レディの嗜みはウサギでも通用ですか
女なら可愛く、ウサギならもっと可愛く。
「あの、殿下……本当にすみませんでした。その、訓練場……」
「気にすることない。むしろ俺の方がすまない。クロを傷付けることを団長にお願いしてしまった」
大丈夫だよ? なんか、私は治癒能力もあるらしく、傷はみるみる回復していっている。
「いくら、治癒力が高くとも油断するな。お前は女なんだから、体を大事にしろ。それに体だけではない。お前の心にも嫌な傷をつけてしまった。……すまない」
もぅ、最近の殿下は何よぅ…。
私は自分が照れていることに恥ずかしく、信じたくなくて誤魔化すように、殿下の胸へ腹パンしている。……端から見たらただ、お腹をタシタシ叩いているようにしか見えないだろうが。
今、目の前では着々と工事の方々が訓練場を修復していってくれています。
本当に申し訳ない。
「殿下」
「アルか。すまない、クロ。これからまた出掛けなくてはならない」
あら、また出張に行かれるのですか。少し、寂しいですが仕方ないですね。
「いってらっしゃい……」
おっと、落ち込んだ声がそのまま出てしまった。いつも声など出ないので、気を遣わず、素直に心で呟いていたが、今は翻訳器がある。優秀なこの翻訳器は私の感情も読み取り、普通に会話しているように声に強弱がつく。
「クロ? もしや……寂しいのか?」
「! そ、そんなんじゃないもん! ほら! お仕事、頑張ってきてね!」
は、恥ずかしいぃぃ! 違うもん。違うもん。そんなんじゃないわ。ただ、行っちゃうんだなって、思っただけで…。あれ? なんか、変わらない?
殿下に顔が見られないように(特に獣なので表情は分からない)、殿下の膝の上で後ろを向き、顔を洗う仕草で落ち着こうとしたが、心の中で墓穴を掘っているような気がする。
「これから、街の治安状況を視察するだけだから、一緒に来るか?」
へ?
ま……。
「街……! 行っても良いんですか?!」
「あぁ、問題ない。俺達も適当な店に入って様子を見に行くだけだからな。何なら一緒に買い物とかするか?」
か……。
「買い物……! 行きたいですー!」
と、いうわけで殿下とアルさんと一緒にお出掛けすることになりました。やったー、今まで森と城しか知らないから、最近、マーラさんがやってくれている読み聞かせで出て来た、“街”というものが気になっていた。
いろんなものが売っていて、欲しいものが揃っているという。素敵です!
さあ、行くか、と殿下に定位置の腕に挟まれて立ち上がったところで、マーラさんの「お待ちください!」という、声がかかった。
え、何? もしや行っちゃ駄目でしたか?!
「クロ様をおめかししないといけません」
……お、おめかし?
「やっとクロ様をおめかし出来る機会が来ました。レディの嗜みです。さぁ、クロ様、支度しますよ」
殿下の腕からむぎゅーと、引っ張られてマーラさんに抱っこされ、城へ戻りました。
レディの嗜み……ウサギでも通用なのですか。
でも、おめかしってどんな感じかな、と少し楽しみでもあった黒ウサギでした。
まぁ、ウサギなので服は着ません。ブラシで念入りに梳かし、香水を一かけ。中心から黄色から白へ色がグラデーションになっている花をあしらった、小さいアーチ状のアクセサリーを耳を通して被せられた。
「後はこれ!ふふっ、良かったですわ。こんな日も来るだろうと作っておいて」
と、マーラさん手作り。私サイズのクリーム色のリュックを短い前足を通して、背負わせてくれました。
おぉ、ピッタリです。キツすぎず、緩すぎず良い感じのフィット感。しかも、遊び心が出ており、リュックの中心には黒ウサギが刺繡されておりました。これは…私ですね。凄いなぁ、マーラさん。私のためにこんなに素敵なものを作ってくれるなんて!
「さぁ、お待たせしました。鏡でご確認くださいませ」
わっ! 一気に華やかになってる!
