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知っているはずだけれど

 鍛錬から三日目。今は鍛錬が終わり、帰路に就いている。鍛錬はいつも午前中に行われることになった。いつも、お昼ご飯の時間には終わるのだが、辛い。むむむ。全身の筋肉が悲鳴を上げている。痛い。三日しかたってないが、動きに関しては、野生の勘が段々戻ってきている感じがする。んー、もうちょっと高くジャンプできていたような気がしたけれどなー。勘違いか!


 と、現実を見なかったから悪かったのでしょうか。向かいの通路から会いたくない人物が来た。マーラさんは通路の端により、私を抱えた状態で頭を垂れた。

 隣国の王太子こと、水色ナルシーだ。

 水色ナルシーはわざわざマーラさんの前で立ち止まり、抱っこされた私を覗いてくるなり、顔を歪めた。マーラさんは守るようにギュッと私を強く抱きしめてくれた。


「まだ、そんな不吉な獣いたの? ねぇ、いつ捨てるの?」


 マーラさんにそう声を掛けてくる水色ナルシー。はわわ、すみませんマーラさん! 私が抱っこをねだったばかりに、とばっちりを食わせてしまいました。無視して良いですよー。

 私がマーラさんの胸元にギュッと頭を擦りつけた事に意図を理解したマーラさんは、僅かに微笑み返してくれた。しかし、相手は、早く立ち去れと願っているのに動かず、さらに黒い言葉を投げてくる。


「君も災難だねー。あんな、おっかない王太子に拾われて。これだって気紛れだ。お前を捨てる日も気紛れにやって来る。アイツはそういう男だ。今のアイツは穏やかだが、いつ牙をむきだしてくるやら……」


 アイツ、とは殿下のことだろう。


「学生時代は己の魔力をコントロールできず、周囲の人間を傷付けていた。あれは、質の悪い暗殺道具だった。誰にも制御できない。近付く者には死を。だから、アイツの周囲には誰もいない」


 ドクンッ。

 一つ脈が波打った。耳を傾けてはいけない。これは、コイツの独り言。


「学生時代の呼び名は白き死神。ま、卒業間際になって魔力をコントロールできるようになったから、一時はその名は消えたんだがな。アイツが城に戻ってからは不幸なことばかり起きた」


 体の中がなにかに覆われていく感じがした。マーラさんはさらに強く抱きしめる。


「まずは王妃だ。アイツを産んで力尽き、お亡くなりになった。そして、本当はその後、娶ったはずの第二王妃がいたんだ。なのに、いつの間にか居なくなった。まるで最初から存在してなかったかのように。その後は王だ。体が衰弱し、現在は病床に臥している。弟殿下は現在学生の身だから、城にはいない。今のところ影響はなし。まぁ、アイツの傍に居ないからかもしれないけれど……。くっはははは! まっーたく、アイツ程、孤独が似合う奴はいない!」


 堪えてください。


 マーラさんが小さく呟く。体の中で渦が巻き始め、段々大きくなっていく気がした。

 あぁ、気分が最悪。コイツの口から出される音を耳に通せば黒い塊がたまっていく。


「なぁ、お前もそうなんだろう?」


 コツッと足音を鳴らし、一歩近付いて来る。

脈が速く波打つ。


「お前もあの死に神様が持ってきた土産だ。色がそれを表している。“黒”は死の色。不吉をもたらす色。全てが真っ黒に染まり終焉を迎える色。お前はアイツの持ってきた死の眷族……死に神の再来をもたらす者……だろ?」


 一瞬、体が熱く、フワッとした感覚がした。あぁ、これは前にも同じことがあった。コイツにも同じように怒りをぶつけてやろうか?

 殿下が死神? 暗殺道具? ……ふざけんな。過去に確かにそんなことがあったのかもしれない。だけど、今の殿下は魔力を無闇やたらに放ったりしていない。むしろ、私や部下を気遣う姿がある。不器用にも殿下なりの愛情を表現している。むしろ、なぜ、傍にいた人間のくせに助けなかったの? 孤独だと、気付いていたのに。なぜ、手を差し伸べようとしなかったの? 他人事だと。なぜ、傍観者になったの? 誰だって好きで一人でいるわけないじゃない。誰だって、誰かといたいじゃない。


 ……こんな人間にあの人を傷付けることなんて許さない。


 私は力を思いのまま放とうと力に身を委ねた。このままこの力を解放すれば、この人間はいなくなるだろう。殿下のことを悪く言う奴が一人減るだろう。消してあげなきゃ、あの人のために。今の私には力がある。あの人のために。今度こそ役立たずなんて……。



「っ! クロッさ……」


 駄目です。と、小さく。しかし、強く。誰かが私に声を掛ける者がいた。なぜ? あの人のために私は……。それは、本当にその人のため?

