している途中、少女はある方向を何も言わずに指さした。
指さす方向に目を向けると、そこには今も戦闘途中のビビウルフがいた。
自慢の鬣をそよ風になびかせながら、どうどうと構えている。