魔法の覚醒
ブックマーク2000突破!
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「クロ様、本日も美味しくて大きい人参ですよ」
目の前にあの、人参さんがいらっしゃった。私はそれをマーラさんの手ずから、無心でボリボリ食べる。
「……無心な状態でも食欲はあるんだな」
ぽつりとそう呟いたのは、なぜか殿下の私室の椅子に背もたれを前にして、チャラく座っているチンピラ君。……暇なのか?
私はあの日から何もやる気が起きなくて、衣装タンスの隙間に頭を突っ込む日々を過ごしている。マーラさんのクッション(笑)の次に好きな場所である。……因みに一番好きなところは宰相様の抱っこである。彼もなかなか忙しい人なので、翻訳器の件で抱っこしてくれたあの時、以来である。
殿下? 殿下は論外である。抱っこじゃないもん。挟まれているだけだし。プレスだよ、あれ。筋肉と筋肉のプレス、あかん。……まぁ、なでなでは好きだけれど。あの、力加減が絶妙でうっとりしてしまう。だからって、何も無いけれど!
と、廊下から凄い勢いで誰かの足音がこちらに向かっている音を捕らえた。
殿下はアルさん連れて、再び出張しているからいないし。チンピラ君とマーラさんと私の騎士達はここにいるし、宰相様がこんな荒い歩き方するわけないから論外だし。では、後残りは……。
バッァアアン!
「いつまで、ケツを出して落ち込んでいるつもりだ。それじゃあ、癒やしの聖獣の名も廃るってもんよ!」
あっつ苦しい、騎士団長様がそんなあっつ苦しいセリフと共に扉を殴り倒して現れました。
……扉、直してね? ここ、殿下の部屋と共に私の部屋でもあるからね。
そう、黒ウサギはずっと殿下の私室で日常を過ごしているのだが…それはまた別の話。
てか、その扉そんな簡単に倒れるものだっけ? 厚さ薄かったかしら? ……否、厚いわ。リンゴ一個分の厚さはあるわ。
そんな、扉の厚さを遠い目で確認していると、脇腹をガシッと、片手で団長さんに摑まれた。ふわわわわ、いきなり持ち上げないで~。浮遊感が凄いから!
「よぉーし! 今日は特訓するぞ、チビクロよ」
そう言うやいなや、ある方向……騎士団の訓練場へ向かう団長さん。
「な、何でですか?! いきなり訓練って、私はただのウサギですよ!」
「普通って……儂も申したし、リンディ殿の魔力想定でも結果は知っているであろう? お主の魔力は力が溢れておる! 訓練していざっ! 出陣するぞよ」
「しゅ、出陣って、どこの…って、はわっー?! もぅ! 曲がるときに急カーブしないでください!」
「こんな、移動ぐらいで何を喚いておる。ほら、着いたぞ」
はやっ?! それに、移動くらいって言うけれど、貴方の持ち運び方はアトラクションなんですー! どこの誰があんな曲がり角では、急カーブ。まっすぐな廊下で首が反るぐらいのスピードでダッシュ。階段などは使わず、バンジー。
大きな体に対し機敏すぎる動きだわ……。
そんな、団長さんの手の中で脱力している私を訓練場の地面に落とす。
べちゃっと、潰れた形で着地した。
「うぅ、は、激しいよぉ」
「伸びている場合ではないぞ、チビクロ。早速手合わせと行くぞ」
は……。
「はぁああぁあぁあ?!」
「む、どうした?」
どうした、じゃないよ! 私、闘ったことないって! そんな、レベル1の勇者がラスボスにいきなり戦いを挑むくらいには無謀だよ!
そんな、私の反応も無視して、団長さんは既に訓練している部員の輪の中心に立ち、私を呼びかける。
ひ、ひぇええぇえぇええ。な、何の罰ゲームですか?!
そんな、及び腰を発揮してぷるぷる震えるウサギに部員の方々は場違いながら、キュンと来ていた。綿毛が潤んだ瞳で震えて、助けを求めていると。騎士の方々はそんな私に救いの手を差し伸べたかったが、相手は団長。関わると面倒くさいうえに、恐いことが起こるので遠巻きでときめいているだけだった。
「チビクロがこないなら、儂から行くぞ」
と、言って凄い勢いで、団長さんの大きさに合わせた大きな剣が迫ってきた。それを急いで避けるも次には横から剣が襲ってきた。
ひぃぇええぇえぇええ?!