 え?

 その力は本当にその人を救うことができるものなの?

 その言葉に一瞬、殿下の姿が浮かぶ。

 人を傷付けたくないのに、傷付けてしまった。誰か傍にいて欲しいのに、誰も自身を見る者はいない。嘆きたいのに、泣きたいのに、寄り添うものが無い。耐えるしかない。心を殺し、たえなくては……自分は消えてしまう。でも、本当はそんなことーー……。


「で、んか……」


 あぁ、そうだ。そうだった。あの人は……こんなことしても喜ばない。むしろ、余計に崩れてしまう。あの人があの人ではなくなってしまう。一人はとても悲しくて寂しくて辛いもので、自分を消してしまうクロイ(やまい)


 気付けば、先程まであった体内の黒い渦は霧散していた。知っている。渦の正体は魔力だ。私は以前のように、しかし、以前と違う形で力を放出しようとした。今回は意図的にしようとした……。


「っ、はぁはぁ、クロ……様。よく、っよく! 耐えてくださいました……」


 壁に背を預け、座り込んだマーラさんが、後ろからギューッと抱きしめて、頭を撫でてくれた。……凄い汗だった。涙が雨のように私の顔に降ってきた。それを、遠くの景色を眺めているような感覚でマーラさんの肩口から眺めた。そして、いつの間にか目の前のあの人間はいなくなっていた。城内は特に変化はなく、静かで穏やかな時が流れている。魔力は放っていないようだ。……誰も傷付いていない。


 良かった……。

 これで、良かった。また、傷付けてしまう。それはとても嫌なこと。辛いこと。私は知っている。そのことを。知っているはずだ、自分は。


「……何で知っているんだっけ?」


 知っているはずだけれど、忘れてしまった。

 それは、とても大切なことで、忘れることは悲しいことだと、漠然と私は知っているのに。この、矛盾した正体は何だろうか。


 そして、クロイ睡魔にドロドロとのまれた。





______________________


 いつもの、フワフワしたクッションの敷き詰められた籠の中で眠る中、ドロドロとした睡魔がふと軽くなった。否、それよりも気になる気配がした。前にも感じた、底の見えない闇のような感覚が、私を見ている。私は目だけでその感覚のする方へ視線を移す。



『ゴキゲンヨウ。モウヒトリノヤミ』


 モウヒトリノヤミ?


『ソウ。オマエハボクトオナジ』


私に何か用でも?


『フフ……、イマハオマエヲドウコウスルツモリハナイ。コレハユメダヨ、モウヒトリノヤミ』


 ……夢?


『ソウ、ユメ。サァ、オネムリ。メザメルニハ、マダハヤイ』


 まだ、朝じゃない?


『……ウン。マダ、メザメルニハタリナイ。モットモット、ヒツヨウ』


 ……? ご飯が足りないの? 寝ながら食べるなんて太るわよ?


『フフ……ダイジョウブ。イマノボクタチハチッポケダカラ。……モットオオキクナラナイト』


 そして、その子の導きによって、再びドロドロとした睡魔に身を委ねた。



______________________



 ふわぁぁあぁ。朝かぁ。さて、二度寝を……って、ふぇ?!

 翌日、目を覚めると昨日より驚いた。またもや私はベッドに移動しているうえに、周りには殿下の腕枕を始め、マーラさん、アルさん……て、団長さん?! 何これ?! どういうこと?! と、一人、否、一匹が、はわはわしていると、扉が静かに開いた。扉の先には宰相様がいらっしゃった。ひぇ、ひぇええぇえ。何これ何これー?! 宰相様! 何かご存じですか?!

と、私の混乱ぶりを見て取り、苦笑を漏らす宰相様。


「落ち着いて下さい……て、言うのも無理でしょうけど、体をぐるぐる何度も反転させることは、おやめください」


 そう、興奮と驚きでぐるぐるその場でベッドの上で回っていた。だ、だって、どこを見ても囲まれてるんだもん! 左は殿下。右はマーラさん。右下にアルさん。そして下……足元の方には団長さんが大いびきで寝てるんだもん。て、歯ぎしりすんなー! 団長ー! 混乱しますって!


「とりあえず、皆様夜通しクロ様の看病をしていたのです。団長様は鍛錬が厳しすぎたかと冷や冷やして、クロ様を心配していたのですよ」


 だから、休ませてあげてください。宰相様は人差し指を自身の口元へ持っていき、シーという合図を送る。に、似合いますね。う、ウサギ相手に誘わないでください!


 今日も、賑やかなスタートになりそうです。

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