もふもふで交渉
ブックマーク800超え!感想、ありがとうございます!
感想にある、リクエストにも応えようと思います。
「では、殿下。少し、クロ様をお借りしますね」
「くっ、やはりここは予定を変更して……」
「いい加減にしてください、殿下。今日は重要な会合なんですから、予定は変更できません」
「殿下、クロ様に仕事が出来るお姿をお見せくださいませ」
「よし、本日の会合は東領土の土砂災害についてだな。行くぞっ! アル」
「はぁ……最近、殿下が面倒くさい」
本日は、先日話していた私の翻訳機について訪問する日だ。しかし、殿下はどうしても外せない仕事があるということで、私の翻訳機訪問に同行することができなくなった。
殿下とアルさんは仕事へ出張。私と宰相様、マーラさんが魔道具を造る人の所へ訪問する。
しかし、それぞれが行く直前になって殿下がごねた。子どもか。前にも同じツッコミをしたぞ。じじぃの集まりなんか行きたくない! と、私をぎゅーと抱きしめて離さない、面倒くさい殿下が先程までいた。
何とか、アルさんや宰相様から励まされたりして渋々、私を離すもこの有様。予定変更とか……。早く、土砂災害をなんとかしてやれ。
で、結局、マーラさんの一言で切り替えが出来た様子だ。流石です、マーラさん。
そしてアルさん、本音だしまくりです。私は最近、貴方のクビが心配です。
そうしてやっと、それぞれの目的の場所へと動き出した。ふぅ、朝から筋肉にぎゅーとされて苦しかった。まぁ、加減は勿論してくれているが。そうじゃないと、今頃、筋肉の圧迫で窒息していたわ。そろそろ、筋肉が夢に出て来そうな予感がする……。
是非、そんな日は来ないことを祈ろう。
そんな怒濤な朝のことを思い出し、筋肉じゃなくて、人参に埋もれる夢が出ますようにと祈りながら、私は宰相様の腕で疲れを癒やしていた。
宰相様に抱っこされるのは初めてだ。宰相様も「動物を抱っこするのは初めてですね……」とか、言っていたが、安定している。思わず居眠りするぐらいには安定している。マーラさんと違い、クッション(笑)はないが、落ち着いた心音と強くもなく、弱くもない良い感じの腕の圧迫感。
うぉお、もう、これ癖になりそう。睡魔がすご、くぅ……。
結局うつら、うつら舟をこぎながら移動した。あー、安定してるわー。
「おや、クロ様? ……ふふっ、お疲れ様です」
「あら、ふふっ。凄く安心しきってますね」
「これでは確かに、皆がクロ様のことを知らなくても、見るだけで癒やされますね。癒やしの聖獣と呼ばれるわけです」
「本当に。クロ様がいらっしゃってから随分と城の雰囲気が良くなりました。本当に、ありがたいことです」
そんな、二人に暖かい眼差しで見られているとはつゆ知らず、たまに寝言の「ぶふん」とか「すんすん」だとか鼻を鳴らして、呑気に居眠りをする黒ウサギ。
コンコン、という扉を叩く音で耳が反射的に立ち、目を覚ます。
ふぅわぁあ~、いつの間にか少し、寝てしまったようだ。気付けば、例の魔道具を造るお方の部屋へ到着していた。
あ、そういえば、今回どんな人間か聞いてなかったわ。まぁ、今までの流れ的に、恐い人には会っていないから大丈夫だと思うけど……。
扉を叩くと本人の返事が少し待っても来ないので、宰相様が「失礼します」と部屋へ入る。え? 勝手に入って良いの?
