5 相棒
「それでね! ないないしたいっておもったらしらないこえがきこえてかいふくっていってそれでおねぇさんがおしえてくれてふわーっとひかってこいぬさんが――」
翌朝、キーナは母の質問に一生懸命答えようとするも、うまく伝えることが出来ずにいた。
「落ち着いてキーナ。最初から順番に教えてくれる?」
「ぅ……あい」
髪を撫でつつ落ち着かせるベアータ。
「んとあのね、おかーちゃのとこにもどろうとしたらね、さくのそとこいぬさんがいたの――」
キーナは一連の流れをゆっくりと語りだす。
傷ついた何かがいた事、”感情のない声”を聞いた事、それとは別の”おねぇさん”の声を聞いた事。
「そう、”天使様”の声を聞いたのね。”おねぇさん”の方はよくわからないけれど」
「てんしさま?」
「”天使様”っていうのは、技能神様が世界中の人々を見守るために創られた部下――お手伝いさんみたいなものかな。わたし達が頑張っていると、”天使様”を通じて技能を授けてくれるって言われているの」
「そーなのかー」
「キーナちゃんの強い願いが認められたのかしらね?」
「お~?」
願ったのは星神に、であったが覚えては居ないようだ。
◇
続いて、一連の魔法で回復魔法が成功したことを話し終える。
「――ないないできたー、よかったーっておもったらきゅうにねむくなったの」
「なるほどねぇ。それはね、魔力が枯渇……空っぽになったからなの」
「からっぽ?」
「そう、そうねぇ。魔法を使うには自分の中にある魔力をもとにして世界に働きかける……”これをしたい”っていうのをお願いするの。キーナの場合はいっぱいその”ないない”に使ったから空っぽになっちゃったんだと思うわ」
「そっかー」
「だから、ちゃんと魔法のお勉強をするまでは、ないないの魔法は使わないこと。わかった?」
「はーい!」
「よしよし。それから助けた子は念の為にギルドの癒し手さんに診てもらってるから安心してね」
「わかったー! おかーちゃありがとー!」
「はいはい。じゃあもうしばらく静かに寝ていること」
「あい、おやすみなしゃい」
そう答えると、ベッドへポテっと横になりスヤスヤと眠りにつくのであった。
◇
お昼を過ぎた頃、癒し手の女性職員と、子犬(?)を抱えた男性職員が自宅を訪問してきた。
「すいませーん、ギルドの者ですけれども」
「はーい! ただいま。 それではお願いします」
ベアータは二人をキーナの部屋へと案内する。
ドアを開けるやいなや、キーナは男性職員に抱えられたそれを見て笑顔になる。
「あ! こいぬさんだ!」
女性職員は今にも駆け出しそうなキーナを手で制するとベッドの側に屈む。
「ふふ、まぁ落ち着いて。具合はどうかしら?」
キーナは自身の具合を確かめるように体を伸ばしたり捻ったり。
「……あい。 んと……うんだいじょーぶ!」
「そっかー。でも一応診ておくわね?」
「あい!」
女性職員はキーナの額に手をかざすと何事か呟く。
「――<簡易診察>………………うん、大丈夫みたい」
「だいじょーぶ! ね、おかーちゃ! もうこいぬさんとあそんでもいい?」
「ええ、いいわよ」
ベアータは苦笑いした後、許可を出した。
「やた! おにいさん、こいぬさんだっこ!」
「はいどうぞ。 ちなみに子犬さんじゃなくて”山岳狼”の変異体……ちょっと変わった狼の子供だそうだよ?」
キーナは子狼を受け取り、優しく抱える。
「ほえー? おおかみさん……おおかみさん!」
「ワフッ……ハッハッ」
子狼は助けてくれたことをきちんと覚えていたようで、前と同じように顔を舐め始めた。
「にゃはは! くすぐったいよ~!」
「ところでキーナ」
「あい、なーにおかーちゃ? きゃっ」
「その子に名前をつけてあげないといけないわね?」
「なまえ……なまえ!」
キーナは子狼の眼を見ながらうんうんと考え始める。
「おおかみさんのなまえー?」
《――わよ》
「んうー?」
「キューン」
《――シルバっていってるわよ、そのおおかみさん》
(ん! あのときのおねぇさんだ!)
再びあの優しい声が聞こえてきた。
「……しるば?」
《――そうよ。あ、もう時間切れだわ……ではまたね》
「あい!」
「なにか思いついたのかしら?」
何事か、ひとりごとを言う娘に苦笑しながら尋ねベアータ。
「あのね! おおかみさんのなまえはしるばなの! ねー、しるばー?」
「ワフワフ!」
「あらまあ、じゃあこれから宜しくね? シルバ」
「……ワフッ!」
尻尾がブンブンと揺れて嬉しそうだ。
「では、名前も決まったようですので後ほど従魔登録をお願いします」
「ええ、明日にでも伺います」
「それから、シルバくんに何かアクセサリを付けて、従魔で有ることを示すようにしておいて下さい」
「わかったー!」
女性職員からのお願いと、男性職員からの注意を受ける。
友好的な魔物、動物に関してはペットとして暮らすことが出来、その個体は自由交易組合に登録しておき、トラブル対策に利用されているのだ。
「では、わたし達はこれで」
「何かありましたらご連絡ください」
「はい、お手数をお掛けしました」
「おねぇさんおにいさんありがとー!」
「ワフッ」
職員たちはそう言うと自由交易組合出張所へと戻っていった。
キーナとシルバは、手と尻尾を振って見送るのであった。
「アクセサリ、ね。ちょっと待っててね?」
「あい!」
ベアータは一旦部屋を出ると、赤地に黒柄の布を手に戻ってきた。
「とりあえずこうやって巻いておきましょう」
程よい幅に折りたたむと、シルバの首に結んだ。
「おー! シルバかっこいー!」
「クゥン♪」
「あらまぁ」
キーナが拍手して褒めると、シルバはしっぽを振って鳴き、ベアータの足に頭を擦り付けるのであった。
「さて、夕食の支度しないと。 キーナはシルバと大人しく遊んでいてね?」
「はーい!」
「ワフッ!」
これが、この先の長い冒険における相方シルバとの出会いであった。