ただの黒い物体だったのが明るめの色を身に着けたことにより、その辺のホコリから花瓶に生けられた花くらいにバージョンアップした私がいました。え? たとえが凄いって? そのくらい、衝撃を受けたってことです。えぇ、これは私ではないかもしれません。
確認がてら、鏡にソローと近付き、首を伸ばして鼻先で鏡に映る自分とくっつけ合い、ふがふがしてみますが、やはりこれは自分ですね。ほら、前足上げてバンザーイしても同じ動きをしてますし。
「やだっ! もぉ~、クロ様可愛すぎます。その動き!」
マーラさんより後ろからぎゅーとハグされました。
うぉう。マーラさんもご満足のようで良かったです。
「…………」
「殿下、そんな大きな図体で悶えないでください。ものすごく気持ち悪いです」
「……お前は! あの可愛らしいクロを見てもなんとも思わないのか!」
「思う前に殿下が気色悪い、激しい動きをするので、それどころではなくなり、萎えるんです。殿下は……本当にクロ様のことになると情けないですね」
「……お前、本当に本人を前にして、そんなことを言うとは鬼畜だな。俺はお前が恐ろしい」
「私は普段、冷徹な鬼人と呼ばれる貴方が、クロ様を目の前に崩れる姿を毎日、目の前で見てしまい、恐ろしいです」
そんな、片方はきゃっ、きゃっ、と花が飛ぶ雰囲気とお互いに恐ろしいと言いつつ、明らかに執事の方が黒い雰囲気を出している光景を、柱の陰に隠れて様子を見に来た団長は爆笑。魔道士は呆れ顔。護衛達はそんな殿下を目にするのは慣れておらず困り顔で、見守っていた。
今回、馬車で行くとのことで、殿下の腕に挟まれて移動していると、後ろから凄い息切れしてこちらに向かう音が聞こえた。
「殿下、何か後ろからこちらに向かってくる音が聞こえますよ」
そう、殿下に伝えると殿下も疑問を顔に浮かべ、後ろを振り向く。少したって姿が見えてきた。僅かに「クロ様~」と呼んでいる声も聞こえた。
「私に用があるみたいですね。でも、あの方は誰でしょう?」
「ふむ、料理長だな。クロに用ってことは何か作ってきてくれたのかもな」
へ? 私に?
と、私も疑問を感じ首を傾げていると料理長はよっぽど急いで追い掛けてくれたらしく、汗をかき、ぜーはーと、息切れもしている。お疲れ様です。
恰幅がいいこともあって息切れが激しいのだろう。お腹も立派なものである。料理長というだけあり、帽子は長い。キッチンでのランクは帽子の長さで決まる。帽子が長ければ長いほど、その人の実力を示しているという。
汗を拭い、髪と同じ色の茶色い髭を整えながら私と殿下に呼びかけてすみません、と謝罪してきた。
「どうした? 何かクロに用があるらしいが」
「えぇ、そんです。クロ様が本日初めてのお出掛けとお窺いしましたので少し、小腹が空いた時用におやつを作って参りました」
「それは、苦労をかけたな。感謝する」
「いえいえ! とんでもないっ! 私が、勝手にやったことですから。……クロ様、どうぞ。ほんの少しですが、クッキーを作りました」
わっ! ウサギ用のウサギ型クッキー! 可愛いっ!
小さめの包みにウサギ型のクッキーが顔を覗かせた。焼きたてらしくいい匂いがする。美味しそうです。
「いつも、私のご飯は料理長が作っていると聞きました。美味しいご飯を用意してくれてありがとうございます」
「! いえいえ! 黒き癒やしの聖獣様にそのような有り難い言葉をいただけるとは! っうう゛、嬉しいですっ!」
感極まった様子で涙声になりながらも、お礼のお言葉をいただきました。そうか、料理長も黒き癒やしの聖獣の噂を知っているのね。そうよね、王族の料理を用意するぐらいだし。
その、優しげなおじさま料理長が私のために作ってくれたクッキーは早速、マーラさん手作りのリュックの中に、アルさんに手伝ってもらって、入れてもらった。
馬車の前にたどり着き皆に見送って貰いながら、私は殿下の膝の上にお座りして、アルさんは殿下の左斜めに座り、御者の方に馬の手綱を任せ、出発した。
さあ! やっと街へ行けるわ! マーラさんに読んでもらった本によれば何でも揃っているし、賑やかなんだって。もぉ、それを聞いたら楽しみで仕方ない。私はご機嫌で、殿下の膝を落ち着き無く、ぐるぐる回る。
「こら、酔うぞ」
と、はしゃぎすぎました。筋肉に囲まれる刑になってしまいました。うぐぅ。
「クロはあまり自分の所有物がないな。この機会にいろいろ揃えよう。何か欲しい物はあるか?」
「今のところ、街に何があるのか知らないので、とりあえず街がどんな場所か見てみたいです」
「なるほど、では、途中から馬車から降りて散策を少ししましょうか」
そんなアルさんの提案にお願いします、と頼む。うっふふ! 楽しみです。
こうして、黒ウサギは穏やかに進む馬車の中で久しぶりのわくわくとご機嫌に街へ向かいました。