表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

3・魔族のポテンシャル

 誰もが想像に容易いとは思うが、武器屋は暇だ。


 客は基本的に、武器を買いに来るか、売りに来る。



 たまにメンテナンス依頼が入るけれど、手に負えないほどの破損は、鍛冶屋の仕事。


 俺ができるのは、刃物の研磨くらい。


 よって、一人も来客がない日だってある。



 今日はあいにくの雨。


 客足も遠のく事、うけあいだ。



「あー、暇だ。

恐ろしいほどに暇だ。

これで生活できてるのが奇跡だ」



 孤独をこじらせて、いつものように独り言を呟く俺。


 今までと大きく違うのは、話し相手ができた事。


 ところがこれが、少々面倒くさい。



『だったら、冒険に出た方がいいと思わないか?

光り物が好きなモンスター共は、小銭やら拾った貴金属やらを貯め込んでいるから、いい小遣い稼ぎにもなるぞ?

行くのならば、洞窟が刺激的でお勧めだ。のんびり息つく暇もないぞ、洞窟は。

角を曲がるごと穴を抜けるごと、次から次へと襲われるからな!』



 壁に飾ってある剣から、ゼクロスの懸命の説得が飛び出してくる。


「淫魔の宝剣」と手書きした値札は、今や訪問客のいい笑い物だ。



 買い手がつかないばかりか、こいつは未だに契約者と出会えていない。


 世の中には俺以外にも、たくさんのピュアボーイズがいるはずなのに。



 それというのも、冒険者を名乗る荒くれ者共は、おしなべて夜の生活も荒くれているせいだ。



 冒険に出れば、そこかしこにモンスターがいる。


 野営地でケツを丸出しにして行為にふけっていたら、命がいくつあっても足りない。


 そのため、必然的に禁欲生活を強いられ、晴れて生還の暁には、「花売り」と呼ばれる商売女のお世話になるのが、奴らのセオリーだ。



 武器屋はそんな冒険者が相手の商売。


 冒険者は手練れ。


 なので、ゼクロスがチェリーボーイと巡り会える確率は、洞窟の中でモンスターが集めたお宝を発見するそれよりも、もっとずっと低い。



 やっと見つけた標的を逃すまいと、躍起になるのも頷ける。


 しかしこう毎日毎日、しつこく口説かれるのにも、いい加減疲れた。



「なぁ、このまま誰も契約者が現れなかったら、どうするんだよ?」


 素朴な疑問をぶつけてやると、ゼクロスはぐぬぬと苦しげに唸る。



『それは困る。

この中は刻という概念がないから、歳を取る事はないのだが、いかんせん暇が過ぎる。

そこらの武器屋よりも暇だぞ』


「嫌味か、それ。

地金リサイクルに出すぞ、コラ」


『それも困る。

だから早く契約を済ませ、私の呪いを解いてくれ』


「やなこった」



 堂々巡りのやり取りにも飽きてきた。


 もう外も暗いし、ぼちぼち店じまいの頃合いだ。



 なおもブツブツ言い続けるゼクロスを無視して、俺は店の鎧戸を閉めようと、カウンターをくぐる。


 窓を開けたついでに、何気なく通りを眺めてみて、ぎょっとした。



 舗道に点々と配置されている、背の高い広葉樹。


 その枝の下に、黒いフードを被った子供が、ずぶ濡れでぽつんと佇んでいる。


 俯いているため、顔はおろか、性別すらも分からない。


 周りに誰もいないので、もしかしたら迷子かもしれない。



「……おい、チビ。どうした?」


 心配になって尋ねてみても、返事はない。


 商工会の繋がりで、街のどこの家にどんな子供がいるかは、だいたい把握済み。


 心当たりの名前を呼んでみたけれど、フードの子供は、やはり無反応なまま。


 どうやらこの街の子ではないようだ。



 街の子にしろ他所の子にしろ、困っているちびっ子を放置できるほど、俺は冷たい人間ではない。


 ひとまず鎧戸と窓を閉めてから、俺は出入り口のドアを開けてやった。



「ほらチビ、とりあえず中に入れよ。風邪ひくぞ」


『駄目だ、武器屋!』


 重なるゼクロスの制止に、えっ? と思った直後、旋風が傍をすり抜けて、店内に舞い込んだ。


 ちびっ子の尋常ならざる素早さに驚愕すると共に、俺は自分がとんでもないドジを踏んでしまった事を悟った。



 こいつは────魔族だ。



 俺のひいじいちゃんが生まれた頃、人間と魔族の間に、平和条約が結ばれた。


 その中の一つに、こんなルールがある。



「家人に招かれない限り、魔族は人間の棲家に入れない」。



