舞踏会2
皆様ご機嫌よう。
ふふふふふふふふ、今宵はまた素敵な舞台でありまして。もぉ、私はドキドキしておりましてねぇ、はい。胸がいっぱいな思いを味わっている最中でございます。えぇ。現在私の視界を覆うのは人。右をご覧あれば人、左をご覧あれば人、後ろも前も人、人、人で溢れかえってます。やだぁ、ここの建物、人しかいないじゃなーい。うっふふふ……。
……てぇい! そんな優雅なこと言えるかぁあぁ! 言ってられるかぁああぁ! もぉー、このフロアに今どれだけ人がいるの?! と、焦っております。押しくら饅頭のごとくフィーを中心に人が寄ってくる。わぁあぁぁああん! 私は狭くて暗い場所が好きな生き物なのに、明るくて広い場所に見知らぬ人に囲まれてしまった!
解せぬ。
フィーさんや、貴方、貴族ホイホイとか特殊な能力でも持っているんですか? 普段からこんなに人に囲まれやすい人なんですか? だったら、付き人の役割には適さないわ! こうなると知っていればあのタンスに頭を突っ込ませて、モフケツ出していじけていたわ! キー! やられたー!
私は、舞踏会があると聞いてからドッキドキと心臓の脈がいつもより早く強くなっているというのに、さらにこの現状にドックンドックンと脈が強くなり、不安と恐怖でいっぱいな思いだ。もお、今まで食べてきた人参さんの栄養が今、発揮されているような感じがする。あかん。
と、現実逃避と馬鹿な思考を脳内で繰り広げていたからでしょうか。誰かが私のVIPでキュートでもっふもふなお尻に触れた。ひぃぃいいぃ?! いきなりなんですか?! さらに今度はそのVIPでキュートでもっふもふなお尻に付属されているちょこんと付いた尻尾を握る者が出た。
ちょ、そこ、あかん! やめてよぉおおぉお(大泣)
その、フライングな触り方に驚きと混乱でつい、フィーの頭を摑んでいた前足が滑り、バランスを崩す。
「きゅ?!」
急いでバランスを保ち手元のフィーの肩を摑むも、余り握力が無いことから僅かに爪で服に引っかり、それで背中に張り付いてるような状態になった。しかし、先程言ったと通り、ウサギは握力が余りありません。と、いうことで地味ぃーにずるずると下へ下がっていく胴体。
ちょ、私の胴体よ! 下がらないでよ! はっ! と言うかお尻が駄目なのかしら? このVIPで(以下略)のお尻が私を人の踏まれる地へと引きずり落としているのかしら?!
やめてぇええぇえ! (再び大泣き)
そんな馬鹿な叫びも虚しく、フィーの背中、お尻、太もも、ふくらはぎとずるずるずれて行き……。
べちょっ。
……VIPでキュートでもっふもふなお尻様は、人に踏まれる地、ダンスフロアの一部の床へと着地した。
も、もぉ。どうしよう。踏まれちゃうの? 蹴られちゃうの?否、私は良くやりきった。ここまで必死に握力など記録にもならないほどしかない前足で、頑張って張り付いていた。さぁ! 思い残すことなどないわ! 煮るなり、焼くなり、刺身にするなり好きにするが良い!
と、いう思考とは裏腹に全力でフィーの足にへばりついている状態であります。はい。こ、こんな元々根暗な性格を持つウサギに、そんな勇敢な言葉が出るわけ無いでしょぉおおお! もぉ、この場所から絶対に離れないんだからね!
ぎゅっ、ぎゅっと足へ夢中にへばりついていると……あれ? ちょ、静かすぎない? 少しまだ、ざわついてはいるが、おかしい。デジャブを再び感じます。私はギューッと固く閉じていた目を少し開き、周囲を窺う。ついでに耳も立てる。
……やはり、何なんですか貴方方は。
周囲の貴族……老若男女問わず私を見ているのだが。そして目が潤み、顔が赤い。おかしい。中には鼻息が荒く、顔を覆っている人もいる。おかしい。……と、あそこの貴婦人は倒れていますね。大丈夫でしょうか? あ、騎士の方が担架持ってきて運んでいってくださいました。お身体、お大事に。
しかし、この状況は何なのでしょう。もしや、皆様アレルギーでもお持ちでしょうか? はっ! それなら行った先や出会った人が私を見るなり、この人たちと同じような反応していたのは、アレルギー反応が発症したからでしょうか? それなら、説明が付きますよね! この、おかしな人たちの反応を見れば納得です。ふぅ、そっかそっか。いやー、原因が分かって良かったです。私もこれで一つの疑問が解決し安心しました……。あれ? ウサギアレルギーなら、私が原因ですよね? 原因がここにいてはいけませんよね? た、退散するにも……うん。扉が分からないよー。人が集まりすぎて。わぁーい。もー、どうすれば良いかなー? あはははは。
「やだ、短い手足で必死にヴィジョン様の足にしがみついて、全身がプルプル震えているお姿……はぅ……」
「たまに、我らをヴィジョン様の足から覗いて見て来るが、すぐに引っ込んでまたジリジリと我らを見る姿……たまらない!」
「んっもぉ! 可愛すぎ可愛すぎるー! もぉ、言葉にできないくらい可愛いっわ!」
「セバスチャン、私にもウサギが欲しいですわ。早急に手配を」
「はっ、全力でエリザベス様のお眼鏡に叶うウサギを連れて参ります」
「……もぉ、俺。貴族社会無理かもとか考えていたけれど、頑張れる気がする」
「ネガティブ男子、お前いたの……?」
