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嵐な男

「ふぉふぉふぉふぉ…はぁー、いやいや。今日はよく笑えることが多いの。こんなことは生きていて初めてかものぉ」


 神子は自分の涙で濡れた床を雑巾で拭きながらそう、こぼした。


「生きていてって…どれ位、笑ってなかったのですか。大袈裟すぎですよ」


 私はそのこぼした内容に対し、感じた疑問を深く考えずに尋ねた。しかし、知らなかったにしても大変悪いことを聞いた。


「それは、産まれたときからじゃの。ここは訪ねる人が少ないから…ましてや我の姿は普通の者には見せてはならぬとなっている。話してもならぬと」


 だから、笑うなどもっての外だった、と。


「え、産まれたときからって…今、何歳ですか?」

「…それは、分からぬな。気持ち的には千を行っているように感じるが…もしかしたら百年とか五十年かもしれぬ。もぉ、分からぬ事よ」


 何か諦めたような、絶えるような顔がチラッと見えた。しかし、それは本当に一瞬のことだった。見間違えかもしれない。いや、そんなことはないだろう。この神子という者は、読み聞かせでは神と現世の声を橋渡しする大切な事をしている人で、神聖なイメージを感じ、マイナスな面は感じられなかったが…。

 監禁…されてるようなもの、と。

 この神子を見るとその現実に行き着いた。


 自然と、身を寄せたくなった。今まで誰にも甘えることは出来なかったのだろうと容易に想像が付いたから余計にだ。


「神子様」

「ん?」

「私の毛は癒やしの力があるみたいなのです。皆、私の毛をもふもふして笑顔になってくれるのです。だから、神子様もこの有難いもふもふで笑ってください」

「………そうらしいの。お主の毛は皆を幸せにするとこの男からも聞いておる。だから、お主がいるだけでさっきも自然癒された」

「でも、まだです」


 そう、まだまだ何だよ。今日だけなんてそれは違うの。私は私を凝視している神子と目線を合わせて伝えた。


「貴方はまだ、笑ってないです。ただ仮面を貼り付けているだけです」


 神子は、ハッとした顔で目を見開いた。


「自分でも気付いてないでしょう?今の貴方の顔がどんななのか。ほんとの笑いってね、もっーと体全身がスッキリするんです。体全身が、喜んでいるんです」


 神子の足下に近付き、見上げてみる。神子は何か憑きものが取れたような、今まで解けなかった物が解けたような、そんな顔して私を見つめてきた。そして、今度はしゃがんで私の毛を恐る恐る撫で始めた。私は目を閉じてその、先程とは全く違う触り方に身を委ねた。神子は何か、確かめるように私を撫でる。私はその手に擦り寄った。

 神子の手は震えていた。



「でだ、もう良いですか?良いですよね?私はさんざん待ったのです。帰らせて頂きます」

「何、その嫁さんが実家へ帰らせて頂きます。みたいなノリ。…まぁ、うん。ええよ。成る程なぁ。こりゃあ、皆が騒ぎ、貴公も変わるわけじゃ」


 殿下により、私は神子の手から離れた。そして、いつもの筋肉プレスを受けた。むぎゅー、いつもながらに逞しき筋肉!苦しい!

 殿下は私を挟むと、失礼致しますと礼をしてさっさと来た道へ引き返した。ざっつ!ちょ、最初のかしこまった雰囲気と全然違って雑なのですが?!それで大丈夫なの?!


「もぉ、せっかちよの~。クロよ。お礼に一つお告げをしよう」


 その神子の言葉に殿下は歩みを止めて、神子へ振り返った。自然、私も再度神子の顔を見ることになった。


「これより先、沢山の試練がお主を待ち受けておる。それは、とても辛いことの連続でお主は何度も落ち込むことになるだろう」


 神子は閉じていた目を開き、その鋭く全てを見透かしているような、しかし、父のような温かさを含んだエメラルドの瞳で私を見据える。


「汝、待ち人いずれ来たし。深き心で結びき地の者と共に、向き合うべき物に全身で挑みし時、新の光の導きがあろう」


 神子はニッコリと笑みを浮かべ、そう告げた。

 ………………成る程、分からん。


 このお告げが役に立つのか不明だ。そんな、小難しい言葉じゃ伝わらないわ!伝えるならウサギでも分かる言葉できちんと伝えてよ。意地悪!



 馬車の方へ戻るとアルさんと馬車が待機していた。待たせてすまぬ。


「ん?水色ナルシーはどうした」


 確かに。殿下のその言葉を聞いて綺麗さっぱり忘れていたが、あの人はどうしたのだろう?キョロキョロ見渡しても、私達以外誰もいなかった。


「殿下、いつ、誰に聞かれるか分からないのですから安易にその名を口にしないでくださいね。で、彼ですが先に自国へお帰りになりました。何でも急な予定が入ったとかで」


 待たせて悪いとは思うけど、殿下に挨拶無しか。何処までも自由すぎる奴だな。帰ったならまぁ、いいやと殿下と私はそれ以上突っ込むことなく、馬車へ乗り込もうと扉に向かったとき。アルさんが、そう言えばと、扉を開けた。と、その瞬間。私はいきなり引っ張られた。と、思ったら傍でガラガラドッシャーンと凄い音が響いた。

 何事?!


「隣国の王太子様より、先に帰る詫びだと置いて行かれた物が御座います。とりあえず、大量に御座いましたので馬車の中に突っ込んでみました」


 私はアルさんに抱っこされていた。で、目の前には大量の置き土産が雪崩のように崩れていた。で、その大量の土産の下から殿下の片腕だけが覗いていた。殿下ー、大丈夫ですかー?


「………突っ込んでみた、じゃない。とっとと、この大量の荷物を城に送るなりしろ!ただの嫌がらせじゃないか!」

「あっはははは!いやー、これを見せたら殿下が喜ぶかなーと思いまして…ははははは!」

「お前は後から来い!この荷物をどうにかするまで帰ってくんな!」


 アルさん…貴方は子どもですか?

 まぁ、流石は水色ナルシー。ただで帰る男ではなかった。今日から、水色ナルシーはいないし。また、暫く平和に過ごせるかな。

 水色ナルシーは最後まで私達に嵐を残して、去って行った。早く、マーラさんの手作りデザートが食べたいなぁ。

 今夜のデザートは人参とリンゴをコラボさせた花束だってー。どんななのか楽しみー。

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