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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

古城の真祖

作者: F

 人里離れた……それどころか人が全くいない秘境と呼んでもいい様な、深い深い山奥。

 そんな場所を進むと、突然大きな古い城が現れる。

 ポツリとある城の庭園には赤い薔薇が咲き乱れ、手入れが今でも行われていることを示す。

 城の中は隅々とはいかないまでも小綺麗にはなっており、何となく住まうものの勤勉さを象徴しているように思えた。


「ふぅ、今日はこれくらいにしておきましょ」


 独り言を呟いて黒いゴシック服を整える少女は、そんな城に住むたった一人の住人だ。

 こぼれおちる様な銀の長髪と深紅の瞳は、彼女の白すぎる肌に病的に栄え、ミステリアスな雰囲気は古びたこの城とあわせ、一種妖艶な魅力をかもし出している。

 少女は良く使い込まれた庭園の手入れ道具を整えると、それを離れの物置にしまい込む。

 不思議なことに、彼女の貴族的な黒のゴシック服には、庭園を手入れした時につくはずの汚れひとつ付いてはいない。

 さて、その様な少女が自らの住む居城へと戻ろうとすると、庭園の入り口である城の正門がキィ……と音をたてて僅かに開いた。


「……何?」


 少女はいぶかしげに門へと振り返ると、首を傾げながらそこへと近づく。

 開いた門には誰もいない。


「……うぅ」


 いや、いた。

 視線を下に向け、開いた門に挟まる様に倒れる男。

 旅慣れた服装に、この周辺の山にある種々雑多な自然の汚れをこびり付かせ、ひどく衰弱した様子でその男は倒れていた。


「ちょっと!?」


 少女は男にかけよると、男の傍らに膝をつく。

 男は粗野な顔を土気色にさせて、瞼をあけることもままらない様子であった。


「ねぇ、あなた?聞こえる?しっかりなさい!」

「みず……」

「水?水ね!待ってて、持ってきてあげるから!」


 そう言って少女は駆け出していく。

 その直後に、男は意識を失った。




 *****




 男が意識を取り戻したのは、少女が男をなんとか城に運び、ベッドに寝かせ介抱してから数時間後のことだった。

 彼が目覚めると、少女は持ってきていた水を男に飲ませてやる。

 男は音が鳴る程の勢いで水を飲み干すと


「ぷはー!助かりやした!いやぁ、ここら辺見たことも無い植物や動物がいっぱいだし、川も無いしで、遂に死んじまうかと!」

「まぁ、ここら辺は人もいないから、そう言うの知ってる人もいないでしょうしね」

「そうでやすよ!いやもう、来る前にちょいと調べたんですけどね?全然どこにも情報が無くて……いやはや助けて貰って感謝しかありやせんぜ。へっへっへ」


 男は大分長いこと、この城の周りの森林を回ってきたのか、元々顔だちが粗野なのも相まって、山賊か盗賊の下っ端か、と言った雰囲気の顔になっている。

 そんな彼がもらす、少し下品な笑いは、たまらなく男に似合っていて、少女はそれに少し顔をしかめた。


「それで、あなたはこんな所にどんな様があるの?言っておくけど本当に何も無いのよ」

「へぇ。人を探しに来たもんでして」

「人?人なんていないけどね、ここ……」

「ええ!?いやいや、いるじゃないでやすか。ここに一人」


 男が自分に指を刺すと、少女はぷっと噴き出して


「あはは、あなた面白いわ。待ってて、今何か食べる物を持ってきてあげる」

「へぇ!?いいんですかい!助かりやす!」

「ええ」


 少女は男を寝かせていた部屋を出ると、鼻唄を歌いながら食事の用意をする。

 誰かのために食事を用意するなど、少女にとっては見知った程度のことであり、つまりは初めてのことだった。

