ログイン二日目 チュートリアル2
俺はイベントナビに従って、示されている方向へと走った。
このゲームに体力はあるが、現実の俺に比べれば今の俺は数十倍の持久力を備えているため走ることはゲームの進行の速度に大きく役立つのだ。
しばらく走り続けていると、ようやく目的地が見えてきた。
イベントが発生する場所は赤色に光った円でわかりやすく表示されているので、遠くからでもすぐに目的地をみつけることができるのだ。
目的地をみつけた俺は、なにかからせかされたように走った。きっと遅れを取り戻したい、あるいは他のプレイヤーに会ってみたいという気持ちが俺の心を焦らせたのだろうな。
寝てしまっていたあの時間でどれほど遅れをとってしまったものか。
目的地に足を踏み入れると、鈴の音ような高い効果音が鳴った。それとほぼ同時に俺の視界に手紙のようなものが現れる。
「なんだ? えーと……この先にいる少年に話しかけるとチュートリアルが開始されます……」
そのあとも、手紙の内容を音読し続けた。
すべてを読み終えると俺はつい笑ってしまった。
「なにが、この先に進みますか? だよ。チュートリアルなんだから進まねーと話進まねーだろ」
手紙の最期には、YES? NO? と書かれた選択肢が用意されていたのだが、俺は迷うことなくYESを選択した。
YESと回答を終えると、目的地の中に一人の少年が現れた。
この少年はサーバーによって自動制御されているNPCのひとつであり、イベントのためだけにに設置されているのだ。
俺はほかにもプレイヤーがいないかどうかあたりを見渡し確認した。
「さすがに誰もいないか……」
俺はすこしがっかりしながら、少年のところまで走った。
このゲームは初回限定版だ。先着1000人のプレイヤーのみが今プレイしている。
これはβ版とちがって先にゲームを進めることができる、だから初回限定盤に当選したプレイヤーたちは今必死に攻略しているのだろう。
きっとまだチュートリアルを終えていないのは俺一人だけだな。
少年に声をかけるために目的地の中心部へと近づいていくと、自動的にチュートリアルが開始された。不気味なBGMがあたりに大音量で流れ出す。
少年に目を向けると肩をとても震えさせていて、おびえていることがわかる。
「助けて……こいつを倒して!」
少年は拝むように両手をあわせ、その場に座り込んだ。
助けるといってもあたりには何もない。モンスターがいるわけでもないんだが。
「なにから守ってほしいんだよ?」
俺は少年に優しく声をかけたが、何も返事を返してくれない。
「そりゃそうだよな。だってこいつNPCなんだもんな」
NPCには返事をすることができない。できることは、設定された言葉を話し。設定された行動をするだけ。
つまり、設定されていないことはできないんだ。AI機能をすべてのNPCに搭載すれば、間違いなくデータ量が恐ろしいことになるに違いない。
それにしても、どうしようか。イベントクリアしねーと進めないからな。
俺はとりあえずもう一度あたりを見渡すことにした。
――――――!
「ビンゴ!」
さっきまではなかった場所にいろいろな武器が空中に浮遊していた。
長剣、杖、片手剣、弓、双剣。
「この中から一つ選べってことか」
以前までに発売されたMMOなら、すでにこの作業はキャラクター作成の時に終わらせているはず。
だけど、ここで選ばせてくるのも意外性がみられて面白い。
この場面だからこそ、プレイヤーを悩ませられるのだ。
MMOでは杖などの遠距離系の武器は孤高の強さを持っている。
だから杖を選ぶのも悪くはない。
だが、俺はずっと前から長剣に決めていた。
最前線で戦いたい。
「最初からこれって決めてたからな」
俺は目線の高さに浮いていた武器をつかんだ。
長剣。
武器を手にした瞬間、あたりにあやしい曇りが拡散する。
曇りの中からは、赤色に輝く目がこちらを睨んでいた。
「やっと、でてきたか」
長剣をぎこちなくかまえる。
日常生活で剣を握ったことなんて一度もない。
今までにプレイしてきたゲームをイメージして、剣を振り下ろす。
ゲームの主人公のようにはできないが、ある程度なら操れそうだ。
グルルルルルルッ!
曇りの中から一頭の獣が飛びついてきた。
体感速度とかってやつなのか、想像をはるかに上回ったスピードで俺のところに飛び込んでくる。
「あぶねっ!」
ぎりぎりでかわす。
もうすこし、反応が遅ければ無傷では終わらせてくれなかったかもしれない。
俺を横切っていった獣は振り返りこちらをうかがっている。
いつまた襲いかかってきてもおかしくない。
「へー、《ビビウルフ》って名前なのか。レベル1ってほんとうかよ」
苦笑いを表情に浮かべながら呼吸を整えた。
獣の頭上にはいろいろな情報が表示されている。
青色で名前が、黄色で数値化された体力の残量。そして赤色でレベル。
すごくありがたいんだけど、それを知ったところで俺がコイツを倒せるとはかぎらない。
最悪の場合、チュートリアルで死ぬ。
それだけは避けたいと思いながら、もう一度剣をかまえた。
いままでのゲームとは違う、操るのは自分自身の体だ。かつてのように自分が創造するプレイヤーではない、ということをなんども頭の中でリピートさせる。
次こそは仕留める。
「こいっ!」
剣先をビビウルフに向け、どっしりと構えた。
足で土を何度か削りこちらを威嚇してくる。
「なるほどなかかって来いってことかよ! うおおおおおおおおおおお!」
長剣なのに槍のような突進で目標を捕らえようとする。
ビビウルフが俺の横を一度滑走してしまったこともあるため、俺の雄たけびは攻撃をあたえるまえにとぎれてしまう。