私はそれに対しても、半泣きで避ける。しかし、目の前に足が来たと思ったら蹴られた。軽い身のウサギはヒューンと吹き飛んで地面に激突。
「ぶふっぅ!」
「たるんでおるぞ! ほら、もう一度行くぞ!」
ぅ、ふえぇええ……。背中から着地しちゃって痛いよぉ……。恐いよっ! もう、なんでこんなことに?! 動物愛護団体に訴えてやるんだからぁあぁああ!
「うし、次はこうだ!」
「むきゅ?!」
今度は張り倒された。本当に、なんでこんなことに?!
団長さんがなぜ、私をここに連れてきて、こんなことをしてくるのか分からない。チビだから? 黒いから? いや、そんなんじゃない。さっき、何、落ち込んでんだって、言ってた。だから…これは、団長さんなりの励ましなのかも。
と、今度は炎まとわせた剣を振り落とそうとしてきた。もう…ま、負けないんだからぁ! でも、恐い! 思わず目をぎゅっと瞑る。
「っと、防御膜に相手の力を撥ね返す魔法を取り込むとは……やりおるの!」
「へ?」
確かに、ソローと薄めで確認するといつの間にか私の周りには薄い膜が張ってあった。それにより再び迫ってきた剣から守られているようだ。
な、なにこれ?! 私がやったの? いつの間に?!
どうやら、無意識に私は魔法を使ったようだ。気を緩めるとその防御魔法は消えてしまった。その隙を狙い、迫る団長さん。
ふぇ?! こ、来ないでよー!
「防御魔法だけでは相手は倒せん! さぁ! こぉいっ!」
貴方が来ているじゃないですかー!
何とか、再び防御を張る。今度は連続技を披露して休まず責めてくる。
「守ってばっかか? あぁ? お前はそれしかできない、役立たずなウサギだ。なぜ、そんなお前が魔力など持っている!」
「し、しらな……」
「自分の身だけしか考えられないから、仲間はやられたんだ!」
「!」
そ、そんなこと。
「ち、違っ……」
「いーや! お前はそうなんだろう? 自分が可愛くて仕方ない。自分だけが助かれば良い。本当は仲間のことなんてどうでも良いのだろう?」
「本当に違っ」
「……かっわいそうだのぉ。どうせ、そんなお前と仲良くしていた仲間なんていうのも、結局は自分のことしか考えられない屑だったんじゃないか?」
それに私はぴくっと耳を立て、身動きを止める。団長さんも剣の動きを止め、私を通して……仲間を罵りだした。
「生き物は皆そうだ。自分のことしか考えられない。醜いものだ。お前らみたいなちっちぇー奴は特にだ。陰でコソコソして悪口を言う。一人だと臆病だが仲間がいれば態度が大きくなる。お前らの仲間もそうだったのだろう? 獣で既に見苦しいのに、さらに見苦しい」
「黙れ」
ドクンと体が波打つ。
「いーや、黙らんね。お前らの方が口を慎め。汚くて醜い卑しい獣。そんな奴が森と一緒に減ったなんて良かったよ。あんな獣が傍にいると考えるだけでうんざりだ」
「黙れ」
体の熱が上がった気がした。
「お前だって生き延びて嬉しいだろう? あぁ、でもお前らは臆病な生き物だったな。お仲間がいないとちっちぇー生き物。もしかしたら、あいつらもお前と同じで生きてるかもな? 自分だけが助かれば良いって、お前を置いてどこかへ逃げていったかもな? 皮肉なものだなぁ!」
「黙れと言ってるでしょっっっ!」
熱が体中を巡り溢れる。
私はそう叫ぶと同時にドォオオオンという音が鳴り響いた。周囲は、砂埃が渦を巻いて激しく舞い上がっていた。
「醜い獣? 臆病な生き物? 私のことなんてどうでもいいわ。自分でも何も出来ない屑野郎って、思っているから。……だけど! 仲間のことを悪口言う奴は私は許さない! 皆はとっっても可愛い子たちよ! お互いに力がないからこそ、支え合おうと寄り添える優しい子たちよ! むしろ、人間の方が醜いじゃないか。私たちをそういう目でしか見られない。私たちは確かに獣。しかし、その獣にも心があることを何も知らないし、知ろうとしないじゃない!」
仲間を悪くいうのは許せない。本当に何も知らないくせに。勝手に妄想を広げて、勝手に都合のいいように悪に私たちを見立てて。
「…ふぅ、やっと言えたな」
「……へ?」
砂埃が落ち着いた頃、目の前に殿下が現れた。なぜ? 今ここに…。それにそれはどういうこと?
