4 はじめてのまほう
「いちばんにゃー!」
「はぁ……はぁ……」
「むー、まけたー」
キーナ達がやって来たのはぶどう棚だ。
「たくさんぶら下がってるのにゃ~」
「おいしそうなんだな!」
白く粉がふき、いかにも食べごろといった果実がたわわにぶら下がっていた。
だが……。
「おいしくないよー。すっぱいよー?」
「そーにゃの?」
梅干しを食べたかのように、口をきゅっと絞った顔をするキーナ。
「おとーちゃが、これはおさけをつくるやつってゆってた」
「おやつでたべるのとはちがうやつなんだな?」
「にゃー。 すっぱいのはきらいなのにゃー……」
所謂ワイン用の品種だ、グラストルの街では共用の加工工場が存在し、この工場で出来たぶどう酒は、とある地方貴族御用達であったりするが、それはまた別のお話。
「よっし、つぎいこ!」
「にゃ!」
「こんどはゆっくりいくんだな」
酸っぱいものには用はない! とばかりに足早に立ち去るのであった。
◇
そんなこんなで、やいのやいのと農園で遊ぶこと数時間。
辺りは夕日に彩られ始めていた。
「そろそろかえらないと」
「わかったにゃ」
「ん、なかがすいたんだな」
てくてくと柵沿いの小道を四阿へと向かう三人。
「こんどはほかのおともだちもよびたいにゃー」
「おにごっことかたのしそうなんだな」
「わー! それもいいねー!」
子供たちにはちょうどいい遊び場らしい。
◇
――ガサガサ
しばらく進むと、柵の向こうの草地から物音と気配がした。
「にゃ? だれかいるのかにゃ?」
「んうー?」
「……あそこになにかいるんだな」
柵の隙間から様子を伺うと、キーナはそれが”傷だらけで今にも息絶えそうな何か”が横たわっているように思えた。
「まだうごいてる! たすけないと!」
「あ、まつにゃ!」
「そとはあぶないんだな!」
キーナは警告も虚しく隙間から外へと這い出ると、その何かを拾い上げた。
「クゥー……」
よく観察してみれば、それは子犬と思われる姿であった。
「どうしよう……」
キーナは考える、拾い上げたは良いが自分ではどうすることもできないと思ったからだ。
「せんせいみたいにまほーでないないできればいいのに……」
ないないとは、保育園の先生が治癒魔法を使う時に、「いたくないいたくない」の意味で話しかけている台詞であった。
「そうだ! おかーちゃならなんとかなるかも!」
そう思うやいなや柵の内側へと戻り四阿へと走りだした。
「まってにゃー!」
「だなー!」
二人も追いかける。
「キュル……カハッ」
キーナの腕の中の子犬が吐血し、痙攣を起こした。
もはや一刻の余裕も無くなっていた。
「やだよう、ちんじゃやだよう」
接点もなく、たまたま見つけただけの子犬(?)であったが、心優しいキーナはその生命を守りたいと強く願っていた。
涙を流し、子犬の回復を祈る。
「たすけてほしがみさまー!」
そう、キーナが星神に祈った瞬間――
《――ポーン。特定行動により<治癒>が開放されました》
と、機械的な音声が脳内に響いた。
「えっ!? だれ?」
《<治癒>が『湯神の加護』により<癒しの湯>に改変されました》
「えっえっ?」
《<癒しの湯>により対象の回復が可能です》
「かいふく……かいふく!?」
先生が回復という単語を使っていたのを思い出し、ないない出来ると理解したキーナ。
「やる! やりたい!」
《――おちつい――て、ないな――したい子――手を当てな――ら<癒しの湯>って唱えれば大丈――よ》
すると、先ほどとは違い温かみのある声が途切れ途切れに聞こえてきた。
「うあ? ……わかった。やってみる!」
《――貴方なら出来――る――わ――がん》ザッ
声は途中で途切れてしまったようだ。
「……よーし」
キーナは立ち止まり、優しく抱え直す。
最も傷の多い子犬の背中にそっと手を当て――
「かいふくしてっ! <癒しの湯>っ!」
直後、手のひらから淡い光を伴う湯が流れ、子犬を繭状に包み込んだ。
「はわ……しゅごい……」
その湯に触れた傷は徐々に塞がり、痙攣も収まり、こびり付いていた血の汚れも取れていき、繭状になっていた湯は形を崩し地面へと流れ消えていった。
汚れの取れたその姿は、全体は白銀の毛に覆われており、首の周りから胸にかけては赤色の毛となっていた。
「キーナちゃんそれなんにゃのにゃ!?」
「それはまほうなんかな?」
「わらちにもよくわからないけど、おねぇさんがおしえてくれたの」
「おねぇさん?」
「うん、もうきこえなくなっちゃったけど」
(おねぇさんありがとう!)
二人は、キーナを不思議そうな表情で見ていたが、子犬の身動ぎに反応して視線を移した。
「あ、眼を開けたんだな」
子犬(?)はきょとんとした表情をした後、自身の様子を確認して唖然とした。
自分は大きな空飛ぶ魔物に襲われて大怪我をしていたはず――と。
「……ないないした? きみげんきになった?」
自分を抱き抱え、そう語りかけてくる人間に対し、自分を癒してくれたのだと直感した子犬(?)は感謝の心を持ってキーナの頬を舐めはじめた。
「クゥン♪」
「よがった、よがったよー! うわぁぁぁぁぁん! うぁ……?」
――パタン
緊張と安堵に揺さぶられたキーナは、感情が溢れて泣き出し、気絶してしまった。
魔法を制御しきれず、魔力が枯渇したせいでもあった。
「にゃにゃ! しっかりするにゃ」
「ぼく、おかーさんたちよんでくる!」
その後、子犬(?)と共に帰宅。
翌日、回復を待って事情を聞くこととなった。