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迷子の闇




カツコツカツコツ…


一人のとある白いローブをまとった者が、赤く長いカーペットの上を歩いていた。

その者は、頭のてっぺんから足まですっぽりとローブで身を包んでおり、ほとんどの人がその者の特徴が分からない姿をしている。


ここは王城。しかも、現王の部屋へと続く道。


そんな場所に、共も付けずに一人、歩ける理由は、王の信頼に足る人物であるということ。


そして、その者はカーペットの先にある部屋へとたどり着き、立ち止まる。その部屋の前にいる二人の衛兵は慣れた様子で無言で敬礼し、一人は部屋を小さく開けた後、中の者へ来訪者を告げる。それ程間を置かず、部屋の扉は開かれた。ローブの者は僅かに衛兵等に会釈し、慣れた様子で部屋に入る。


その先には薄いカーテンで仕切られたベッドが一つ。その上に人影が見える。扉が素早く閉まると同時に中の使用人も退場する。これもいつものこと。ローブの者が来たとき部屋にいるのは、その人影を含め二人のみ。普通は国の頭領を危険にさらすようなことはしない。しかし、その者は昔からそうなのだ。否、長い付き合いだからこそ信頼されているのだ。


カツコツカツコツ…


ベッドの上の人影へと、その者は近寄り遮断されたカーテンを手で分け入る。


「…御加減は如何ですかな?」


ここで始めてその者は口を開く。

ローブも頭から外し、素顔を露わにする。歳を重ねていると分かる白い短髪と皺をよせて、表情を和やかに緩ませる。


「ナシュタル・ランスラー様」


その名を目の前の人に声掛ける。否、人かどうかも怪しい。


だって、ベッドに横たわる姿は…


「おや、御加減は好調とは言えないですかね」









全てが黒で埋め尽くされているのだから。










______________________



明るい日差しが木々の隙間から優しく降り注ぐ森の中。それはまるで、神秘的で天から何かが舞い降りるような光景である。時折、小鳥の気紛れな鳴き声があちこちから木霊し、耳に優しく触れ、心が安らぐ時が流れていた。


そんな中、私は今、非常事態に陥っている。現在、その非常事態に気付いた者がいれば、顔を真っ青にして大いに慌てているかもしれない。私もまさか世で噂の非常事態に自分が経験するとは思いもしなかった。そして、今。経験して思うことがあるー…。





ふむ、ここは何処だ?


迷子だ。大変である。



庭で散歩して、気の向くままに前の道を進んでいたらこうなった。理解できぬ。

とりあえず、城から出てないことは確かである。


おっかしいなー。確か私は前だけをてってけ、と走っていただけだ。…あ、でもあそこで綺麗な花を見付けて曲がったかな?でもその後、カラスに追いかけられて慌てて戻ったはず……………………………だと思ったけど違う道へ行ったかも。あれ?やっぱり可笑しい?


混乱である。


記憶を振り返っても、何処で間違ったのか思い出せない状態である。


とりあえず進めばそのうち知ってる場所に着くさーと、迷子でやってはいけないあるあるを実行しようとしたとき、何処からかシュッ!シュッ!と空を切るような音が聞こえた。気になり、その音の方へ向かう。人だったら運んでくれるかもしれないしね!…ちゃっかり歩かない宣言する黒ウサギである。


草村を少し進んでいくと先程の音は目の前だ。そぉ~っと草木の間から覗いてみると…あら!見知った人物が!


金色の短髪を日の光を受けてキラキラと輝きを帯び、白い肌に朱を浮かせている。更に汗が美しい(かんばせ)から流れ落ちる姿は、周囲に年頃の女子(おなご)がいれば、黄色い叫び声が上がっていたり、失神者続出間違い無しのお色気を纏った弟殿下が、剣の素振りをしていた。


やったー!キラキラ王子発見!きっと無事、帰れることだろう。見知った人物なうえに、王族なら城内は知り尽くしているだろう。これで安心だと、黒ウサギは未だに己に気付かない弟殿下に近付いた。が。


…っ!


弟殿下の目を見た瞬間、身が竦み上がった。…まるで今まさに、敵と戦っているような気迫を感じた。昨日会ったときは、殿下と同じ星の輝きみたいな金色の目を今は鋭く空を睨み付け、若干血走りさせながら素振りをしていた。


一体、何と戦っているのだろうか?その目を見た瞬間、動けなくなってしまった。こちらまで緊張が移り、耳をピーンと張り、目の前の王子を見つめることしか出来ない。そこは、息をするのも躊躇うような空間に染まっていた。動物の本能がほぼ無くなり、見つめ続ける黒ウサギにふと視線に気付いたようだ。素振りの興奮が冷めぬまま黒ウサギを鋭く振り返った。


ひょへぇえぇえええぇぇ!!!


