この時を待っていた
〈アル〉「殿下-。知ってます?あるところの小説で全く終わってないのに完結。と言う表示があって、国民をパニックに陥れた人がいるらしいですよ」
〈殿下〉「それは質が悪いな。けしからん」
〈アル〉「まぁ、すぐにその作者も悪気はなかったらしく伝言板に間違えですって送って、ミスしたところも直して、無事、事なきを得たらしいですけど」
〈殿下〉「ほう、そうか。それは良かったな」
〈アル〉「で、その小説のミスは殿下の所為らしいですよ」
〈殿下〉「ほう。………は?」
〈アル〉「伝言板に書いてあるそうです。このミスは殿下の所為ですって。殿下、あまり、恨み言買わない方が良いですよ?あー、恐い、恐い」
〈殿下〉「探せぃ!この世のありとあらゆる所を探し、作者を見つけ出せ!」
〈アル〉「…殿下、最近海賊のお話、読んだでしょう?」
さて、……皆さん。やっとですよ。ふふ、フフフフフ。フーはっはっはっ!
「何やら、クロ様が非常にご機嫌が良いですね……」
「あら、まだアル様は聞いておられませんでしたか。クロ様の翻訳器が本日、届くというのです」
そう! そうなのです-! やっと…この日を待ちわびていたぞ!さぁ、いつでもやってこい! 翻訳器さん!
テンションが上がりすぎて変なことを発言する黒ウサギさんでした。
ふぅ、失礼しました。しかし、私だけでなく、皆が私の翻訳器が届くのを今か今かと、楽しみにしているようだ。あの、翻訳器を頼んでから一週間がたっていた。え? そんなに早くに出来るもの? と、思ったらどうやら、前回、殿下が脅して頼んだ馬用の翻訳器を利用して造ったとのこと。なので、それ程手間はかからなかったとのことだ。
いや、普通の人であれば一週間でできる品物ではないらしい。最低でも半年位はかかるのではないか、くらいだという。
流石、天才少年ですね。私のためにその天才の結晶を作ってくださるなんて、有り難く使わせていただきますとも。えぇ。
「失礼します、殿下。魔道士の者が来ました」
! わーい! 翻訳器さん! 来ましたわね! さぁ、さぁ、遠慮なさらずに来てください。
「……よし、クロ、お前はこっちだ」
と、殿下はソファにいた私を抱えて執務室の机の上へ。……なぜに?
「失礼します。……えぇと、そこの、じゃない。そちらにいらっしゃる、まっ……黒き聖獣様に頼まれていたものをお持ちした為、参りました」
チンピラ君や、君、王宮の丁寧な言葉に慣れていないのですね。いや、前にもうっすら、もしかしたら苦手なのかなーとは思ったけれどね。頑張っているなと、思った。ま、この殿下なら大丈夫でしょう。多少言葉が崩れた程度、気にしないと思う。
「魔道士殿、話しやすい口調で構わない。特に正式の場ではないからな。今回はクロのために時間を割いてくれたことを感謝している」
……気にしないどころか、相手を気遣う対応だと? そういえば、残念筋肉しか最近見ていなかったので、忘れていたが、ちょこちょこ、こんな優しい場面もあった。
「……では、お言葉に甘えて。んじゃあ、早速だが、こいつをそこの真っ黒いのの首に付けたいんだが、良いっすか?」
砕けすぎでしょ-! まぁ、このチンピラ君にはこちらの言葉の方が合ってるとは思うが。もお、ツッコまない。
それより! 翻訳器さんが今! 目の前に!