「リンディ殿、失礼しますよ」
「あ? と……エリク様でしたか。すみません。気付かずに……」
「いえいえ、本日も昨日帰ってきたばかりというのに、ご熱心に研究されて、お疲れ様です」
魔道具を造るお方は少年でした。十二歳くらいかな? こんなに若いのにもう、王宮で働いているのは優秀な人物ということだろう。なるほど、研究に夢中になりすぎて気付かないときもあると知っているから、勝手に入っても大丈夫なのか。
でも、なんか。この方……チンピラな雰囲気で恐いのですが。ほら、赤い髪がツンツンしてるし。目は淡い紫で澄んでいるが、目の周りの隈が濃い。すんごい濃い。何日寝ていないの? てか、よく仕事できるね! 成長に響くよ? ほら、まだ身長だって伸び途中なんだし。また、さらにくたびれたその黒いマントが恐さを引き立てている。
まさかのここに来て、苦手そうな部類の人に会うとか……。こ、恐いよー。ひぃ! こっち見たぁ!
私はそのチンピラ君と目が合うなり、蛇に睨まれたカエル……もとい、オオカミに睨まれたウサギの気分になり身を縮こまらせ、さらに宰相様の胸へぐいぐいと頭を擦りつける。
やぁー! 見ないで-。私はしがないウサギですー!
「リンディ殿、その隈どうにかなりませんか? 以前から申しているでしょう? 貴方の見た目はとても威圧的で、周囲が萎縮してしまうのですから、休憩を少しでも挟んでおくように、と。ほら、クロ様までこんなに怯えてしまってますよ? 」
可哀そうに、と繊細な手つきで撫でてくださる宰相様。うぅ、腹黒いとか思ってすみませんでした。どうか、そのままお守り願います、宰相様。
「……だから、仕方が無いんですって。一度気になったら止まりませんし。逆に寝られなくなっちまう」
それに、以前よりは寝るようにしてますよ。と、答えるチンピラ君。ふむ、全然説得力はないですが。
そう、思いながらチラチラッとチンピラ君の様子を窺っていると、また目が合いそうになったので顔を背けます。
わぁーい、ここの窓、汚れで濁ってて天気が良いんだか、悪いんだか分からないわー。
「……んで、例の翻訳機を造るっていうのが、その真っ黒いのですか」
「えぇ、殿下の頼みでもあり、今回は私もお願いしたいのです。……引き受けてくださいますか? 」
ん? 今回は私も、とは? もしや、前回にもこんなことがあったというのだろうか?
「そうですか。殿下だけの頼みだったら、今回こそは無理だと断ろうかと思いましたが、エリク様がご依頼になるということは、普通のウサギではないんですね? ま、黒の時点で普通ではないとは分かるけれど」
「そういえば、殿下より、前回は馬の翻訳機が欲しいとか申していたときがありましたね」
「あれは、普通の馬だから魔力が無い時点で、そんな品物を造るのは無理だと言ったんだが聞かなかったんだよな。半分脅してきたし」
あらま、そんなことが。馬さんの言葉ですか。うーむ、私だったら他の動物ともコミュニケーションが取ることができるから分かるけれどね。そもそも、翻訳機を造るには、機械だけの方に魔力があっても造ることができないのね。双方にないといけないのですね。
……てか、殿下、何脅してるのよ。こんな小さいチンピラ君に向かって。しかも、宰相様のほうが信頼上とか……。本当、何やってるの殿下。
「おい、そこの真っ黒いの」
て、ひぃいいぃ! 油断したところで呼びかけないで-! 何よー!
「とりあえず、もふらせろ」
いーやー! 食べないでください-! ……て、え? もふ……? なぜに?
「この俺に興味をひかせるその毛皮、触らせろ」
あ、はい。て、まさか、剝ぎ取る気じゃないでしょうね?! 毛が無くなったら、ただの大きめなネズミになってしまう! そんなのは嫌よ?!
