視察……じゃないですね、これ
ブックマーク2500を突破しておりまして、ありがたいことです。
「では、この辺りから見て回りましょうか」
活気があり賑わっているところより少し離れた道に移動して、アルさんは御者に声を掛けた。そして、馬車が止まったところで私たちにそう、勧めてきた。
さっきから、とっても人の賑やかな声が耳に届く。
うわわわ、人がたくさん居るみたい。なんだか少し、不安になってきた。
そんな、私を殿下は察してくれたようで「大丈夫だ、俺にしっかり捕まっとけ」と、声を掛けてくれた。捕まる場所は殿下の左肩でした。
おぉ、こちらも筋肉がお厚いですね。肩のくせに安定感があります。しがみつきやすいです。
殿下は私ごと、大きい焦げ茶の色をしたマントを羽織り、馬車から降りた。
「気になった場所があれば、声を掛けてくれ」
殿下は私にそう伝え歩き出した。
おぉ! 殿下は身長が高いのでマントで多少、視界が遮られているが結構、見晴らしが良かった。普段は地面に近い世界を見ているものとしては、とても新鮮な光景だ。
中心の道路をまたいで両端にたくさんの店が並び立っていた。どれも綺麗だったり、賑やかだったり、お洒落だったりと見ていて、飽きない。キラキラした世界が広がっていた。
私はあまりの興奮にブーブーと鼻息を鳴らす。他のウサギは知らないが、私は興奮するとこうなる。ブタじゃないですよ? ちゃんとウサギです。きっと、私の鼻はブタ並みに立派なのでしょう。
えぇ、きっとそうです。私の鼻が他よりも発達しているのでしょう。えぇ。どうして、そこが発達したかなんて知りませんが。
決して、太ってそうなっている訳ではないし。もふもふしているだけだし。
そんな、脳内で馬鹿な言い訳を一人でしていると、殿下が立ち止まりました。
見ている方向は……家具屋さん、でしょうか? インテリアが多めの店です。
「クロの寝床を新調しようか」
……私の寝床ですか。新調って、何をどうするんだか。と、疑問に思いつつ、そのまま殿下は家具屋さんに入った。
入店してみれば、家具に使われている新しい木の香りが仄かに鼻をくすぐった。ソファやテーブル。ベッドや椅子など様々なものが、その品をより、見栄え良く見せるために、綺麗に配置されていた。コップや食器棚等、雑貨系のものも置いてあった。
な、何だか高そうな店です……。触らないようにしよう。
「こんにちは、何か捜し物がおありですか?」
殿下のフード下からキョロキョロ、辺りを見渡していると、そんな声がかかってきた。
「ここの店主か、特に決めていないが……寝具辺りを新調しようと思っている」
「寝具系ですか。旦那様ぐらい大きいと……」
「否、俺のではない。コイツのだ」
と、殿下は私が見えるように肩から床へ降ろした。へ、何で降ろすの。えと、挨拶って、声は出してはいけないだろうな。私はただのウサギなんだし。
て、ことで例の首の短さが分かる挨拶をした。こ、こんにちは。店主さん。
「えっ、黒いウサギ……?」
「あぁ、魔物ではない。そこは安心してくれ」
「そ、そうですか……。店に危害とか……」
「大丈夫だ。コイツは大人しいし、ものを大事にするタイプだ」
殿下、ウサギの説明にそれは何というか……貴方が悲しい目で見られるよ? 何、ものを大事にするタイプのウサギって。
ほら、店主の人も眉をハの字に下ろしてるよ。「コイツ、可愛そうな奴だぜ」みたいな雰囲気だよ。残念な筋肉に見られてるよ。あ、今、マント被っているから筋肉分からないか。残念。
てか、ですね、ここの床は明るい色の木のフローリング的な造りで、店内も明るく、商品一つひとつが映えるように工夫された素晴らしい構造をしているのです。はい。もう、床もピカピカと光を反射して更に店内の雰囲気もいいのですよ。はい。
つまり、何が言いたいって……。
「……クロ様、立ちにくそうですね」
床に降ろされた私は、べちゃっと潰れております。えぇ、白い大福が潰れているように、見事にべちゃっと。
別に、好きでそうなる訳ではない。床がツルツルしていて、とても毛で覆われた手を持つものとしては、立つのが辛い場なのです。短い手足がぷるぷると、何とか胴体を支えようにも、じみぃーに手足が広がり結果、べちゃっと潰れる。
ふぬぬぬぬぬ、と踏ん張り、床滑る~と前に進み、そして何度も潰れる有様。
無念である。
そうやって本人は必死に床に張り付いているのに対し、上が騒がしい。デジャヴを感じる。上を見上げれば……また、何なんですか。貴方たちは。
殿下は持病(断定)のうなり声を上げているので、まぁ、いつもどおりだとして。
アルさんは私を見て顔を赤くしつつ、その顔を片手で押さえている。若干涙が浮かんでいるような……。ふむ、体調が優れないようだ。
店主さんは「こりゃあ、また……」とこぼし、私を凝視。顔が赤らんでいらっしゃる。少し、汗も滲んでらっしゃる様だ。ふむ、こちらも体調が優れないようだ。
皆様、風邪ですか?
