肉食動物と草食動物の出会い
「えっ、……は?」
いつものように目が覚めて、のこのこと穴から外へ出て寝ぼけた目で辺りを見渡して、私は驚愕で声を出そうにも出せず戸惑っていた。それは、誰しもがそうなるだろう。
一夜で森だったところがなくなっていれば。
草木があった跡があるが、それだけ。昨日まで過ごしていた自然豊かで、穏やかな場所は無残にも面影がなくなっていた。
これは現実……? まだ、夢でも見ているとかじゃ……。
そう、現実を受け入れがたくて途方に暮れた。
近所の薄茶の子は? 一番ちっちゃいモノクロ模様の子は? その家族は?
自分が凄い寝ぼけて違うところで寝ていたのかもしれないとか考えたが、恐くてその場から動けなかった。耳も自然と緊張でピクピク動かして立てているが風の音しかしない。
生きているものがいない。まるで、世界で一人ぼっちになったような気分。上で見下ろす太陽がそんな自分をあざけているようだと感じた。
恐い 恐い 恐い
何これ? 何のいたずら? 恐すぎて、不安すぎてどうにかなっちゃいそう!
ギューッと目をつぶって孤独や恐怖に耐えているとふと、後ろで不思議な風を感じた。それと共に生き物の気配も感じた。勢いで後ろを振り向くとー……。
ひぃいぃぃい! 肉食動物?!
大きく、強靱な肉体と更に強さを強調するように焼けた肌。鋭くて、目だけで体が動かなくなってしまう金色の瞳。鬣のような、白く長い髪を後ろに結び、それが風により揺れキラキラと輝いていた。そんな肉食動物、もとい男性は目の前の黒ウサギに、はっと目を僅かに見開き、睨んできた。
「……なぜ、こんな所にウサギが?」
ひぃいぃぃい! こんな所にいてすみませんでしたぁあぁぁあ!
全力で喋られないので、お辞儀……地面に頭突きをしてダッシュでその場から離れようとした。スピードには自信があるのだ。急いで不機嫌そうなこの肉食動物から去れば食べられないだろうと思った。しかし。
「待て」
「?!」
あっさりと捕まりました。片手ですいっと腰から持ち上げられ、金魚すくいのようにすくわれました。で、目の前に首の後ろを持ち上げられ、肉食動物のお顔を見ることになった。
「小さいな。片手で握りつぶしてしまえそうだ」
ひぃいぃぃい! どうか、ご勘弁を!
私より、もっと美味しくて、大きな獣がいますよ! 私なんか美味しくないです! もふもふです! もふもふで肉なんかないです!
そう叫ぶが……もちろん、相手は肉食動物ではなく、人間なので私の叫びは相手に全く伝わっていない。と、いうか僅かにキーキー鳴いてじたばたしているだけで、声は出ていない。
ウサギは大人しい生き物なのだ。声帯は発達していないので声は出ないのです(泣)
「殿下、どうされましたかー?」
ふと、男性の後ろから声を掛けるものがいた。その声の主のほうへ男性も振り向き、相手が分かっていたようで落ち着いて対応した。
「あぁ、転移したら目の前に黒いのが落っこちていてな」
「落っこちてはいないと思いますがね。ほう、黒ウサギですか、珍しい」
「だろ? この穴の近くでちょこんと落っこちていたのだ」
「だから、落っこちていたのではなくて、そこがその子の住み処なのでしょう。……巻き込んでしまいましたか」
どうやら、男性と声を掛けた髪色が紫混じりの黒髪ショートで、これまた黒くかっちりした執事っぽい服を身につけたほっそりとしつつ、身長が高めな彼と親しいらしい。服装やお辞儀などの形はしっかりしているが、なんだか態度が軽い。
この二人は相当、長い付き合いとか、気心が知れている人なんだと思う。
「で、まさかと思いますがその子をどうしようとお考えなのですか? 殿下」
「連れて帰る」
「却下」
「あ? なぜだ?」
「殿下、今現在、屋敷に何匹のペットがいるかご存じですか?」
「…犬が七匹と……馬が五頭と……」
「犬は七匹、馬が十頭、虎が二頭、鷲は二羽、鷹も二羽、記念品で頂いた鹿が一頭、野生で拾った鹿二頭、オウムが一羽、ワニが十匹で計、三十七匹のペットがおります」
「ふむ、少し賑やかになってきたな」
「充分、賑やかです。これ以上無理です。主に私が」
え、世話ってこの執事さんが見ているの? 聞いたところ、最早プチ動物園だし。た、大変だなー。虎とかワニって……食べられないのかしら? まぁ、無事だからこうしているのだろうけれど。
と、他人事のように遠い目でいると、いつの間にか抱かれていた腕が……というか全身がプルプル震えていた。
どうした、どうしたと、上を仰ぐと鋭くもなぜか優しい瞳に感じる……まるで星のような金色の瞳と目が合った。今にも泣きそうな、感極まっているようないろいろ感情を目だけで語っていた。
でも、どうして私を見ているのか分からないので、私は首をかしげて、どうしたの? という感じで見つめ返した。
そして。
「ぐっ!」
男性は呻くと顔を大きな自らの手のひらで覆って、膝をついた。
え、本当にどうしたのよ?! と、オロオロ見つめて短い手でタシタシ、と男性の胸を叩いて大丈夫-? って感じで男性を見た。
「なぁ、アル……」
呼びかけられた、執事さんーーアルさんは冷たい眼差しで男性を見下ろしていた。
「やっぱり、俺には捨て置くなどできない! こいつも連れて行く!」
「却下」
「アルーー貴様」
「大きい図体で悲壮感を出して上目遣いしても、気持ち悪いだけですから止めてください。で、その後に自分の都合の良い返事が聞けなかったからと凶悪な顔で脅さないでください。迷惑です」
……なんだか、このアルという執事さん凄いわ。ほら、凄すぎて彼も黙ってしまったわ。凄いわ。再び遠い目で現実逃避中のウサギ。
男性はふぅ、と一つ溜め息をつくと私を大きくて剣ダコのある手のひらで優しく撫でながら言った。
「……小さい動物がこんな俺に大人しく腕に収まっているなんて初めてなんだ。今までは俺を見て猛ダッシュで逃げるか、暴れまわるか異常な鳴き声を発声されるかのどれかだった。こいつも初めこそ暴れたり、逃げようとしていたが、腕に抱けば逃げず、ましてやつぶらなこの瞳で俺を直接見つめている。もう、そんなことできる小動物に俺は出会えないと思うのだ」
だから、と男性は執事の目を見て真剣に頼み込んだ。そして、執事さんも溜め息をつくと仕方ないなーと言って条件を飲んだらその子を連れて帰ってもいいと告げた。
「条件は今いる動物の中の三種類を森へ放すなりして追い出してください。もう、私は無理です」
じゃなきゃ、私はお暇を頂きますと、にっこり笑顔で言う。
アルさんのギブアップの叫びでした。
それは、そうだよね。三十七匹は辛いわ。主を見ているんだか、動物見ているんだか訳が分かんなくなるだろう。
こうして、男性はオウムと鷹と鹿の計、六匹を森へ帰らせた。現在、三十一匹+一匹で三十二匹。
少しは、アルさんの負担が減ることを祈って、私は男性の家へと向かった。