序章 旧4話 初めての
序章旧4話、セルヴァ視点になります。
最も広範囲に索敵できるはずの弓手の索敵範囲に、それまでは何もいなかった。これは間違いない。
しかし今、彼女がPTに加入したことにより、突如として複数の赤い光点が周囲に出現している。そう、囲まれているのだ。
惑わす森は、単なる初心者脱出PTのレベル上げ兼お金稼ぎ用近道だと思っていた。それが大間違いだったということが、彼女によって立証されたわけである。
これは明らかにクエストだ。
しかも、クローズドベータでも、オープンベータにもなかったクエストである。この場にいる誰もが経験したことのない、そして最新の情報を得ているだろうペルソナですら知らないわけだから、この世界の誰もが経験したことのないと言ってもいいクエストではないだろうか。
複数の光点が先ほどの森狼レベルであるならば、推奨レベルが十五など酷すぎる冗談である。一匹ぐらいならば、確かにレベル十五くらいのまっとうなPTであれば問題なく倒せる。倒せるが……相手も集団行動を取ってくるとなれば、話は別だ。正直、今のレベルの僕たち四人だけならば、何とかなったと思う。だが、今は彼女がいる。何と、衝撃のレベル一の短剣士の彼女が一緒なのだ。森狼の一匹が彼女の背中に爪を立てる。ただそれだけで、おそらくそのHPは真っ黒になるだろう。
「癒しの奇跡」
ぽつりと神官がつぶやいた。剣士の額が緑の光に包まれ、消えた時には傷が消えていた。
「手加減なしで行くわよ。目指すはエネロ、クリア条件はたぶんユーナちゃんが生きてたどりつくこと。開幕ぺるぺる、殿シリウス、セルヴァ先行って。いーい?」
端的な指示に、自分を含む三人の「OK」が重なる。「つーかぺるぺる……」怪しい魔術師が低く唸ったが気にしない。
しかし、ユーナがかぶりを振った。
「い、いえ、わたしも、あの……」
「ふふっ、セルヴァを守ってくれるかしら? 短剣士ちゃん」
弓手である僕も、その気になれば武器を持ち替えて近接戦闘もできる。だが、敵が複数だ。できるだけ動きを止めるべく、今は弓を使うほうがいい。そもそも近づかせるつもりなどないが、アシュアのことばはそういう意味ではないだろう。
彼女にも役目を与えたのだ。確かなPTの一員として。
「――はい!」
そして、彼女は応えた。
「火炎爆発」
僕たちまでまとめて吹っ飛ばす気か。
レベル二十で使える最大火力の中級火属性魔術を、エネロ方面のみではなく、焚き火を中心として円を描くように放出している。
爆風を切り裂くように、僕の矢がエネロ方面にいた森狼を射抜いていく。
「星明かりの加護」
アシュアの光が、行き先を示す。
「行きます」
爆風で森狼の視界が完全に開ける前に、走り出す。視界の端で、シリウスが焚き火を後ろへ蹴り飛ばしているのが見えた。隣にはぴったりとユーナがいる。疲労度はオールグリーン、レベル一で森狼から逃げ切った足は健在らしい。
ドロップを拾う余裕はない。
完全にタダ働きになるが、致し方ないだろう。恐らくこのクエストは、アシュアのいう通り、初心者を守って次の集落まで連れていく、ただそれだけのクエストだ。問題は初心者も初心者で、卵の殻がくっついている状況であることが、このクエストを恐ろしく難易度が高いものにしている。
ある程度予測した通り、囲っていた光点は少ししか減らない。しかも、追いかけてきている。弓を撃ちながら走る芸当にはある程度慣れたが、照準を合わせる瞬間には足が止まる。ペルソナの火炎が道を開き、追いついてくる森狼をシリウスが斬り捨て、合間にアシュアの加護や治癒が発動していく。
これだけ騒がしくなると、攻撃態勢になっていない魔物でも目覚めてしまう。まして、今はかれらの時間……夜だった。
「ひっ」
足を停めて後ろを援護しているあいだに、前方の索敵が遅れた。夜目があまり効かないユーナでも、あれだけ距離が離れていても、木立が生い茂っていても、その隙間から見えてしまうだろう。魔幼虫の群生の無数の目の光は、注意を惹くために遠くからでも視認できる。どうやら、巣に近寄りすぎたらしい。
はぐれた一匹だろうか、ユーナの足元までたどり着いたそれに照準を合わせた時。
「――!」
短剣を振りかぶり、思いっきり彼女は魔幼虫にそれを突き刺した。二撃めを考えていない姿勢には冷や汗が出たが、なんとそれはクリティカルだった。魔幼虫の姿が、粉々に砕け散る。あとには小さな小袋が残っていた。
ピロリロリンッ♪
緊迫した空気に全く不似合いな、軽快な音楽が森に響く。
これは行幸だった。
「わ~、ユーナちゃん、レベルアップおめでとう!」
『おめでとう!』
初めて聞いた、うれしそうなペルソナの声と、自分やシリウスの祝福が重なって、思わず笑いが込み上げてくる。
「――ありがとうございますっ」
思わず拾い上げたのか、ユーナの手には魔幼虫のドロップした小袋が握られていた。あれをうまく使えば……。
脳裏をよぎる作戦もだが、何よりも彼女の笑顔が胸を熱くさせた。
――行ける。
思ったよりも敵襲はかなりの勢いがあり、数は然程減らない。おまけに魔幼虫の群生地はすぐそこで、回避を選べば更に時間がかかってしまう。もともと守備は最低限、攻撃系PTである自分たちには、退却戦や逃亡戦、消耗戦などそもそも短期決戦でないことは致命的なのに。
それでも。
楽しくて、負ける気がしなかった。