クリスマスSS ユールドにおけるミロの存在意義
風邪に負けながら書きました。
街中がオーナメントやリースで飾り付けられ、転送門すらもクリスマスカラーに彩られたこの季節を、幻界では「聖誕節」という。ただ、もちろんかの神の子のためのものではなく、命の神を始めとする多くの神々の生誕を祝うためだ。
クリスマスカラーも、聖誕節色と呼ばれ、それぞれに深い意味合いを持つ。血の色である赤は命の神を象徴し、しかもフェリーシュ王国においては不死鳥の色合いでもあるため、特に好まれている。
この時期の夜会では、王侯は赤い生地に金糸の縫い取りを行なった衣装を着用する習慣があるという。遠めでもキラキラしい王城を見上げて驚いていた時、不死伯爵が話してくれた。ちなみに、貴族は王侯と同じものを着用することはおこがましいということで、全身のどこかにそのような意匠を凝らすのだという。なるほど、彼の剣帯に巻かれた布はそういう意味なのかと、ユーナはその話を楽しく聞いていた。せっかくなので、王城でのクリスマス……聖誕節での過ごし方について尋ねてみた。
王城の中庭には聖樹とも称されるミロの木があり、そこもこの季節にはユールドカラーで飾り付けられるのだという。ミロの実は不思議な果実で、小さめの林檎のような見た目でありながら、味は桃である。しかも、木に生っているあいだは林檎のように固いらしいが、もぐと即座に桃と同じく熟してしまって、傷みが早い。この季節にミロの木の下で、その木に生っている実を取り、恋する相手と分け合えば想いが叶うという逸話まで聞かされて、街中にいきなり移植されまくったミロの木の理由を理解し、ユーナは頬を赤くした。
「あー、リアルと同じで、恋人たちの季節ってことだよねー」
「本来は、ひとつの実を家族で分け合い、また来年も同じように実を分け合えるようにという、健康を祈る風習じゃがのぅ」
アデライールはアルタクスの背からユーナを見上げ、楽しげに語る。数百年前の由来を知り、またひとつかしこくなれたユーナだった。幻界で地理歴史のテストはないが。
「まあ、ものは言いようじゃよ。収穫祭で相手を見つけておれば、あとは神への誓いのみ。命の神にしてみても時期的に祝福を下さるじゃろう。子は宝故の」
収穫祭→聖誕節→新年の祝祭という、すばらしい流れを感じる。
【この時期は旬だから、美味しいよ。ミロ】
アルタクスのことばは、風習といったものを吹き飛ばす事実だった。物欲しそうにミロの実を見上げる鼻先を撫でる。
すると、アークエルドがその背の高さを生かし、ひとつミロをもいだ。おもむろに差し出され、ユーナはそれを受け取って目を瞬かせた。
「勝手に採っちゃっていいの?」
「構わぬ」
「いくつか土産にしようかの」
この時期の夕食のデザートはミロの実になるほどで、採り放題らしい。
ユーナは腰から短剣を抜いた。そして、小さく「清めの水」を唱え、実と短剣を洗浄する。皮を剥き、一切れをまず、アークエルドに差し出した。
「はい。……あ、違うよ。あーんってして」
指先で受け取ろうとしたアークエルドから、ユーナの手が逃げる。果汁でべたべたするので、汚さないほうがいい。その配慮を受け、彼は身を屈めて口で受け取った。
次いでもう一切れ、今度はアデライールに差し出す。彼女は察して、ぱくんと殆ど指先まで食べる勢いで食らいついた。最後にもう一切れ残し、残りの実をアルタクスの鼻先へと丸っと差し出す。実にかじりついた、と思うと、ユーナの手からそれは消えていた。殆ど一呑みではないかと思うほどに食べている。
ユーナは、最後の一切れを自分の口へ運んだ。
――甘い。
「来年も、また、食べようね。あ、でも……みんなにもお土産だったね」
再び「清めの水」を呼び、綺麗になった手をミロの実へと伸ばす。
一角獣の酒場で、どんなデザートを作ろうかと……ユーナは口元を緩ませた。