 少女が用意したのは簡単なスープと、木の実のクッキーとパンだけだったが、男は嬉しそうにそれらを口に運んでは、うまい、絶品だ、と口にする。


「やぁねぇ、おおげさよ」

「いやいや、そんなこたねぇでやすよ。まるで天国にいるみてぇだ」


 男の笑顔はなんとなく愛嬌があり、どうにも他人との関わりが無かった少女ですら簡単に笑顔にさせてくれる。

 気分がとても軽やかだった。


 男が回復するまで、少女は甲斐甲斐しく世話をした。



 *****



 回復した男は、恩を返すと言って、少女と共に過ごしていた。

 見目は良くないが、彼は存外に働き者で少女から任された仕事をこなそうとする。

 器用だが、要領が良くないのだろうか。

 男は幾度と失敗はしていたが。


「違う違う。なめした革を伸ばすときはね、力尽くでやったらダメ」

「へ、へぇ、すいやせん旦那」


 奇妙なことに、男は少女を旦那と呼ぶ。

 男にとって尊敬すべき人はみんな“旦那"なのだそうだ。

 理由を言った男の顔が真剣で、少女は笑ってしまった。

 なぜ笑われたのかと、男が困惑するのを見て、少女はまたさらに笑った。


 そうして、二人だけが暮らす城での生活は、1ヶ月ほど続いたのである。


「枝の剪定終わりやした!」

「はーい。じゃあ休憩にしましょう」


 裏庭にティーセットの準備をしていた少女の元に、枝葉をつけて汚れた男が歩いてくる。

 山賊風な顔立ちのせいで、男にはその汚れが果てしなく似合っていた。


「はい、そこに立って」

「へぇ。しかし旦那、自分で出来やすぜ」

「いいからいいから」


 照れた顔の男の身を、手持ち箒で掃いていく。

 枝葉がパラパラと裏庭の地面に落ちていき、男から落ちた薔薇の花びらがヒラヒラと少女の頭を着飾った。


「旦那、ゴミついてやすぜ」

「あら」

「あ、でも、旦那には似合うなぁ。へっへっへ」

「そう?」


 少女と男は笑った。

 ここ最近はずっとそうだ。

 自分の様な者(、、、、、、)が人と暮らすということが、何か滑稽で、でも嫌ではない様な不思議な感覚が少女を包み込んでいたということもある。


「あら、また誰か来たみたいね」

「ん…?」

「ちょっと見てくるわ。あなたはゆっくりしててね」


 だからだろうか。

 再び城の門が開かれたのに気づいた時、少女は何も不思議に思わずに、二人目の訪問者を出迎えにいった。

 裏庭を出ていく少女の背中を見つめる男の視線は、少し険しかった。



 *****



「どちら様かしら」


 訪問者は、庭園の門から既に城の玄関ホールへと訪れていた。


「おお、この城の主は健在でありましたか。初めまして、私は旅の者でして」

「旅?また良くこんなところまで来るわね」


 訪問者は黒いコートに黒の幅広の帽子という、少し洒落た服装をした男だった。

 先ほど介抱した男とは違う、ここまで旅をしてきたとは思えないその服装は異様だったが、その様なことと関わってこなかった少女は気づかず、無警戒に男へと近づいて行った。


「ここまで来るのは大変だったでしょう」

「いえいえ、その様なことはありません。目的もありますし」

「あら。こんな辺境に用事?」

「ええ、ええ」


 訪問者の男は、紳士的な態度と笑顔を崩さずに、少女を見つめた。


「あなたですよ……吸血鬼の真祖、ミュルエリ・フォン・ナハトウプイリ!!」


 訪問者の男の言葉に、少女の深紅の瞳孔が、()に蠢く。

 ミュルエリと呼ばれた吸血鬼(、、、)の少女は、男の言葉に


「……人違いじゃないかしら」

「ははは、誤魔化そうなど無駄なこと。吸血鬼狩りを生業としてきた我が一族の最も古い文献に載っていましたよ。銀の髪、深紅の瞳、可憐な少女の姿。そしてこの古い城に住んでいること。全て文献通りだ!」