そんな、叫びが届くはずもなく、宰相様がはい、どうぞとチンピラ君へ私を渡す。あっ、という間にチンピラ君の腕の中へ。
「……うぉ、すんげーもふもふ」
こりゃあ、癖になるなーとわしゃわしゃしてきた。……あらあら、顔色は変わらず悪いが、こんなに喜んじゃって。案外、恐くないかもー、と感じ、大人しくわしゃわしゃされました。
毛皮は無事、剝ぎ取られませんでした。
「とりあえず、まずはこいつの魔力を測定するかな」
チンピラ君は私を床に置いて魔力を測定する物を探しているようだ。
……て、今、気付いたけど、この部屋は汚すぎる! なんか、怪しげな本が山のようにいくつも、積み重なっているし。
実験で使ったのだろう物資が床や椅子に散乱していたり、すぐ汚れを拭かずにいたと分かるシミが絨毯や床や壁にいくつもあったりと汚い。
掃除、暫くしてないでしょ? これ。環境に悪いわ。そんな、部屋に宰相様も座ることはなく……(てか、座る場所がない)マーラさんも扉の前で待機しているのみだ。
「よし、真っ黒いの。こっち来い」
魔力を測定する機械……水晶? ぽいものをテーブルの上にあったものをずさーと横に雑にずらして、そこに置いた。……とりあえず、魔力測りましょうか。
「この水晶に手を置くだけでいい」
と、いうので短い前足でペタッと当ててみた。すると、カッ! と強い光が部屋を照らし、ゆっくりと光の粒子が水晶に集まり、私の魔力が記されていく。
〈属性〉地、水、光、闇
〈魔力量〉5760/9999
〈特殊能力〉ヒーリング、逃避
〈攻撃力〉2530/5000
〈防御力〉3100/5000
〈俊足力〉2770/5000
〈総合ランク〉A
「魔力量が凄いとは聞いていたが……こんなにか。普通の聖獣は3000台が限界だぞ。しかも、成長途中みたいだな。属性は四つとか幻獣に近いじゃねーか。魔力が暴走したときのも考えると大変だ。まだ、成長途中だが、既にAランク! こんな真っ黒いのが、トップランクのSの一つ下か。こりゃ、驚いたぜ」
おう、詳しい解説、ありがとうございます。高評価頂きました。魔力の訓練ですか。正直、ダラダ……おっほん! やるときは一生懸命頑張ろう。そうして、全力でやることやって、その後思いっきりダラダラしようっと。あれ? 結局言い直したけど変わらない? 気にしないで!
「属性が多いから翻訳機も少し工夫しようかな……。ま、楽しみに待ってろ、真っ黒いの。上等なもんを造ってやるからな! 」
そう言って、チンピラ君の顔色は変わらず悪いが、ニッと笑いかけてくれました。おぉ、なんか、年相応な表情を見たわ。やはり、このもふもふが良かったのかしら? 私の毛並みは日頃、マーラさんにブラッシングしていただいているおかげで、とても上質だから。
もふもふ、強しである。良かったー、毛皮持っていて。おかげで、翻訳機を造ってくれると交渉が成立した。
「貴方がそこまでご機嫌なのは珍しいですね。……これは、できたときが楽しみです」
宰相様もチンピラ君のご機嫌な様子に、一安心したようでした。
そうして、その日はその場を後にした。翻訳機ができたときは殿下のいるところに持ってきてくださるとのことだ。おぅ! これで、私は皆さんと話せるようになるのですね!
すっごく楽しみです! たっくさん話したいことあるんですよ! 私も、翻訳機ができたときのことを妄想して興奮しました。興奮して、殿下の私室に着くと、床の上で何度もジャーンプしました。もう、部屋のあちこちを、伸ばすと意外に長い体をびみょーん、びみょーんって、感じで跳ねまくりました。
フッフフーン♪ 早く来ないかな、私の翻訳機さん♪
因みに、殿下がお帰りになったとき、殿下はとても疲れた感じでした。なので、殿下が癒やしを補給せねば、とか言って私の首辺り……一番毛が柔らかいところに顔を埋めてきましたが、今回はそのままされるがままになっておきました。
放置していたら、灰になりそうな感じだったので。
ふぅ、癒やすのも大変だけれど、存分に私のもふもふで癒やされてくれ。そして、頑張ったら人参さんをマーラさんにねだろうと打算するウサギでした。
大きな人参さんが食べたいです。
ご機嫌なウサギさん。最初に発現する言葉は何でしょう…