ビクッー!と、身を縮こませながら脳内で変な叫びを上げ、後ろへ軽く飛び跳ねた。び、びっくりですぅ!!



「っ!…はぁ……、貴方でしたか」


しかし、その鋭い眼差しを向けたのは一瞬で、私だと分かると溜息をして、すぐに見慣れた柔らかい金色に戻った。


「こんな所に来て…他の者もいませんね。どうしましたか?」


きょろきょろ辺りに人はいないか確認しながら拾って、私の両脇に手を差し入れ問い掛けてきた。それに対し、私は。


迷子なのー!


「……」


じったばったと手足を動かす。


伝われ!私の思い!ぶひっ!


「…脱走?」


何故、そうなるー!!

首を傾げながらお答えなさった。違うー!と更にジタバタしたけど伝わらず、脱走してきたと判断されてしまった。無念である。


弟殿下はそのまま私を抱っこして木の幹に寄りかかりながら座った。


「見事なまでに黒いですね」


目を和ませながら優しい手つきで、頭から背中を撫でてくれた。うぅ…、き、気持ちい。ね、眠気が来る…。弟殿下は流石血筋、ということかとても撫でるのが殿下並に上手かった。私はその気持ちよさに思わず目を瞑り、堪能の体制に入る。顎がなる~。


「…君は兄上が恐くないのかい?」


突然そんなことを質問してきた。どうゆうことだと、弟殿下の顔を見上げれば無表情だった。その表情が、殿下の姿を思い浮かべた。やはり兄弟なんだと実感させられた。…しかし、先程の質問はどういう意味で聞いたのだろうか?首を傾げて弟殿下の次の言葉を待つ。


「僕も最初は恐くなかった。だけど…今は恐いんだ」


その言葉と同時に私は弟殿下に抱きしめられた。まるですがるように。17歳のはずだが、その姿は幼い子どもに感じられた。


「兄上は剣の腕だけではなく、勉学も優秀で、卒業した今でも学園では誇りの存在になっているんだ。城の使用人や貴族を見直しした後も、沢山の信頼を得て…本当に凄い人なんだ」


そう、語る内容はとても嬉しいことのはずなのに、表情はどんどん歪んでいった。


「信頼、尊敬、誇り、威厳…全てが完璧だ。僕もそんな兄上に憧れる人間の一人だ」


だけど…

と、更に顔を腕を硬くする。


「僕も同じ王族のはずなのに、何もかも兄上のようには上手くいかない」


腕が震えだした。閉じた瞼の隙間から熱い滴が溢れ、こぼれ落ちる。


「…っ。僕も分厚い色々な本を手に知識を蓄えた!信頼を得るため生徒会の仕事に一生懸命取り組んだ!夜も寝る間も惜しんで剣の腕を磨いてきた!だけど…だけど足りないっ!足りないんだ!!兄上は更に上にいて全く追いつかない!あんなに…あんなに物心着く頃から今まで手を抜かずにやって来たけど、全く駄目なんだっ…!!!」


と、段々と感情が高ぶっていた。はあ、はあと乱れた息を吐き出している。次から次へと零れる滴は弟殿下の頬を伝い、黒ウサギの背中を濡らす。



………何だろう、既視感があるというか…。なんか、似たようなことを体が覚えているような気がした。しかし、記憶を探ったが思い至らなかった。だが、先程の剣の素振りについて、誰と戦っているのか分かった。


自分と兄と戦っていたんだなって。そして、あの姿…。今の言葉から、焦りが出てるんだなって事が分かった。


「僕は今…っ、兄上が苦手です」


ドクンッ


この劣等感…。私は知っている。努力しているのに、誰も見てくれていない。見てくれないから、お前は足りないんだと、指を指される。辛かった…。どんなに努力しても上には出来る者がどんどん現れる。その度に自分は落とされる。でも、何とか応えて上げたいから続けて努力した。自分は頑張れているはずだ。頑張っているはず。だけど、変わらず周囲には足りないと評価される。


ゾクッ…!


と、頭上からあのいつの日か感じた何とも言えない恐怖の塊の気配がした。


『だったら消すしかないよね?』


?!


そう、弟殿下の口からその言葉が出て来た。


しかし、これは本当に弟殿下か?目が何処か虚ろで金色の目は輝きを失せ濁っている。


『君もあの殿下から逃げたくて脱走してきたんでしょう?』


!!


その言葉を聞いて、考えるとかそれよりも体が動いた。緩んでいた腕から飛び出し、地面に着地してそのまま勢いを殺さずに体を弟殿下の方へ捻らせる。


ゴツッッ!!!


「?!っぐぁ!」


おでこを押させ、身を捻らせ痛みに悶絶する弟殿下。殿下から逃げたくて脱走?んな分けない。


迷子って言ってるでしょー!!!