「あなた、ヴァンパイアハンター!」

「はははははは、その通り!!吸血鬼を全て狩り尽くすことが我が一族の宿願!」

「私は別に人間に手を出して無いんだけど……」

「吸血鬼というだけで存在が許されないのだよ……それに」


 吸血鬼狩りがゴクリと喉を鳴らす。

 彼の瞳も、深紅の色をしていた。


「あなた、その目……」

「吸血鬼の真祖の血肉となれば、この身にさらなる力を宿すことができる!ここで、果てるが良いぞ、ミュルエリ・フォン・ナハトウプイリ!」

「……人間が、マトモに真祖に敵うと思って?」

「無論、用意はしてある」


 吸血鬼狩りがパチン、と指を鳴らすと、城のホールの天井が突き破られる。

 果たして、男の背後に降り立ったのは、黄昏色をした城ほども大きな翼持つ魔物。


「ドラゴン!?」

「ははははははは!!」


 吸血鬼狩りが笑えば、ドラゴンは城を破壊し少女を飲み込もうと迫りくる。

 少女は即座に背を向けると、城の中に逃げ込んでいった。

 城をドラゴンが破壊して回る音が響く。

 少女を探していることは分かるが、仮にも強固な石造りの城壁を突き破って探し回る様は、あまりにも理不尽な光景だった。


「何あれ、めちゃくちゃじゃないのよ!」


 少女は走り続ける。

 ドラゴンに飲み込まれるなどたまったものではないし、吸血鬼狩りに喰われるのも御免だからだ。

 だがやはり、純粋に生物としての体格が違いすぎる。

 最初は勝手知ったる城の中として有利を保っていた少女だが、道なき場所も障害も全て砕いて追いすがるドラゴンに、徐々に追い詰められていった。


「うあっ……!?」


 吸血鬼狩りの放った銀の弾が少女の足を貫く。

 派手に転んだ彼女だが、その足の傷は既に再生していた。


「素晴らしい!それが真祖の力か!」

「くっ……」

「しかしもう少し抵抗があると思ったが、張り合いがない。長年血を吸わずに弱体化したか?どちらにしろ、好都合」


 瓦礫に行く手を阻まれ、少女の目の前にはニンマリと笑う吸血鬼狩りの男。

 そして、呑み込もうと首を向けるドラゴンの顎が、目と鼻の先まで迫っていた。


「………!?」


 目を瞑り、ぎゅっとして最後の瞬間を耐えんとした少女に訪れたのは丸呑みにされた生暖かい感覚ではなく。


 目を開けてみたのは、ただ少しの時間を共に過ごした、粗野な男の背中だった。




 *****



 ミュルエリ・フォン・ナハトウプイリは、吸血鬼の真祖である。


 その出生は本人も正確ではなく、ただ数千年前の記憶があることからそれよりも前だろう。


 彼女には、太陽の光、十字架、ニンニク、銀の杭など、およそ吸血鬼に効果的とされるあらゆる弱点がない。

 不老不死であり、吸血衝動も無く、何も摂取せずとも生き続ける彼女は、ある種吸血鬼の完成形と言えるだろう。


 ただし、彼女にも弱点となりうる程の欠点があった。


 力が弱すぎるため人の血を吸っても眷属にできず、コウモリに変身すれば小鳥に苛められ、それ故に配下もおらず、魔法も下級闇魔法しかつかえない。


 彼女は、吸血鬼の真祖であるにも関わらずただひたすらに貧弱だったのだ。

 世界最弱の吸血鬼と言っても良いほどに。


 彼女がこれほどの山奥で隠棲していたのには、そういう理由があった。


 強力なだけの吸血鬼であれば、どれだけ良かったろうか。

 そうであれば、ドラゴンにも負けはしない。

 人に憎まれることもない。

 孤独になることもない。


 そう、孤独だ。

 彼女の心を蝕んでいたのは孤独の闇だ。

 だから生き倒れの男に何も話さなかったし、彼の世話もした。

 ああ、だが吸血鬼狩りの男の訪問により、きっとまた孤独が続くだろう。


 しかし、そんな彼女の孤独を許さぬ希望の声がもたらされる。


「そこまでにしてもらいやすぜ!」


 彼女に初めて注いだ希望の声は、聞きなれた粗野な声だった。




 *****




 少女と吸血鬼狩りの目の前で、ドラゴンの首が地面に落ちる。

 遅れて、首のない(、、、、)ドラゴンに巨躯が、地面へと叩きつけられた。


「あ、あなた……」

「へぇ、旦那!遅れやして申し訳ございやせん!」


 男はこの城に来た時に持っていた槍を吸血鬼狩りへと突きつけたまま、少女を振り向くことはない。

 その目線は険しく、油断など微塵も感じさせなかった。


「なんだ貴様……一体ドラゴンに何をした」