 種族関係なく貧しかった、昔々。


 魔族が人家を襲い、略奪行為を繰り返していたために、制定されたものだ。



 今は個体それぞれの魂に、徹底して呪術を施してあるため、ルールは絶対不可侵。


 そのお陰で、現在は平和が保たれている。



 しかしまだまだ、たちの悪い魔族は存在する。



 人間の夢を食らう奴、垢を舐める奴、恐怖心を糧とする奴。


 最悪なのは、人間の血肉を主食とする奴だ。



 目の前の魔族がそれでない事を祈りながら、俺は素早く視線を走らせる。


 幸いここは武器屋。


 あらゆる場所に、様々な武器が置いてある。



 一番近くの壁に立て掛けてあるのは、誰が使うんだとツッコミたくなるほど、巨大なアックス。


 どんな武器であろうと、この際贅沢を言ってはいられない。



 じりじりと足を運びながら、俺は隙なく敵を観察した。



 一見すると、びしょ濡れのフードを被った、ただの子供。


 けれど微かに覗くその口元には、不気味な笑みがたたえられている。


 やはり異様な雰囲気だ。



「おい、チビ、何が狙いだ?

あいにくここは武器屋だ。甘いお菓子やら果物なんかは、置いてねぇぞ」


 狙いから外れているであろう言葉を、あえて投げかけてみれば、緩やかにかぶりが振られる。



「……そんな物はいらぬ。

妾が欲しいのは、貴様の命だけだ」



 そう言って、フードごとマントを脱ぎ捨てたちびっ子の姿が、みるみるうちに変貌を遂げていく。


 小さく痩せっぽちだった体は、肉感的に熟し、特に胸の辺りがパンパンになった。


 青白い肌を申し訳程度に隠すのは、黒いミニ丈ワンピース。



 角の代わりに、口元に覗いている牙が、血肉を食らう性質の魔族である証。


 銀の真っ直ぐな髪と蒼い瞳を持つ、美しい女だ。



 どうやら俺が招き入れたのは、最悪なたちの魔族だったようだ。



「へぇ……それが本来のお前の姿か。

性格悪りぃんだな、子供の姿で人を騙すなんて」


 軽口を叩きながらじりじり進み、俺は何とかヘビーアックスの前まで辿り着いた。



 気取られないよう、ゆっくりと背後に手を伸ばせば、冷たい金属に指先が触れる。


 柄をしっかりと握ったら、一撃必殺の準備は完了。


 あとは隙を作るだけ。



「やい、チビ……もとい、元チビ。

大きくなったせいで、服がピチピチじゃねぇか。

ほら、乳の輪が見切れてんぞ」



 魔族といえども、女は女。


 恥ずかしい箇所が見えているとあらば、当然、隠そうと慌てる。


 例え嘘だとしても、確認せずにはいられないはずだ。



 果たして狙い通り、こちらを蛇のように睨めつけていた蒼い瞳が、ぱっと下を向いた。



(今だ!)


 せっかく作ったチャンスを逃すまいと、ヘビーアックスを振り上げ────ようとしたのに、見た目通りの重量感に拒まれる。


「ぐ……ぬぉぉぉぉぉぉ!」


 内臓が尻の穴から飛び出しそうなほど、力んで力んで、俺はやっとの思いでそれを持ち上げた。



 ヘビーアックスは、よほどの力持ちでなければ、制御不能。


 俺のような一般人が使う場合、武器の自重を利用して振り下ろすのが、精一杯だ。



 なるべくなら、殺生は避けたい。


 腕の一本でも斬り落として脅し、追い払うのが理想的。


 けれどこの落下軌道では、間違いなく、敵を脳天から真っ二つに分断してしまうだろう。



『待て、武器屋!』



 神に祈ろうかという時、再びゼクロスの鋭い制止命令が飛んだ。



 理由も何も分からないけれど、殺生を避けたい俺からしてみたら、天の啓示。


 勢いは止まらないものの、背骨が軋むほど体を捻ったら、僅かに刃の軌道がずれた。



 ガキン! と大きな音と、手の平に広がる、痺れにも似た衝撃。


 ヘビーアックスは惨劇を生む事なく、板床にザックリと深く突き刺さった。



 まさに間一髪。


 尻もちをついた女魔族との距離は、冷や汗なくして見られないほど近い。



 紙一重の威嚇攻撃で敵を怯ませても、安堵している余裕はない。


 脅威はまだ目の前にあるのだから。



 俺はヘビーアックスの横を素早くすり抜け、壁に掛けてあった淫魔の宝剣を、乱暴にひっつかんだ。


 振り返ると同時に抜剣して、女魔族の背後から、細い首筋にひたりと刃を当てがう。



 これでやっと、ゼクロスを詰問してやる余裕ができた。



「ゼクロス、お前、どうして止めたんだよ?