「確かに……。確かに、魔物なんかではありませんね。こぉんなにも微笑ましい姿を見せてくれるのですから」
「えぇ、そうでしょうとも。本当っっっにクロ様は私達の予想だにしないことをしてくれる」
何やら、店主さんとアルさんが語り出した。私を見て、そんなセリフを言い合うとお互い、顔を向かい合わせて頷き合っている。で、握手しているし。……何を理解し合ったのだろう。私にはその高度なことは理解できなかった。
なんで、アルさんの“予想だにしないことをする”だのの、セリフで頷き合うのだろうか?
そして、そのセリフから私は、知らないうちに何か、やらかしているのでしょうか? それだったら、すみません。ウサギなので諦めてください。
「あ! そうです、お勧めのクッションがございます。最近、入荷したのですが、きっとクロ様にも気に入っていただけると思います!」
いつの間にか元気になり、初めに会ったときよりも気合いが満ちている店主さんは、そう言うや私たちを奥へと招き、クッションで固められた棚のところへ来た。
「ほぅ、この手触り……とても柔らかいな」
「そうなのです! こちらの商品は、羊の毛を利用させていただいているのですが、普通に毛を敷き詰めるではなく、洗い、日干しを繰り返しすることにより、とってもふんわりと柔らかくなる性質を利用しまして、このような仕上がりになった商品でございます。さらに! それだけではありません! なんと! 今だけこちらの商品と共にこちらのー……」
なんだか、店主さんに謎の熱が入り、クッション片手に語ってきますが、つまりは非常に質の良い羊の毛をクッションに使ったことで、肌触りが良い商品だと、自慢しているらしい。
そして、どこかで行われている紹介の仕方をし始めているような……。あら、二十分以内に購入しないと、おまけが付かないのですか。厳しいですね。お疲れなことである。
「クロ様。このクッションどうですか?」
遠い目で私はお疲れを労る念を店主さんに送っていると、アルさんより目の前に、例のクッションが差し出された。
……私の毛が付いても良いのですか? ん? 乗れと? 毛だらけにしてしまっても良いのですか? そうですか、では遠慮無く使い心地を試してみましょう。
て、ふぉおおお……!
結果。私も羊のふんわりとした毛の虜になったため、購入することになりました。また、形をオーダーメイドしてきました。そこのところはどんな形のクッションにするか聞いてないので分かりませんが、殿下と店主さんは真剣に話し合っておりました。できる日が楽しみです。
そんな感じでいろいろな店を覗き、とっても満足です。殿下たちは今回、視察で来たはずですが……主にというか全て、私のお土産を買いに来た感じになってるような……。ちゃんと利益は得られたのでしょうか? もちろん、仕事のね。
「ふぅ、とりあえずこんなもんだな。また後日、城に届くと言うし。クロ、欲しいものがあれば言ってくれ。買いに行くから」
そんな、王子がぽんぽん外に出て良いのでしょうか?
「殿下、そんな頻繁には街に出掛けることはできませんので、商人でもそのときは呼びましょう」
アルさんは、すかさずそんな返しを殿下にした。流石です。
欲しいもの、と言いますが、暫くは何も必要ではないと思われる。理由は、行く先々でいろいろなものをいただいたからだ。
私たちを見るや皆さん、我も我もとサービス心を発揮していた。素晴らしい商売魂である。
花屋に行けば、可愛らしい花を束にしていただいた。商店街的なところに行けば、大量の野菜や果物をいただいた。それは、郵送してくれるとのことだった。有り難い。ま、私が持つわけではないが。後は雑貨屋に寄れば、ウサギをモチーフにした雑貨類をいただいた。可愛いです。しかし、レターセットは私は使えませんが。これは、嫌がらせかしら?
そうして、ものを私にくれると共に、その代金の代わりというように、皆が最初は魔物? と疑っていたが誤解が解けるや、もふられた。あっちこちをもふもふされた。いやん(笑)
はぅ、尻尾は駄目ー! 首したの皮、揉まないで。それ、胸と同じだから!
おふっ、不意打ちの気持ちいい、なでなで! うっとり~と、思ったら殿下が紛れて撫でてきました。……何、女の子に紛れているのですか。
ふぅ、そんな馬鹿な方もおりましたが、おかしなことに気付いた。殿下はいつもどおりだとして。なんだか、皆さん私を見ると顔が赤くなるやら、涙目で見つめてきたりするのです。あらまー、デジャヴを感じますー。ここでも風邪が流行っているのかしら?
相変わらず、ド天然を最大に発揮する黒ウサギさんでした。
そんな、もふられた……ではなく、視察の一日があっという間に終わった。夕食の時間に間に合うように帰宅しようと、アルさんが誘導し、馬車のある方へ向かって歩いていた。
「っ! ~~!」
と、私の耳が何か、不穏な音を捕らえた。
耳を立て、注意深く耳を澄まし、怪しい音のあり所を探った。
「? クロ?」
「……殿下、何やらあそこの道の奥から誰かが襲われているようです」
「! あそこの道、だな」
殿下の肩に乗せられた状態で、怪しい音のしたほうへと行ってもらう。……あれ? 人の幼い声と、これは……。
私はその襲われている方に聞き覚えがあるような気がした。けれど、まさか、あの子たちの声に聞こえるようだけれど……いや、そんなまさか。
だってあの子たちは、あの場所でー……。
その、声を聞くたびに胸が嫌な音を立て、心臓の脈が速くなる。吐き気まで出て来るぐらい、緊張する。殿下を案内した先は路地裏。
そして、そこで見たのは、
「モノクロの子ーっ!」
あの日、別れ、一生会えない子だと思った仲間の一匹……モノクロが人の子に投げ飛ばされている瞬間だった。