「キッー!」


黒ウサギは弟殿下に頭突きをし、そう叫んだ。未だに弟殿下は痛みに悶絶し、おでこを押さえて丸まっている。

私はただ、目の前をてってけと走って、綺麗な花を見付けて曲がって、カラスに追いかけられて全力で逃げてたら迷子になっただけですー!!!(偉そうに言えない)


「キッー!」

「っ、ぐはぁ!」


私は勢いのまま丸まっている弟殿下に向かってウサギattack(アタック)を喰らわせた。脱走なんてするわけないじゃない!何、勘違いしとんじゃー!!!(でも、偉そうに言えない)


「キッー!!!」

「ぶふぉっ?!」

「クロ様?!」


え、と思い振り返ると見知った人物が目の前にいた。フィリーさんだ。今日の散歩で一緒に付き添ってくれていたのだ。そんなフィリーさんの姿は先程と違い、あちこち駆け回ってくれていたようで、いつものキリッとした感じではなかった。騎士服はヨレヨレ。体のあちこちには小枝や葉っぱが付いており、表情はいつもの余裕を無くし、汗が幾筋も伝って息が切れていた。


「っ…はぁ、はぁ。ご、御無事でなによりですっ。はぁ、はぁ…。気付けばお姿が見えなくなったので焦りましたっ。はぁ、はぁ…。て、…………………今更ですが、クロ様の足下の方はどなたですか?」


あ、忘れてた。

フィリーさんに指摘されて、慌てて背からぴょーんと飛び降り、顔を見て様子を伺った。先程までおかしな事を口走っていたし、大丈夫なのだろうかと。てしてし顔を覆う手を叩いて反応を待つ。弟殿下は、ゆっくりと手を顔から離し、体を起こした。そして、傍にいた私を視界に入れる。


「僕は…何を…」


そう言った途端、弟殿下の顔から血の気が引いていくのが分かった。私を見ていたと思ったら見えてないらしい。身を強ばらせガタガタと震えだした。目が先程の虚ろの金色ではないが、おびえの色になっている。正気に戻って先程自分が発した言葉に信じられないと、混乱しているようだ。確かに先程の発言は気が触れていた。そして、今は自分しか見えてない様子。私は気付剤の変わりと身を構え、お腹にめがけて跳ねた。えーい☆


「ゴフッ?!」


そのまま弟殿下の膝で様子を見る。まだ自分の世界にいたら顔へ跳ねるつもりだ。


「ぁ…?」


今度こそ私をためらった様子で見つめた。良かった。無事(?)現実に思考が戻ったようだ。私はそのまま放っておくのはなんだか、彼が迷子の少年のように途方しかけそうだったので、ペロッと弟殿下の顔へ首を伸ばし舐めた。


「っ?!」


と、そのとたんに弟殿下は舐めた頬を手で押さえた。あれ?猫とかと違ってざらざらしてないから痛くないはずだけど?と、首を傾げる。


「!??はっ!ぼっ、あ!えっと!?」


更に混乱なさった。顔が一気に熱を取り戻し、真っ赤になっている。もう一回すれば慣れるかな?ま、落ち着けよと、今度は首にペロペロと数回舐める。


「ふぁ?!わわわわ」


あれ?落ち着くどころか首まで真っ赤に…。

段々と収集がつかなくなったところで、フィリーさんが私といるのが誰なのか気付いたようで、慌てて駆け寄る。


「クリストファー様?!」

「頬と首…」

「え?あ、あの…とりあえずクリストファー様も城へ戻られますか?」

「熱くて、小さい舌で……ふわわわわわわわ」

「ふわわわわわ?!」


何故かうちの騎士にも何かが移ったらしい。二人して顔を赤くして「ふわわわわ」とか言って慌てている。…………可笑しいな。落ち着かせるはずが、場が混乱してきている。冷静でいるのはこの場では私しかいないので、ダンッ!!!と、一つ地面を足で叩く。二人はそれに気付き私を見る。よし、やっと落ち着いたな。早く帰ろと、顎で城の方を示して帰りたい旨を伝える。フィリーさんはそれに一瞬呆けた顔をしていたが、いつもの調子が戻った様子で「部屋までお送り致します」と、礼を取り、片腕で抱っこしてくれた。弟殿下もまだ本調子ではないようで顔の熱が引かないが、ヨロヨロと立ち上がり、フィリーさんに付いてくる。


あー、今日の散歩はなんだか一日経ってしまった気分だ。とても疲れた。


そのまま、私はフィリーさんの腕の中で転た寝をした。その姿に顔を火照らせて、悶える二人が歩いていたと目撃者が多数いたそうな。



そんなことは全く気付かず、黒ウサギは「ぴすぴす」とたまに「ぶひん」と、寝息を立てながらフィリーさんの腕という揺りかごに揺られていた。






いつの間にか恐怖の塊は消えていた。





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