訳が分からず、殿下を見上げる。そんな呆けた私の姿に殿下はいつもの無表情を緩め、しかし、少し泣きそうな顔で私に微笑んだ。
「悪いな、先程、団長が言っていた言葉は嘘だ。そんなこと、城に今いる者は誰も思ってはいない。……だが、クロがあまりにも何も口にしないのが俺には不安だった。むしろ、喚いて俺に当たるぐらいが安心するのに。まぁ、落ち込みはするがな」
「で、殿下……?」
「なぁ、クロ。俺はお前が好ましいと思う」
……は?! 何、急に?!
「ウサギだから完璧にお前の顔を見て気持ちをくむことはできないが、怯えながらも前に進み、相手から貰った好意をちゃんと返そうとする姿勢も愛らしい。この城の雰囲気もクロのおかげで皆が生き生きしている。クロの姿を見ると皆、嬉しそうに笑っている。だから……お前も笑って欲しいんだ」
殿下は私の前に跪き、あの、夜空に浮かぶ星の輝きのような瞳に私を映し見つめてきた。
私にも笑って欲しい。ウサギだから表情を浮かばせることはできないが、確かに周囲の皆は私の様子によって笑ったり、時には驚かせたりといつもいる場所は楽しかった。しかし、あの日の話を聞いてから私はずっと落ち込み、皆はどうにか励まそうと気を遣ってくれていた。
私……周りが見えていなかった。
マーラさんから好物の人参さんをいただいたり、くだらない話をしながら、様子を見に来てくれていたチンピラ君。
護衛をしている二人も周囲を警戒しつつ心配の表情を浮かべ見ていたことや、宰相様と殿下とで休憩といって私の様子をお茶を楽しんでいるふりしつつ、見守っていたこと。
アルさんも私に、せめて眠るときは癒やされるよう、籠の中のクッションを整えてくれたり、部屋の模様替えをしたり、私が寝ているとき、朝早く花を花瓶に生けてくれていたこと。
他にも、食事で廊下を歩いているとき、すれ違った人達になでて励まして貰った。
「クロ、お前は一人ではないのだ」
そう言って、手を差し伸べてくる殿下。大きくて剣ダこのある男性らしい手。
「私たちもお前の力になろう。だから、一人で抱え込むな」
あの日から、私は一人ぼっちになってしまったと思った。
でも、もう既に私の周りにはたくさんの仲間がいた。
あぁ、もう。私は一人ではない、こんなにも私を想っていてくれる人がたくさんいるわ。
「……でんか」
翻訳器から私の気持ちを読み取り、半泣きな声が漏れる。
「ごめんなさーいっ!」
もう、私も皆が大好きだよっ!
その想いを込めて、殿下に飛びついた。殿下は一瞬驚きつつも、優しく抱き留めてくれた。
「……あのー、いい雰囲気の時に悪いが」
「ん? あぁ、団長、邪魔しているぞ」
「そんなボケた挨拶はいらん。いやぁ、チビクロの魔力が凄いのは知っていたが侮ってしまった。すまぬのぉ」
あ、団長さん。先程まで闘っていた相手なのに忘れていたわ。私もすみません。
「儂がさっき言っていた先程の言葉についてもだが、お主を煽りすぎてしまった」
いえいえ、私もつい、熱くなっちゃてーー、へ? 煽りすぎた?
「……あぁ、これは俺が頼んでやってくれたことだから大丈夫だ。すぐに工事の者を入れる」
は? 工事?
と、辺りを見渡すとー……。
「っ、?! な、何これ?!」
騎士団の訓練場が地面は爪傷の後みたいにえぐられ、訓練場を囲っていた木々は木っ端微塵になっていた。周囲にいた騎士達も数人倒れて……カオスな場になっている。
さっきの体が脈打っていたり、熱が巡っていたのは私の魔力だったの?!
どうやら、私、攻撃魔法をやらかしたみたいです。盛大に。