「ただ槍の穂先できっただけでい」

「なにぃ……?そうか、その槍、竜殺し(ドラゴンキラー)か!?」

「へぇ、いや、そんな大層なもんでは……」

竜殺し(ドラゴンキラー)ならば納得と言うものよ。だが、武器に頼りきった奴が我に敵うと思うな!」


 シャア!と声をあげて襲いくる吸血鬼狩り。

 粗野な顔の男は、一瞬目を細めると、軽く槍を動かした。


「私には銀の武器しか効か……」


 余裕の声をあげた吸血鬼狩りの四肢が、次の瞬間に破裂するかの如く弾けとぶ。

 驚愕の顔で慣性のまま落ちてくる吸血鬼狩りの心臓を


「んなこた知ってる」


 粗野な顔の男は、槍で貫いた。

 トン、という程軽い突き。

 だがまるで肉の抵抗など無いかのごとく、吸血鬼狩りの胸を槍の穂先が貫通していた。


「なぁ……あ……」

「聖水で祝福したミスリルの穂先なら、てめぇを殺せらぁな」


 男は吐き捨てると、吸血鬼狩りの身体を槍から引き抜き蹴り飛ばす。


「き、貴様は……いったい……」

「あっしは、ドニっつーもんで」


 消え行く吸血鬼狩りには、その名前に心当たりがあった。


「……まさか勇者の……」

「へぇ。ご存じで。ちょいと前まで女癖の悪い勇者と一緒に旅させて貰ってましたぜ。へっへっへ」


 ドニと名乗った男の言葉を最後まで待たず、吸血鬼狩りは灰となって消えた。

 男は槍に構えを解くと、パッと振り向いた。

 そこには、男をジッと見つめる少女の姿がある。

 男は少女に駆け寄ると


「旦那!無事で良かった!」


 そういって無邪気に喜んだ。

 それを見た少女は、ヘナヘナと地面に座り込んだ。


「だ、旦那!?怪我でも!?」

「や、ううん。何でもないの、びっくりしただけ……それよりもあなたよ!」

「へ、へぇ」

「あなた……とんでもなく強いのね」

「へへ、腕っぷしには自信があるもんでして。へっへっへ」


 下品に笑う男に向けて、少女は


「……勇者の仲間だったって」

「へぇ、黙っててすいやせんでした。そうでやす」

「そっか。勇者の仲間かぁ」

「へぇ」


 しばらくの沈黙のうち


「じゃあ、私もあなたに殺されるのね」


 勇者の仲間であれば、不死を殺す方法も持っているだろう。

 まぁ、この男に殺されるなら。

 少女はそう思って言葉を放っていた。

 だが


「そ、そんなことしやせんぜ!」

「え?」

「恩人を殺すなんてとんでもねぇ!あっしを恩知らずにしねぇでくだせぇ」

「でも、勇者って魔物を殺すんでしょう。いいわよ、私はあなたに殺されるなら……」

「勘弁してくだせぇ!襲ってくる魔物は倒しやすが、なんで旦那をやる必要があるんですかい!」

「……しないの?」

「しやせん!」


 心底憤慨したという顔で、男は少女の言葉を否定する。


「まぁ、実はあっしも旦那を探しにきたんでやすがね。ギルドの依頼で……」

「そうなの?じゃあやっぱり、殺す?ザクッ!と」

「だからしないって言ってやす!!」


 再び男が憤慨する。

 少女は男の顔を見てまた笑い……


「はーそっか。そうなんだ」

「そうですぜ!酷い仕打ちでやす」

「ごめんごめん、あはは……」


 少女に笑われて、また男は憤慨する。

 そしてまた、少女が笑う。


「はー、安心したら腰が抜けちゃった」

「そりゃ一大事!ゆっくり休んでくだせぇ!」

「ちょ、ちょっと」


 結局、少女が回復するまで男は少女の側を離れなかった。




 *****




「本当に良いんですかい?」

「良いの良いの、城も壊れちゃったもの」


 明くる日、少女と男は城を出た。

 ドラゴンによって壊された居城を直すことは難しい。

 少女は男を護衛に雇い、城を出ることにしたのだ。


「冒険者ギルドを通して後で正式に雇えば良いのよね」

「へぇ、そのとおりで」

「それじゃ、最初の町まで案内してくれる?」

「喜んで!」



 少女が秘密にしていることがある。

 城を出たホントの理由。

 それは本当に単純でつまらないことなのだが……



 ──この(ヒト)と一緒にいたい



 人に惚れた真祖ミュルエリと、ドラゴンより強い男、ドニ。

 奇妙な二人連れは長年付き添うことになる。


 だがそれは、今の二人は知らぬ話である…………

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