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序章 旧2話 惑わす森

序章の旧2話、アシュア視点です。

 水筒の水が、喉を伝う。生ぬるい感触が、それでも心地よかった。ぷはぁっと水筒から口から離して、その行動イコール、と思い至る。


「――女子力壊滅」

「がーん……」


 気のせいだとは思うが、その水より余程冷たい眼差しと、同じくらい冷たく吐き捨てられたことばに頭を抱える。うん、最近自覚してきてるんだ……仮面かぶってるくせにわざわざこちらに顔向けて言わなくてもいいじゃないの……。


 気休めなどではなく、はっきりと魔物避け効果のある焚き火に、八つ当たり気味に枯れ枝を放り込む。一瞬、火が爆ぜた。それは、少し開けた場所にあるせいか、風が吹き抜けていくのにも合わせて強まり、また、揺れている。

 一口飲んだだけだが、もともとさほど減ってもいない空腹度が少し回復を見せた。意識するだけで視界の端に浮かび上がったそれに並んで、いくつかのバーと数字が表れている。座っているだけでも徐々に回復していく疲労度スタミナゲージを見やりながら、火を囲うように正三角形の頂点にそれぞれ座り込んだ、残りのふたりの状況はどうなのだろうと考えたら、応えるようにPTMパーティーメンバーのステータスバーも表れた。


「えーっと、ほら、そういうところもかわいいよ?」


 痛いフォローなのか軽い口説きなのか、後者のようなことができるなら彼女いない歴イコール年齢じゃないよねと思いつつ、自分の見た目アバターよりもなぜか美人度の高い弓手には、さらりと「ありがとう」を返しておく。こら、そっちの仮面魔術師ペルソナ、鼻で嗤うな。次HPハートポイント減ったら、わざと回復遅らせちゃおっかなー。

 そう。徹底的に後衛ばかりがここにいるのにも、理由がある。今まで攻略組最前線近くにいたのに、肝心の前衛が「ちょっと気になることがあるから、最初の町アンファングに戻る」なんて言い出したせいだ。正式オープンして、ようやく現実時間リアルタイムで三日。ざっと幻界ヴェルト・ラーイ時間で四十日というところである。リアル大事にしていたら、当然攻略組にはなれず……まあ、あのひとたち、リアル捨ててるので、最大ログイン時間来てはいったんログアウト、最低食事睡眠その他いろいろ時間だけ過ごしては戻るとかしてるんだろうし、いっしょにしてはいけないんだろうけど……それでもそこそこ根性入れて、フレンドとログインのタイミングを合わせて、攻略組の足跡にへばりついていたのだ。販売翌日連休でよかった。運営さんありがとう。

 始まりの町アンファングの周辺で知り合った人たちとはかたっぱしからフレンドになり、PTパーティーを組んで細々とクエストをこなしながらレベルも上げて、洞くつを踏破し、三つほど向こうの町まで転送門ポータルを開放してすぐのことだった。ちょうどいいから戻るという話になったのだ。


剣士シリウス、まだかなー」


 アイテムの売却なら開放したばかりの町マールトでもできる。恐らく現実リアルの知り合いが来るのではないかと思ったのだが、すぐに戻るという話だったし、では腕試しに惑わすこの森で遊んでるね、ということになったのだ。始まりの町アンファングから街道を逸れて直線的に次のエネロに向かおうとすると、この森に入る。確かに直線的には近いが、推奨レベルは十五以上で、少しも初心者向けではない。前衛なしでも、今のレベルならば問題なく多少の経験値兼お金稼ぎにもなるだろうと思いながら、アンファングで分かれて残りのメンバーで入ったのだ。初心者は入ると危険だし、同じレベル帯の人間は遥か向こうを目指している。よって、狩り場としては無人状態で、面白いくらいうじゃうじゃと魔獣や魔幼虫が沸いていた。最大ログイン時間までまだゆとりはあるけれど、獲物は短時間にガッツリげっとしたし、むしろちょっと道具袋インベントリのゆとりが心もとなくなりそうだし、どうしようかなー。

 町まで戻るか、いっそ森を抜けてしまってエネロまで行くか、悩みながらフレンドリストを見ていたら。


『合流する。PT飛ばして』


「――誰か来る」


 ダイレクトメッセージの表示と同時に、弓手セルヴァが身構えながらつぶやいた。

 フレンドリストからPTへの誘いを出しつつ、法杖を握って立ち上がる。既に魔術師ペルソナは術杖に刻まれた術式を指でなぞりながら、詠唱に入っていた。魔除けの焚き火は消えていない。それはつまり。