と、お互い思考が全く違う方向で盛り上がっていると本日一番の高らかなラッパの音が広いフロアに響いた。……水色ナルシーと、ヴィリンジ殿下の登場だ。
その登場に、その場にいた貴族はハッと意識が正常に戻り、頭を垂れ手礼をした。付き添いのフィーも先程の人に囲まれやつれていたが、遠い目になっていたのを瞬時に気持ちを切り換え、貴族社会の礼をする。
黒ウサギは、その周囲の切り換えの早さにびっくりしつつも、一気に視線が黒ウサギからずれたことにより、落ち着きを取り戻した。よ、良かったー。あっつあつの視線で死にそうだったよー。
「……ふむ、皆、楽しんでいるようで何よりだ。こちらは隣国の王太子であり、昔は学び舎で生活を共に過ごしたナラルディア・サンバスター殿だ。少しの間だが、一週間程、滞在される予定とのことだ。皆、宜しく頼む」
おぉ! 殿下! 普段は残念な筋肉殿下なのにやはり威厳が凄いです。この国を今は代理とはいえ、支えているだけのことはある人だな、と私も尊敬した。……まぁ、ただ一件。確かに身近に普段から殿下と接している者なら、大丈夫だが……。
うっわぁ、なんか周りの人、すんごい青ざめてない? 殿下が恐れられているっていうのは、噂かと思っていたけれど本当なのね。確かに、私も初めは肉食動物だと勘違いしたぐらいだからなー。皆様もそう感じているのだろう。あら、あそこの貴婦人がお倒れになったわ。そして、再び静かに担架で運ぶ騎士達。な、慣れておりますわね。それにしても、怯えすぎじゃない? 私には理由がはっきりと分からないが……。
だからなのだろう。殿下の周囲は毎日同じ人物しか見たことがない。廊下を歩けばただ礼節をわきまえて道を空けているとかではなく、恐ろしいし、顔をなるべく見られたくない、目を合わせたくないという恐怖から取っている行動なのだろう。
そう、思ったら少し悲しかった。殿下に……、殿下を真の意味で知っている人は少ないのではないか、と。それは気を緩められる人物が少ないということであり、常に気を張っていなければいけないのだろう、と。
そういえば、以前、私と宰相さんと初めて顔合わせしたときに、宰相さんが「珍しいものを見させていただきました。否、変わったというより、本来の殿下に戻ったという感じですかね」みたいなことを言っていた気がする。では、殿下はいつから人々から恐れられる存在になったのだろうか。聞いてみたいけれど、踏み込むのも勇気がいる。
それに、ウサギごときに話してくれるだろうか……。しかし、やはり種族の壁を感じる。私では駄目、だろう。
ここは、殿下になるべく早く、心も許せるようなパートナーができることを祈るしか私にはできない。
「……本当はすっごく優しい人なのに」
それに気付き、本来の殿下を受け止め、信頼できる人が現れると良いな。
少し……ほんの少し寂しいような、悲しいような複雑な気持ちを感じつつ、段がいくつか高い位置で一人、隣国の王太子をもてなし、硬く冷たい表情で上級貴族からの礼の対応する殿下を私は見つめた。
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「おい、まっくろいの今のうちに帰るぞ」
人々が殿下への挨拶をしに行った為、人が一時的にまばらになった。そのときを狙っていたのか、ふと、小声でフィーが私の耳に囁いてきた。え? 私が言うのも何ですが、帰って良いのですか? 私が首を傾げてフィーを見つめた為、言いたいことが分かったらしい。フィーは顔を僅かに歪ませて再び囁いてきた。
「さっきみたいな騒動には、巻き込まれたくないし。元々、お前のお披露目会でもない。体調崩したとか言って帰れば大丈夫だ」
ふむ、そういうものだろうか? しかし、私も先程の地獄はもお、こりごりだ。フィーの提案に私も頷き、前足を伸ばして早く運べと、抱っこをねだった。よし! さっさと帰って人参さんを丸かじりしてダラダラするぜ!
フィーは、「さっきまであんなに萎れていたはずなのに……」とか呟いていたが無視だ、無視。今は早急に私の精神を癒やす必要がある。だから、はよ運べ。そう偉そうにフィーにしていたその時だ。
「?!」
背中が一瞬ゾクッとした。
私は強い何か、悪いものを感じたほうへ振り向いた。しかし、そこにあるのはこれといって目立つものはない。まばらに貴族が散らばっており、壁には男女の人がソファで休む姿があった。しかし、それだけ。私のように異変を感じた人もいない様子。……一体、先程の嫌な感じは何だったのだろうか?
「どうした? 本当に体調が悪いのか?」
どうやら、傍にいたフィーも特に異変を感じてはいない様子だ。それとも、本当に体調を崩したのだろうか? 私も困惑しながら、「なんだか背中がゾクッてしたんだけど……」と、言いつつ、もう一度振り向く。やはり、何もおかしなものとかない。
不思議で、不気味で……私はそのことに凄く恐くなって、フィーを急かした。早く帰りたい。もしかしたら慣れていない場だから、変な気などに触れたのかもしれない。それとも本当に体調崩したのかも。
私は早く帰りたい気もあれど、先程の奇妙なことに後ろ髪を引っ張られる思いで、輝かしい、華やかな舞台を後にした。