翻訳器はとてもコンパクトであった。一口チョコ程度の大きさしかなかった。え? こんなので本当に上手くいくの? 少し、不安になった。いやいや! でも、ここは王宮御用達の魔道士! 大丈夫だろう。
「首にこれをあてがって、頭で念じれば言葉になる。だが、その前にこの装置にこの真っ黒いのの血が必要なんだ。…おい、少し、血を貰うぞ」
と、チンピラ君は私とか殿下とか周りが何かを言う前にさっと細い針で刺し、それに付着した血を小さい装置に垂らした。……すごっ、痛みとか感じなかったわ。この人、針仕事もできそうだわ。素晴らしい。とある世界のとある施設で行う、お医者様がこんな腕のいい人だと世の中、あんな大声で泣く人やトラウマになる人が減るのにね。
まあ、それはさておき……血を含んだその装置は一瞬、青い光を発光させた後、また元の小さい装置に戻った。それを確認したチンピラ君は、一つ頷き、私の首に巻いてきた。
まるで首輪です。さて、皆様も期待の目で私をキラキラ見ているわけですし、期待に応えてあげなければな。ふっ。では……。
「クロ、俺を見ろ」
来るとは思いましたよ。はい、で?
「……そ、そのだな、お、俺を……呼んで、みてくれ」
また、乙女が出たよ、この人。だから、大きな図体でそんなチラチラ、私を横目で見てきても冷たい目しか返せないからな。
「……クロ、呼んでくれ」
他の方も、早く呼んでやれや、とか、苦笑を浮かべる者などで、ある意味期待された眼差しで私を見てきた。
へーい、では、皆様の期待に応えて呼びましょうか。
そして、頭で浮かべる。私が伝える言葉を。それと共に、首にある装置も淡く七色に輝いた。
そしてー……。
「筋肉殿下、面倒くさい」
おっと、一言余計なことまで念じてしまいましたね。申し訳ない。
しかし、そう、私が言葉にするとそれぞれが、いろいろな反応をしていた。
マーラさんは母の面差しで、感動している様子。まるで、娘が初めて言葉を発した母親の反応のようだ。
アルさんは、おや? とした顔。なんか、聞いたことある言葉だなー、と一瞬考えた後。あ、自分が言った言葉だと思い出したようで、手でポンッと叩いて閃いた! という行動をしていた。
チンピラ君は、よし! 無事動いたぜ! と、装置の出来に満足したようで、ドヤ顔だ。
で、いつの間にか様子を見に来たようで宰相様と団長様が扉の所にいた。
宰相様が扉の前で、純粋に驚いているようで、今の、クロ様が? と呟いていた。
団長様は扉にしがみついて………爆笑してんな。あれは。思いっきり、声を出さぬよう口を片手で覆い、肩をプルプル震わせて耐えていたが……ぶぅあっはっはっはっ!!! と盛大に噴き出して爆笑。
で、肝心のリクエストを出した殿下はというと、目が点。
お? 大丈夫か? 息してる? 目を限界まで見開き、私を凝視。……流石に、筋肉殿下はショックだったかしら? 否、普通はそうよね。自分のこと呼んでみて、と言ったら、筋肉殿下って(笑)
「か」
ん? か?
「……かっわいい、声だすんだな」
…………え? そこ?
何を言ったかよりもそこ? この人、自分の都合が悪いことは聞き流しが可能、とかいう能力でも持っているのかしら?
そして、私は殿下にぎゅーーとされた。
思いが溢れたようだ。……もう、好きにしてくれ。
さりげなくお尻辺りの毛をなでなでしてきた手を器用に体を捻って、足で殿下のお尻を触っていた手を踏んづけてやった。
「さて、クロよ。これから重要な話をする。お前には酷だと思うが……」
少し、私をもふった後、殿下が唐突に私にそう声を掛けた。
「お前が話せるようになるまで、俺は待っていたのだ。本当はすぐにお前に話さなければいけないだろうが、あの時は我々も、情報が足りなすぎて伝えることもできなかったのだ」
「もしかして……」
殿下は待っていたという。私とちゃんと話せる時になってから、この話を伝えることに。ちゃんと、私と向き合おうとしてくれたと。
「そうだ、お前の予想通りであり、お前も気になっていただろう」
そうして、殿下は下にしていた視線を、顔を私の方へ向けた。そこに押し殺した感情があった。私も……いつまでも逃げてばかりはいられないってことだろう。殿下も心を決めてくれたのだ。私もちゃんと……。
「森の件についてだ」
向き合わなくちゃ、いけない。