こいつは俺を殺すつもりなんだぞ!」


『殺すのはいいが、まだ早い』


「早い遅いの問題なら、俺が攻撃する前に止めろよな!」


『すまんすまん。鞘に収められていると、外の音は聞こえても、映像は見えないのだ。

聞き覚えのある声に驚いて、貴様の視覚映像をこちらに転送する術に、ちと手間取ってな。

いや、契約さえしてもらえれば、こんな面倒な制約はなくなるのだがな?』



 ゼクロスにかけられた呪いに、そんなルールがあったなんて、初耳だ。


 遠回しにさり気なく契約を促してくるのも、鬱陶しい。



 何はともあれ、新たに得た知識について、どうこう考えている場合ではない。


 この女魔族をどう成敗してくれるかが、最優先事項だ。



「どうするんだよ、こいつ。

無罪放免で解放なんて、あり得ねぇぞ」


『殺す殺さないは、貴様次第だ。

だがもし殺すのであれば、契約が済んでからにしてもらえまいか。

今殺してしまうと、ここから出られなくなってしまうからな』



 さらりと吐かれたゼクロスの言葉に、自分の眉がピクリと吊り上がるのを感じた。



 魔族との契約にルールがあるように、呪術にもルールがある。



 解除の条件を決める事。


 依代が破壊されれば、被術者の魂は生滅する事。


 術者が死亡した場合、その効力が永続する事。



 最後の項目を当てはめて考えると、つまり────。


「お前に呪いをかけたのって、この女なのか!」



 あまりの驚きに、口から内臓が飛び出すかと思った。



 ラスボスだ。


 まだ契約すらしていない、冒険にすら出ていない段階で、ラスボスの登場だ。


 しかも俺ごとき一般人に、あっという間に背後を取られ、剣を突きつけられるなんて、ラスボスのくせに弱すぎる。



 さて、どうしたものだろう。


 剣身に浮かぶゼクロスの姿と、女魔族の後頭部を見比べながら、俺は素早く計算する。



 このまま有無を言わせず、刃を首筋に食い込ませれば、脅威は消え去る。


 契約やゼクロスの解放云々も関係なくなって、全ての問題が消え失せる。


 契約の交換条件である、夢のモテモテ生殺しルートは閉ざされるけれど、俺は本来の平穏無事な商人ライフを取り戻せるだろう。



 一番手っ取り早いのは、今すぐこの場でゼクロスと契約する方法。


 契約が済んだ直後に女魔族の首を斬り落とせば、万事解決。


 しかし脅威が取り除かれる以外のメリットが、俺にはない。



 魔族とはいえ、人を殺すという事自体にも、躊躇いがある。


 モンスターならば数え切れないほど退治してきたけれど、人を殺した事なんて、まだ一度もないのだから。



 答えを出せずに固まっていると、女魔族の華奢な肩が震え始めた。


 怯えて泣いているのかと思いきや、低い笑い声が漏れ始め、しまいには狂気を帯びた高笑いに変わった。



 命を奪われるか否かというこの状況下で、そんな風に笑えるなんて、どうにも薄気味悪い。


 何か企みがあるのだろうか。


 俺は改めて柄を握り直し、気を引き締めた。



「てめぇ、何がおかしい!」


「いやはや、これが笑わずにいられようか。

甘いな、少年よ。乳の輪が見切れていると、妾の動揺を誘ったまでは良かった。

だが人殺しを躊躇っていたら、あっという間に形勢逆転されてしまうぞ?

こんな風にな」



 言い終わらないうちに、女魔族が自らの首を、突きつけられていた刃で鋸引いた。


 握りから伝わってくるのは、山鳥を捌く時に似た、硬い肉を切る感触。


 刹那にぼたぼたと鮮血が滴り、ささくれた板床に染み込んでいく。



 予想外の出来事で頭が真っ白になった俺は、息を吐くのすら忘れ、呆然と立ち尽くしてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