 私の索敵範囲に、ようやくそれ・・は探知された。


「え、ひとり?」


 攻撃態勢アクティブになっている魔獣に追いかけられているのは、ご同業、のようだった。生来の回復補助職性質は呼吸をするように防御神術を組み上げて、くすんだ初期服姿の少女が視覚に捉えられたと同時に発動していた。


「来たれ聖域の加護サンクトゥアリウム


 まさに間一髪。

 森狼フォレストウルフと単純に名付けられた魔獣の爪が、焚き火と私たちを視認して足をもつれさせた少女に届く間際。正確に神術は発動し、涙ながらに転がり込んできた彼女を守った。攻撃を弾かれ、その勢いもあって体ごと大きく跳ね飛ばされた森狼は、すぐさま態勢を整えて敵対対象を広げる。だが、遅い。

 セルヴァの番えた矢は既に放たれ、吸い込まれるように森狼の眉間を穿つ。


炎の矢ケオ・ヴェロス


 その矢を目がけて、更にペルソナの初級炎魔術が追い打ちをかけた。初級であっても、今の彼の術式となればその効果は軽く倍以上である。断末魔を上げることもなく森狼は息絶え、その身を地に伏せた。瞬間、グラフィックが砕け、跡には牙や爪などのドロップ品が残される。

 私の索敵範囲に敵影はない。セルヴァに視線を向ければ、かぶりを振る。彼の広範囲な索敵にも姿はないようだ。森狼が群れていなかったことに少し安堵しながら、彼女に駆け寄った。


「あー、痛かったよね。もう大丈夫。わが手に宿れ癒しの奇跡クラシオン・リート


 別PTでも、これほど近寄ればHPが見える。赤から瞬時に緑に戻っていくステータスバーに、大きく紫の目が見開かれた。あれ? 回復神術見るの、初めてかな。

 リアルさを追求しているということで、この幻界ヴェルト・ラーイでは、HPが半分を切るとバーは緑から黄色になり息切れや、酷い怪我を負った場合にはその部分が重く、動きが悪くなる。徐々に色は赤みを帯び、残り一割を切ると完全に赤に変わる。そしてHP0……黒になれば、意識は残るが、動けなくなる。疲労度スタミナゲージにも同じ作用があるが、HPと違って、疲労度は何もしなければ時間経過で勝手に回復するが、一方でHPが黄色以下になってしまうと、痛みのせいか、疲労度の回復は相応に遅くなる。もし、死亡した場合、目覚めるための神術やアイテムを使用されないまま一定時間放置されると、所持品がランダムドロップを起こして、アバターは強制的に始まりの町アンファングの神殿に帰還する。テスターのころならともかく、正式オープン後には体験していない現象だ。

 どう見ても初心者、おそらくアンファングから初めて出たばかりの少女が、そんな目に遭わなくてよかったと胸を撫で下ろす。何度かの強襲に耐えたのだろう。初期服の耐久度はほぼゼロに近いようで、あちこちが薄汚れ、擦り切れていた。


「服、もうダメみたいね。前に着てた装備あるから、あげるわ」

「いえ、そんな……あの、悪いです……」

「ふふっ、じゃあ対価にあれもらうね」


 ちょうど道具袋インベントリぱんぱんになりかかってたし。森狼のドロップ品を拾い上げているセルヴァを指し、笑っていうと、泣きそうな声で「ありがとうございます」が聞こえた。薄い栗色の髪が、震える肩から零れ落ちていく。


「泣かない泣かない。運良かったね。初期服よりはこっち、断然性能いいよー。お古だけどごめんね」


 布製の術衣ローブは全職業で装備可である。形は体のラインを覆い隠すようなダサさだが、若干好みが入って薄い青なので、彼女には似合いそうだった。

 道具袋インベントリから出したそれの耐久値が許容範囲であるのを確認して、手渡す。うれしそうな様子にほっとした。


「男子、回れ右」


 装備の入れ替えの瞬間は、何故か一瞬下着姿アンダーウェアが見えてしまう。ビキニの水着よりもよほど良心的な作りの白だが、やっぱり何だか気恥ずかしいのでいつも後ろを向かせる。既にしつけ済みのふたりは、礼儀正しく後ろを向いた。

 彼女も気にするほうなのだろう。ふたりがこちらを見てないのを確認してから、入れ替えを開始する。

 で、すっかり忘れていたのだ。たぶん三人とも。


「待たせた! ……あ」


 ばっちりとお着替え中の彼女の真ん前に、木陰から音もなく出没した剣士シリウスは、私のぶん投げたその辺の石で額を割った。クリティカルヒット。

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